美しき恐怖
気がつけば僕は近所の公園に連れて来られた。塾の帰りにいつも通って見慣れた場所。普段と何ら変わらない夜の公園、自分の隣いる存在の異様性がなければ、この場所から離れたいという気持ちなんて出てくるはずもなかった。
僕の横には黒い女がいた。女というと年齢に合わないだろうが、「少女」と表現するにはあまりにも異様で怖かった。
「何で止めたんだよ、もう少しだったろ」
それが女に強がって放った僕の言葉だった。
「君は死にたかったのね」冷たい声でそう返された。
次の瞬間隣にいた黒い女が消えた。
呼吸が苦しい、女の腕が僕の首を掴んでいた。先ほど自分の命を救った力が今度は殺意を向けている。
「じゃあ私が殺してあげる、あそこであなたが死ぬと色々な人に迷惑がかかるから」
彼女の腕は鋼鉄のように硬かった。
掴んでも叩いてもびくともしない。ギリギリと力が込められてくる。彼女の顔が見えた、ニヤリとした微笑。
(化け物に殺される)死というものに対する恐怖が一気に押し寄せてきた。「死にたくない」という考えが頭をよぎった瞬間、べンチの繋ぎ目の金属部分に頭を押し付けるように少女は少年を押し倒した。
気がついたら私は彼を殺そうとしていた。
少女は真っ赤な眼をみのるに向ける。黒く美しい長い髪、明るい時間に見れば誰しも見惚れてしまうくらい白い肌。
少年の言葉を聞いた瞬間、怒りが湧いてきた。安易に命を投げ出そうとし、あまつさえ命を拾ったことへの文句を吐露したから。自分だけが世界から独立し、アイデンティティーを保っているかのような言い方が憎らしかった。
「私はお前みたいな奴が大嫌いだ!弱いくせに誰にも逆らおうともしないで、惨めに死を選ぶような弱くて哀れなやつが」
(もう殺してしまおう)
言葉はそれ以上かける気はなかった。
黒い少女は指に力を込めて哀れな少年を嘲笑おうと口角を吊り上げた、別れの言葉を告げようとした瞬間。
「た・す・け・て」
彼の口がそう動いた。
とっさに腕の力を緩めてしまった。
その瞬間、少年は私の体をすり抜けて逃げだそうとした。
「化け物、誰か、けいさつ………あぁ…げほ、……うぉぇ」
おぼつかない足取りで必死に私から逃げようとする。きっと理解したのだろう、得体の知れない存在に消されようとされたことを。
私は敢えて追おうとはしない。死の恐怖を感じた彼がこれからどう生きるのか、おそらく未知であった「死の恐怖」を体験したことで、私達を認識してくるのかを見届けたかった。
1人でも多くの人が非現実を受け入れて欲しかった。私が少年を助けたのは彼のためではない、知らない現実を知って欲しかった。
黒い少女は満ち足りていた。そして自覚したのである、自分が他人に「生きている」ということ、命の存在を教えるにふさわしい力を持っていることに。
かつて何もできずに死んだ時雨零菜ではない。
「私はレイナ………」
自分の存在と命を感じるために名前を静かに呟いた。




