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空に溜まっていた水分は絞り切ったかのようにぱたりと雨は止み、真っ青な空が頭上いっぱいに広がった。そんな青空に手を引かれるように街にはぞくぞくと人が集まり、人々の言葉が街に溢れ始めた。
「おいおい、あのニュース」
「ついにロウ大陸の龍も目覚めたんだってな」
「何準備していけばいいかな」
「久しぶり! 会いたかった!」
「目覚める時が来るとはねえ」
「医療薬の準備はできていますか?」
「武器のご用命はこちらまで!」
「昔話を聞いていかないかい?」
「いつかこの時は来るとは思っていたけどついに来ちゃうとはねえ」
「俺は行くぞ」
「ゴウラ大陸の光も通じないんだろ?」
「仲間募集中」
「お兄さん、安くしとくよ。寄っていかない?」
「ちょっと、あんた誰よ」
「なんでもあります! なんでもお申し付けください」
ロウ大陸は一つぽっつりと離れており、他の5つの大陸とは海を隔てている。一番近くにあるのはイチイ大陸だが、山に囲まれているためそう簡単に行くことはできない。そのため、海に面し、常に船が発着するここサー大陸が重宝されるのだ。ただし、サー大陸からロー大陸までも遠く、3つの小さな島を経てようやくたどり着く。私はこの街から出たことがないので地図でしか見たことがないけれど、遠いとの噂はよく耳にする。
冒険者たちが集まれば、商人が集まる。静かな街ににわかにお祭り騒ぎのような賑やかさが訪れる。人々の間を駆け抜ける言葉、刺激を求めてきらめく表情、みんなの興奮が混ざり合い、熱気の渦が作られていくような気がする。
話題の中心は勿論龍について。久しぶりの大事件に心が高った人がそろい踏み、攻略法についての論議が様々な場所で行われている。
静かな街から明るく元気な街に戻るだけで、不安だった気持ちの波が引いていく。集まってくる人の姿を見て思わず頬が緩んでしまう。そんな時じゃないって分かっているのに。
「アッカリちゃーん!」
後ろからぎゅっと飛びつかれた。振り返ろうにも抱きつかれすぎて顔が見えないし、全く離してくれない。この言葉と行動をするのはあの人だろう。
「アスカちゃん?」
「そうだよ! アカリちゃんは今日も可愛い」
さらにぎゅっとくっついてくる。後ろからやってきたユキくんと目が合うと、ユキくんは苦笑を浮かべた。
「アスカ、そろそろ離れろ。アカリちゃんが困っている」
「えー困ってないよね?」
「……困ってないよ」
「言わせるな」
「えぇー。あっ、ユキもアカリちゃんといちゃいちゃしたいの? でもこれは女の子の特権だからね」
「そんなこと言ってない。こっちからはアカリちゃんの表情が見えるんだ」
「むーん……」
アスカちゃんが解放してくれて、ようやくアスカちゃんの顔が見える。勝ち気でくりんとした茶色い瞳と目が合う。瞳とお揃いの色の髪は一つに括られていて腰ほどまである。動きやすそうな白のタンクトップに太ももが綺麗に見える短い紺のショートパンツ。黒の上着をラフに着て、腰には拳銃を下げている。
ユキくんは飽きれたような表情をアスカちゃんに向ける。穏やかな緑の瞳と黒い髪。綺麗な顔立ちのせいか、人柄の為かそんな表情を浮かべてもどこか優しさが漂う。格好は近所に買い物に行くくらいラフで腰に刀を差している。
アスカちゃんもユキくんもよくこの街に来てくれる人たちだ。そして来るたびよく話すうちに仲良くなった。元気が溢れているアスカちゃんといつも冷静なユキくんとは性格が違うけれど、二人とも仲が良い。
「アカリちゃん、お久しぶり。今日も可愛いね。その黄色いワンピースも似合ってる!」
「えへへー、ありがとう。ユキくん、お久しぶり」
「久しぶり」
「ユキは素っ気ないなぁ」
「うるさい」
「二人も行くの?」
「もっちろん。これは見逃せない」
「ああ」
2人は目を輝かせてそう言う。恐らく二人の思いは一緒なんだろう。
「そうなんだ。頑張って!」
「うん! これから必要なものとかいろいろ揃えようと思っていて。じゃあね」
「ばいばーい」
二人は手を振って去っていった。
それからもいろんな人がやってきた。懐かしい人も大勢いた。楽しかったけれど、人の波が一段落すると、私の足は自然に海の方へ向かっていた。港から離れた海岸は人気がなく喧騒も鳴りを潜める。海岸沿いのブロックに腰掛けると緩やかな波の音が耳をくすぐった。
寄せては返す音に耳を傾けていると、妙な音が耳についた。波の音ではない、何かの声のようなもの。その音の方に向かうと、一人の女性が先ほどの私と同じようにブロックに座っていた。長い髪は光の加減で黒の様にも藍の様にも見える。髪がさらり、と揺れ女性がこちらを向く。その瞳は今まで見た何よりも澄んだ蒼をしていた。
「こんにちは」
その言葉と瞳の前に私は立ち竦んでしまった。