表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

短編ラブコメ

人生2周目の鏑木先輩

作者: としぞう

※「GCN文庫1周年記念『短い小説大賞』」受賞につき、現在書籍化企画進行中です。


 この高校には大層な有名人がいる。


 鏑木美春かぶらぎみはる

 中学まではジュニアモデルをやっていた美人さんであり、文武両道を地で行く学力トップ、スポーツテストトップの才能のバケモノだ。

 噂によると何かの新人賞を取って小説家デビューもしているとか――美貌、能力、経済力


 そんなリアル天は二物を与えた(二物どころで済んでいるか定かではないが)な彼女はやはりモテるらしく、金持ちのご子息様であったり、サッカー部のエース様だったり、雑誌モデルもやっているイケメン様だったり――様々な高ステータス男子に告白されたらしい。

 けれど、その全てをすげなく断り、孤高の存在を貫いているらしい。


 正直、俺も彼女については通り一遍のことしか知らない。

 一言に変換すれば、「凄い」と表現して終わり。そもそも彼女は2年生であり、俺は入学したばかりの1年生。

 中学時代に思ったことだけれど、この1学年の差ってのは同じ部活に所属でもしていない限り縮まることはなく、大抵の先輩は他人のまま卒業していくこととなる。


 そして、鏑木先輩はまさに住む世界が違う空の上のお方だ。

 おそらく彼女は将来有名人になるだろうから、それこそ「俺、鏑木美春と同じ学校だったんぜ」と自慢になるか分からない自慢をする程度だろう。

 まぁ、その時には一言、二言くらいは会話をしたことがあると盛らせてもらうかもしれないが――まぁ、その程度なら鏑木先輩本人の耳に入ることは無いだろうし、有名税として見逃してもらいたいものだ。



 ……なんて、俺は思っていた。

 それこそ、入学して1か月程度までは。


 何故、“思っていた”などと過去形になっているのかといえば、その俺の目論見は見事に過去のものとなってしまったからだ。

 

「友樹君。いい加減、署名して貰えないかしら?」


 そんな、聞きなれない女性の声が耳を打つ。

 当然、名前でお呼びいただけるほど、近しい関係じゃない人だ。


「あの、鏑木先輩」

「そんな他人行儀な言い方やめてほしいわね。美春でいいわよ、友樹君」


 他人行儀、というか完全に他人なんですがそれは……。


 そう、俺の目の前にいるのは件の鏑木美春先輩だった。

 本来俺なんかの前に現れる筈のない天上のお方。


 その人が、何故か俺を、校舎の隅も隅、半ば物置と化した廊下の一番奥にある小さな部室に拉致・監禁していたのだ。少々大袈裟な表現だけれど。


「すみません、流石に先輩を呼び捨てできるほど命知らずじゃないです……」

「大袈裟ね。名前を呼ぶくらいタダじゃない」


 大袈裟なものか。

 鏑木先輩は校内の有名人。男女共に憧れるカリスマ的存在だ。

 そんな彼女を俺みたいな一般モブ野郎が呼び捨てにしてみろ。速攻で弾圧されてしまうだろう。


 けれど、そんなことを彼女に言っても仕方がない。

 どうして彼女が俺の前に現れ、こうして校舎の隅まで強制的に連れて来たか本当の理由は定かではない。

 何かの罰ゲームだろうか。こっそりカメラでも仕掛けていて、俺のようなモブ男が美人な先輩に声を掛けられて慌てふためく姿を配信しようとでもいうのか。それとも小説の取材なのか。


 とにかく、俺がここを平穏無事に切り抜けるには、流れに身を任せ、穏便に済ますべきだということは分かる。

 ……分かるのだが。


「あの、先輩」

「美春よ。みはる」

「俺……いや、僕。部の勧誘を受けているんですよね」

「そうね」


 なんでも、先輩の所属するこの文芸部の部員が現在鏑木先輩お一人らしく、一応部活の体を保つためにはどうしても新入生を1人入れなければならないとか。

 それにしてもどうして俺を選んだのか疑問は残るのだけれど、まぁ偶然で処理できなくも無いし、先輩と後輩が接点を持つ理由としては尤もだと思えるけれど……。


「これ、僕には入部届には見えないんですが……」


 今、俺の前に置かれた机には先輩にサインするよう指示された紙が置いてある。

 確かに置いてあるのだけれど……そこに書かれているのは入部届ではなく、


「あの……何度見ても、婚姻届って書いてあるように見えるんですけど」

「気のせいじゃないかしら」

「いや、気のせいじゃ済まないくらい書いてあるんですけど」


 実際、実物の婚姻届なんて見たことが無いし、書式もこれと決まったものが無いなんて話を聞いたことはあるけれど、だからこそこうまではっきり婚姻届の三文字が刻まれているとスルーできないものがある。

