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エジプト忍者、異世界を行く  作者: ヴィクトール
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遭遇! 親の仇は三千里!?

 傭兵とはなんであろうか、金をもらい対価として戦う。これは古来より行われてきた兵士としての基本の仕組みだ。古くは日本でも武士と雇い主の形はそうであった。しかし本当に傭兵にとって大切なのはそれだけであろうか?




「おいしいのね!」


「おいしいッヒねぇ」


 二人の女が酒場で食事を摂っていた。片やオムライス、片やマッシュポテトである。


「ニューニャ、ほんとにこの街にターゲットが来るんでッヒ?」


 ニューニャと呼ばれた小柄な女は桃色の長い髪に側頭部からねじれた角、そしてゆったりとした赤い毛皮の服と大きな黒い帽子を身に着けていた。


「間違いないのねベアトリクス、やつらの進行方向から考えるとこの街を経由する可能性が非情に高いのね」


 ベアトリクスと呼ばれた女は茶色いセミショートの髪に身に着けているのは青い帽子に青い服、左右でちぐはぐな色のズボンや靴、そして全体的に衣服に意図的な切り込みが複数見受けられるという異様な格好であった。


「あいつら、絶対に許さないのね……!」


 ニューニャは心底いらだたしそうに言った。


「まぁ私に任せればいいッヒ、ところで服の切り込み増やしたんだけどかっこいいんベルク?」


 ベアトリクスは自分の服に切り込みをいれた箇所を見せて言った。


「ええ、多分かっこいいのね。よくわからないけど」


 ニューニャは興味なさげに返す。


「よかったンベルク、失敗して縫い直すのはかっこ悪イッヒからね」


 ベアトリクスは安堵した声で返した。


 





 時を同じくして、六郎とフィオナはこのあたりでは大きな街である「モデナ」を観光していた。モデナは円形競技場における馬による戦車レースが有名であり、現地のブランド小麦を使ったビールも観光客を集めるポイントであった。


「こんなに大きな街に来たの初めて!」


 夜にたどり着いたときとは違う街の雰囲気にフィオナははしゃいでいる。


「ちょっと観光していくか、もしかしたら清海と鉢合わせるかもしれないしな」


 六郎ははしゃぐフィオナの後ろを着いていく。


「レース見に行きましょ!」


 六郎の手を引っ張りフィオナは競技場の受付に向かう。


「いらっしゃい、馬券が欲しいのかい?」


 受付には馬のような顔をした男が座っていた。


「十枚頂戴!」


 フィオナは言った。


「オッズはこんなかんじだが、どれにするね?」


 出馬表を見せながら男は言った。


「見て六郎、このスプリングノドカって馬オッズ千倍だって、千倍!」


「それ倍率的に相当弱いんじゃないのか?」


「おじさんこれの券十枚!」


 フィオナは六郎を無視して言った。


「よっしゃ、スプリングノドカ十枚!おじょうちゃん元気がいいからタダで持ってきな!」


「やったぁ!」


 タダで馬券をゲットし大はしゃぎでフィオナは競技場へ入っていった。


「あいつギャンブル狂いにならないか心配になるな」


 六郎はぼやいた。





 競技場の中は人が多く、凄い熱気である。


『それでは、各戦車入場です!』


 戦車を引いた馬がぞろぞろと入ってくる。


「わーーーーっ!」「ミニマロンボウシがんばれーーっ!」「オサケーーっ!勝ってーーっ!」


 凄まじい歓声が場内に響く。


『それでは各馬紹介していきます。実況は私カエサル』


『解説は私ブルータスが担当します』


「わーーーっ!」


『一番はミニマロンボウシ、これまで七連勝中の超実力馬です!純正ユニコーンは伊達じゃないということでしょうか!? 騎手は北の国出身の元騎兵隊、テレンス! 文句なし一番人気です!』


