零菜
前2つはプロローグのようなものと思ってください。
少女は美しかった。
彼女の名前は時雨零菜(16)
一言で容姿端麗と表現することが憚られない程に。黒く美しい髪、雪の結晶のように白い肌、サファイアのような透き通った青と黒の光沢のある瞳。目を合わせたときには微笑んでいるかのような優しい口元。
彼女自身、日本と英国の血が流れている。きっと彼女の血筋などを聞けば誰しも羨むだろうし、理想の人としてみるだろう。
「ただいまお母さん」
夜の8時頃。塾から戻った零菜は家の食卓に座り、今日の出来事を母親に話す。
「今日はずいぶん遅かったね」
「数学の先生が熱入っちゃって、こっちはヘトヘト」
何気ない親子の会話。その生活は順風満帆、つらいことや投げ出したいことも少なくないが、家に帰りその日の出来事を話す。それだけで明日も生きようと思えた。
数日後、学校で一人の生徒が自殺をした。その生徒は特に親友という程ではないが、普段教室で話すくらいには交流があった。
原因はいじめなどではない。
日々の成績でのストレスに原因があった。中々上がらない勉強の成績。零菜は以前彼女に模試の結果を見せてもらった。
「最悪、見てよ時雨さん。今回もこれ、理数系は赤点」
確かに彼女の数学と化学の成績は30点にも満たなかった。しかし。
「文系だけで勝負出来たらいいのにね」
「確かに、私も得意科目だけならもう少し上」
成績評価の方法への不満はもちろんあった。
「いいよね、時雨さんは赤点なんかなくて」
口を尖らせてぼやく彼女、その陽気な口調からは数日後に彼女が命を絶つなんて想像もできなかった。
心当たりがあるとすれば昨日のあの会話くらいである。
私は全ての授業が終わり下校しようとした18時頃、教室の真下にある自習室前を通りかかった。
「何で赤点なんか取った?」
問い詰めるような担任Kの声。
「でも文系科目は・・・・・・」
「誰が口答えをしていいって言った」
この前陽気に話しかけた人物とは思えないくらいに弱々しい声。
そしてその呟きを遮る教員。このKは確かに科目の教員としては分かりやすく試験で点を取るための授業をしてくれる。
しかし、彼は自己のノウハウを私達に身に付けさせるために厳しいルールを設けた。逆らうなんてできなかった。
鉄のルールで縛られた教室は人によっては「受験」に挑む最適な緊張感のある空間であったが、点を取れない人にとっては数秒たりとも息の着けない空間であった。
「次は無いと思え」
Kのその言葉を最後に彼女が部屋から出ようとした。
私は彼女と鉢合わせないようにその場を立ち去った。だが、そのときに声をかけていれば助かったかどうかなんて考える余裕がなくなるくらいの出来事が私に起きたのだ。
私の父の会社が倒産した。経緯は単純、親会社でとある不祥事が発生し、その下請けで働いていた父の会社に責任を全て擦り付けたのである。
そのような話題は学校という鳥かごにおいては最高珍味の餌である。
「はいこれ昨日休んだ分のノート」
前に頼まれていた分の課題を隣の席にいるクラスメートにみせる。
「ありがと」と素っ気ない一言のみ。そんな雰囲気はすぐに確信へと変わった。
(私はイジメをうけている)
そこからの日々はとても息苦しかった。父の会社が人の死について取り扱っていたせいか、教室中は私に対する罵倒で溢れた。
「今までニコニコしてたのってさ、あいつの会社のためなのか
な」
「目的のために近づくなんてサイコパスじゃん」
聞こえるか聞こえないかくらいの声。
つい2日前まで普通に話しかけてくれた友達、いまはまるでそれまでの私との記憶がなくなったかのような振る舞いだった。
そしてメンタルへのダメージは勉強の方にもあり、成績を落とした。
もちろんそうなれば担任の面談があり、罵倒される。なにより最後の一言が一番効いた。
「やる気あるのか」
もうどうでもよくなった。 家に帰っての安らぎなどではとても中和出来ない。
大企業の不祥事ともあって、マスコミにも何回か追いかけられた。
周りで仲良くしてくれた人達は窮地にある人間の味方をして戦うよりも、一人を追い詰め攻撃の的にされないよう多数派に回った。彼らは自分が正義と認識するために悪の対象を決めつけるのであった。
人というものが嫌になった。この世界が嫌になった。だから私は鉄の蛇に喰われることを選んだ。
目が覚めた。「生き残ってしまった」という絶望が襲った。
病室に入ってきたのは一人の初老の医者だった。
「起きたのか、良かった君は運がいいのか悪いのか」
もちろん悪かったと答える元気はなく、そのまま医者の言葉に耳を傾ける。
「落ち着いて聞いて欲しい、まずは何故君が生きているかから」
ベッドの横にある椅子に腰掛ける。
「確かに君は電車に跳ねられて一度死んだ。体もバラバラだったし」
(死んだのに?)
「でも運良く脳は無事だった。本当に奇跡的だ」
奇跡というには余りに残酷な現実を残したものである。
「ただ、体のドナーとなったのは君のご両親なんだ」
私は後でお礼を言おうと、口を開いた。
「親に迷惑をかけちゃいましたね」
そのとき医者は苦い顔をして言葉を続けた。
「多分後で知ることになるだろうから私から教えよう」
その口調から悪い知らせだと知った。
「君の死を知って君のご両親は命を絶った」
言葉の意味は分かったが、頭が回らずにいた
「何でです」
「君の死を知ったあと、君のご両親は命を絶った。おそらく娘の
死が本当に辛かったんだろう」
事実のショックと、自分の生きている現実に関係を見出だせずに困惑。
「それと私が生きていることになんの関係が」
一呼吸おいて医者は話しを進める
「君の父親の扱っていた保険はいわゆるリバイバル手術に関するもので、私はその担当医だ。そして両親の遺書にはドナーとして自分たちを使って欲しいとあった」
「そんななんで」
「君はバラバラだったんだ。それなりの輸血量となるべく無傷の臓器が必要だった、それに君を生き帰らすことが両親の願いだったんだ」
椅子を立ち上がり部屋を出ていこうとする。
「君の人生に君のご両親は託したんだ。だからもう死のうなんて考えないで欲しい」
それを最後に部屋を出ていった。
分かったことは只一つ。
「私は両親によって生かされ、共にいるということ」
後悔という感情をこれ程味わったのはこれが最初で最後である。
鋼鉄で補われている手で何度も、何度も色々な物を殴り付けた