 しかも先輩の名前は達筆な字で記載済みだし。


「これ、もしも僕がサインしちゃったら先輩、僕と結婚することになっちゃうんじゃ……」

「まぁ、遊びみたいなものよ。だってこの国だと18歳になるまで結婚はできないのだし」

「あ、確かに」


 僕は今15歳。先輩も誕生日は知らないけれど16歳か17歳の筈。

 いや、女性は16歳から結婚できるんだっけ? よく分からないけれど。


「だからこれは遊びみたいなものね」

「遊びで書くにはヘビーな気がしますけど……」

「いいから。書かない限り解放されないわよ?」


 解放などという言葉は大袈裟でもない。

 俺は今、先輩に拘束されている。足と左手はイスに紐でガチガチに縛り付けられている。

 あの鏑木先輩に2人きり、それもこんな誰も来ないような校舎の隅に……というファンタジーな展開に動揺している内に捕虜の如く捕らえられてしまった俺が間抜けというだけかもしれないけれど、やはりこうまで念入りな対応をされる理由が見当たらない。


「ただの遊びよ、友樹君」

「ひぅ……!?」


 先輩は俺の耳元で吐息多めに囁いてきた。

 その温かくもくすぐったい風に身を悶えさせてしまう俺。


「ほら、さぁ」


 そんな誘惑に一般モブの俺が逆らえる筈もなく、俺は気が付いたらその婚姻届にサインしてしまっていた。

 けれど、まぁ、うん。これは遊びだからな。年齢的な壁もあるし。

 先輩もたまには下民相手に戯れてみたいという衝動に駆られたりするのだろう。どうせこの婚姻届も直ぐに捨てて――


「確かに。さぁ、これは大事に保管するとして――」


 何故か先輩は婚姻届を丁寧に折るとこれまた達筆な字で【重要】と書かれた封筒に入れた。


「あの、先輩? それは?」

「タイムカプセル」

「へ?」

「およそ2年と4か月後に開く予定のタイムカプセルよ。気にしなくていいわ」


 封筒を自分の鞄にしまいつつ、また別の用紙を取り出す先輩。

 再び俺の目の前に置かれたプリントには、今度こそはっきりと【入部届】と記載されていた。

 文芸部、部長名として鏑木先輩の名前も記載されている。


「それじゃあオマケ。これにも名前を書いて。ああ、学年とクラスも」

「え、これがオマケなんですか」

「オマケでしょう。結婚という人生の一大イベントを前に――いえ、現時点だと婚約かしら? まぁ、どちらにしろそれと比較すれば入部する、しないの話なんて些事よ。些事」


 結婚、婚約……?

 な、何を言っているんだ、この人は。


「何を言っているのか分からないという顔ね。ふふ、この頃からそうなのね、友樹君」


 先輩はニコニコと嬉しそうに笑いながら、俺の目の前の机に寄り掛かるように肘をつき、微笑む。


「あの、婚姻届はジョークだったんじゃ」

「そんなこと言ったかしら」

「だって遊びだって!」

「そりゃあ遊びみたいなものでしょう。結婚で一番大事なのは2人の暮らしよ? 婚姻届の提出なんてその入口……ううん、通過儀礼に過ぎないじゃない」

「2人の暮らし……って、先輩!? あの、馬鹿にされるのを承知で聞きますけど、まさか本当に俺なんかと結婚するつもりで書かせたんじゃないでしょうね!?」


 先輩は俺の言葉に対し、意外そうにキョトンと目を丸くする。

 俺的にはその反応が意外だった。てっきり先輩は俺が慌てふためく姿を見て、一笑に付し『本当にアンタなんかと結婚するわけないでしょう。身の程を知りなさい。これはただのドッキリよ』なんて言ってくると思っていたのに。


