どっかから飛んできた男
夜の帳が辺りを黒く染めている。
黒く沈んだ山あいの中に一点、赤い光が点滅している。松明の火だ。
「よし、作戦を立てるぞ。」
野営の一角にいる四人の顔が明かりに照らされている。
一味を取り仕切っているのがこの一団の長である、ルシアン・フィオレンティーノだ。
「既にシーハ砦内の町人達とは連絡が取れている。あとは僕達の侵入に呼応して門を開いてくれるだろう。」
「自分のお膝元の町人にすらそっぽむかれるとは、ここの城主はどうしようもねぇ奴だな。」
そう相槌を打ったのはグスタフ・ランドシーアだ。腕っぷしには自信のある武闘派の傭兵だ。
「所詮は中央から派遣されてきたお役人、ってことでしょ。問題は実際に本城に入る算段ね。」
四人の中の紅一点、フェデ・フランチェスカは戦いでも引けを取らない。大剣を操る剣士だ。
「それも問題ないですよ。市民の中に門番の家族がいて、協力してくれるそうです。裏手の門を開放する手はずになってます。」
最後の一人はイサーク・リキテンスタインという。ルシアンと同郷の出身で、戦闘はあまり得意ではないが、諜報などサポート役に回ってくれている。
彼らはいわゆる反乱軍だ。
これまでこの大陸デレク=トロイを統一していたツァリアス王国で、いま全土を巻き込む大反乱が勃発していた。それもこれもツァリアス王国の厳しい制度が原因なのだが。
各地で起こったこの反乱の火種がここ西方のゲオルム地方でもくすぶり始めた。ルシアン達も王国の悪政に反旗を翻すべく行動を起こしたのだ。
彼らの話を聞いたルシアンは頷き、
「よし、じゃあこうしよう。まずは市街地へ侵入した後、グスタフは傭兵達を引き連れて城の正門で派手に暴れてくれ。グスタフが守備兵の注意を引き付けたら、裏門から僕とフェデ、イサークで攻め込む。イサークは町の人達を扇動しながら、裏門を解放した後に正門の解放も頼む。そこから一気に宮殿へ向かい、城主を討ち取る。町の人へ通達をして、二時間後に決行だ!」
おう、と応えた三人はそれぞれ準備に取りかかった。
これから攻めるシーハ砦は小さな町と城を城壁で囲んでいる。町を囲む外壁と、その中に内壁に囲まれた城がある。ルシアン達は総勢三百人と少ないが、それでも奇襲をかければ勝てると踏んでいる。近くに別の砦があるが、そこから援軍が来る前にカタをつけなければならない。
「いよいよ城攻めね、これでようやく私たちの拠点が持てるわね。」
フェデが準備を済ませたのか、ルシアンのもとへ来た。
「そうだな。なるべくなら皆が負傷しないようにしたいけど、そういう訳にもいかないよな。」
「優しいのね。でもあなたが団長なんだから、もっと堂々としてもらわないとダメよ。これから先もずっと戦い続けることになるんだから。」
フェデはルシアンが旗揚げをしてから合流してきた。義勇軍として兵士を五十人ほど連れて彼の元に来ていた。
「もちろん、わかっているさ。苦しめられている民は沢山いるんだ、一刻も早く救わなければ。」
彼の思いは純粋だ。天下の苦しむ民を救いたい。その一心で立ち上がった。その心に惹かれた者たちが皆、彼の指示を仰いでいる。フェデやグスタフもその中の一人だ。
突入の準備が整った。町の門の櫓から松明が振られたら、それが開門の合図になっている。
ルシアン達は固唾を飲んでその時を待った。
