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幻日譚  作者: 麓城結社
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「お嬢さんはどなたかしら。私、退屈していたの。一緒にお話ししましょうよ」

 女性は私に向かってはしゃいだ空気を纏い、そう言う。私は根が生えてしまったかのように動けない。女性の澄んだ青い瞳は私に固定されている。初めて浴びる貫くような視線。言いようのないものが脳内を走る。

「何をそんなに恐れているのかしら。ねえ、お名前はなんていうの?」

「アカリです」

「アカリちゃん。可愛いお名前ね。私はディー。どうぞ宜しくね」

「はい」

「アカリちゃん、ここに座って頂戴」

 女性―ディーは自分の隣を指さす。逃げ出したい気持ちが昂るが、私にはその選択肢はなかった。固まった足をなだめ前後に動かす。ディーの視線は私の一挙手一投足を追ってくる。決して逸らされない視線を避ける様に隣に座った。

「なんでそんな遠くに座るのかしら」

 体をぎゅと寄せてくる。そっと避けても、さらに近づいてくる。時には諦めも肝心、と言い聞かせその場に留まる。そんな私の姿を見てか、ディーはふふっと笑いを漏らした。そして急に私の腕を掴む。思わず体が凍る。

「腕……」

「そんなに嫌だったのかしら。ごめんなさい」

 そう言いつつも離す気配は全くない。

「あの、だから腕、離してください」

「あら、嫌よ? 私は貴方と話したいの。離したら貴方、逃げて行ってしまうでしょう。だからそれは駄目」

 張り付いているような笑顔を浮かべている。それは無邪気なようにも毒々しいようにも見える。

「逃げないって約束します」

「本当に? 私をそんなに同族嫌悪している貴方が約束できるの?」

「同族嫌悪? 何を言っているんですか?」

「私と貴方。とっても似ていると思うわ」

「どこがですか」

 意を決して絡みついてくるディーの瞳を見つめ返す。蒼い瞳は美しくて……、そしてどこか恐ろしさを含んでいる。私にこんな眼はできないと思う。

「似てなんていないです」

「いいのよ、どれだけ否定したって。それでもやがていつかは気付くのだから。私たちの根底にあるのは一緒。私はそんなものに出会ったのが初めてなの」

「私だって、」

 あなた程関わりたくないと思った人は初めてです、言う言葉を飲み込む。

「まぁ、貴方がそんなに私を嫌うのなら、しょうがないわ」

 ディーは私の腕を離す。そして音もなくすっと立ち上がった。海の方へ歩き出した。そしてくるりと振り返る。

「さようなら。貴方はまだ気づいていないようだけれど、いつかは見えてしまう。どんなに近づこうとしても、それはあくまで真似事に過ぎないのだと」

「何を言ってるの?」

「貴方がやっていることよ、アカリちゃん」

 ディーは飛び切りといわんばかりの笑顔を浮かべた。

「意地悪してしまってごめんなさい。貴方が可愛すぎるものだからいけないのよ。また会える時を楽しみにしているわ。貴方は嫌かもしれないけれど」

私は貴方を抱きしめたくなっちゃうほど好きなのよ、そういうとディーは髪をさらりと翻し去っていった。私はただその頭が小さくなっていくのを見つめた。


ディーの言葉が時折、頭をよぎる。私とディーはどこが似ているというのだろう。ふらふら商店街を歩いていると言葉をかけられた。

「アカリちゃん、こんにちは」

「ゲンさん、こんにちは」

 言葉の元にあるのはゲンさんのお店だ。

「どうしたんだい?」

「ちょっとね……」

 ゲンさんの言葉に釣られお店に入る。

 ゲンさんのお店は商店街の中ほどあり、なんだか分からない奇妙なアイテムばかりが揃うお店だ。異国の雰囲気漂うお香からきらきらきらめく石、古ぼけた本、実用的な武器……、とりとめのないものが雑多に並んでいる。それら見つけてきた物や買い付けてきた物たちは店内に所狭しと置かれている。ゲンさんに「お店に何があるか把握しているの」と聞いたところ、「何があるかは分かっているよ。何処にあるかが分からないだけ」と楽しそうに笑っていた。

 私はレジ前にある年季の入った丸椅子に腰かける。

「浮かない顔をしているね、珍しい」

「私もそういうときがあるの」

「そうかい、悪かったね」

 飄々としている姿には全く悪びれた空気はない。

 ゲンさんはおじいちゃんだ。平凡で穏やかそうな外見。知り合って見えてくる中身は飄々として、いろいろな経験を重ねてきているということ。店の奇妙な雰囲気と食えない店主に惹かれて常連になっているお客さんも多い。

「お悩みのお嬢ちゃんにはこれをおすすめしよう」

 ゲンさんがレジ下からごそごそと何かを取り出した。

「虫眼鏡?」

「いいや、小さいものが大きく見える魔法のアイテム」

「それが虫眼鏡でしょう?」

「まあそうとも言う。でもこれは一味違う。細かい柄や文字が大きく見えることは勿論、敵がひっそり隠している弱点も大きく見えるようになる」

「へえ」

「ただ、その弱点をピンポイントで突いて大きくしなきゃ見えん」

「そんなことできるの?」

「難しいだろうなあ。だから売れ残っている」

「使えないね」

「使いこなせるかは君次第」

 改めてまじまじ見ても手のひらに乗るくらいの変哲のない虫眼鏡。試しに近くのウサギの置物に焦点を合わせてみると大きく見えた。ゲンさんの方に虫眼鏡を合わせてみる。

「こちらに向けるんじゃあないよ。私の弱点が見抜かれてしまったら困るからね」

「人間の弱点も見えるの?」

「どうだろうね。まだ使いこなしている人に会ったことがないから分からないよ」

 虫眼鏡を通して店内をぐるぐる見回すとなんだか面白い。

「気に入ったのならあげるよ」

「ありがとう」

「いいんだよ。君には笑っていて欲しいからね。あっいらっしゃい」

 山高帽の似合うおじさま。常連客の一人、マコトさんだ。

「ゲンさん、お久しぶり」

「マコトさんこそお久しぶり。最近どうだい?」

 二人が楽しそうに話し始めたのを見て、私は店から出た。気持ちは妙に弾んでいた。


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