嫉妬
帰りの車の中で美咲は、考え事をしていた。
さっき会った人は衛じゃない、でも容姿が衛そっくりだった。
幻を見ていたのか、それとも衛はまだ生きているのか、10年前の衛の姿を思い出しいろんなことを考えていると、雪が話しかけてくる。
雪「今日これから出張で、帰りは明日になるから」
美咲「…」
雪が話しかけるが、美咲からの返答はなく、雪に耳を傾けようとしない。
雪「あのさ、人の話聞いてる?」
ちょっと怒ったような大きな声を出す。
美咲「あっ、ごめんなさい。ちょっと考え事してて、で、何だっけ?」
雪「今日これから出張だから、帰りは明日になるよ」
美咲「そうなんだ、じゃあ夕ご飯作って待ってるね」
それからの会話はなく、自宅に到着する。
バタン
美咲が車から降りドアを閉める。
車から降りると自宅の前で秘書の日和が待っている。
日和は車に駆け寄り、美咲を睨みつけ、すれ違いざまに嫌味を突きつける。
日和「お嬢様って楽でいいですね。一日中家に引きこもって、そんなんだから社長から愛想つかれるのよ」
そう言って不敵な笑みを浮かべる。
美咲「言いたいことはそれだけ?」
日和「はぁ?あんたのそういう、余裕ぶっこいてる態度が気に入らないのよ」
美咲「私も気に入らないわ、あなたのこと、クビにされないように精々頑張って」
そう微笑みかけその場を後にする。
腹を立てた日和が助手席に乗り込み、車が発進す
る。
雪「ぷっ」
しばらくすると雪が吹き出す。
日和「何よ、何笑ってんのよ」
雪「いや、おもしろいなぁと思って」
日和「ほんと、あの女許せない」
そう言って、高校生の頃の出来事を思い出す。
昼休み美咲は1人ベランダで考え事をしていた。
明日から高校生活最後の夏休みだというのに、衛とは幼なじみ以上の関係も築けず、これからの進路のことや将来のことで悩んでいた。
美咲「はぁー」
大きなため息をついて教室に戻ろうとするとそこには日和が立っている。
日和「美咲ちゃん、ちょっといい?」
そう言って、またベランダに押し戻された。
日和「あのさ、美咲ちゃんって衛君のことどう思ってるの?」
美咲「えっ?どうって?」
日和「恋愛感情とかあるのかなーって」
美咲「まさか、ないない、衛はただの幼なじみだし、恋愛感情なんて、あるわけないよ」
そう言って首を横にふる。
日和「よかったー。2人すっごい仲良いし、恋人同士、なのかなーって思ってたから」
美咲に衛への恋愛感情がないことを知り胸を撫で下ろす日和。
美咲の手をとり、まっすぐな瞳で美咲を見つめる。
美咲「協力して、仲とりもってほしいの」
突然起きたこの状況に美咲は目を丸くする。
放課後美咲が帰ろうとすると日和が話しかけてくる。
日和「美咲ちゃん」
美咲「ん?どうしたの?」
日和「今度の日曜日さ、今度みんなでキャンプやらない?」
美咲「あっ、それ、いいねー、高校生活最後の夏休みだし、なんか今からわくわくしてきた」
日和「それで…衛君のこと誘ってもらえない?
