十五話 駆け出し行商人の受難・三
ちょうど途中まで進む方向が同じであったということもあり、ヴァルアスはケネたち隊商と並んで歩いていた。
こうして移動中の冒険者がたまたま出会った商人と移動すること自体も珍しい事ではない。
魔獣と戦える冒険者が近くにいることは、護衛がいるとはいえ行商人や隊商にとって戦力が増えることになるし、冒険者にしても商人とのツテはあって困るものではない。
そういった一般的な事情もあって、ケネと昔話や世間話をしながら歩くヴァルアスは、特段気にされることもなく同行していた。
「――では最近のスルタは冒険者の新規育成で苦労をしておいでなのですな?」
「そういうことだな。ギルドも領主の衛兵も規模が大きいし、そもそもの人口が多いから弱い魔獣は寄りつかない。依頼は遠方まで行くのが前提の討伐か、それでも寄ってくる強力な奴の相手か、ばかりだ。結果としてスルタを離れたくない出身者か、中級でも上位以上の実力者しかいなくてな、若手が育ちにくい」
「なるほどぉ、逆に言えば初級冒険者でも受けやすい依頼を持っていけば人手はあるわけですな」
「ああ」
ヴァルアスによる若者への愚痴……という訳ではない。
苦労話をすることで、都市間を移動する行商人ケネに今スルタが必要とするものを伝え、スルタへは物資や依頼の供給源を、ケネへは儲け話のタネを与えているのだった。
「……ふっ」
「どうされましたかな?」
「いいや、なんでもない」
既にギルド長ではないのに、無意識に、というかは癖で色々と考えながらスルタ冒険者ギルドの助けとなるよう行動している。
それを不意に自覚したヴァルアスは自嘲して微かに笑った。
職業病や長年の習いというよりは、過去の立場に縋っているように感じたからだ。
「それはそうとだな――」
深く探られたくはないと話題を変えたヴァルアスにケネも如才なく乗っかり、今度はケネの方から最近の情勢などを話し始めるのだった。
*****
話題も尽きて無言で歩くようになってからしばらくして、最初に異変に感づいたのはやはり歴戦の冒険者であるヴァルアスだった。
「ちぃっ、誰も気付いとらんのか!? ケネぇ! 護衛に迎撃態勢をとらせろ。半端に逃げようとすれば一気にやられるぞ!」
「っ! ――? そぉいぃん、防御を、固めろぉぉい!」
ヴァルアスの言を何も理解できなかったケネであったが、長年の信頼から即座に言われた通りに行動する。
周囲も騒めく。
特に護衛の冒険者たちは顔つきも厳しい。遅ればせながら気付いたようだ。
ケネをはじめとする商人たちが「何が?」と尋ねる前に、それは姿を現した。
一軒家と比べられるほど大きく、いかにも分厚そうな甲羅。そこからにょきりと生える手足、尻尾、頭。
ちょうど丘の向こう側から接近していたために、近づくまで気付けなかったその巨大魔獣は……。
「ウォートータス!?」
誰かが移動要塞とも呼ばれる魔獣の名称を叫ぶ。
規模が大きい隊商はどうしても移動が遅くなる。それ故に出費を惜しまず冒険者を護衛として雇う。
一方で巨大なカメの魔獣であるウォートータスは、決して鈍重ではない。
その圧倒的な力によって意外と俊敏に動き、そもそも体が大きいために普通に歩いても人族から見ると移動も速い。
「ここまで近づかれちゃあ逃げられんな」
状況をみただけのヴァルアスの言葉だったが、それが聞こえた範囲の商人も冒険者も、緊張を滲ませる。
「こんな魔獣に行きあたっちまうとは、なんて運の悪い……」
虚勢を張って不敵に笑いながらのケネの声に、殆ど全員がハッとする。
“運”という言葉が、少年商人ペップルへと視線を集めていた。
いくら巨大な魔獣とはいえ、人族の往来が多い主要街道沿いに近づくことは少ない。
そしてその数少ない機会に、とっさの移動が鈍い大集団で行き当たる可能性というのはさらに低い。
想定外の分の悪い状況……、ほぼ全員一致で理不尽に責めることのできる存在もいる……。
そんな状況では冒険者たちの足はじりっと下がり、護衛であるはずの彼ら彼女らまで及び腰になっていた。
隊商を品定めでもするように、頭を持ち上げて見回すウォートータス。
だがその前に自ら足を踏み出していく姿があった。
当然それはヴァルアス。唯一この場で護衛ではない冒険者の決然とした背中に、ペップルをなじるように見ていた面々の視線は引き寄せられたのだった。