『ん~、いい感じに仕上がっていますね。落ち着いていますし今回もかなり期待ができるんじゃないでしょうか?』


「わーーっ!」


『二番はオサケ、人気の若馬です。通算の戦績は二十戦中十二勝となかなか油断できません! 馬主の両親の墓石を使って作られたゴーレム馬と聞いていますが。家族愛の力をみせることができるか!? 騎手は南の島出身の元司祭、ソマレです!』


『ん~、ちょっと暴れてますね、レースまでに落ち着けばいいんですが。あと親の墓石はまずいでしょう』


「わーーっ!」


『三番スプリングノドカ、通算成績百戦中百敗! 今回こそ勝ってくれるのか! もしかしたら、今度こそ奇跡を起こしてくれるかもしれません!ロバとブタを掛け合わせたという噂を払拭してくれるのか!? 騎手はタヌキが人間に化けていると噂のムッジーナです!』


『ん~、やはりかなり小柄ですね。戦車レースにおいて小柄ということはやはり振りになります。騎手の腕の見せ所ですね。あとブタの血はレギュレーション違反ではないんですか?』


「がんばれーーーっ! スプリングノドカーーーっ」


 フィオナは全力で応援をしている。


「こりゃすごいな、これまでに見た村や街とは規模が違う」


 六郎は感心して言った。


「しかしこれはなかなかうまいな」


 六郎は特産ビールを飲みながら言った。現地産の小麦で精製されたそれは一口ごとに体内に吸収されていくのを感じる。


「しかし羊の胃袋にビールを入れるなんて変わった入れ物だな」


 羊の胃袋を使った容器は適度に伸縮し、飲むとき以外は自動的に閉じるようになっているらしい。


「おもしろいな、ひとつ持って行きたいところだが、おっと……」


 容器を足元におっことしてしまう。


「あれ、どこに行った?」


 足元を探すが見つからない。満員レベルで人が多いので目視では探せなさそうだ。


「しまったな、レースが終わるまで待つか」


「そこの御仁、これはあなたのではないッヒ?」


 横に座っていた。異様な青い服を着た女が話しかけてきた


「こっちに転がって来たんベルク」


 女はそう言いながら六郎が落としたビールの入れ物を差し出してきた。


「ああ俺のだ。ありがとう」


「よかったンケルク、こんな人が多い場所で無くしたら見つからなイッヒからね」


「そうだな、ところであんた。その訛りもしかしてドイツ人か?」


 六郎は尋ねた。


「そうでッヒ。そういうあなたはアジア人デルク?」


 その女は言った。


「そうだ、訳あって旅をしている」


「なるほど、実は私も訳ありの旅をしてるンベルク」眉をひそませながら女は続けた。 「実は横に座っているのは私の雇い主でッヒ。彼女は父親を殺した仇を探しにこの街まで来たンベルク……」