ーー来た。
確かに松明の合図を確認した一団は、駆け出して門へと殺到した。そのまま足を止めることなく門が開け放たれる。
「うおおおっ!」
無事侵入したルシアン達は、作戦通りに行動した。
グスタフ達傭兵部隊は、門からまっしぐらに正門へとひた走った。
「正門を目指せ!ぶち破るぞ!!」
傭兵部隊が進む後を、武装した町人達もそれぞれの家から飛び出てきて追従する。瞬く間に百を超える集団になった。
イサークは町人達に働きかけて武器を手に砦へ行くようにしながら、自らは裏門へと走った。
予想通り、正門の騒ぎに叩き起こされた守備兵達がグスタフのいる方へと集まっていく。
「梯子を掛けろ!壁をよじ登れ!」
グスタフの掛け声で長い梯子が壁に掛けられていく。
守備兵の方は登られまいと梯子を倒したりして応戦をする。
「くらえっ!」
町人達は手製の火炎瓶や、投げやすい木材など手当たり次第に壁に向かって投擲していく。
「おーおー、日頃の鬱憤が相当溜まってたんだな。こりゃいい。いいぞ、もっとやれ!」
グスタフは周りに発破をかけながら、自らも門を破る為に前進した。
「…よし、頃合いだな。裏門へ行くぞ!」
正門の様子を伺っていたルシアンとフェデの集団が人気のない道へ滑り込んでいった。
裏門は案の定守備兵は少なかった。イサークが合図を送ると、ゆっくりと音をたてずに裏門が開けられる。
「どうやらここも上手くやってくれているようですね。一気に攻めてしまいましょう。」
イサークが先導して裏門から正門の方へと進んでいく。
途中出くわした守備兵は素早く倒しながら、なるべく正門の守備兵に気取られないように接近していった。
正門まで行けば、城主のいるであろう建物の前庭へ攻め込める。
「寝入り端だというのに、何のさわぎだ!」
不機嫌そのものの顔をした男が、兵士でごった返すテラスに現れた。この男がこの砦の主だ。
「コザーク様、敵襲です!町の者を扇動しながら正門へ攻め寄せて来ております!」
「規模は?」
「町人を合わせておよそ百程かと!」
「ふん、大した数でもないではないか。門を固く閉じて追い返せ!」
砦の兵は三百。それに加えて高い壁で守られているのだから、破られようはずもない。
完全に見くびっているコザークはそれ以上状況を把握しようとしなかった。
その間に、ルシアン達が夜陰に乗じて正門を守る兵士達に奇襲をかけた。
「うぐっ。」
「て、敵襲だ!裏門から入られたぞ!」
不意をつかれた守備兵達は、混乱した。同士討ちをする者まで出てきた。こうなっては数などは関係ない。
「よしっ、正門を開けてグスタフ達を中に入れろ!僕達は先に前庭に行くぞ!」
混乱している間に城主を討ち取りたい。ルシアンは精鋭を集めて先へと進んだ。
中央が騒然となっているなかで、町の方でも避難する女子供や戦闘の補助に回る者などでごった返していた。
宿屋の女将も旦那を送り出し、ひとまず息子と二人で宿に待機していた。
「お父さん、大丈夫かなぁ…」
息子は心配そうな声をあげる。
「大丈夫さ、お父さん無茶はしない人だから。」
息子を勇気づける女将だったが、内心はかなり心配していた。
(あの人普段は気弱なのに、周りの熱気にあてられてのぼせ上がってるんだから。大ケガしなきゃいいけど…)
そう親子で話し合っていると、突然、
ドンッ!
バキバキバキッ!!!
