百話 アカツキの古ダヌキ・三
「さて、じゃあまずは式までの日程やけどな……」
応接室の中には、今入ったヴァルアス以外にはタキしかおらず、長机を挟んだ向こう側の椅子に掛けている。
そのタキが雑だが流麗にも見える走り書きがされた紙を何枚か見ながら説明を始めようとした。
「いや、ちょっと待て」
だが当然ヴァルアスはそれを止める。
「なんや?」
話し始めを無遠慮に制止されたタキだったが、その目にも声音にも不満や驚きに類するような感情はうかがえなかった。
その時点で、ヴァルアスは目の前の老商人がこちらの事情を誤解なく承知しているということを察する。
とはいえ、何も言わないという訳にもいかない。
「ワシはもう、というか最近結婚したばかりだ」
「知っとるで」
タキの返事はやはりヴァルアスが察した通りだった。
「あのドラゴンのお嬢さんやろ? “つがい”っちゅうんやったか、それはドラゴンの仕組みでのことや。ならアンスロポスの方の仕組みで“嫁”をもらうのは別に問題あらへんやろ」
「あるわ!」
淀みなく続けられたタキの言葉に、ヴァルアスは思わず声を大きくして答える。
そしてこの相手に冷静さを欠くことの怖さを思い出し、机を挟んだ対面に用意されていた椅子へと、息を整えながらどっかと腰を下ろして腕を組んだ。
「仕組みがどうとかをお前と議論する気など無い。ワシにはティリアーズを裏切るようなつもりなど毛頭ない」
「…………」
静かだが一切の揺らぎのないヴァルアスの言葉を聞いて、タキはそれを吟味するようにしばらく沈黙する。
「持ち替えたからってあの剣の貸しがなかったことにはならへんで」
「ぐっ」
だが続いた言葉に、今度はヴァルアスもすぐには言い返せなかった。
貸しというのはヴァルアスも覚えている。
それはスルタに置いてきた鉄塊のような巨大な両刃剣、ヴァルアスが長年愛用した武器のこと。
巨人族との戦争が本格化するよりも前、まだまだ駆け出しだった当時のヴァルアスが、すでに商人として一端だったタキに仲介してもらってアカツキ諸国連合で手に入れた逸品だった。
後になってから若い頃のヴァルアスにとっては巨額の仲介料を請求され、半分逃げるようにして踏み倒していたという経緯だったためにヴァルアスも後ろめたさしかないが、タキとしても英雄の資質を見抜いていたために見逃していたというのが実情だ。
「は、払っただろうが……一応は……」
言いながらもヴァルアスの声は尻すぼみに小さくなっていった。
示された金額は到底持ち合わせていなかったために、両刃剣の作成者への支払いで残った手持ちを全て置いてから、去っていたことをヴァルアスは主張している。
だがそれがまかり通るはずもないことも理解していた。
「あんたはんの結婚相手である孫娘はサラサ。あての後継者でもある」
「おいっ――」
ここまでの話の流れを一切無視したような内容を切り出したタキに、ヴァルアスは抗議しようとする。
が、タキは畳まれたままの扇子を、すっと目の高さまで持ち上げて「まあ黙れ」と示した。
そしてその扇子をぱっと開くと、顎の下まで持っていき、ぱたぱたと軽く扇ぎながら言葉を続ける。
「あの子は賢い、あてよりも数段、な。けどそれを理解しとらん阿呆も多い。だから箔が必要や」
「それがワシか」
すっと頷いたタキを見て、ヴァルアスはこれ見よがしに渋面を浮かべた。
アカツキの次期会頭にわかりやすい“強み”が欲しいというタキ側の事情はわかったが、ヴァルアスからすれば話が進んでいない。
「えぇんか……? 当時の振る舞いも含めて色々と吹聴しても。あんたはんが意固地んなって突っぱねはったところで、あてはサラサに箔がつくまで引き下がらんで」
「そんなっ……ん?」
従わないなら過去のヴァルアスの不義理に尾ひれも付けて言いふらすぞ、という脅しだったが、ヴァルアスからすればだからといって聞けることではなかった。
両刃剣のことについては、ヴァルアスとしても恩義に感じているのは事実なので不義理はしたくないが、あまりにも交換条件が無理な内容だったからだ。
だが、そこでヴァルアスはタキの言葉がどこかわざとらしく、声も一本調子であることに気付いて首を傾げた。
「(向こうの要求はワシの結婚……ではない?)」
会話の間にいつの間にか、タキが口にする条件が違ったものになっている。
そしてこの古ダヌキとも称される商人は、軽々しく言葉を扱わない。それは冒険者にとっての剣や鎧に相当するものだから。
「……とにかく、そのサラサという娘に会わせてくれ。そっちと話がしたい」
「おぉ、おぉ、ようやくその気になってくれはったか。すぐに段取りするからちょっと待ちぃ」
明らかに芝居がかった仕草に、ヴァルアスの察しの悪さを非難するような光を放つ瞳。
ヴァルアスはそれらをみて、タキの手の平の上ながらようやく話が見えてきた想いがしたのだった。