 女の隣には長い桃色髪に鹿のような角を持つ少女が座っていた。目を輝かせながら馬を見ているようだ。


「角が……、もう驚かないぞ」六郎はため息をついて続けた。 「まだ小さいのに、親が殺されるとはかわいそうにな」


 六郎は腕を組みながら目を閉じ、彼女の亡き父親に思いをはせた。


「あっ、始まるみたいッヒね」


 女の指差した方向を見ると馬達が横一列に並び開始を待っている。


『それではレース、開始!!』


 実況の声に合わせて一斉に馬達は走り出す。


「わーーっ!!」「がんばれーーっ!」


『ミニマロンボウシ早い早い! オサケも追いついてきています! 後続馬も続々と後を追います!!』


「行くのねん! ミニマロンボウシ!」


 桃色髪の少女は一番人気の馬を応援しているらしい。


「あの馬に結構お金をつぎ込んでるみたイッヒ」


 女は耳打ちしてきた。


『お~っと! スプリングノドカどうした!? 集団から既に三十馬身離されています!』


『ん~遅すぎですね。よくみたらあの馬、足が三本しかありませんしそりゃあ遅いですよ』


「あ~っ! スプリングノドカ負けないで!!」


 横で必至にフィオナが応援する。


「いや、無理だろ」と言おうとしたが六郎は口を閉じた。


『ミニマロンボウシ早い! 早いぞ~~! ややっ!? これはどうしたんだ!』


 実況が慌てだしたのに共鳴するかのように、観客は静まり返る。


『ん~、これは故障ですね。これまでのレースの疲労が爆発したんでしょうか』


『ミニマロンボウシに続き後続場もどんどん道を逸れていきます! まさかの集団故障か!? いや、一頭だけまっすぐ走っています!! スプリングノドカです!!』


「わーーーっ!」「うそーーーっ!」「くそがーーっ!」


 観客は騒ぎ馬券を投げ捨てていく。


『ん~スプリングノドカは百戦も試合をして大丈夫なんですから相当タフなんでしょう。親がロバということによる耐久性と小柄な体型のおかげで負担も少ないですからね。なによりあの鈍足では故障しようがないでしょう』


「やったぁ! スプリングノドカいけーっ!」


 フィオナは全力で応援する。


「私のミニマロンボウシが……」


 桃色髪の少女は肩を落としてうなだれる。


「親に続き、金まで失うとは。不憫すぎる」


 六郎は言った。


「ほっといていいンベルク」


『スプリングノドカ走る! 走る! いくら走っていても時速二十キロですが今日はそれでいいのです!! 今一着でゴーール!! うわっ、なにをするブルータス、お前もかーっ!?』


「わーーーっ!」「すげーーーっ!」「金かえせーーーっ!」「肉にしろーーーっ!」「実況と解説が殺しあってるぞーっ!!」


「やったぁ! 私換金してくる!」


 そう言うとフィオナは換金所へと消えていった。


「行っちまったか」


「なかなか元気なお嬢さんベルク、この街はもう見て回ったンベルク? まだなら是非市場を見てみるといいッヒ」そう言うとその女はとなりの少女に体を向けて続けた。 「ほらニューニャ、元気だすンベルクね」