凄まじい音と共に馬の鳴き声が聞こえた。
「!?何事かしら!」
馬の鳴き声がしたということは裏の厩舎だ。城から何か飛んで来たのか。女将はすぐさま裏へと走った。
厩舎へ回ると、なるほど屋根に穴が空いている。やはり何かが降ってきたのだろう。
馬が激しく暴れる音の中に微かに声が聞こえる。
「痛い痛い痛い痛い」
不審に思った女将が中を覗き込んでみると、一人の男が馬にボコボコに蹴られている。
女将は慌てて馬をなだめて、飼い葉まみれになっている男を救出した。
「大丈夫かい!?」
「いやー、助かった。ありがとう。」
ボロボロになった男は頭をかきながら、申し訳なさそうに礼を言った。
「急にひどい物音がしたから、何事かと思ったよ。あんたも反乱軍の人かい?」
「反乱軍?あー…そうなのか、な?うん。」
何やら的を得ない返答だが、古びた革のマントの下にはしっかり鎧が見えている。女将がこれまでに見たことのないデザインのものだ。そこらではお目にかかれない上等なものでありそうだ。
「反乱軍の人はみんなお城へむかっているよ。…うちの旦那もね。」
「へぇ、旦那さんも反乱軍なのかい?」
「いーや、そんな大層なもんでもないさ。ただ周りにほだされて、自分もその気になってるだけ。もともと子供にもゲンコツやれないような人さ。」
「…心配かい?」
「そりゃあね…うちの子が悲しむからね。」
ふむ、と唸ったこの男は、
「よし、じゃあ俺が様子を見てこよう。すっかりお世話になったからな。旦那が危なかったら助けけてこよう。」
と言って、ようやく腰を上げた。それまではボケっと座って女将と話をしていたのである。
「そりゃ、そうしてくれるのは嬉しいけどさ…大丈夫なのかい?」
「任せときな!旦那の特徴は?」
「身体に似合わない、いかつい兜をのせていったよ。すぐわかるはずさ。」
「よし、それじゃあ行ってくる!」
「なんだかよくわからないけど、頼んだよ。」
緊張感のない口調のせいで、頼りになるのかならないのか分からない女将であったが、不思議と不安は胸から消えていた。
「おかしな人だねぇ…」
宿屋を出たこの男は道々城への行き方を聞きつつ正門のある広場へと向かっていった。
「反乱軍だ!迎え撃て!」
前庭へと侵入したルシアン達はここでまとまった敵と遭遇した。
「こいつら今までの奴らとは違う、親衛兵ね!」
今までの守備兵とは兵装が違う。親衛兵の兵長が号令を出す。
「魔装具構え!」
一斉に親衛兵達が武器を構えるが、その得物は皆違う。
「やはりか!こちらも応戦するぞ!魔装隊!」
ルシアン達の中でも魔装具を持った者が何人か構える。
「突撃ぃ!」
「うおおっ!」
その衝突の衝撃はただの剣激だけではなかった。炎や風、様々な超常現象が巻き起こった。
魔装具とは宝玉を装着した武具だ。デレク=トロイには様々な宝玉が各地で産出される。そしてその宝玉はなぜか人を介して様々な力が発揮されるのだ。炎や水などの属性効果や、睡眠、毒など多岐にわたる。その能力は宝玉そのものに秘められているのだが、これを引き出すことが出来るのは、特定の人間だけだ。また、一つの宝玉を扱えるからといって、その人間が他の宝玉も使えるわけではない。「宝玉に選ばれる」とこの世界の人びとは言うが、それが最も納得いく説明になろう。
ただし、この能力の原理などは一切謎である。遥か古代から使われていたことは確かである。
ルシアンやフェデも魔装具をもつ。自然と魔装具を扱える者のヒエラルキーが高くなっている。この様な戦時下ではこういった者が隊長格に任命されるのだ。
ルシアンの振るう剣はやや細身だ。父から譲られたものだが、これも不思議と血縁者間では使えることが多い。
向かってきた相手は剣が冷気を発している。
ルシアンが力を込めると、剣は一気に炎を包まれた。黄と白に燃える炎だ。
属性相性というのもあるが、それよりも熟練度による差の方が影響は大きい。覚醒格と呼ばれている。
ルシアンと敵の場合はルシアンの方が上である。
「僕達の方が優勢だ!負けるな!」
ルシアンの言うとおり、親衛兵とはいえ、レベルはそう高くないようだ。反乱軍がジリジリと押していく。
その時、前庭の奥から気を感じた。周囲の気温がグッと下がった様な感覚をルシアン達は覚えた。
ぐにゃり、とでも表現すべきだろうか、異様な音が聞こえたかと思うと、突然何か大きなものが前庭のルシアン達へと突進してきた。
「!?」
咄嗟にかわしたルシアンだったが、何人かの仲間と親衛兵が吹き飛んだ。
現れたのは牛の頭を持つ巨人だ。三メートル以上はありそうな巨体に、その身体からも溢れんばかりの筋肉が盛り付けられたモンスターだ。
