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四話 そして現在、ヴァルアス・オレアンドル(七十五)

 今やシャリア王国内随一の大都市となった交易都市スルタが擁する冒険者ギルド。そのギルド長室では白髪の老人が執務机に肘をついて部屋の角を見つめていた。

 

 短く整えた短髪に、こちらも綺麗に短く整えられた白髭。そして七十五という老齢とはとても思えないほどに鍛え抜かれた分厚い体躯のその人物は、この部屋の、というよりはこのギルドの主、ヴァルアス・オレアンドルだった。

 

 「父さん、お茶を持って来たわよ」

 「おう」

 

 ヴァルアスには実子はいない。とある事情から結婚もしていなかった。

 

 「何を呆けているのよ?」

 

 それを裏付けるように、若い頃には黒髪だったヴァルアスを父と呼んだその女性が緩く編んでいる髪は鮮やかな赤色。その顔のどちらかというと柔らかい造形も、厳ついヴァルアスと血縁関係ではないことを瞭然とさせていた。

 

 それもそのはずで、幼い頃には路上孤児として親を知らずに育ち、天性の才覚で仲間たちを組織化したという過去を持つ彼女――テト・オレアンドル――は、ヴァルアスの里子だった。

 

 とはいえ十歳で引き取られ、それから二十年をヴァルアスと過ごしたテトにとって、型破りで豪快なこの父親が何を考えているかは薄々と感じ取れていた。

 

 「つまらんな、と思っとってなぁ」

 「やっぱり退屈してたのね」

 

 都市とともに大規模化したスルタ冒険者ギルドは今やそれなりのものであり、ヴァルアスの壮年時代のようにギルド長自らが剣をとって魔獣に相対するようなことはなくなっていた。

 

 事実、先ほどからヴァルアスが見つめている部屋の角、そこに立ててある巨大な両刃剣は長らく置物と化していた。

 

 「父さんもいい歳なんだから、趣味でもみつけて落ち着きなさいよ。ほら最近王都で流行ってる盆栽とかどうかしら」

 「鉢植えの木切れをいじくりまわして何になる……」

 「きっと怒られるから外で言わないでよ、それ」

 

 鍛錬以外で体を動かすことのなくなったヴァルアスは、端的にいって腑抜けていた。しかしそれが老いるということであり、どこか彼自身もそれを受け入れつつある。

 

 「テトもワシと似たようなもんだろうに……、不満が目に出とるぞ」

 

 不意に言われたテトは、はっとして目頭をぐりぐりともみほぐす。とはいえ父親の前で取り繕うつもりもないテトは、副ギルド長としての立場もほんの僅か織り交ぜつつ、口を開く。

 

 「……はぁ、最近の子はちょっと、何を考えているのかしらね。ここも大きくなり過ぎたってことなんでしょうけれど、歪みは大きいわね」

 「そうか、何か大きな衝撃が必要かもしれんなぁ」

 

 かつて路上で子供たちを纏め上げて、連達の政治家である当時の都市長とも間接的にとはいえ渡り合った女傑が吐いた不満に、ヴァルアスは「お前のやり方が悪いから」とは言わない。

 

 ヴァルアス自身も感じていたことであったし、何より組織を纏めるという点においてテトの手腕を誰よりも評価しているからであった。

 

 しかしヴァルアスやテトの考えるよりも、その“歪み”は既に大きく、そして取り返しのつかないものとなっていた。

 

 ドン

 

 乱暴とまではいわずとも乱雑な勢いで、ギルド長室の扉は開かれ、ぞろぞろと十人ほどの冒険者たちが入ってくる。

 

 皆若手で、その目には何やら一様に熱がこもっている。さらには、扉の外、廊下にもまだ控えているようだった。

 

 「何だ?」

 「……」

 

 その体躯に見合った重厚な声音で、ヴァルアスは用向きを問う。乱暴さを失礼だと咎めていては、冒険者ギルドでギルド長など務まらない。

 

 一方でテトは、すっとヴァルアスの隣に移動して入ってきた冒険者たちと対する位置に立つ。何も言葉にせずとも己の立場を明確に示す、彼女らしい振る舞いだった。

 

 「うぐっ」

 

 先頭で入ってきた若い男。逆立てた金髪の下にある輝きの強い双眸が特徴的な冒険者ヌル・ダックが鼻白む。

 

