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三十八話 二人の冒険者・二

 話も食事も一段落したという所で、ヴァルアスはいくらかの小銭をテーブルに置いて腰を浮かす。

 

 「いい食事だった。またどこか会うことがあればその時にも卓を囲もう」

 「これはっ、恐縮です……。ではその次の機会にはぜひご馳走させてください」

 

 言葉通りに恐縮した態度を見せつつも、不躾にも突き返すようなことはしないその商人の期待した通りの態度をみて、ヴァルアスは内心から満足を感じる。

 

 話の内容は必ずしも愉快なだけのものではなかったが、有意義であったことは間違いなかった。

 

 「それの何が悪いっていうんっすか!」

 

 がたん、という派手な音と同時に、甲高い喚き声が耳に入り、ヴァルアスは浮かせかけた腰をもう一度座面に戻した。

 

 「ああ、あれはカヤ・クラキっていうアカツキ出身の冒険者ですね」

 

 すぐに察した商人が騒音の出所について情報を告げる。

 

 カヤというらしい黒髪を後ろで束ねた冒険者は、前髪に半分隠れた黒瞳の目も形のいい口唇も美形といって差し支えないにもかかわらず、どこか不機嫌そうというかいじけた印象を受ける外見をしていた。

 

 逆上して裏返った声の高さは少女のようであったが、顔の造形やこの状況でも意外と隙の無い身のこなしは、それなりに経験のある年代であることをうかがわせる。

 

 「魔獣を倒すことが第一というのは否定しない。しかし罠だの何だのと、あんな卑怯なことをしていては冒険者の地位が下がる一方じゃないか!」

 「ぐぐ……」

 

 長く冒険者業をしてきたヴァルアスからすると、どこかで聞いたこともあるような話題だった。

 

 しかし「冒険者の地位」というのは、特にここガーマミリア帝国においてはヴァルアスの知るものとはまた違う話でもあるようで、さっきはあれほどの勢いで食って掛かっていたカヤがただ悔しそうにうなっている。

 

 「私たちの存在を民衆や貴族に認めさせようと頑張っているところじゃないか。君も協力的になってくれ、そう言っているだけだよ」

 「……」

 

 一転して諭すような口調となったシライトに、周囲も明らかに同調を示している。

 

 完全に悪役となってしまったカヤは、さりとて目の前の王子様然とした冒険者の言う「協力的」というものに抵抗は強いようで、結局は黙り込んだ。

 

 しかしそうして黙ったのを意見を変えようとしていると踏んだのか、シライトはここぞとばかりに言い募る。

 

 「特にあの共食いさせたやり口は……」

 「同士討ち戦術っす。ファングウルフは元来攻撃的な上に群れになるとガウベアにも勝つので、その後からウチらが残ったファングウルフの各個撃破を……。そもそもファングウルフとガウベアは別の魔獣なので共食いとは言わないっすよ」

 

 近くの席にいた若い女が思わず見とれるような所作で溜め息とともに吐き出されたシライトの言葉に、たまらずカヤは早口で反論した。

 

 その様子からカヤとしては自信の策であったことが見て取れるが、シライトや周囲の冒険者たちにとってはそうではない様子が態度に現れている。

 

 「遠目に見ていたあの村の者たちが何と言っていたか知っているか? “悪魔の策略”だぞ! 冒険者仲間全体が悪魔などと呼ばれるようなことを私は看過できない。これは間違っているかい?」

 

 最後の言葉尻だけは優しい声音だったものの、カヤの事を厳しく糾弾する内容だった。

 

 実際に周囲で聞いている冒険者以外の者の中にも目線を厳しくするものが混じり始める。

 

 「けど……、あれでっ……確実さも安全性も高まって……、村人の安全が第一だし……仲間もできるだけケガして欲しくなかった……っていうか……」

 

 動揺したためか、カヤの言い訳も断片的な物言いとなってしまい、堂々と意見を言うシライトがますます支持を集めていく。

 

 「あっ、これはヴァルアスさん。すみません、ちょっと熱くなってしまって」

 「っ!?」

 

 いつになく眉間の皺を深くしたヴァルアスがいつの間にか近くに立っていたことに気付いて、シライトは多少気まずそうな表情をする。

 

 そしてカヤの方は、執行人の斧を見た死刑囚のような、青ざめた顔色で絶句していた。

 

 ここまでの流れからいって、冒険者の名を汚すはみ出し者を、伝説的な老英雄が一喝する。そんな展開が脳裏に浮かんだのかもしれない。

 

 しかしゆっくりと手を伸ばすヴァルアスの次の行動は、シライトやカヤのそんな予想と、そして後ろで微妙な表情をしていた商人の推測とも、全く違うものだった。

 

 「ひっ!」

 

 突然に襟を引っ掴まれたカヤは、猫背に座っていた背筋を伸ばして涙目となる。

 

 そして一瞬驚いたシライトが、厳粛な顔つきで頷こうとしかけたところで、ヴァルアスからその予想外な言葉が発せられた。

 

 「お前面白い若手だな、ワシの弟子にしてやろう。なに、遠慮はしなくていい。ついてこい」

 「えっ!? でももう日が暮れてるっす……って、いやいやいや――」

 

 思わず見当違いな反論をしかけたカヤが、改めて理由を尋ねようとするのも完全に取り合わず、そのまま引きずるようにしてヴァルアスは陰気な女冒険者を連れだしていくのだった。

 

 「……は?」

 

 シライトがその場を代表するように驚愕と疑問を口から漏らし、ほんの一部の商人や冒険者だけは興味深そうに目を細めていた。

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