美岬
佐藤和樹は自分のデスクで資料を読んでいる。
冬川美岬。彼女は元々とても素直で純真な心を持っていた。だからこそ今のような仕事を淡々とこなすのかもしれない。
彼女の純粋さは無邪気な子供のそれとは違う。おそらく人同士が触れ合う温かさや喜びを受け取らなかったのだろう。彼女は何も導入されていないパソコンのように空っぽだった。だからこそ命令を素直に遂行するし罪悪感に囚われることもない。
冬川美岬は感情も・温もりも理解している。ただ理解しているだけだ。他人がどんなことを感じ、自分がどう思われているかを理解しているからこそ彼女は「人間の外側」の存在でいられるのかもしれない。
俺の首に冷たい手が触れている。おそらく他の同性からみたら羨ましがられるのかもしれないが自分の目の前にいる存在は一言でいうのならば、人間ではない。
改めて近くで見て分かった。隣に座っていた美少女は何も見ていなかったことに。愛想のよい振る舞い、時々ドキリとさせる仕草や笑顔のなかで何も感じていなかったことに。そして今も目の前で俺の首に触れる美岬は自分を「見ていなかった」。
「おい、そいつが佐藤みのるか」ともう一つの化け物が現れた。レイナだ。
「あなた誰ですか」
美岬が警戒するように答える。その警戒からか彼女は俺の首から手を放して彼女の方を見た。
「私はそいつに用があるんだ。殺さないでほしい」
美岬はフッと微笑み。
「嫌だなぁ、殺したりしませんよ。ちょっと二人だけの秘密を守らせるおまじないをしようと思っただけですよ」
「じゃあその手の注射器はなんだ」
そのレイナの突っ込みに動揺したのかレイナは手にもった注射器を鞄にしまった。なぜ気付けなかったのかレイナが止めなかったことを想像すると恐怖で脂汗が額を濡らした。
「お前俺に何をしようとした」
彼女を問い詰めることが唯一の抵抗。
「ごめんね、本当に何もする気なんてなかったんだよ。二人で少しお話しがしたかっただけだから」
冬川はそういうとその場を去った。
俺の横を通る間際に「また明日ね」と言い残して。
一難去ってまた一難とはこのことか僕の隣にはまだ黒い女ことレイナがいた。
「少し話をしたい。少し時間はいいか」
ノーとは言えなかった。
そういって一人の少年と黒い女はその場を去っていく。
帰り道、通学の時間、夜の時間。私は一人だということを自覚する。なぜ人と人で触れ合う必要があるのか分からない。なぜそう考えてしまうのか、その答えは私の中にもうあるからだ。
私には現状親がいない。何年も前に両親とは「人」としての関係性を離したのだから。今はとある会社でとあるアルバイトをしている。その会社は現在ある目的のために死体を集めている。その目的とは一度死んだ人間を蘇らせることで人間は「死」という概念でさえも超越したことを証明するのだそうだ。
実際問題、死した人間が再び生を得るにまでなった。
私もその一人である。
美岬は自分のアパートに入り一日が終わったことを確認する。彼女にとって人間との関りを持つことが苦痛にも感じていた。
シャワーを浴びて眠りにつこうと布団に入るが中々寝付けない。初めて他人に仕事の現場を見られた。不気味がられるのは当然である、何せ人殺しの現場を見たのだから。
「どうしよう」
いつからだろうか、人殺しに対して抵抗がなくなったのは、いやそれは最初からだった。私は最初から、死者ではなくなってから人間の倫理観などどうでもいいと思うようになった。ましてやそもそも人間としての道徳など死ぬ前から持ち合わせていなかったのかもしれない。
私は親から愛されてなんていなかった。
「お前なんて生まれてこなければ良かったのに」
それが親から聞いた一番多い言葉だった。私を手術した医者から聞いたことは親は元々子供を産むつもりなんてなかったらしい。そして私を殺したという事実を隠蔽するために私に蘇生手術を受けさせた。
人間とは可能な限り関わりたくないと思った。神経や臓器など人工の部位を新しく体内に入れる関係上、この手術を受けて蘇った人間には生前に持ち合わせていない特異な部分が現れるようだ。
私の場合は嗅覚。殴られた際に脳と鼻が潰れてしまったためにここに人工の器具を埋め込んだ。嗅覚が優れることは相手の汗や体内物質のにおいを嗅ぎ分けることができる。嘘が私にはわかるのだ。
このような考えを毎晩してしまう。私に殺される人は必ず私のことを見てくれる、本気の恐怖。助かりたいという思いを向けてくれる。そうでなければ私を見てくれる存在はいないと考えてしまう。
「やっぱり、佐藤君には初めから説明した方がいいよね」
彼の親が私の雇い主である以上、そうするしかないというのが私の決断だった。
今日私を見た彼の反応は他の誰とも違う気がしたからである。




