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「雨が降るのは何かの前触れ。それは皆さんよくご存じでしょう。以前の雨の後は洞窟の一部が壊れ、街にまで魔物たちが降りてきました。あの時は多くの人の協力の元、討伐成功しましたね。あれから随分の間、雨は降りませんでした。そして、今回長雨が降りました」
お兄さんはふっと一息入れる。ここからが本題なのだろう。
「さてこの国には龍が封印されていますね。国と龍とは切っても切り離せない関係です。その封印が解かれたとき、龍はその凶悪な姿を現します。そのことを各島々の龍が目覚める度、私たちは痛感させられます。前置きが長くなりました。ロウ大陸の闇の龍の封印が解かれました。今、ロウ大陸は龍による闇で覆われているのとのことです。闇はどんどんと広がっていきます。イチイ大陸に差し掛かる日も遠くはないでしょう」
「えっ……」
思わず声が漏れる。ロウ大陸は大魔術学校のある街だ。多くの魔術師が集い学びを深め、その力を手に魔獣討伐や封印などを行っている。どこよりも魔術関連について強い力を持つ場所だ。だからこそ、どの大陸よりも強い力で封印されていたはずなのに。
「今まで目を覚ました巨大な力を持つ5体の龍を私たちは再び鎮めることが出来ました。闇の龍もきっと私たちが協力すれば鎮めることができるはずです。最後の龍、それを鎮め、この世界に平和を取り戻しましょう」
普段の柔らかな声とは違い力強い声でお兄さんは言う。その言葉と声に私も思わず力が入る。手に違和感があり、下を見ると黒い毛玉が爪を立てていた。強く掴みすぎてしまっただろうか。手を離すと体を捩り、私の手から逃げ出した。
「待つべき明日を信じて。また情報が入り次第、放送します」
お兄さんがラジオを終わらせるとお兄さんの背中からふっと緊張感が解ける。そして弱った顔をこちらに向けた。
「と、言うことなんだよ、アカリ」
「本当のことなんだよね?」
「勿論。こんな壮大な嘘、俺が付けるわけないだろう」
「そうだね」
龍。それは私たちに恩恵と破壊をもたらすもの。少し昔話をしましょう。
古い時代、この世界を支配しようと6頭の龍がやってきました。その6頭の龍たちはこの国の6つの大陸を一頭一大陸支配しました。人々は龍による圧倒的な破壊の元成す術がなく、龍に蹂躙されるがまま、逃げまどい、龍の目につかぬ場所でひそかに暮らしました。龍に立ち向かう者もいましたが、龍に倒されその力の前にひれ伏すのみでした。
そんな時代が長らく続き、人々は龍に立ち向かうことを諦めました。しかし、密かに力をつけ立ち向かおうとする人もいました。それが修業を積み龍に対抗する術を身に付けた6人の魔術師と6人の剣士たちでした。彼らはそれぞれの得意な技を持ち、2人一組で龍の討伐に向かいました。龍を目の前にしてただただ破壊を目に焼き付けるしか出来なかった人々にとって希望の星であり、ようやく現れた光である彼らの元に人が集い龍へ立ち向かった。
多くの犠牲を出しながらも彼らは6頭の龍をそれぞれの大陸に封印しました。あまりにも圧倒的力故、討伐まではかなわなかったのです。イチイ大陸には炎龍、ニウ大陸には土龍、サー大陸には水龍、ヨウル大陸には風龍、ゴウラ大陸には光龍、ロウ大陸には闇龍が封印されました。
封印して龍は静まりましたが、有り余る力は漏れ出しました。初め人々は恐怖しましたが、徐々にそれは恩恵をもたらすものだと気づきました。炎龍は安穏の温もりを、土龍は美味な作物を、水龍は豊富な水を、風龍は清爽な気候を、光龍は朝夕の光源を、闇龍は多彩な生物を。それぞれの大陸は龍の力を得、発展していったのです。それがこの国に伝わる昔話。
龍の封印が解かれ、昔話はお伽話ではなく、伝説となった。今ではロウ大陸以外の龍は今迄に封印が解かれ、再び封印したり和解したりと鎮めることができ。再び恵みを受けながら生活することができている。
この街、水龍は海の底の神殿に封印されていた。悪きし魔術師がその封印を解いた。封印が解かれた後、街には魔物は海中を蔓延り倒してもきりはなく、海は荒れ、嵐と津波が町を襲った。町は水浸しになり1階の家は浸水した。人々はパーティを組み討伐へ海の神殿へと向かった。私は討伐に参加しなかったが、それは大変な戦いだったそうだ。再び海の底の神殿に封印され、この街は以前のような穏やかな姿を取り戻した。
「もうロウ大陸はもう真っ暗なの?」
「そうらしい。暗闇に閉ざされ、あたりが見えないそうだ。ゴウラ大陸製の光でもかき消されてしまうらしい」
「ゴウラ大陸製もダメなの……」
ゴウラ大陸で取れる燃料を使ったランプはどんなところでも照らす光で有名だ。ゴウラ大陸で採れる特別な石の中には光が眠っており、石を割ると光が溢れ出す。その光は深い闇や水の中、どんな場所でも先を見通せるだけの明かりを湛える。そんな龍の恵みの光も勝てないなんて。
「闇龍は最も謎に包まれているからな。他の龍は言い伝えやら伝説やらがあるけれど闇龍にはない。2人の魔術師と剣士についての詳細も不明だ。そこも解かなくてはいけないのかもしれないな」
「そうだね」
黒猫ラヂオを出て帰る途中もお兄さんの言葉が頭の中をぐるぐる回る。闇の龍、すべてが暗闇とはどんな気持ちになるのだろう。思わず辺りを見回す。雨はいまだにぽつりっぽつりと降っており、街は静かだ。なんだかいてもたってもいられなくなり、駆け出していた。