 ニューニャと呼ばれたその少女のダメージは大きいようだ。しばらく顔を上げる気力はない。


「俺はそろそろ行くとしよう、後で市場に行ってみるよ。またな」


「またどこかで会えるといいッヒね」


 六郎はその場を後にし換金所に向かうと多額の賞金を得ていた。


「いっぱい賞金もらっちゃった! 数年分は働かなくてよさそう!」


 フィオナはうれしそうに言った。


「稼ぎすぎだろ。そんなに持ってたら旅できないんじゃないのか? どこかに預けるか、市場でなにか買って減らすか?」


「そうしましょ!」






 二人がたどり着いた市場はとても活気があり。多くの人々が往来していた。商店には食料品から工芸品まで様々なものが並んでいた。


「見て六郎! 馬車が売ってる!」


 フィオナが指差した先には小麦を運ぶ際に使用されるタイプの馬車があった。


「ああ、移動用に一つ買っておくか? お前の金だから別に構わないが」


「買おう!」


「じゃあ後で買おう、今買うと邪魔になりそうだからな」


 二人は市場を進んでいく。


「見て六郎! ゴブリンおばさん印のクッキー! これすごい人気なの!」


「一つ買っておくか、こういう異国感のある食べ物はおもしろいな」


「見て六郎! スプリングノドカのはずれ馬券が格安で売ってる! 交通安全のお守りになるんだって!」


「一つ買っておくか、馬車に轢かれることはあまりなさそうだが」


「見て六郎! ガーゴイル人形! 最近都会で流行ってるんだって!」


「それ欲しいか? お前の金だし別にいいけど」


「六郎、なにこれ?」


 フィオナは見慣れないものに注意を向けた。


「俺もわからん、不思議な香りがするがなんだこれは?」


 二人が見ているのは灰色と琥珀色が混ざったような石の塊である。


「それは龍涎香だよ。クジラが体内で生み出すといわれている香料で、海に流れ着いてるものを仕入れているんだ。一つどうだい?」


 店主のリザードマンらしき男が説明する。


「馬車に一つ置いておくといいかもしれないな」


「おじさんこれ一つ!」


 フィオナは迷わず購入を決意する。


「よっしゃ! おじょうちゃん元気がいいからタダで持っていきな!」


「やったぁ!」


「おい! 金減らねえぞ!」


 二人が衝動買いを続けていると、反対側から先ほどの青い服の女が歩いてきた。


「おや、さっきの御仁ではないッヒ?」


「ああ、さっきの」


「凄い格好だけど、六郎、知ってる人?」


「ああ、さっき競技場で隣に座ってたんだ。連れの女の子はいないのか?」


 六郎は問いかける。


「人が多くてはぐれてしまったンベルク」やれやれという顔で女は続ける。 「そういえば自己紹介がまだだったンベルク。私はベアトリクス。ドイツから来た傭兵デッヒ」


「俺は六郎だ。日本から来た。こっちは連れのフィオナ」


「どうも」


 フィオナは挨拶をする。


「二人ともよろしくンベルクね」


 ベアトリクスは返した。


「あっちにおもしろいものがあるから一緒に見ないッヒ?」


「なにがあるんだ?」


「見ればわかるンベルク」


 ベアトリクスに連れられた先にあったのは柵で仕切られた闘鶏場であった。


「闘鶏場か、はじめて見たな」


 闘鶏とは古来より存在する鶏を戦わせる競技である。ただの鶏同士のケンカではなくそれぞれの足には小型のナイフが取り付けられ殺傷力を上昇させているのだ。無論その刃を受けて倒れた鶏は帰らぬ鳥となるのだが。


