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ここで、皆さんはお気づきだろうか。職員室での教師の俺に対する反応が、とても自然だったことに…。
中学時代の俺に対する教師の反応は3つ。
1・叱る
2・呆れる
3・無視
これ以外の対応をされたことなどない。
大抵の教師が、1→2→3の順番で態度を変えていくから、初対面の教師から一度も叱られなかったなんて、快挙としか言いようがない。
なぜ、中学時代とこれほどまでに教師の反応が違うのか。
高校と中学では、教師の質が違うから?
いいや、違う!
変わったのは教師の質ではない!俺自身が変わったのだ!
高校生活での脱ボッチのために何が必要なのか、残り少ない猶予期間であるゴールデンウィーク中に、俺は必死に考えた。
そして、帰還した日に弟に言われた言葉を参考に、とにかく見た目から変えてみることにしたのだ。
まずは、愛用していた黒の眼帯を封印することにした。この眼帯は特別製で、もし街中で急に召喚されたとしても、目から溢れる光を抑えてくれるという効果を持っていたのだが、背に腹は変えられない。
7度の召喚を経て、召喚されるときのだいたいの感覚は覚えたから、もし万が一人前で召喚されそうになったら急いで隠れれば大丈夫だろう。
しかし、眼帯は止めるとして、常に瞳に浮かぶ召喚陣はどうしようか。
リビングで唸っていたら、たまたま通りかかった弟が、
「そんなの、カラコンすれば一発じゃん?俺、黒のカラコン持ってるから、アニキにあげるよん」
と、使いすての黒のカラコンをくれた。(※コンタクトレンズは医療品です。きちんと眼科で処方してもらってね)
なるほど!カラコンって手があったのか!
って…
「気づいてたならもっと早く言えよ!」
「え?だってアニキ、あの眼帯気に入ってたじゃん。だから、カラコンとか必要ないかなぁって」
「ウグゥ…」
た、確かに…俺はあの眼帯が大好きだ。だって、なんかカッコよくないか?独眼竜とかさ。ガン◯ムの赤い彗星の人とかさ。目元が隠れてるのって、なんか強そうじゃないか!そういうの、男子はみんな好きだろ?
……ち、違うのか?
ひ、ひとまず、目の問題が解決したので、次は俺の愛刀だ。
これを腰に下げて歩くと、まず間違いなく人目をひく。時に、警察に職務質問をかけられる。だから俺は、いざという時のために常に所持の許可証を持ち歩くことにしているのだが、そんなことは今は関係ない。
いかにしてこの刀を目立たずに持ち歩くか…持ち歩かない、という選択肢は端からない。万一この刀無しで異世界に召喚されてしまったら、死なないまでもいつもより苦労することは間違いない。そうなれば、解決までに時間がかかり、その分学生生活が削られるのだ。
学生生活を満喫するために刀を手放して、そのせいで学生生活を短くするなんて本末転倒である。
どうするべきか、俺が愛刀を片手にウンウン唸って悩んでいると、また通りかかった弟がサラリと言った。
「アニキ、魔法使えるんだし、それで小さくしたりできないの?」
なるほど!魔法か!
コッチでは、魔素の関係かあまり大きな魔法は使えないが、刀の形を変えるくらいなら造作ないな!なんで今まで気づかなかったんだ、俺!
って…
「これも気づいてたんならもっと早く言えよ!」
「え?だってアニキ、『常に刀を腰に下げて重さとかに慣れとかないと、いざという時に体の微妙なバランスが崩れて技が出しにくい』って言ってたじゃん。だから、そういうのは余計なお世話かなぁって」
「ウグゥ…」
た、確かに!
そういうのもなきにしもあらずではあるのだが、今やこの刀は各種強化処理が施され、ついでに軽量化の魔法がかけられてたりするので、重さなんてあってないようなものだ。
つまり、小さくして持っていても全く問題ないってわけだな!
というわけで、早速手のひらサイズに愛刀を縮めたら、弟オススメのチェーンをつけてネックレスに改良した。
いつもは首から下げておいて、いざという時は手のひらで握って念じるだけで元の大きさに戻るようになっている。
これで刀問題も解決だ。
あとは、リア充な弟に頼んで、俺にもできるブレザーのちょっとお洒落な着こなし方や、スクールバッグの持ち方なんかを教わって、ついに今日のこの日を迎えたわけだ。
そしてその結果がこれである。
(すれ違う人が誰も俺を二度見しない…何か言いたそうな目で見つめてこない…あぁ、普通ってスバラシイ…)
周囲の『普通』の対応に、俺は大満足だった。リア充な弟様々である。今度、アイスおごってやろう。
そんなことを考えている間に、教室に着いたようだ。扉の上に下げられた『1ーC』と書かれた札を確認して、俺は教室の扉を開けた。
中にはすでに半数以上の生徒たちが揃っていて、思い思いに談笑している。そんな中に、見知らぬ生徒が1人紛れ込んだことで、扉近くの生徒たちを中心に、ちょっとした波紋が広がっている。
(大丈夫…これは想定内の反応だ。予定通り、速やかにプランAの計画を実行するのだ!)