美咲「えっ?」
日和「私からだとなんか誘いづらいし、美咲ちゃんからだったら衛君も来てくれると思うし…お願いします」
そう言って、美咲の前で手を合わせる。
美咲「了解…衛のこと誘っとくね、じゃあまたね」
そう言って、日和に手を振り、教室を後にする。
靴箱まで向かう途中美咲はなんだかもやもやしていた。
靴を手にとり履こうとすると、玄関で待っていた衛が話しかけてくる。
衛「遅ぇよ美咲、もう待ちくたびれたよ」
美咲「ごめんー」
そう言って急いで靴を履き外に出る。
他愛もない会話をする2人を日和は遠く離れた教室の窓から見つめていた。
帰り道
美咲「それでさ、今度の日曜日、日和達とキャンプすることになったんだけど衛も行かない?」
衛「はぁ?キャンプ?行かねぇよ」
美咲「ねぇ一緒に行こうよ、高校生活最後の夏休みだしさぁ、こうやってみんなといられる時間だってどんどん減ってきちゃうんだよ」
そう言って下を向く美咲。
衛「わかったよ…言ってやるよ」
美咲「ほんと?やったぁ。キャンプ楽しみ。早く日曜日にならないかなぁ。あっそうだ水着買わなくちゃ」
衛「はぁ?お前の裸なんて見たくねぇつーの」
美咲「何よ、ほんとは見たいくせに」
衛「はぁ?んなわけねぇだろ、貧乳に興味ねぇんだよ」
美咲「あっ、今貧乳って言った」
衛「言ったよ、貧乳美咲」
美咲「もう」
そう言って笑いながら歩く。
美咲はこうやって他愛もない会話をして、笑い合える関係が1番楽しかった。だからこの関係を壊したくなくて、自分の気持ちを素直に伝えることができなかった。
衛「じゃあまたな」
美咲「うんまたね、あっ日曜日遅れて来ないでよね」
衛「それは美咲だろ」
美咲「あのさ」
衛「ん?」
美咲「ううん、何でもない、じゃあ日曜日ね」
衛「あぁ」
そう言って、夕暮れ時、2人は分かれ道を歩く。
美咲「あぁ今日も聞けなかった」
心の中で1人つぶやき、後悔する。
私のことどう思ってるんだろう?衛に確かめて見たいのに聞けなくて美咲は今日も落ち込む。
日曜日
ガヤガヤガヤ
美咲達は海の近くにテントを張り、女子はバーベキューの準備、男子は海ではしゃいでいた。
美咲「ちょっと、あんた達も手伝いなさいよ」
衛「準備は女子の仕事だろ、準備できたら呼んでくれよな」
そう言って男子達ははしゃぎまくる。
美咲「もう…」
美咲はちょっと怒り気味になる。
切った野菜やお肉を串に刺していると、日和が話しかけてくる。
日和「あのさ、美咲ちゃん、ちょっといい?」
そう言って2人はみんなと離れた所で話しをする。
日和「今日の夜さ、衛君に告白しようと思ってるんだ」
美咲「えっ?」
日和「だから、美咲ちゃんにお願いしたくて…今日の夜9時に、浜辺に衛君を呼び出してほしいんだけど、お願いしてもいい?」
美咲「あぁ、そういうことね?わかった、協力するね、後で衛に浜辺に来るよう伝えておくから」
日和「ありがとう、よろしくね」
そう言って2人で準備に戻る。
衛は美咲を浜辺から見つめる。
友達「衛、どうかした?」
衛「いや、何でもない」
そう言って、衛も友達と海ではしゃぎまくる。
準備にとりかかる美咲だったが、美咲の頭の中は衛と日和のことでいっぱいだった。
このまま2人がもしも付き合ってしまったらと不安を募らせる。
日和「みんなー準備できたよー」
日和の掛け声と共に海で遊んでいた男子達が駆け寄ってくる。
バチバチバチと火の音と共にバーベキューが始まるが美咲は上の空、しばらくすると衛が話しかけてくる。
衛「全然食ってねぇみたいだけど、腹でも痛ぇのか?」
美咲「別に…痛くないし」
衛「ってかさっき日和と話してたみてぇだけど何喋ってたんだよ」
美咲「別に…衛に関係ないじゃん」
この状況で話しかけてくる衛にイライラし、美咲はつい意地を張ってしまう。
衛「あっそ、じゃあもう勝手にすれば」
そう言って衛達はみんながいるほうに行ってしまう。