「戦車レースもいいけど闘鶏も面白イッヒ」


「あっ、入ってきた」


 柵で仕切られた小さなフィールドに二羽の鶏が入っていく。


『さぁ、選鶏紹介! 第一コーナーに立つのは龍殺しを達成したと言われる鶏、「ドラゴンキラー」です!』


「「「わーーっ!」」」


 第一コーナーには筋骨隆々の無駄な脂肪を削ぎ取ったかのような鶏、その眼光はまるで鷹のようだ。


『第二コーナーに立つのは事故で首を失いながらも凄まじい生命力で生き延びた鶏、「チキンネックレス」です!』


「「「わーーーーっ!」」」


 第二コーナーに現われたのは体中傷だらけ、何よりも首が無い鶏であった。


「うわっ、あの鶏首が無い!」


「あれでどうやって生きてるんだ?」


 フィオナと六郎は首の無い鶏に驚いた。


「元々屠殺される予定だった鶏が首を切られた後に動き出したらしいッヒ、その後飼い主が見た目のインパクトを生かして闘鶏に出場させたそうでッヒ」


「でも首を切られてなんで生きてるの?」


「噂では首を切った時に少し脳が残ってたからそれで動いてる可能性があるらしいンベルク、まぁ本当のところはわからないンベルク」


「まるで御伽噺みたいな話ね」


「にわかには信じがたい話ではあるンケルク」


「しかし、これはさすがにドラゴンキラーに軍配があがりそうだな」


 六郎はたくましい鶏の体を見る。


「いや、チキンネックレスが勝つんベルク」


 ベアトリクスは言った。


「どうみてもドラゴンキラーの方が強そうだが」


「まぁ見てるといいッヒ」


 ベアトリクスは言った。


『試合開始!』


「コケーーッ!」


 試合開始と同時にドラゴンキラーは素早く距離を詰めとび蹴りを見舞った。足に取り付けられた小型ナイフがチキンネックレスの体を引き裂く。


『ドラゴンキラー先制攻撃だーーっ!!』


「わーーーっ!」


 しかしチキンネックレスは特に慌てる様子も無い。傷を負ったままドラゴンキラーに反撃した。


『おおーっと!チキンネックレスも反撃したぞーっ!』


「わーーっ!」


「チキンネックレスは脳が無いから痛覚がないんデッヒ、でも視覚と聴覚が失われている分外部からの刺激に対して素早く反応できるんベルク」


 ドラゴンキラーとチキンネックレスは互いに猛攻を繰り広げる。猛攻といっても攻撃は全て飛び蹴りだが。


「痛覚が無ければひるまずに攻撃できるンベルク互いにナイフを持ってるなら痛みに耐え切れずひるんだほうが負けるヴァルト」


『おおーっと! ドラゴンキラーひるんできたぞ! チキンネックレス絶えず猛攻!』


「すごい、弱そうだけど勝ってる!」


 フィオナが興奮する。


「こけっ!こけっ!」


「コケーーッ!」


 長い戦いの末、とうとうドラゴンキラーは地面にキスをする運命となった。


『勝者、チキンネックレス!』


「「「わーーーっ!」」」


「予想どおりッヒ」


「なかなか面白い戦いだったな」


「面白かったけどなんか疲れた~」


 フィオナは六郎にもたれかかる。


「ちょっと休憩するンベルク、この先に広場があるンベルク」


「そうするか」








 ベアトリクスに連れられ六郎達は広場にやってきた。


「よいしょっと」


 フィオナが段差に腰かける。


「しかしこの街は本当に活気があるな」


「この街は交通の便もよくて港町も遠くないから商人がいっぱい集まるんでッヒ」


 その時、角を生やした長い桃色の髪の少女がこちらへ歩いてきた。


「ベアトリクス、やっと見つけたのね!」


「ああ、ニューニャ」


 ニューニャは安堵してベアトリクスの横に座る。


「どこに行ってたのね! 散々探したのね!」


「ちょっと闘鶏見に行ってたンベルク」


 怒るニューニャに対してベアトリクスは悪びれる様子も無い。


「むっ? なんだかクジラのうんちみたいな匂いがするのね」


 ニューニャは香りの元を辿りフィオナの前に来た。


「ああ、もしかしてこれ?」


 フィオナは龍涎香を取り出す。


「それを持ってるなんて、あなたとってもお金持ちなのね?」


「いやー、さっきの戦車レースで買っちゃって」


「戦車レース!? うっ、頭が」


 嫌なことを思い出したとばかりにニューニャは頭を抱える。


「君は自分の親の仇を探していると聞いたが」


 六郎が言った。


「そうなのね、私の父を殺した奴らを追っているのね」


「どんなやつらなの?」


「直接父を殺めたのは傭兵のハンナマリとかいうスキー狂いの女らしいのね、でもそれに加担した猫みたいな耳の女とアジアとかいう地域から来た怪しい妖術を使う男がこの街に来てるはずなのね!」