 ヴァルアスがただそこにいるというだけで、実力派の若手とはいえ怯むには十分な迫力があった。

 

 「……?」

 

 しかし自分の左右、そして後ろからの熱にほんの少しの疑問が混じるのを感じて、ヌルは改めて己を奮い立たせる。勝負どころを間違えないのは冒険者ならではの嗅覚だった。

 

 「ギルド長! あんたには辞めてもらう!」

 「ほう? どうしてだ?」

 「……」

 

 人差し指をまっすぐに向けてのヌルの宣言に、ヴァルアスは片頬を吊り上げ、テトは無言のまま目を細める。

 

 その態度が癪に障ったのか、ヌルと、その周囲はざわつき熱を上げていく。

 

 「この間のギルド職員による依頼料の横領事件、忘れたとは言わせない!」

 「忘れていない。だから奴は弁償に罰金も払わせたうえでクビにしただろうが」

 「末端に責任をとらせておいてお前はそこで踏ん反り返るのか。それが責任者の、ギルド長の姿でいいと思っているのか!」

 

 ヴァルアスの返答に、ヌルは噛みつくような勢いで言葉を重ねる。

 

 「他にも職員の不祥事はあったし、あんた自身にも疑いがある!」

 「何のだ?」

 

 自身に矛先を向けられたヴァルアスは、恥じるところはないとばかりに胸を張って聞き返す。そしてその見ようによっては傲岸な態度に、若手冒険者たちは怒りをさらに募らせる。

 

 「癒着の疑いだ! 前都市長と仲がいいそうだな。貴族に取り入ってこびへつらうなど、独立性を是とする冒険者ギルドの長としてあるまじきことだ!」

 

 ここまで余裕しか見せなかったヴァルアスは、その言葉に目尻をぴくりとさせ、明らかな怒りを滲ませる。

 

 「ガネアは若い頃からの友人だ。若造が知ったような口でワシらの友情を汚すんじゃねぇ」

 

 ほんの少しとはいえ明確な怒りに、大半の冒険者たちは怯んで口をつぐむ。しかし幸か不幸か、ヌルは若手にしては胆力があり、また反骨精神にも溢れていた。

 

 「ほら認めた! 昔から繋がっていたということじゃないか。それに俺らのことを若造だと? そういうならあんたこそ老害じゃないか! これからの時代に過去の遺物は必要ない!」

 「あなたたち、限度ってものが――」

 「……」

 

 耐えられずに口を挟もうとしたテトを、ヴァルアスが無言で差し出した手が遮った。

 

 ヴァルアスとしては売り言葉に買い言葉で熱くなってしまった非を認める部分もあり、痛み分けにするつもりでの制止だった。

 

 しかし集まった若手冒険者と、その内にある若さゆえの熱情はそんなことを汲み取る訳もなく、むしろ名高いギルド長が怯んだとみてますますとその温度を上げていく。

 

 そしてその熱情は言葉として、部屋の内外の若手冒険者たちの大合唱として広がっていく。

 

 「老害は去れ! 若手に席を開けろ!」

 「癒着を認めた犯罪者め、どうせ他にも汚いことをたくさんやってるんだろ!」

 「お前さえいなくなればスルタ冒険者ギルドはもっと良くなれるんだ!」

 「ろ・う・が・い! ろ・う・が・い! さ・あ・れ! さ・あ・れ!」

 

 もはや、テトにもヴァルアスにも、収集しようのない大騒ぎだった。

 

 とはいえスルタ冒険者ギルドはかつてとは違って大きな組織だった。今は所用で幹部が揃って都市を空けているとはいえ、ヴァルアスが退いても人材は豊富だ。

 

 そして何より、ヴァルアスはもう疲れていた。“こんなこと”も実は初めてではない。これほどの大騒ぎはなかったとはいえ、似たような不満はギルド長である彼自身の耳にも以前から届いていた。

 

 「お前らの言い分はわかった。ワシは今日限りでスルタ冒険者ギルドを去ることにする」

 「っ!? 父さん!」

 「「「「「わぁぁぁあああ! 若手の勝利だ、新しい時代が来るぞ!」」」」」

 

 驚くあまりに、普段は人目があれば「ギルド長」と呼ぶテトが「父さん」と悲鳴のようなひっくり返った声を上げた。

 

 しかしそれを遮る大音声と熱意のうねりは、方向性も無くただただ盛り上がるのだった。

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