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その音は微かな響きだけでも私の耳に届いた。その音がすると磁石に惹きつけられるように私の体はゆらゆらとそちらへ向かった。初めの頃は私が近づくと音は鳴りやんでしまったが、何度も繰り返すうち私が居ようが居まいがそれは鳴り続いた。
そのものの音に比例するように母さんの呻きの頻度も上がっていった。地面を揺らし世界をも揺らしてしまうのではないと思うほどの響き。母さんの傍にいるときにその呻きを聞くと私の体はバラバラに砕けてしまうのではないかと思うほどだ。私は母さんの傍を離れ、音を発する者の傍にいることが増えた。
「君はこの歌が好きなの? ……って聞いたところで分からないよね。見た目からして不気味だけどこうも何もない空間に一人でいるのはしんどいし、懐かれると愛嬌すら感じてくるな。君は何者なんだい?」
思わず立ち竦んでしまうその音を怖いもの見たさで近づくと同時にそのものにも興味が湧いていた。くるくると動き飛び跳ねリズムを刻む。一連の行動が終わると最初の頃は一人座り込んでいたが、徐々に私に構うようになっていった。皮膚に触れてみたり、共に洞窟を探索してみたり。何かを共にするという体験は初めてで妙に胸がくすぐったくなった。
そのものは音を連れ立って徐々に母さんのねぐらへと近づいてくる。母さんの声色に我が家に近づくものへの警告、眠りを妨げようとするものへの怒り、そして微かに恐れが混じる。そんな母さんの声を知ってか知らずか、音はさらに可憐で熾烈に私たちの上に降りかかってくる。ある日私が母さんの傍で寝ていると、首根っこを掴まれた。大きな母さんとの力比べで勝てるわけもなくされるがままだった。母さんの傍にいると敵対心と一抹の不安が伝わってくる。ちっぽけなあのものは一体何者なのだろうという疑問が首をもたげる。それに答えてくれる者はいない。
「いよいよこの時が来たわ。もう腹は括った。行くのよ私」
あの音と規則正しい足音。もうそこまで来ている。母さんは警戒態勢に入り、低い呻き小声を漏らす。私は母さんの後ろに隠れる。その音は朗々と響き渡る。見えてきたその姿は妙に大きく見えた。軽やかに舞う姿に目が奪われる。
それは一瞬だった。母さんのこめかみに舞いに使われていた剣が突き刺さる。母さんは狂ったような声を上げ、それを振るい落とす。そして長い舌でずるりと掬い上げ飲み込む。飲み込んだ直後からのたうち回り、それは長い間続いた。ある日糸が切れたようにぷつりと静かになるとそれ以降全く動かなくなった。
恐ろしいほどに静かになった。動くものは私以外いない。暗闇の中私は身を縮めて眠りに落ちた。