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百三十二話 老害は去れ!といわれましたが歴戦元ギルド長(75)は大切なもののために戦います・一

 時間をおいて再び部屋へと訪れたキャスを見て、テトは無言のまま小さく首を傾げる。

 

 「今頃はあんたの自慢の父親はもうこの世にいない頃だ」

 

 威圧的な表情から煽るように投げられた言葉に、しかしテトは表情を変えなかった。

 

 「(“頃”……つまりキャスは父さんの方への仕掛けの現状は把握していない。そしてスルタへ送ったという交渉者についてはあえて触れなかった……。そちらはうまくいっていない?)」

 

 全てが有利に推移していることを読み取ったテトは、それによって危機感を抱く。

 

 ごく少ない機会ではあるが、これまでキャスを見てきたうえで、気が長いとも理性的ともいえないというのがテトが下した率直な評価だった。

 

 わざわざこんな挑発紛いの事をしに来たということからしても、キャスの幼い攻撃性がテトの方へと向きつつあることは間違いがなく、それ故の危機感だ。

 

 「ちっ……相変わらずの鉄面皮め!」

 

 キャスはそれだけ言って不機嫌さを隠そうともせずにのしのしと部屋を立ち去っていった。

 

 「……大丈夫でしたか?」

 

 そしてそんなキャスとは入れ違いに部屋へと入ってきた給仕姿の少女が心配そうな表情でテトへと話しかける。

 

 この給仕は元々この酒場兼娼館で働いていた雑用係で、盗賊ギルドからの連絡要員でもあった。

 

 といっても何か特別な力を持っているという訳でもなく、とりわけ従順な性格であることから「都合がいい」とこの位置に据えられたという経緯だ。

 

 そしてそんな都合の良さは今、盗賊ギルドにとっての敵にも大いに利用されていた。

 

 「ええ、私は大丈夫よ。あなたたちの方こそ、ひどいことはされていない?」

 「あ、はい! テトさんを閉じ込めてからはお姉さま方はどこかへ移ったようですし、今は私ともう一人で雑用をしているだけなので」

 

 つい先ほどまでの冷淡な態度が嘘のように暖かく微笑むテトから心配されて、給仕は頬を赤くする。

 

 便利な給仕に対して盗賊ギルド員や娼婦たちが殊更につらく当たるようなことはない、が、逆に親切にしたりすることもあり得なかった。

 

 だからこそ、捕まっているという立場でありながら、末端の雑用係に暖かく接するこのスルタ冒険者ギルドの副ギルド長に、給仕は本人の自覚以上に心酔してしまっている。

 

 そして気を許した相手が話す言葉は情報の宝庫といえた。

 

 つまり……

 

 「けれど今日にもここは危なくなるわ、隙を見て逃げなさい。スルタへ行って教えたようにすればいいから」

 「――っ! は、はい」

 

 何度か給仕と話して得ていた情報から状況を多少なりと把握していたテトは、先ほどのキャスとのやり取りで確信を得た。

 

 そのためにもう用済みとなった給仕に退去するよう勧める。

 

 もちろん、用済みといっても悪く扱うようなつもりもなく、事前にスルタで冒険者ギルドか中央庁舎へ行き、テトの名前を出して経緯を説明するよう伝えていた。

 

 それはこの給仕ともう一人いるという雑用係のためであると同時に、この後の展開で何かあった際には保険ともなりうる。

 

 「(そろそろ冒険者ギルドから誰かが急襲、あるいは潜入してくるはずね。状況を知れば父さんも来てはくれるでしょうけど、それはさすがにまだ先かしらね)」

 

 お辞儀をしてから慌てて出ていく給仕の背を笑みを崩さずに見送ったテトは、救出が来るまでの間にキャスの目を逃れるため、一時的にでも身を隠せそうな場所を探して部屋内に視線を巡らせたのだった。

 

 *****

 

 テトを監禁している区画をでたキャスは足音を響かせて不機嫌さを主張しながら歩く。

 

 監禁区画は建物内の一画で、本来は特別な客をもてなすための場所だった。

 

