悲劇の始まり
一生この幸せが続くと思っていた。
だから伝えられなかった、いや伝えなかったんだ。
この関係が崩れるのがこわかったから。
あの時、あんな事故が起こるなんて…
思ってもいなかった。
あなたに会いたい。
会って今すぐ自分の気持ちを素直に伝えたい。
美咲「あーあ、明日で高校生活も終わりかぁー、あっという間だったなぁー」
放課後の帰り道、いつもと変わらない海沿いを幼なじみの衛と美咲が歩いていた。
衛「仕方ねぇだろ、明日卒業式なんだから、後悔しても今頃遅ぇよ。」
美咲「そんなのわかってるよ、でも…なんか寂しくなるじゃん。」
卒業したらお互い別々の進路を決めた2人、美咲は衛と離れ離れになることをとても寂しく感じていた。
美咲「じゃあさ、高校生活最後に思いっきり青春みたいな、楽しい思い出作りに行こうよ。」
そう言って衛の手を引っ張る美咲。
この時の2人はまだ知らない。
私達2人に悲しい悲劇が待ち受けているなんて。
美咲「キャー」
ゴゴゴゴゴゴ
遊園地のジェットコースターではしゃぐ2人。
美咲「ねぇ、今度はあれ乗ろうよ。」
衛「おい、ちょっと待てよ。」
コーヒーカップ、メリーゴーランド、お化け屋敷ではしゃぐ2人。
美咲「あー楽しかったー、えーこれ可愛いー」
お土産ショップで、遊園地のマスコットキャラクター、猿のぬいぐるみを手にとる。
美咲「ねぇ、これ衛に似てない?」
衛「はぁ?全然似てねぇし」
美咲「お揃いにしようよ」
そう言ってレジに持って行く美咲。
帰り道、夕焼けが眩しくて、美咲はなんだか切ない気持ちでいっぱいだった。
もう二度と、2人でこの通学路を学校帰りに帰ることなんてない、そう思うと苦しい気持ちでいっぱいだった。
衛「じゃあまた明日学校で」
美咲「うん。また明日。」
そう言って2人は別れを告げる。
美咲は遠くなっていく衛の背中を姿が見えなくなるまで見つめ続けた。
衛「ただいまー」
家に着くと、家の前で引っ越し業者が家具や家電製品をトラックに運んでいた。
衛「母さん、どういうこと?」
由美子「お父さんの会社が倒産したの。それで近所の人の目もあるし、当分は親戚の家でお世話になることになったのよ。衛、明日卒業式よね?卒業式が終わったら、東京を発つつもりだから、早く荷物まとめなさい。分かったわね?」
そう言って由美子はまた荷造りを始めた。
衛はその状況を、まったく理解できずただ呆然と立ち尽くしていた。
美咲「ただいまー」
美咲が元気よく玄関の扉を開ける。
父の部屋では、何やらこそこそと執事と会話をしていた。
父「計画は順調か?」
雪「はい、明日の午後の便で、計画を実行する予定です」
父「全てがうまくいったら、この会社の次期社長にしてやる、もちろん娘も譲ってやろう」
雪「ありがとうございます」
そう言って雪は深々と頭を下げる。
美咲「ただいま、お母さん」
そう言って、仏壇の前で手を合わせる。
美咲の母が13年前に病気で他界して以来、帰宅後すぐに仏壇の前で手を合わせるのが美咲の日課になっていた。
雪「お帰りになられていたのですね」
美咲「雪、ただいま」
雪「お帰りなさいませ、今日は迎えに行けず申し訳ありませんでした」
美咲「気にしないで、今日は放課後、衛と遊園地に行ってきたんだ。じゃーん、これ衛とお揃いなの。可愛いでしょ?」
そう言ってさっき遊園地で買った猿のぬいぐるみを雪に見せる。
雪「良かったですね」
美咲は満面の笑みを浮かべる。
雪「お風呂沸いていますよ。さぞかしお疲れでしょうから、ごゆっくり」
そう言って頭を下げる。
美咲「ありがとう、じゃあ先に失礼するね」
そう言って美咲は自分の部屋へと向かう。
ドン
雪「なんで俺じゃなくあいつなんだ」
雪が壁をたたきつける音が響く。
雪の心は嫉妬による酷い憎しみでいっぱいだった。
真っ白い湯船の中で美咲は今日の出来事を思いだしていた。
今日の楽しかった出来事の反面、明日は卒業式、衛へのなんだか寂しい気持ちと素直に自分の気持ちを伝えられない気持ちでモヤモヤしていた。
湯船から上がって部屋に戻ると衛から一件のメールがきていた。
『明日、引っ越すことになったから』
美咲「えっ?」
突然の出来事に美咲は動揺し、すぐさま衛に電話をかける。
プルルルルル
衛「もしもし?」
美咲「もしもし、美咲だけど、引っ越すってどういうこと?」
衛「父の会社が倒産したんだ。それで、もうここにはいられないって、親戚のいる北海道に引っ越すことになったから。急にごめんな。」
美咲「明日は?明日の卒業式は出られるんだよね?」
衛「卒業式は出るよ。午後の便で東京を発つけど」
美咲「良かったー。もうこのまま会えないまま引っ越しちゃうのかと思った。」
衛「そろそろ切るよ、引っ越しの準備があるから、詳しくは明日学校で話そう。」
美咲「うん、分かった。じゃあまた明日学校で」
そう言って2人は電話を切る。
ベッドに横になって美咲は考えていた。
明日を逃したら、もうこの気持ちは衛に伝えることはできない、ならば明日素直に自分の気持ちを衛に伝えようとーーー。
「仰げば尊し我が師の恩ー」
体育館に鳴り響く合唱の声。
歌いながら、美咲は衛を見つめる。