「結婚、するわよ?」

「は……はぁ!? 俺と、先輩がですか!!?」

「私、鏑木美春と、貴方、日宮友樹君が」


 当然のように先輩はそう言ってのけた。


「大袈裟に驚きすぎじゃないかしら? どうせ15年後に結婚するのだから、それが10年近く早まるくらい何の問題もないでしょう」

「いや、言ってることが良く分かりません!? そもそも先輩と俺は今日が初対面の筈ですが!!」

「ええ、今回はね」


 今回。なんというか不自然なワードだ。

 まるで前回があったような――


「そうね、友樹君からしたら、いきなり美人で色気ムンムンな先輩が突然求婚してきたという状況だものね。そりゃあ混乱もするでしょう」

「自分で美人とか――いや、事実ですけど」

「ふふふ、そういう正直に褒めてくれるところ好きよ」


 先輩は嬉しそうに微笑む。

 いや、この好きは人間的にいいと思う的な好きで――


「訂正。愛してる。愛してたし、今も愛してる」

「表現が過剰です!!」

「事実だもの」


 先輩はやはり嬉しそうに微笑むと何故か入部届を払いのけ、机の上に座った。つまりは俺の目の前に。

 スカートによって隠れていたお尻のシルエットが、机に押し付けられることで露わになる。そして、ブレザー程度じゃ隠し切れない豊満な体が目と鼻の先に……!!


「あのね、私、2周目なの」

「は……?」

「友樹君はRPGとかやったりする? ああ、するわよね。知ってる」

「自己完結しないでください! やりますけど……」

「知ってる」


 先輩は器用に腰を回し、机の上に座りながら俺に向き合ってくる。両足で俺の身体を挟み込むような形――俺のお腹に目があれば先輩のスカートの中身が見えている状態だ。もちろん、目なんてないけれど。

 なんなら俺の目の前には先輩の豊満な胸がはっきりと存在していて、本当に目のやり場に困ってしまう。


「RPGゲームだと、ゲームクリア後に強くてニューゲームってあるでしょう? レベルとか、持ち物とかを引き継いで有利に最初から始められるみたいな」

「あ、あるやつにはありますけど」

「私、それなのよ」

「それって……?」

「強くてニューゲーム……いえ、強くてニューライフと言ったところかしら。引き継いだのは記憶と、知識くらいなものだけれど」


 先輩が何を言っているのか分からない。

 記憶を引き継いだ? 強くてニューライフ?


「鏑木美春として現在絶賛2周目謳歌中なわけ。びっくりよね。ほら、本屋とかに行くと、異世界に生まれ変わって――なんてよく見るけれど、まさか自分をもう一度やり直すなんて夢にも思わないじゃない?」

「は、はぁ……まぁ、そうですね……?」

「でも、おかげさまでそれなりに充実した2周目を送れているわ。大学受験までの勉強なんて殆ど忘れたと思っていたけれど、一度詰め込んでいた分、簡単に取り戻せたし。それに、何より、もう一度貴方に……ううん、貴方と出会うずっと前に貴方に会うことができたんだもの」

「お、俺?」

「ええ。私達、1周目では夫婦だったのよ」


 衝撃の展開。

 百歩、いや、千歩――とにかく何歩も譲って先輩の言葉が真実だと受け入れたとしても、俺と先輩が前回とやらで結婚していたなんてとても信じられない。


「……そういえば、先輩。さっき、どうせ15年後に結婚するとか」

「あら、よく覚えていたわね。流石友樹君、大好きよ」

「か、軽々と大好きなんて言わないでください!」

「事実だもの」


 先輩は、それこそ入学したころに聞いていた、孤高というイメージが一切似合わない、満面の笑みを浮かべている。


「私と友樹君はお見合いで出会ったの。私は仕事がそれなりに充実していて、友樹君も彼女いない歴=年齢のままそこまできてて」


 何か先輩の理由と比べて、俺の嫌な感じなんですけど……。


「それで偶々セッティングされて――好きになっちゃったの」

「随分唐突な……」

「でも本当なのよ。この人しかいない、この人と結婚したいって思っちゃったのよね。私も若かったわ」


 その話が本当なら先輩30歳超えてますよね? 若いとは?


