表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

フリーワンライ参加作品

錯綜する事情

作者: 一条 灯夜

 かつて紅葉していた桜並木も、今や春に色付いていた。

 アイツは、今、隣にいないけれど、昨秋から伸ばし始めた髪の重さがその代わりにはなる。


 乙女心を理解できたことなんて、生まれて十八年全く無かったと言っても過言ではない気がする。うん、残念ながら。二次元以外に恋人がいたこともないわけだし。

 しかも、なまじ二次元の女の子の理想化されたイメージがあるだけに、余計に女心の解釈を間違えてしまうという、な。

 多分、あの時もそういうことだったんだろうな、とは思う。けれど――。

「アイツはアイツで、個性の強すぎる女だった」

 他人のことは言えないが、呟いた口元には、どうしても苦笑いが残る。

 本当に、変な転校生だった。

 だからこそ、たった半年でここまで鮮烈で強烈な印象を刻まれてしまったんだろう。念願かなって大学生として地元を離れる今日この日に、どっか寂しさを感じさせる程に。


 はっきりと覚えているのは、センター試験の出願直前だったからだ。

 家庭の事情とやらで、受験前のこの時期に転校してきたのは、やや癖っ毛だけど、長髪でどっか大人しそうな見た目の――。

「はじめまして、席、隣なんだね。よろしく! でも、参っちゃうよね、この時期に転校なんてさ。あ、でも、後は受験対策だけって時期でもあるんだし、それはそれで都合良かったのかな。春からの予行練習にもなるし」

 ……テンションが高くて、お喋りな女だった。

 第一印象と口を開いたギャップの激しさに、オレも猫被るのを止めて、隣の席に巣作り始めた彼女を、まじまじと頭のてっぺんから足先まで観察することにした。

 顔は、まあ、悪くはないかな。目が大きいのはいいと思う。後は肌の白さも。前髪はやや作りすぎてる気もするけど、鼻につくほど女の子女の子してるわけじゃないし。

 背も高い。オレとそんなに変わらないぐらいだ。

 胸に腹に腰……同じ制服でも、着る人によってこれだけ違うのだと半分はショックで、半分はそれなりに肉付きの良い太腿が目の保養になっている。

 うん、と、合格点の容姿の女の子と再び目を合わせれば――。

「あなたの名前、岬っていうんだね。山ばっかりの県なのになんか不思議だね」

 中学生と間違いそうな表情で、中学校のころに言われたようなからかいを受けて目を細めるオレにそいつはさらに顔を近づけて続ける。

「それで、岬は――女の子? 男の子?」

 こてん、と、左に傾いた頭。

 顔が近かったので、そのまま頭突きした。

 痛いだのなんだのと、ちょっとした騒ぎにはなったけど、まあ、原因がオレだったのでいつものことみたいに流された。別に良かったとも言えるし――、ぜんぜんめげずに、ああ、本当に楽しんでるんだなって顔で絡んでくるこの転校生に惹かれ始めている部分もあったように思う。


 ただ、受験前のこの時期だというのに、アイツはどっか、浮世離れしたようなヤツでもあった。

 受験を前に、尻に火がついたオレ達とは別のルールで動いていた。すべてを超越したようでもあり――、ただのバカの可能性も高い。

 実際問題として、天才とバカの差はごく僅からしいし。


「綺麗じゃない?」

 の一言と、覗き込んでくる顔にドキッとした一拍後「私、前に住んでた所、海ばっかりで山全体の紅葉なんて初めて」と、続けられオレはいつもの仏頂面に戻る。

「毎年のことだよ」

「でも、私ははじめてなの」

 怒ったのか、誤記が強くなった言葉に心の中だけで、ああ、そうですか、と、返すも、同じ方向の帰り道では腕を引かれて近くの公園でもみじ狩りにつきあわされてしまう。


「お前、変わってるよ」

 女子高でもないのに、オレが女が好きだってことを知れば自然と距離が開くものなのに、コイツは物怖じせずに、ずっと自然体で接してくる。

 だから我侭な所もあるのに突き放せなくなるんだよな、と、寒空の寂れた公園で溜息が零れてしまう。

「私のこと? そうかなぁ……」

 不思議そうな顔を見れば、いっそこのまま押し倒してやろうかとも思ってしまう。

 紅く色付いた桜の葉を手に無防備に隣り合っている真砂の前髪に触れ、左に流して顔をもっとよく見えるようにする。

 向けられているのは、警戒心のない視線。

 分かっているんだかいないんだか。

 その態度に、いつだって翻弄されてしまう。

 そうだ、最初からいつも――。


 変わっていない態度に、これまでの翻弄されていたことを思い起こした瞬間、理屈ではなく身体が動いていた。

 軽くだけど、確かに――偶然じゃなく触れた唇。

 真砂の表情に、驚きは少なかった……ように思う。オレには。

 でも、そのキスの後、どこか……そう、本当に些細な部分において、彼女のなにかが変わってしまったような気がした。


 ――オレと同じで、同性が好きなんだと思っていたのにな。


 どうして、と訊かれても分からないが、オレは元々男っぽい性格で、気付けばいつも同性の友人を好きになっていた。でも、そうしたのもめんどくさいので一人でいたのにコイツが勝手に近付いてきたから、また……。

 アイツとオレは別の人間で、でも、錯綜する事情がそれ以外の道を与えてくれなかった。

 だからなのか、真砂はその日以降も特に態度を変えなかった。

 それが余計に、オレを混乱させる。

 ダメって意味だろうとは思うけれど、女心なんて分からない。そんな風に育ってきてなかった。

 結局、部屋に一人でいる時に頬を伝うしずくが増えただけ。


 でも、ひとつだけ感化されたのは、好きに生きてみようってこと。

 女が好きだって気付いてから、短くしていた髪を、秋からまた伸ばし始めた。

 半分は、アイツへのあてつけとして――。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