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百十八話 希少素材を求めて・十一

 側頭部まで深く裂けた口の中には鋭い歯が並び、その間からちろちろと赤い舌が覗く。

 

 元はうつろにもみえた瞳は今は怒りと焦燥に染まり、うろこに覆われた頭部を動かして睥睨する。

 

 形状だけでいえばトカゲそのものでありながら、その大きさは人族を軽く超え、家屋にすら匹敵する体躯を逞しい四本脚を地について支え、太い尻尾が何かを確認するように盛んに湿地の泥を撫でている。

 

 巨大なトカゲ、という意味で非常に大雑把にいえば、戦闘状態の竜族に近い。しかしそれは人族をサル呼ばわりするような暴論であり、つまりこの魔獣――ウォーターリザード――は巨大な獣に違いなかった。

 

 「む……っ!」

 

 急所を砕かれた痛み故か、あるいは怒りをたぎらせているからか、みしみしと音が聞こえてきそうな程に、うろこの下で筋肉を膨張させた脚を見て、ヴァルアスは急襲の気配を感じ取る。

 

 ドッ

 

 その見立ては違わず、地面を蹴った勢いで背後に泥の雨を降らせながら、巨体が突撃してきた。

 

 「直線的だな」

 

 確認するような言葉を口にしたヴァルアスは、身を低くして地を這うように駆け、飛び掛かってきたウォーターリザードの両前脚が再び地を掴む前にその下を通り過ぎてしまう。

 

 「やはり、完全に割れておるな」

 「そのようです」

 

 ウォーターリザードの腹のやや頭部よりの位置。人族であれば鳩尾に相当する部分を覆う一際大きなうろこが無残に砕けていた。

 

 魔獣の下を潜って自分の目で確認したヴァルアスは、その際に額に滴ってきて付いた血を、手の平側で雑にぐいっと拭う。

 

 「天閃で一気に仕留めますか?」

 「大技を使って万が一にも仕留めそこなうとまずい。こいつが隙をさらすのを待って、斬る」

 

 リーフからの確認を否定して、ヴァルアスは固めた方針を口にした。

 

 それが聞こえて言葉を理解した訳もないが、ウォーターリザードは突進の後に体勢を立て直す間も無く次の攻撃を仕掛けてくる。

 

 「ィィィィイイ!」

 

 金切り声とともに、ウォーターリザードは破壊的な勢いの水流を口からまき散らした。

 

 魔力の制御にある種の精神的器用さが要求されるウォーターブレスは、今の狂乱するウォーターリザードが放てば明らかに威力が落ちている。

 

 しかし怒りの勢いによるものか、放つまでの溜めが極端に短くなり、また狙いも何もつけずに放つそれは逆に読みが効かない恐ろしさもあった。

 

 「よっとっ、おわっと」

 

 だが、多少の危なっかしさはみせつつも、ヴァルアスはそれをかわしてみせる。

 

 単純に目で見て、避けているのだった。

 

 その規格外の反射神経と敏捷性に、怯むどころか余計に怒りをたぎらせてウォーターリザードはその巨木のような太さの右前脚を振り上げる。

 

 「ギィィッ!」

 

 なぎ払えないなら、叩き潰そう、という単純で強烈な攻撃衝動。

 

 だが、それは理を知る剣士からすれば、あまりにも悪手――つまりは待ち構えていた“隙”だった。

 

 「でぇぇあ!!」

 

 振り下ろされる脚とすれ違ってウォーターリザードの背後側へとヴァルアスが着地すると、すでにその手にある魔剣は振り抜かれている。

 

 「ィィィイイイイギィィィィッ」

 

 高く、細く、そして悲痛に、きれいな断面を残して脚を一本斬り落とされたウォーターリザードが身を捻った。

 

 「ギィギィ……ィィィィイイイイイァイイイイ!」

 

 しかしそれでは止まらない。この魔獣は既に己の死が近いことを悟っているし、それに見合うだけの激痛も嫌というほど受けている。今さら痛みと衝撃が追加されたところで歯止めになどなる訳もなかった。

 

 だがここまで追い込んで、老英雄の攻撃が途切れる訳もまた、ないのだった。

 

 「ィィィイイ」

 「っ!」

 

 斬り落とされた脚も構わずに使いながら、素早くウォーターリザードが振り返ると、その間にたたんでいた脚を一気に伸ばして、ヴァルアスは踏み込む。

 

 遠目に見ても姿が霞むほどの高速の突進に、ウォーターリザードは反応することができず、ただ野生の本能によるものか、口腔をがぱっと開いて瞬時にまたウォーターブレスを放とうとしていた。

 

 「しゅっ!」

 

 そしてその決死の水撃が形を成すよりも、魔獣の鼻先に辿り着いたヴァルアスが鋭く息を吐きながら斬り上げる必殺の一撃の方が断然に速い。

 

 ゾグォッ!

 

 肉や骨を断ち切る、不気味にも爽快にも聞こえる音が響く。

 

 伸びあがるようにして突き上げられたヴァルアスの右拳、そこに握られた魔剣は、古代樹の刃でウォーターリザードの下あごを、口腔に形を成しかけていた水球を、そして上あごを通り過ぎて天をさした。

 

 剣身の長さでいえば巨大な魔獣の口先を少し裂いただけの斬撃は、しかし一撃に込められた魔力と確殺の意志によって、脳髄を越えて首までを縦に断ち、断末魔すらあげさせずに絶命させていた。

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