「でね、実際に結婚してみて……もう凄く幸せだったの。ああ、私の人生友樹君と一緒になるためにあったんだなぁって。結局、その気持ちに至れるまで時間が掛かって、子どもも残せなかったのだけれど」

「こど……!?」


 何だか生々しい! って、先輩も顔を真っ赤にしている……!?


「だからね、私がもう一度この人生をやり直せるって分かった時、どうしても友樹君とまた結婚したいと思ったのよ。今度はお見合いまで待たない! もっと早く出会って、愛を育んで、悔いの残らない人生を送るんだって!」

「そ、そですか……」

「……? なんだか他人事って感じね」

「いや、今の話で実感なんか湧く訳無いですし。なんだか、俺と同じ名前の誰かと先輩が仲睦まじい夫婦生活を送っているのを聞かされている感じというか」


 感じというか、なんて誤魔化しはしたが、実際問題その通りなのだ。

 先輩が仮に人生の2周目とやらを楽しんでいるとしても、俺は1周目――先輩と愛を育んだ思い出なんて持っている筈もない。


「ああ、同姓同名の別人かって疑っているのかしら。大丈夫よ。だってこの高校に進学したのも、1周目で友樹君本人から高校の話聞いていたからだし」

「へ、へぇ……」

「ちなみに実家にだってご挨拶に行ったから、友樹君のご両親や妹さん――愛さんのことも知っているわよ。まぁ、今より10年以上先の姿だけれどね」


 妹のことまで――なんだか質の悪いストーカーに捕まった感覚だ。

 いや、先輩ほどの有名人が、凡人代表の俺に対しストーカーするなんて話も十分ファンタジーなんだけれど。


「ああ、勿論、私が知っている友樹君と、現在の友樹君が全くの別人で、あくまで私が愛していたのは前の友樹君だったという可能性だって考えられたわ。けれど、貴方が入学して来てから1か月、しっかりと観察させてもらった結果、今の貴方も愛するに足る――ううん、私の愛をぶつけるに相応しい相手だと分かったの。だから、私は1周目の友樹くんだけじゃない、2周目の友樹君のことも心から愛していると自信を持って言えるわ」

「あの、そう愛してる愛してる連呼しないでほしいんですけど……」

「どうして? 事実じゃない。まぁ、友樹君が照れ屋さんなのは知っていたけれど」


 照れ屋とか照れ屋じゃないとかこれはそういう話じゃない!

 住む世界の違う先輩から何度も何度も愛していると言われると、頭がパンクしそうになるんだ!


「せ、先輩はそれでいいんですか!?」

「それでとは?」

「人生がもう一度やり直せるなんてあったら、普通前とは違う生き方を選ぶと思います! それこそ1周目とやらの知識を活かして有名人になるとか」

「なんだかフワッとしているわね。RPGで例えると、最初の村からいきなり大魔王を倒しに行く的な感じかしら」

「……まぁ、多分」


 なんで先ほどから全部RPGに例えるのだろう。俺が分かりやすいようにだろうか。


「確かに友樹君の言うことは的を射ていると思う。けれど、私の生きる意味は友樹君と一緒に生きるということだし、大魔王を最初に落とすというのなら、今正に進行中よ」

「そ、そんな恥ずかしい事……」

「私という勇者にとって、大魔王は貴方。しっかり落とさせてもらうし、その秘策はあるわ」


 秘策……?

 先輩の言葉に首を傾げると、先輩はニヤリと笑って俺の膝の上に落ちて来た。ファッツ!?


「友樹君が私との結婚を嫌がるなら……自殺する」

「まるっきり脅しじゃないですか!?」

「別に冗談でもなんでもないのよ? だって、友樹君と一緒に生きれないんだったら人生やり直している意味ないし」


 それほど大きな感情を抱かせた1周目の日宮友樹とは一体……?


「大丈夫、心配しないで。私、絶対に貴方のことを幸せにしてみせる。それこそ1周目の知識をあくよ――利用して、友樹君が働かなくても済むようにできるし」

「ヒモじゃないですか!」

「友樹君の為なら本望よ。むしろ貴方を養える喜びに興奮さえ感じるわ」


 先輩はぎゅっとその豊満な胸を押し付け、嬉しそうに身を震わせた。

 いや、怖い。怖いです。愛が重くて、怖い。

 胸の柔らかな感触に喚起する男子高校生の本能を相殺するレベルの怖さって中々無いよ?