「ハンナマリ? どこかで聞いたような?」


「最近聞いた気がするような」


 六郎とフィオナは考え込む。


「そういえば奇遇にも二人はその特徴に当てはまるンベルクね」


「ほんとなのね! 不思議なこともあるのね!」


「「「「はっはっはっ」」」」


 ニューニャの顔から笑みが消えた。


「って、こいつらがそうなのね! こんな変わった二人組みなんてそうそういるわけないのね!」


「えっ、この二人がターゲットなンベルク?」


「お前達がその六郎とフィオナとかいうやつらなのね! ここであったが百年目なのね!」


 六郎とフィオナはすかさず距離を取る。


「思い出したぞ、ハンナマリといえばあの雪山でコサックのボスを倒しやつだな」


「ああ、あの人。でもこの子角生えてるけど?」


 フィオナは言った。


「当然なのね、私のパパはコサックだけど、私のママはサキュバスなのね」


「サキュバスとコサックのハーフだと!?」


 衝撃の事実、六郎とフィオナは驚きを隠せない。


「さぁベアトリクス! やつらを殺すのね!」


 ニューニャは剣を抜きながら言った。 


「そういうことデッヒ、悪いけど仕事だから死んでもらうンベルク」


 そう言うとベアトリクスは槍を構えた。


「やれやれ、こりゃあ一戦交えるしかなさそうだな」


 六郎とフィオナは構えた。


 突如広場で得物を持ち出した四人組を見て周囲の人間は皆一同に騒ぎ出す。


「わーーっ」「なんだなんだ?」「劇の練習かしら?」「あの人凄い服着てるな……」


「オーディエンスがいると気分がいいッヒねぇ」


 そう言うとベアトリクスは六郎に向けて槍を突き出してきた。


「うおっ、速いな!」


 すかさず六郎もケペシュで応戦するがベアトリクスは難なく槍で受け返す。


「やはり御仁、かなりできるッヒね!」


 ベアトリクスは連続で突きを繰り出す。


「まずいな、避けるので精一杯だ……!」


「六郎,私が援護する!」


 フィオナは弓を引き絞りベアトリクスに狙いを定める。


「させないのね!」


 すかさずニューニャがフィオナに斬りかかる。


「さぁ、この剛剣の錆になるのね!」


 ニューニャはロングソードを両手で振り回す。小柄なためうまく振り回せていないが弓矢持ちの相手には十分効果的であった。


「ええい、ちょこざいな!」


 フィオナも負けじと短剣を取り出して応戦する。


 うなる剣撃、オーディエンスの視線は釘付けだ。






 その頃六郎はベアトリクスの連撃を受けていた。


「まるで前田利家みてぇな槍さばきだな、だが少し慣れてきたぞ」


 六郎は最小の動きで回避を繰り返す。ベアトリクスが疲弊するのを待っているのだ。


「御仁、こっちが疲れるのを待っても無駄でッヒ、それに長期戦に持ち込むのは間違いッヒね」


「なんだと? うっ、なんだ頭が……」


 六郎は急な痛みを感じ頭を押さえる。


「なにをした、まさか毒か……?」


「毒じゃないッヒ、ただ御仁、あなたはもうこの『幻惑の槍』の術中にはまっているドルフ」


「幻惑だと!?」


「さぁ、私の服をどう思うか正直に言うンベルク!」


 ベアトリクスは六郎に向けて仁王立ちする。


「うっ、か、かっこいい……」


 六郎の言葉に観衆はざわめいた。


「えー……」「かっこいいか……?」「ないわー……」「しっ、言うな。こっちにくるかもしれんぞ」


「違う! 俺はそんなこと思っていない!」


 六郎は必至に取り繕う。


「この幻惑の槍の穂先からは幻惑剤がでてるンブルク。近づくだけで相手は『かっこいい』と強制的に言ってしまうンベルク。そのうちサブリミナル的に周囲に浸透するはずでッヒ!」


 ベアトリクスは満足げにそう言うと槍を構えた。


「さぁ、槍を避けても幻惑からは逃げられなイッヒ!」


 迫る連撃、六郎は慌てて回避する。


「くそ、火遁・爆裂手裏剣の術!」


 六郎は後ろに下がりつつ手裏剣を投げまくる。


「うわわ、近距離で飛び道具は卑怯でッヒ!」


 槍で手裏剣を防ぐが、弾くたびに爆発し後退を余儀なくされる。


「その技、さては忍者でッヒね?」


 ベアトリクスは言った。


「そういうお前はランツクネヒトだな、そのかっこいい変な服装で思い出したぞ」


 六郎は言った。


「変な服装とは失礼ッヒ、これは時代を先取りしてるだけでッヒ」


 ランツクネヒトとは中世ヨーロッパに存在した傭兵部隊である。主にドイツ人が多く一番の特徴はその服装であり、彼等は服の下地が見えるように上着に切れ込みをいれておりズボンは左右で色違いなど周囲の目を引くものであった。彼らの異常な服装はいつ死ぬともしれない立場であることから死ぬ間際の娯楽として着飾ることを許されていることの象徴とも言える。もちろんその服装の評判はよくなかったが。