「牛鬼よ、侵入者は皆殺しにしろ!」
モンスターの後から現れたのは、コザークだ。
左腕に魔装具を装着している。
「どういうことだ!?」
ルシアン達は動揺した。モンスターを召還する魔装具など聞いたことがない。
及び腰になった反乱軍に牛鬼は容赦なく襲い掛かる。
一気に形勢逆転した。
「くそっ、魔装隊、援護してくれっ!」
ルシアンは果敢に牛鬼へ攻めかける。
「ははっ、並みの魔装者では相手にならんぞ、せいぜい牛鬼を楽しませてやってくれ。」
余裕を見せるコザークは高みの見物だ。
懸命に挑むルシアンであったが、相対したことのない怪物にはかすり傷を負わせるがやっとだ。
一人一人と仲間が倒れていく。ルシアンは悔しげに歯を食い縛った。
ルシアン達が前庭に向かった頃、イサークは正門へと走っていた。
「閂を外して、塀の上の巻き上げ機であけるのか。二手に別れるぞ。」
自らは閂を外しに向かった。
「ーーっ。…グスタフさんには援助は不要でしたね。」
既に正門は破壊されていた。
一仕事終えたグスタフが城外にいた反乱軍を中へ誘導している。
「よお、イサーク。遅かったから先に開けちまったぜ!」
グスタフの手には大きな槍が携えられている。もちろん魔装具だ。
「これでも一生懸命走ったんですよ!…とにかく、前庭に急ぎましょう。少し気がかりです。」
「?なにかあるのか。」
「私が得た情報によると、ここの城主のコザークという役人は、ここ最近配属されてきたようです。各地の反乱をうけて中央から派遣されてきたみたいですが、そうなるとただの役人ではなさそうな気がします。」
「武闘派が来ているかもしれん、ということか…急ごう!」
グスタフ達が奥へ向かってからしばらくして、人が疎らになった正門に例の男がキョロキョロしながら現れた。
「うーん、ここにも居なさそうだなぁ…中かな?」
緊張感なく正門をくぐっていく。喧騒が近づいてきていた。
「大将!助太刀するぜ!」
牛鬼との戦いにグスタフも加わった。駆けつけた勢いのまま槍を突きかけるが、刃は通るもののまるで効いていないかのようだ。
「姿形もそうだが、どうなってんだいこりゃ!?」
「わからない。しかし、きっとダメージはあるはずだ。諦めずに仕掛けるぞ!」
「どっちが倒れるか、我慢比べってかい!上等だ!」
グスタフがクルリと槍を捻ると先端に土塊がまとわりつく。それは突きだされたと同時に槍から射出された。
先端の尖った土塊は牛鬼の腕に食い込むが、より怒りを増幅させただけらしい。
激しい咆哮と共にさらに暴れまわる怪物は並みの戦士では近づくことすらできない。
「ふん、一人増えたところで牛鬼は倒せんぞ。頑丈さはずば抜けているからな。」
そう言いながらコザークは親衛兵を操って反乱軍を追い込む。
その合間を縫って、大剣がコザーク目掛けて滑り込んで来た。
「ぬっ!」
隙を突かれたコザークは後ずさりながらこの鋭い一太刀を受けた。
「なかなか目の付け所がよいが、女。あと一歩だったな。」
「くっ、まさか複装者だなんて…」
召還者を倒せば怪物は消える、そう踏んでコザークに斬りかかったのはフェデだった。
彼女の魔装具は緑の宝玉が嵌め込まれており、風の力を操る。剣に風をまとうことで、常人ではあり得ない速度で剣を振るえる。さらに彼女はこの力で剣の重さを実質的になくしているので、移動なども素早く行う事ができた。
さて、一つ魔装具を扱えるたけでも十分だが、世の中には一人で複数の魔装具を使える者も存在する。珍しい彼らは複装者と呼ばれる。
見るとコザークの手には短刀が握られている。これも柄に宝玉の嵌められた魔装具だ。どうやらフェデと同じく、風の力を付与しているらしかった。
「ふはは、打つ手なしか?こんな田舎の城一つ落とせないようじゃ、話にならんぞ!」
混戦になった。反乱軍は魔装隊だけでなく一般兵も数を頼みに攻めこんだ。
この流れに流されるように、派手な兜をかぶった宿屋の亭主も中庭に躍り込んでいた。
右も左も凄まじい戦いだ。身震いした亭主だったが、意を決して頼りのない棍棒を握りしめた。
「くそっ、このまま何もしなきゃ王国に絞り取られて枯れ死ぬだけなんだ!おっ母や子供のためにも、俺はやるんだ!」
うおおっ、と声を絞りだして突撃したが、何を思ったか、牛鬼目掛けて走り出している。
「お、おいっ!危ない!」
いち早くグスタフが気付いて制止しようとしたが、距離が遠い。あんな細身では確実に死ぬ。
懐に飛び込む影を認めた牛鬼は、振り向きざまに容赦のない一撃を横薙ぎに払う。
ドガギッ!