プランA、すなわち、『クラスメートに声をかけて席を教えてもらう』である。
クルリと教室内を見渡していると、1人の少女と目が合った。窓際の1番後ろの席に座っている、明るめの茶髪をショートボブにした小柄な体型の少女だ。机に頬杖をつきながら、どこか猫っぽい瞳が興味深そうにこちらを見ている。その少女をターゲットに決めた俺は、そのまま目をそらすことなく彼女のもとへと向かった。
「なぁ…」
「ぅひゃあ!」
普通に声をかけただけなのに、驚かれてしまった。なんでだ。
「ビックリしたぁ。君、さっきまで扉のすぐそばにいたよね?いつのまにかここまで来たの?」
こことは、つまり少女のいる席のことだろうか。少女を開ける席は、前扉から教室へ入った俺からは対角線の位置にある席ではあるが、こんな狭い室内ではその距離なんてあってないようなものだろう。
「そんなに早く歩いたつもりはないんだが…驚かせたなら悪かった」
「あ、ううん!全然大丈夫。多分ボクの見間違いだから。…一瞬であそこからここまで移動するなんてあるはずないし…」
驚かせてしまった俺を怒るどころか気遣ってくれるなんて、コイツ、さてはいいやつだな?
第1クラスメートが当たりなんて、幸先いいな。
俺はご機嫌なまま、当初の目的を果たすことにした。
「ありがとう。すまないが、俺の席を教えてもらえないか。入学式からこれまで休んでいたから自分の席がわからないんだ」
「あぁ!君があの空席の主なんだね!担任からは入院してるってだけ聞いてたんだけど、もう体調はいいの?」
「あぁ、もう大丈夫だ。問題ない」
「そっか!確かに顔色も悪くないし、元気そうだもんね」
「あ、あぁ…そうなんだ。もうすっかり大丈夫になったから、心配いらない」
「よかった!ボクは巽 円。何か困ったことがあったらいつでも聞いて?」
「ありがとう、助かる。俺は八坂創だ」
「じゃあ、やっくんだね!」
………ん?
「やっくん?」
「そう!やさかくんだから、やっくん!どうかな?」
照れたような、それでいて得意げなような表情で俺を見る彼女に、いまだかつてあだ名などつけられたことのない俺は、何を返せばよいかよくわからず、とりあえず頷いておいた。
「あぁ、うん。いいんじゃないかな」
「へへ、ありがとう!やっくんも、ボクの事は好きに呼んでくれて構わないからね」
それは助かる。俺にも彼女をあだ名で呼んで欲しいなどと言われても、どんなあだ名が良いかなんて分かんねぇからな。
「そうか?じゃあ、改めてよろしく頼む、マドカ」
「おぉ、まさかの名前呼び…しかも呼び捨て…予想外でちょっとドッキリしちゃった」
ほんのり頰を染めるマドカだが、何か変なことでもしてしまっただろうか。
「ダメだったか?」
「ううん!全然良いよー!…あ、やっくんの席だったよね!」
「あぁ。どこかわかるか?」
「ふふん、分かるも何も、やっくんの席は〜…じゃーん!ココでーす!」
そう言ってマドカの示した席は、偶然にもマドカの前の席だった。
「なるほど、良い席だ」
「でしょでしょ」
現状、唯一の知り合いともいえるマドカの席の近くというのは、なにかと心強いものがある。
マドカはニコニコと俺の様子を見守っているが…なんというか、マドカには、俺の弟と似たような空気を感じるな…。
弟曰くのコミュ障である俺ともすんなり会話を交わしてくれるし、人当たりも非常にソフトである。友人を作るために俺も見習わねば!
俺が机の上にカバンを置いて席に着くと、同じくらいのタイミングで俺の横の席にも人がやってきた。
「あ!ゆっきー!おはよう〜」
すると、それをめざとく見つけたマドカが笑顔で声をかけてヒラヒラと手を振っている。
「おはよう、円ちゃん。今日も元気そうだね」
マドカに『ゆっきー』と呼ばれたのは、柔らかそうな黒髪を背中の真ん中辺りまで伸ばした、温和そうな少女であった。少しタレ目気味の目を細めて笑ったその顔は、いわゆる癒し系というやつなのかもしれない。話す声のトーンものんびりとしていて、快活な印象のマドカとは対照的だ。
「ゆっきー、ゆっきー!見て見て!空席くんが登校したんだよ〜!」
空席くんって…なんだ、その呼び名は…。
「空席くんはやっくんだよ!…やっくん、この子はゆっきー!良い子だよ〜」
雑すぎるマドカの説明に苦笑しながら『ゆっきー』と呼ばれた少女に目を向けると、同じく苦笑を返された。
「八坂創だ。ずっと入院していたから分からないことも多くて迷惑をかけるかもしれない。すまないな」
「花菱雪菜です。お隣さんのよしみだもん、困ったことがあったら何でも聞いてね」
『ゆっきー』改めユキナは、笑顔で俺に答えてくれる。マドカの説明は雑だったが、非常に的を射ていたようだ。
「マドカ、ユキナは良いやつだな」
俺がマドカを振り返っていうと、マドカは得意げに親指を立ててみせ、ユキナは何でかアワアワしながら顔を赤らめていた。
そのままHRが始まるまで、マドカとユキナと3人で雑談を交わして過ごすことになった。
実にたわいない会話であったが、その会話に自分が混ざっているのだという事実に、俺は歓喜していた。
クラスメートと過ごす日常の第一歩としては、十分すぎるほどの成果ではないだろうか。
その後、HRへとやってきた担任から、休んでいた間の課題だと問答無用で大量のプリントの束を渡されたけれど、そんなことが瑣末事に思えるくらいに俺は幸せだった。
その幸せを脅かす存在が近づいてきていることを、この時の俺はまだ知る由もない。