二十四話 理術の塔・四
腕前を見せて納得させたヴァルアスは、再び村長宅へと連れてこられていた。
先ほどは少し手狭にも見えた、大きなテーブルのある居間には、ヴァルアスとガナーだけが着席している。
派手な実演に湧き立つ木こりたちを伐採場に残してきたのは当然として、話し合っていた中年村人たちもここにはいない。
ヴァルアスが事に当たることが決定したことを受けて、方々へと知らせにいったようだった。
そしてヴァルアスはようやくその“事”を具体的に尋ねる段に至っていた。
「まずは、こんな田舎へご足労頂いてありがとうございます」
ガナーから既に何度目かもわからない礼を言われる。
村人たちが実力を疑った引け目からか、今更手の平を返されては困るからか、とにかく出会った時以上に下手に出るようになっていた。
「それで、何を、どうして欲しい」
簡潔な説明を誘導するように、ヴァルアスは答え方が絞られるような聞き方をする。
さすがにガナーの態度がうっとうしく感じ始めていることもあり、とにかく先に話を進めたい、という態度だった。
集団の長を務める者らしく、そこはしっかりと汲み取ったガナーが、一瞬考えをまとめるように視線を上へやってから慎重に口を開く。
「森の理術使いを、何とかしてほしいのです」
「……何とか?」
ヴァルアスはこのシュクフ村へ着いた時に自身が予測していた内容を思い出す。
「(思っていた通りか。当たって欲しくはなかったが……)」
理術使いは確かに厄介な存在だ。
単純に強力な攻撃力を持つ存在であるし、場合によってはからめ手を用いられるとヴァルアスといえど足をすくわれかねない。
しかしそれより「何とかしてほしい」の方だ。
戦って追い払う、捕まえる、あるいは殺す。交渉して協定を結ぶ、取引をする、誰かを裏切らせる。
普通の依頼では、そうした何をして欲しいかを頼む。そしてそうであればこそ、冒険者――シャリア王国であればギルド――は可か不可かを事前に判断する。
「その理術使いというのは?」
まず話が進められそうな方からと、ヴァルアスが質問する。
「あの伐採場の向こう側に広がる森なのですが、いつのまにか素性の知れない理術使いが塔を建てて住み着いていたのです」
「理術が使えるというのはどうして知っているんだ?」
「今でこそ完全に交流を断っていますが、何度か村の者が作物や雑貨をやったりしたことがありまして。その時に礼として目の前で理術を使ってイノシシやシカを狩って渡された、と」
「そうか……」
見たというのであれば、そこは違いないようだった。
おそらく森へ居ついたばかりの頃には、その理術使いも色々と困っていたのだろう。
しかしそうすると、困ることが無くなった今は、もはや積極的に交流を持とうとはしていない、ということにもなる。
ここのような田舎村の閉鎖性はともかくとして、理術使いのそうした動向には、ヴァルアスは嫌な予感がしていた。
自分の側に必要が無ければ交流しない。集落から離れた場所に塔まで建てて引きこもる。
それができる能力と、そうしてしまう人格の組み合わせは、村側が危惧してしまうだけの根拠としては十分だ。
「それで、何とかというのは、追い払えということか?」
続けてヴァルアスは、釈然としていなかった方の疑問へと話題を向ける。
「いえ……、さっき言いました村の者も悪くはいっておりませんし、まずは様子を見てきてもらいたいのです」
「ふぅむ……」
旅の途上にあってもきれいに整えられた白ひげが縁どるヴァルアスの口からは、明らかに芳しくない吐息が漏れる。
それを見たガナーの表情が曇る。
村長のガナーを筆頭に、このシュクフ村の人間は閉鎖的ではあっても善良なのだろう。
何だかんだとろくな交渉もしないままに、ヴァルアスを村まで連れてきた事もそうであったし、この対応についてもだ。
余程人当たりが良かったのかもしれないが、不審人物が村の至近距離に住み着けば最悪石を投げられるようなことすらありえる。
今回でいえば、理術使いだと分かっている相手に、一般の人間が手を出すどころか、近づいて様子をうかがうことすら恐ろしい、というのはわかる。
だからこそ、冒険者まで雇えば気が大きくなって無茶なことを言いだしても不思議ではないが、そうもしないようだった。
そんなお人好しともいえるガナーが、直感的に避けようとする理術使いというのは、現時点では確かにうさん臭く思えた。
加えていうなら、以前に交流があったという時の印象は決して悪くない、というのも何とも不気味な計算高さのように感じられた。
現状で全てはただの勘にすぎないが、ヴァルアスはいったんそれを信じることにする。
「……わかった。ワシがいったん、見てこよう。それで済めばこれで、追加で対処が必要ならその時にまた交渉しよう」
「は、はい! お願いします」
随分と間を空けてから頷いて、比較的に少額の依頼料を示したヴァルアスに、ガナーは露骨にほっとした様子でまた頭を下げるのだった。




