ゾンビ
それは到底、人間であったとは思えぬ生物だった。
映画やゲームで見たようなモノではなく人のフォルムをかろうじて保っているヘドロのようであった。
表情や人相は全く判らなかったがギリギリ頭部だと判断できる程度であった。
一見腐れかかているように見えるがそれでも歩行はしっかりとしており口や腹からボタボタと得体のしれない液体をこぼしながらこちらへ向かってきていた。
ユウキは今すぐにここから逃げなくてはならないと考えていた。だが不思議と体が硬直し動いてはくれなかった。
それは決して早い速度ではなかったが全くスピードが落ちることなく文字通り一直線にユウキを目指している。
ユウキの目はそれの眼を見てしまった。
それの瞳は赤く染まっており不思議と目線が逸らせない魅力があった。
ユウキの体中から脂汗が大量に噴出しガタガタと震えはじめている。
それでも逃げることができずただ、立ち尽くしていた。
マンゾウ「ユウキ!!!!!何してる!!!早く、逃げろ!!!」
ユウキの腕を突如現れたマンゾウがガシっと掴んだ。
ようやくユウキはそれから目線をそらすことができ、マンゾウを見る。
マンゾウ「ユウキ!!大丈夫か!?早く逃げるぞ!!!!」
マンゾウの言葉にユウキはハッとする。マンゾウは強引にユウキの腕を引っ張り壁へと走る。
ユウキもマンゾウに引っ張られ走る、徐々に我を取り戻していった。
ユウキ「・・・・・マンゾウ。・・・あれ???」
マンゾウ「大丈夫かユウキ!!!とにかく、走れ!!あれはゾンビだ!!!急いで逃げるぞ!!」
マンゾウはまだユウキの腕をしっかりと握りしめていた。
2人は急いで壁へと向かう。砂場の足元が2人の急ぐ気持ちを弄ぶかのようにまとわりつく。
少しずつゾンビとの距離が縮まっているような気がする。
ユウキはここでやっと冷静さを取り戻した。いや、今でも手は震えている。
この世界に来て初めて見た化け物。こんな恐怖は前世でも体験したことがない。
今は体中が凍えるくらい冷たく感じる。
ユウキが走りながら後ろを振り返る。
ユウキ(30~40mってところか。)
出来るだけ冷静に考えるように自分に言い聞かせる。
ユウキ(俺1人なら、なんとかスキルの力で逃げ切れるけど・・・マンゾウを置いていくことになってしまう。・・・・・・それだけは・・・・・、出来ない!)
ユウキは冷静に考えるよう努める。なんとか2人とも助かる方法を。
ユウキ「マンゾウ!よく聞け。ここからは1人で逃げてくれ。」
マンゾウ「・・・何言ってんだ!!!ユウキ!!!いいから、お前も逃げるんだよ!!!」
マンゾウは半分泣きながら俺の腕を放そうとはしない。
ユウキ「冷静になって聞けよ。俺は大丈夫だ。お前はこのまま壁まで走れ。その間、俺があれをひきつけるから。」
マンゾウ「だめだ!!ぜってー、離さねーよ!」
ユウキはわざと少しおどけたように話しかける。
ユウキ「マンゾウ、俺には奥の手があるんだよ。お前がいると、邪魔になるからよ、先に行っててくれ。大丈夫、俺の事お前が1番わかってるだろ!?」
マンゾウは走りながらユウキを見つめる。
マンゾウ「本当に大丈夫なんだな??ホントだな?」
ユウキ「おいおい、マンゾウ。俺が今まで大丈夫だといってダメだった時なんてあるか?1度もないだろ?」
ユウキは呆れたような顔でマンゾウに返した。
マンゾウはユウキの手が震えていることを見逃さなかったが、ユウキが言っていることを今まで1度も信じなかったことはなかった。
昔からこいつは、何かあるとどこからかやってきて問題を解決してしまう。最近は異常なくらいおかしいことが起こるけど、昔からユウキってやつは俺達を助けてくれたんだ。
マンゾウはユウキの腕を離した。
マンゾウ「ユウキ!!!ぜってー、無事に戻って来いよ!」
ユウキとマンゾウはギッチリと手を握り合う。
ユウキ「行け!!!マンゾウ!!!走れ!!!!!」
マンゾウは涙を流しながら壁へと走り出した。
ユウキ(ありがとうな、マンゾウ。お前がいなきゃ俺あのまま、あいつに襲われていただろうよ。お前に助けてもらったこの命。ぜってー、無駄にしないからな!!)
ユウキは自分を奮い立たせる。未だ両手は震えていたが自分に言いきかせる。
心は熱く、頭は冷静に・・・・・・よし。
それとの距離は・・・・・・20m。
ユウキは異空間から武器になりそうなものを探す。
ポケットにナイフ、それと椅子を取り出す。
どうなるか、わからないけどとりあえず椅子を刺又代わりに使おう。
ゾンビ「いごらっ・・!!いぐおうらおうっ!!!」
だんだんと近づくにつれ悪臭が漂ってくる。腐った肉と魚が混じった正に汚物の匂い・・・・。
生前の記憶だと大概、ゾンビに噛まれたりするとそいつもゾンビになってしまうってのが常識だ。
だから、1つの間違いも許されない。
ゾンビはまっすぐにユウキに覆いかぶさるように襲い掛かってきた。
ユウキの持つ椅子の脚がゾンビの胸部を抑え接触を防いでいるが顔を背けたくなる程の悪臭がユウキを襲う。
一瞬、あまりの匂いにユウキの力が緩む。ゾンビの力はその見た目とは裏腹にユウキと同程度であった。
今のユウキの力はスキルによって補正されており力自慢の一般男性程の値はある。
にもかかわらず少し気を緩めると持っていかれそうになった。幸いにも押してくるばかりで引いたりいなしたりはしてこなかったので今のユウキでもなんとか耐えれているのであった。