美咲は、楽しそうにしている衛を横目に、イライラしながら串に刺さった肉にかぶりつく。2人がもし付き合ってしまったらと心の中で不安になるが、もう勝手にすればいい、そんな気持ちで投げやりになる。
それを衛の側にいた日和が美咲を見つめる。
美咲が後片付けをしていると衛が話しかけてくる。
衛「美咲、今日なんかいつもと違うけど、さっき日和になんか言われた?」
美咲「何も…言われてないけど…あっ、さっき日和が
夜の9時に浜辺に来てほしいって言ってたよ、なんか話したいことあるみたい」
衛「ふーん、心配して損した」
美咲「えっ?」
衛「俺、美咲になんか悪いことでもしたかなーって思ってたから、まぁそんなことだろうなとは思ったけど、んじゃあ俺遊んで来るわ」
そう言って海まで走って行く。
美咲は衛を見つめ、自分のこと気にかけてくれてたんだとちょっぴり嬉しくなる。
夜の9時衛と日和のことでなかなか眠りにつけず、テントから抜け出すと向こうから涙を目にいっぱいためた日和が走ってくる。
美咲「日和」
そう言って呼びとめると、日和が立ち止まり静かに口をひらく。
日和「私、振られちゃった」
涙を目にいっぱいためながら、笑いながらそう答える。
日和「さっき衛君が、美咲ちゃん呼んできてほしいって言ってたよ、私、先テント戻ってるね」
とっさに嘘をつきその場から立ち去る。
美咲「日和」
そう呼び止めるが日和が行ってしまう。
ザバー
波の音を聞き浜辺に行くと、険しい顔をした衛が浜辺を見つめながら座っている。
美咲は何も言わず衛の隣に座ると、衛がゆっくり口をひらく。
衛「俺、日和から告られた」
美咲「うん」
衛「でも、振ったから…今はまだ美咲の側にいたい。だから、美咲との関係くずされたくないんだ」
そう言って、美咲を抱きしめる。
言われた言葉に美咲は不安から解放されて微笑む。
影に隠れて見ていた日和がそっとその場を立ち去る。
テントに戻ると日和の姿がなくなっている。
美咲「あれ、日和は?」
友達「なんか、急用思い出したから先帰るって言ってたよ」
美咲が追いかけようとすると、友達がひきとめる。
友達「今はまだ1人にしてあげたほうがいいんじゃない?」
夏休みが終わり教室に着く美咲。
あれから日和には連絡ができず、合わせる顔がないと思っていた。
友達「あっ、美咲おはよう」
美咲「おはよう」
友達「ねぇ聞いた?日和転校したらしいよ」
美咲「えっ?」
友達「なんか、日和のお父さんの会社が経営困難に陥ったらしくて、ちょっと美咲」
携帯を持って美咲が教室から出る。
日和に電話するがつながらない。
腕を下ろした携帯からはアナウンス音が流れる。
「おかけになった電話番号は現在使われておりません。恐れ入りますが番号をお確かめになって、おかけ直し下さい。」
高校の出来事を思い出した日和がつぶやく。
日和「協力するとか言っといてあの女、父親に泣いてすがったのよ、私のことが邪魔だから消してほしいって…そのせいで父の会社は倒産に追い込まれた。あの女ほんと許せない、あの女のせいで私の人生めちゃくちゃよ」
ガタガタガタ
雪と日和を乗せた車が森の奥にある別荘に到着する。
別荘に着くと、お互いが求めていたかのように深くキスをし、ベッドに倒れ込む。
夜になり、家の中で美咲は1人、パーティーで出会った衛に似た男性のことを思い出していた。
あの人はただ衛に似ていただけだったのか、それとも幻を見ていたのか自分に問いかける。
もしかしたら衛はまだ生きているんじゃないか、そんな期待と不安が入り混じり交差する。
椅子に座り机の上のパソコンを開き、名刺に書いてある宇佐美商事と検索する。
ホームページを開き、代表取締役と書かれたあの男性の写真に目をやる。
美咲「やっぱり似ている」
そう言って、机の引き出しに名刺をしまい、パソコンを閉じる。
寝室に行き、ベッドに入り眠りにつく。