「大体そのかっこいい変な服は戦いに向いてないんじゃないのか?」


「戦いにおいて重要なのはかっこよさでッヒね、いずれこのファッションは世界が認める存在になるンベルク。動きやすさなんて二の次でッヒ」


「なるほど、観客もいることだしかっこいいランツクネヒトの宣伝にはちょうどいいってわけか」


 六郎とベアトリクスは再度にらみ合い打ち合いを始めた。そしてフィオナ達の戦いも局面を迎えていた。


「そりゃそりゃ!」


 フィオナは必至に攻撃を打ち込む


「あなた、ただの狩人にしてはなかなかやるのね!」ニューニャはそう言うと後ろに下がり、白い液体の入ったビンを取り出した。 「でももう終わりなのね!」


 ニューニャはビンを開け白い液体を飲みだした。ゴクリという音が一瞬の静寂に響き渡る。


「いい飲みっぷりだ……」「新発売のドリンクの宣伝かなにかか?」「絵になるなぁ」


 オーディエンスは口々に言った。


「ふぅ、美味しいのね」


「隙あり!」


 フィオナはすかさず弓矢でニューニャの剣を弾き飛ばした。


「いい腕なのね、でもその剣はもう必要ないのね」


 そう言うとニューニャは素早くフィオナの懐に入る。


「なっ!? はやっ!!」


 短剣を持っているとはいえ自分の腕先より近い相手に攻撃することは難しい。うろたえるフィオナの喉をするどいチョップが手刀が襲う。


「うぐっ!」


 喉を突かれ苦しむフィオナ。その隙をニューニャは逃しはしなかった。


「苦しんでる暇は無いのね」


 よろけるフィオナを強烈な蹴りが襲う。そのまま十メートルほど後方へ吹っ飛ばされた。


「おえっ、吐きそう……」


 地面に転がり身悶えるフィオナ。


「う~ん、武器を使わずに敵を一方的に屠れるのは気分がいいのね」


 ふらふらと踊るニューニャの顔はほんのり赤く紅潮していた。


「もしかして、酔ってるの……?」


 フィオナが言った。


「コサックがお酒を飲むのがおかしいのね? このサキュバス・カルーアミルクがあれば私は無敵なのね!」


 そう言いながらニューニャは再びカルーアミルクを飲み始めた。


「美味しいのね~。さぁ、私のサキュバ酔拳で極楽へ連れて行ってあげるのね!」


 ニューニャはフィオナにとどめを刺そうと距離を詰める。


「くっ、させない!」


 倒れた状態でフィオナは矢を連射する。


「効かないのね!」


 希望虚しく、放った矢は全て受け止められてしまう。その様はまるで曲芸士じみていた。


「今の私に飛び道具は通用しないのね、これで終わりなのね」


 ニューニャは倒れたフィオナに手刀を振り下ろす。


「まだ終わりじゃない!」


 フィオナは手刀を両手で受け止める。


「なっ!? 離すのね!!」


 フィオナは腕を捕まれてうろたえるニューニャをそのまま引っ張り倒した。


「寝技なら、まだ勝機が!」


 拳法の使い手とはいえ、超至近距離の戦いに持ち込まれてはその力を生かせないのだ。おまけに小柄であれば体格の差がある。とフィオナは思っていた。


「残念なのね、サキュバスに寝技で勝とうなんて考えが甘いのね」


「えっ!?」


「ニューニャの腕はまるで蛇のようにしなやかに動き、フィオナの首を締め上げた」


「うぐ、苦しっ」


「さぁ、このまま死ぬのね!」


 危うし!このままではフィオナは帰らぬ人となってしまう!


