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幻日譚  作者: 麓城結社
10/16

8

長い間暗闇だけを友としてきたそれにとって、突如現れた存在はなんとも興味深いものだった。闇は何も発せず、傍にあり続ける。対して侵入者は騒がしく同じ場所に留まらない。気付くとちょこまかと動いており、なにやら音を発する。初めて見るものに興味を抱き掴もうとするが、ひゅるんひゅるんと逃げられてしまうため観察をすることにした。くるくる動く姿、その音の連なりを聞くことはどれだけ眺めていても飽きることはなかった。夢の中に顔を埋めることが減り、その姿を眺めることが格段に増えた。

「それにしても、あなたは動かないのね。ここは暗くてさっぱり分からないけれど、いくら風投資が良いとはいえ体中に苔が生えているのではないかしら。私もずっとここに居たら苔むしてしまいそう。いったん散歩に出かけましょう、そうしましょ」

 その音を最後にそれの世界は再び沈黙に支配された。

 姿が消え、今まで通りに戻っただけ。また夢と現実の狭間を行き来する、ただそれだけのこと。そのはずだった。それなのにそれは今までの様に闇に身を浸し、揺蕩うことができない。あの姿を再び見ることができるのか、もう二度と見られないだろうかという答えのないことばかりが頭を巡る。今まで感じたことのないものに襲われ、内面が掴まれているような痛み。知らず知らずのうちに声が漏れていた。自分でも聞いたことのないような音がは闇の中に響き渡った。遠くにいたあの者にも届く程の音が。


「地鳴りがしたからびっくりしたわ。あなた、大丈夫だった?」

 あの音だ。裡なる痛みが息を吹きかけた蝋燭の火の様にふっと消えていく。そして胸に火が灯ったように温かくなった。知らずのうちに声が漏れる。

「あら、あなたの声だったの! ちゃんと声が出たのね」

 心地よい音。思わずまた声を出す。

「それにしてもすごい音。これは言葉なのかしら」

 それは帰ってきてくれた者の前に手を差し出す。その者はふわり、とそこに乗った。手のひらの上からこちらを見てくる。くすぐったくなり声を出す。

 それが声を出す、音が返ってくる。それを求めて声を出し続けた。ふとそれは思った。その音に意味はあるのだろうか。注意深く聞いていると音にも高さがある。動きにも連動しているようだ。それは理解がしたくて真似をし始めた。

 音は小さく丁寧に。それが真似しようとしていることに気付いたのか、何度も同じ音を繰り返した。丁寧に近づける。徐々に近づいていく。その時はふっと訪れた。

「そう! それよ! 近づいているとは思ったけれど、本当に喋れちゃうとは思わなかったわ! 最初の言葉がこれだなんて幸先良いわ」

 くるくる動く姿に眺めその時間に身を浸す。夢を見ている時間はなさそうだ。


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