衛は歌いながら悲しい表情をしていた。
校門の前で美咲は仲の良かったクラスメイト2人に別れを告げる。
友達「じゃあまたね」
美咲「うんまたね」
別れを告げた後、衛のほうにふと目をやると衛は後輩達から囲まれていて話しかけられずにいた。
すると衛が美咲の存在に気づき衛が大きな声を出す。
衛「いつもの公園で待ってて、すぐ行くから」
そう言ってまた、囲まれた後輩達から花束や手紙、プレゼントをもらっていた。
公園についた美咲はベンチに座り、衛が来るのを待ち続けていた。
ブロロロロロロ
衛が校門を出ると一台の車が追いかけてきて衛の前で止まり、窓を開ける。
由美子「早く乗りなさい。飛行機乗り遅れちゃうわよ。」
衛「でも…これから美咲と話したいことがあるんだ」
由美子「卒業式が終わったら東京を発つって言っていたでしょう。それにうちの会社が倒産したのだって全部あの親子のせいよ。分かったらさっさと車に乗ってちょうだい。」
衛は下を向きながら渋々と車に乗り込む。
車に乗り込むとすぐに車は発進をし、その場を後にする。
美咲「まだ、来ないかなぁ」
心の中で何度も自分に問いかけてみる。
ベンチの上でお気に入りのぬいぐるみを胸の前で握りしめて衛が来るのを待ち続けていた。
飛行機の中で衛は自分の気持ちと格闘していた。
猿のぬいぐるみを握りしめて。
しばらくすると離陸の前のアナウンスが流れ始め、飛行機が離陸し始める。
衛「ごめん美咲、行ってやれなくて」
悲しい表情を浮かべて呟く。
その頃美咲は鼻歌を歌いながら1人ベンチの上で衛が来るのを待ち続ける。
バーン
ガラガラガラ
離陸してすぐに大きな音と共に機体が傾き始める。
ざわざわざわ
男「いったいどうなってるんだよ」
女「機体が傾いてるじゃない」
衛も機内のおかれている状況に異変を感じる。
客席は混乱状態に陥り人々はパニック状態に陥っていく。
客室乗務員が冷静になるよう伝えるが、誰も聞き入れようとしない。
女「ねぇ、あれを見て」
そう言って指差すほうに目をやると、窓の向こうに見える飛行機の翼が炎で燃えていた。
機体はどんどん急降下していき、男女の悲鳴が鳴り響く。
もうダメだ、衛は目を閉じ死を受け入れる。
衛「さようなら、美咲」
そう呟いてすぐ、機体がものすごいスピードで地面に叩きつけられた。
叩きつけられた衝撃で衛は飛行機の外に投げ飛ばされる。
地面の上で傷だらけの衛が、近くに置いてある猿のぬいぐるみに手を伸ばすがもう少しのところで力つきる。
その後に1人の男が衛の前で立ち止まり、衛を担ぐとそのままその場を立ち去って行った。
美咲が公園の時計に目をやると午後7時、あたりはすっかり暗くなっていた。
美咲「もう、来ないよね」
そう呟くと、涙と共に白い雪が降ってくる。
美咲「もう3月だっていうのになんで雪?」
そう言って苦笑いする。
笑っていないと美咲は悲しさに押しつぶされそうだった。
美咲「もう帰ろ」
ベンチから立ち上がり自宅に向かう。
ガチャ
美咲「ただいまー」
リビングの扉を開けるとテレビのニュースで立ち止まる。
アナウンサー「今日未明、乗客350名を乗せた北海道行きの便が、墜落事故を起こし191名が死亡、48名が重軽傷を負い、残りの111名は行方不明となっております」
それを見た美咲が家を飛び出す。
父「送って行ってやりなさい」
雪「かしこまりました」
リビングのソファーで新聞を読んでいた父が、そう雪に声をかける。
雪は車を発進させて美咲を追いかける。
走り去る美咲の前で立ち止まり、美咲に声をかける。
雪「さぁ、早く乗ってください」
美咲「ありがと、雪」
美咲はそう言って車に乗り込む。
事故現場に向かう車の中で、美咲はぬいぐるみを胸の前で握りしめて何度も心の中で祈り続ける。
美咲「どうか衛が無事でありますように」
そう、何度も何度も心の中で祈り続ける美咲を雪はルームミラー越しに見つめていた。
事故現場近くの体育館に着くと、多くの人が集まっていた。
亡くなった遺族の前で泣き叫ぶ者や安否を問いただす者、多くの犠牲者と共に深い悲しみが漂っていた。
そして、美咲は衛の姉を見つける。
涙を流す姉のそばには、衛のご両親が横たわっていた。
衛の姉に近づくと、そこにはあの灰で黒くなったボロボロの猿のぬいぐるみが置いてある。
美咲はその場に崩れ落ちて、ボロボロのぬいぐるみを胸の前で握りしめる。
美咲の目からは大粒の涙が流れ出ていた。
それを雪が遠くで見つめる。
自分が犯した罪に対するやりきれない気持ちと美咲に対する嫉妬で、握りしめる拳に力がはいる。
その事故があってから美咲は自分の部屋に引きこもるようになった。
テレビをつければそのニュースで持ち越され、世間はその話題で持ちきりだった。
横に置いてある新聞には行方不明者の欄に鈴木衛(18)と表記されている。
トントントン
雪「お嬢様、朝食ご準備しましたよ」
美咲「…」
美咲からの返答はない。
雪「ここ、置いておきますね」
部屋の前に朝食をのせたおぼんを静かに置きそっとその場から立ち去る。
美咲は1人ベットの上で、ボロボロになった衛のぬいぐるみを胸に抱きしめて涙を流し続けた一一一