「……うご!」


 フィオナは首を絞められながらもニューニャの顔にパンチ、腹には膝蹴りを叩き込む。


「うげっ、しぶといのね!大人しくするのね!」


 可憐な少女同士の醜い泥仕合はヒートアップした。


「死ねーー!」


「お前が死ねーー!」


 互いに髪を引っ張り合いながら汚く罵り合う二人の乙女。


「キャットファイトだーーっ!」「ヒューーーっ!」「やれやれーーーっ!」


 オーディエンス達は大いに盛り上がっている。


「ニューニャちゃん頑張れーーっ!」「フィオナちゃん顔を狙えーーっ!」





 一方、六郎とベアトリクスの戦いは一向に勝負がつかず未だに打ち合っていた。


「食らえ、金遁・人の海!」


 六郎は周囲に小銭をばら撒く。


「金だ!」「俺のだ!」「違う、俺のだ!」


 近くにいた物乞い達が一斉に集まってくる。


「なっ、邪魔でッヒ!」


 ベアトリクスは六郎に近づこうと物乞い達を掻き分ける。


「土遁・地雷原!」


 六郎が火種をベアトリクスの足元に投げ込むと、先ほど投げた金貨が一斉に爆発する。


「うわーっ!」「熱いーーっ!」「おかあちゃーん!」


 煙の中から物乞い達の叫びが聞こえる。


 断末魔が響いた後、数秒の静寂が流れた。


「けほっ、爆弾なんて味な真似をするンベルク」


 爆煙の中から元々切れ込みの入った服が更にぼろぼろになったベアトリクス、その周囲には気絶した物乞い達が倒れていた。


「やっぱりこの程度じゃあ大したダメージにはならないみたいだな」


「おかげでもっとかっこよくなったんブルク。まだ少し煙たいッヒね」


 そう言うとベアトリクスは槍を高速回転させ、周囲の煙を吹き飛ばした。


「なんでもありかよ、サーカスにも入ったほうがいいんじゃないか?」


「ご忠告どうもでッヒ」


 再び両者は構えた。


「ところで、人は会話をしていると集中力が著しく落ちるンベルク」


「なんの話だ?」


「こういうことでッヒ!」


 構えた槍の穂先が六郎めがけて発射される。


「うおっ!」


 射出された穂先は六郎の足に刺さる。


「集中力が足りないッヒね」


 ひるんだ六郎に対し、ベアトリクスは槍で殴りつけた。


「ぐあっ!」


 地面に倒れこむ六郎。ベアトリクスはとどめ用の短剣を抜き六郎に馬乗りになった。


「さぁ、最後に言い残すことはあるんンベルク?」


 太陽を背にし、逆光で暗い顔のままベアトリクスは言った。


「待て、お前あの子からいくらもらってる?」


 六郎は言った。


「御仁、買収する気でッヒ? あなた達を倒すために一万ゴールドもらってるンベルク」


 ベアトリクスは言った。


「じゃあ俺達はその倍額払おう、あの子を追い払ってくれ」そう言うと六郎は先ほどのレースの賞金を取り出した。


「あー……、わかったんベルク。じゃあ、あなた達を殺す理由はないッヒ」


 そう言うとベアトリクスは立ち上がり、寝技をしている二人の方へ歩いていった。


「死ねーー!」


「お前が死ねーー! 痛っ!」


 ニューニャは頭に痛みを感じ頭上を見上げた。


「ニューニャ、悪いけどちょっと眠ってもらうんベルク」


 そう言うとベアトリクスはニューニャを思い切り殴りつける。


「あだっ!」


 可哀想にも頭頂部に巨大なこぶをつくり、ニューニャは気絶した。


「ちょっと! もう少しで勝ってたのに!」


 フィオナは文句を言う。


「せっかく助けてあげたのに、うるさいお嬢さんでッヒねぇ」


「悪いな、これが代金だ」


 そう言って六郎は金の入った袋をベアトリクスに差し出した。


「確かにもらったンベルク。ニューニャの息の根は止めなくていいッヒね?」


「子供を殺す趣味は無いからな。俺達が街を出るまで見張っといてくれ」


「了解したンベルク」


 ベアトリクスは気絶したニューニャを引きずって歩き去っていった。


「すごい顔だぞ」


 六郎はフィオナに言った。殺し合いで鬼の形相に変貌していたその表情は、とても普段のかわいらしさは微塵もなかった。


「殺されるかもしれなかったに普通の顔できるわけ無いでしょ!」


「ほら、あの子が起きてきたらこっちに飛んでくるかもしれないからな、さっさと買い物を終わらせていくぞ」


 そう言うと六郎は市場の方へ歩き出した。


「ああ、ちょっと待ってよ!」


 フィオナは起き上がって後を追いかける


 オーディエンスを掻き分け、二人の姿は市場に消えていった。


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