 そこは同じ建物内でありながら、非常に頑丈な一つの扉からしか行き来することはできない特殊構造であり、本来は内部の人物を守るためのものだ。

 

 そして今はそれを中から外へと出ることも、外から情報や物資をもたらすこともできない監禁場所として機能させており、そのためにキャス以外には取るに足らない世話係しか入ることを許可していないのだった。

 

 つまり監禁区画をでた娼館内の一般区画であるこの場所にも雑用係以外に人はおらず、己の感情を見せびらかすという何の意味もない自分の行動がむなしくなったキャスは足を止めて溜め息をつく。

 

 今ここには大きく足を踏み鳴らしてもご機嫌を取りに来る部下はおらず、だからこそ気を張る必要もまたないのだった。

 

 「何でこうもうまくいかないっ! 老害を排除してこれからだってのに」

 

 呟かれた言葉はキャスにとって心底からのもの。

 

 腕はたつくせに臆病といえるほどに慎重な、良くも悪くも昔ながらの盗賊頭領であったドックルファ・テネアンは、キャスたち若手にとっては組織と自分たちの成長を阻害する蓋でしかなかった。

 

 その蓋を取り除き、盗賊としての活動を狭める最たる要因である冒険者ギルドとの関係も清算する。

 

 その先には希望に満ちた未来しかないとキャスは考えたからこそ行動に移した。

 

 だがキャスが考えていた計画は、新盗賊ギルド長に気に入られようと功を焦ったバカな部下によって崩され、その後の対応も不安に満ちている。

 

 「いいや、大丈夫。あのテト・オレアンドルが手中にあるから冒険者ギルドはあっさりと折れて、交渉役もさすがにそろそろ帰ってくるはず。ヴァルアスの方もいくら英雄ったって引退したジジイだ、あの狡猾な猟師がしくじるはずなんてない」

 

 そのキャスの姿は、誰か見ている者がいれば自身に言い聞かせているようで不安そうにしか見えなかっただろう。

 

 だが自分の言葉が支離滅裂だということには、キャス自身ですら気付いていなかった。

 

 あっさり折れると思っていた冒険者ギルドからは、とっくに交渉役が何かしらの答えを持って帰っていてもおかしくはない頃合いなのに、まだ何の連絡もない。

 

 またヴァルアスの方も、本当にただの年寄りだと思っているなら“最悪”など差し向ける必要もないし、万全を期したというなら気を揉む必要などない。

 

 キャス・ピンスという新盗賊ギルド長は、中長期的な先見の明には恵まれていないが、直近の出来事への鼻は利く。それは長く頂点に君臨したドックルファから見事にその座を奪い取った手腕からも明らかだった。

 

 そして今この期に及んで、その鼻が危険な臭いをしきりに嗅ぎ取っており、しかしその正体が掴み切れずにキャスは不機嫌さを深めていく。

 

 だがそれが何かを考える時間などキャスには既になくなっていた。

 

 ズガッ

 「はぁ?」

 

 思考に沈みながら歩いていたためにいつの間にか辿り着いていた正面玄関の大扉が、前触れなく鈍い音を響かせたことに、キャスは頓狂な声を出す。

 

 この建物は要塞ではないが高級な店だ。壁は厚く、扉も頑丈だった。

 

 ガラガラガラ……

 

 だがそれが嘘か幻であるとでもいうかのように、馬車でも潜れるような大きな扉は細切れになり、その周囲の壁ごと崩れていく。

 

 国王の軍が持つような魔導大砲でも打ち込んだのかというような出来事だったが、それにしては音が小さく、「玄関って意外と地味に崩れるんだな」などとキャスの考えが明後日の方向に及んでいたところで、その原因である人の形をした暴虐が姿を現した。

 

 「娘を返してもらいにきた」

 

 白髪を短く切りそろえ、同じく真っ白なひげを綺麗に整えた体格のいい老人が、鉄とは違う異質な輝きの長剣を手にぶら下げてのそりと立ち入ってきたのだった。

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