と酷く鈍い音がした。グスタフは思わず目を瞑った。
一方、グスタフとは対角にいたルシアンは、しっかりとその光景を見ていた。
いつの間にか亭主と牛鬼の間に人が立っている。牛鬼の痛恨の一撃は分厚い氷で止められている。驚いたことにその剣はさっきまでルシアンと対峙していた親衛兵のものだ。剣を取られた親衛兵も手元になにも無いことに呆気をとられていた。
「あ、あんなに氷が出せるもんなのか…」
情報の処理が追い付いていない親衛兵が思わず漏らしたのはそこであった。
自分で使っていながら、あんなに強力な力は発揮したことがない。それに驚いた。
「あ、あんた…?」
救われた亭主も正気を取り戻したが、状況が全くつかめていない。あんた誰?と聞きたかったのだろう。
「いやー、間一髪。急に飛び出すもんだから焦ったよ。車は急に止まれないぜ?」
「え?車?」
「まぁとにかく、女将さんから頼まれちゃったからね、ケガさせる前に終わらせるぜ…っ!」
言い終わるやいなや、一閃。剣の動きを認める頃には、すでに牛鬼の腕はキレイに切り落とされていた。
あまりの切れ味に牛鬼も腕を失ったことを理解できなかったのだろう。声もあげずに腕を見ていた。
「はい、終わりっ!」
男が剣を突きだすと、今度は大量の氷塊がつららのようになり牛鬼を襲った。
氷に貫かれ、牛鬼は一撃で絶命した。
「…」
その様子を見ていた周りの人間は、あまりの出来事に手が止まり、静まりかえってしまっている。
「…ん?あれ?」
剣を振るった男の方も、周りのリアクションに気がついた。
「そんなことが…っ、クソがぁー!」
皆と同様、呆気にとられていたコザークは逆上して、最も近くにいたフェデに斬りかかった。
「っ!?」
一瞬反応が遅れたフェデは剣を構えた。
しかし次の瞬間、コザークはフェデの視界から消えた。
ハッとして左を見ると、この役人は牛鬼の頭と共に壁にへばりついている。
「大丈夫ー?」
先ほどの男がこれもまた目に見えない速さで牛鬼の頭を切り飛ばしていたのだ。
その頭に吹き飛ばされたコザークは壁に押しつぶされて完全にのびている。
「ウソでしょ…」
フェデは思わず座り込んでしまった。
一人の男が来たことであっさりと決着がついてしまった。あまりの力の差を目の当たりにした残りの兵は戦意を失って全員投降し、捕虜となった。
気が付けば東の空から日が昇ろうとしている。
「あなたは一体…何者なんです?」
あんなに苦戦を強いられていた強敵を赤子の手をひねるように片付けてしまった。
戦いの終わった砦の前庭でルシアンが男に話しかけた。
「ん?んー、まぁ各地を放浪してる旅人、かな?」
「もとはどこの出身で?」
「出身?!そうだね…遥か西のとある国から来てるのさ。」
このゲオルム地方から西は大海だ。となるとまるで別天地から来たことになる。なるほど、身なりはこの国のものではなさそうだ。
「そうですか。…もしよろしければ、僕達の軍に加わってくれませんか?ここで投降した兵も増えたので、指揮官が必要なのです。あなたの腕を見込んで、お願いしたい。」
ルシアンは素直に頭を下げた。
それを見た男はにっこり笑うと、
「いいよ。君は信頼に足る人そうだ。周りを見てるとわかるよ。」
そう快諾した。
「ありがとうございます!申し遅れました。僕の名前はルシアン・フィオレンティーノと申します。」
「そんなに畏まらなくていいよ。こっちまで肩に力が入っちゃうな。…俺の名前は、」
「ユーファ・フェニーシェだ。よろしく。」
戦いの跡が残る前庭で、二人は固い握手をした。
これがのちの英雄との邂逅であった。