四十八話 二人の冒険者・十二
暗闇の中で束ねた黒髪の尾を引きながら、カヤは殆ど音もたてずに疾走していた。
「今度は……ちゃんとウチのやり方でっ!」
小さな、しかしはっきりとした声でカヤは口にする。
「やっ!」
ガラガラッ
積んであった荷物を、大きな音がたつように派手に蹴って崩す。
『我は火なるものに――』
ボォォッ
広く延焼しないような位置を選んで、火属性の理術で小火を起こす。
どこでどう騒ぎを起こせばより大きな混乱となるか。それを的確に見定める目を元より持っていたカヤは、今や素早く実行する足も得ていた。
さらに――
「あっ! おま」
「ごめんなさいっす!」
ドスッ
ショートソードの柄を鳩尾に打ち込まれた中年の男が崩れ落ちて気を失う。
強引に事を為せる強い腕が、カヤを以前とは別の次元へと押し上げていた。
――冒険者が守るのは名誉じゃない、人々の暮らしと命だ――
今さらながらに、カヤはヴァルアスから聞いたそんな言葉を頭に浮かべる。
言われた時には神妙に頷いて見せたものの、やはり納得はいかなかった。
しかしシライトに敗北して傷ついた体で逃走する途中、震えが止まらなかったことを思い出す。
それは怪我の痛みが原因ではなかったし、ましてシライトへの畏怖でもなく、自分が失敗した結果として大勢が死ぬかもしれない、ということへの恐怖だった。
少なくともカヤの考えとして、シライトや冒険者たちの実行しようとしている計画は、愚策も愚策だ。
ガーマミリア帝国内にも冒険者ギルドを作りたいということは共感するし、そのためには領主が最大の壁となるというのも同意見だった。
だからといって、領主に冒険者の有用性を説得するために、自分たちが民衆の脅威になってしまうなんて、本末転倒といわずに何といえばいいのか。
そんな自分の驕りによる失敗への後悔と、シライトたちのしようとしていることへの反発が、カヤに容赦のなさを与えていた。
ここにいる冒険者たちの中にはカヤの顔見知りも、世話になった人物だっている。
そして、これだけ混乱させれば怪我人は当然出ているだろうし、もしかしたら冒険者生命を絶たれるような者だってでるかもしれない。
しかしカヤはためらわない。
全て承知の上で、“人々の暮らしと命”を守るために行動していた。
そして暗闇に混乱が満ちる野営地の状況は、カヤが意図した通りに動いていく。
一旦すぐ近くの岩陰に身を隠したカヤの視線の先では、シライトが三人の冒険者と厳しい顔でやり取りをしている。
野営地から少し距離を置いて話し込む彼らは、いずれもこの場の冒険者たちのなかでリーダー格といえる面々。
つまりカヤによってもたらされたこの状況をどう収めるか。それを慌てて相談しているのだろう。
見違えるように強くなったとはいえ、師匠と違って人族の範疇に収まるカヤとしては、いくら夜闇に乗じようとも、大勢の冒険者を全てなるべく殺さずに蹴散らすなんてことは不可能だ。
だからこそ、頭に相当する部分だけを一点集中で潰す。この騒動はそのための布石だった。
さらにいえば、野営地の立地から考えて、一旦落ち着いて話をしたいならどこで集まるか? カヤはそこまで想定して行動を起こしている。
「ばっちりっすよ」
己の頭脳の冴えと想定外が起こらなかった幸運に満足して片頬を吊り上げた笑みを浮かべながら、カヤは地面に隠して設置された小さな石を踏み砕いた。
それは特殊な糸に特定の微弱な魔力を流す魔導具。端的にいえばただの合図だ。
事前に見つからないようにカヤが設置した小さな石は、合図の送り先へと地中に埋められたその特殊な糸で繋げられている。
そして合図が送られた先は、騒乱の起こる野営地へ視線をやりながら話し込むシライトたち――その足元に埋められた別の魔導具だった。
「っ!」
不意にその場から飛び退いたシライトを、三人のベテラン冒険者たちは驚愕した目で見る。
しかし「何だ急に?」とは言う暇もなく、身をもってその理由を味わうこととなった。
バヂバヂバヂィッ!
風属性の理術を発動させる攻撃魔導具によって、その三人は全身に小規模な雷を受ける。
地から登るという自然現象の雷ではありえないそれは、屈強な冒険者たちの体を焼くほどの威力はないながらも、彼らの意識を簡単に刈り取ってから空中に消えゆくのだった。