 …………嘘。本当は全然男子高校生の本能が勝っているけれど。


「友樹君も元気になってきたみたいね?」

「は、はしたないですよ!?」

「女子高生は大体はしたないものよ。それに学生の身でありながら……というのも憧れのひとつだったし」


 先輩は自身の制服のリボンをするっと解く。何故解く、なぜほどく!!?


「や、やめてください先輩!! 俺達、今日出会ったばかりじゃないですか!!」

「私にとってはそうではないけれど……けれど、出会ったその日にというのも中々刺激的じゃない?」


 先輩はニヤニヤと、からかうように笑いかけてくる。

 

「お、俺、結婚までそういうことしないって決めてるので!!!」


 それは口から出た出まかせだった。

 当然俺はそういう純潔がどうこうという掟の厳しい名家に生まれたわけでもなければ、仕来りの厳しい宗教に加入しているわけでもない。

 ただ、先輩の誘惑に直面しチキっただけだ。


 鏑木先輩は俺の言葉に今日何度目かのキョトンとした目を向けてきて――


「なるほど、確かに友樹君、30を超えても未経験だったものね」


 そう、胸を抉るような一言を放ちつつ納得していた。

 1周目俺よ、そうだったのか。彼女いない歴=年齢と聞いた時点でほぼ間違いないところまで来ていたけれど、そっちの方もしっかり“=年齢”だったのか。


「けれど、そうね。友樹君の意に反することは私だってしたくないし、我慢する。どうせ後数年の我慢だし」

「結婚は俺の意に反していないんですかね……?」

「嫌なの?」


 先輩はショックを受けたように、弱々しく表情を歪ませる。


 それを受けて俺は言葉を詰まらせた。

 正直、先輩程の人が、理由は少々――いや、かなりアレだけれど、これほどまでに好意を露わにしてくれて悪い気はしない。というか嬉しい。

 俺は今まで誰かに好きと言われるような存在ではなかったし。


「いや、そんなこと……ないですけど」


 俺は気が付けばそんなことを口にしていた。どっちつかずな優柔不断……まさに自分では何も決められないモブ男に相応しい行動だろう。

 しかし、そんな俺に対しても鏑木先輩は呆れることなく――


「良かった。婚姻届にサインして貰っているから結婚は確定しているけれど、友樹君が嫌って思っていたら悲しいし」


 そんな前向きな受け取り方をしていた。結婚は確定しているというのも、どう受け止めるべきか分からないけれど。


「でも、いいわ。そういうプラトニックに関係を深めていくというのも学生恋愛の醍醐味だし、友樹君と高校生活を一緒に過ごせるっていうだけで幸せすぎて死んじゃいそうだもの」

「お、大げさでは……」

「全然そんなことないわよ。全然」


 凄く力強く否定された。

 あまりに力強いので、俺も黙らざるを得ない。


「それじゃあ、友樹君。そういうわけだから」


 先輩はそう言いつつようやく俺の上からどいてくれた。何が、どうで、そういうわけなのか俺には分からなかったけれど、あまりに唐突な出来事と、先輩が離れていった虚脱感から最早正常に考えられるほどの余力は残されてはいなかった。



 結局、そんなこんなで俺は流され、結局婚姻届は彼女の鞄にしまわれたままになった。

 当然別途入部届も書くことになったし、連絡先も交換することになったし、先輩が1人暮らしするマンションの合鍵を渡されるし――たった一日の出来事とは思えないくらい色々なことが起きて、俺は先輩の恋人になっ――たのか? あれ?


 よくよく考えると、そういう話をしたわけじゃないよな。

 いや、そもそも結局俺と先輩の関係って何て言い表すのが正しいんだ……?


 なんて思っていたまま1日は終わった。

 けれど、今日という日をきっかけに俺の人生は大きく変わることとなり――2年と4か月後、誕生日のその日に先輩の宣言通りになってしまうのだけれど……それがハッピーエンドなのかどうかは、1周目と比較できる美春さん以外には分からないことだろう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 子供作れなかった発言などから寿命全うできなかったっぽいことが予想されるのですが、何あったのかきになりましたね
[一言] なんか「冴えカノ」の詩羽先輩を思い出したわ。
[一言] やっぱ年上しか勝たんかったこれからもこういうの書いて欲しいです
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