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#06『嘘つきは恋人契約の始まり/5』

 ともあれ、経緯はともかく僕は文藝部に入部したわけだ。

 活動拠点、文藝部室。活動日時、毎日放課後。

 決まりごとは特になし。強いて言うならば、部員同士の仲を深める一環として、名前呼びを徹底させられたことくらいか。

「文藝部の日課その一、小説を読むこと」

「当然だね。文藝部だもん」

「文藝部の日課その二、小説を書くこと」

「当然だね。文藝部だもん」

 カネキアザミ改め、あざみは、新入部員となった僕に一つ一つ、活動内容を懇切丁寧に教え込んでくれた。根はいい人なんだろうな、と傾きそうになるのも無理はない。

 まあ、傾かなかったけど。

「文藝部の日課その三、生徒のお悩み相談に乗ること」

「当然だね。文藝部だ――――ん?」

 あれ、文藝部ってなんだっけ。

文芸作品を読んだり書いたり批評したりする場所じゃなかったっけ?

「……文藝部ってカウンセラーやってるの?」

「はい。――副業で」

副業を本業の日課にするな。危うく僕の見識に、『文藝部はお悩み相談コーナー』っていう誤った認識が埋め込まれるところだった。

「ちなみに大体お悩み相談で部活の時間が潰れます」

「あれ? 本業が迷子してないかな?」

「細かいことはともかく、もうじき一人目の相談者が訪ねてくるでしょう」

 勝手に話を進めるな、とツッコもうとしたがそれよりも先に部室の扉が何者かによって開け放たれる。

「――最初の相談者ですね。……また、貴方ですかって言いたいですが」

「また?」

「ええ、昨日一昨日それ以前に引き続き。まったく、風見鶏の生まれ変わりですかって言いたいくらいですよ――会長」

 会長って誰だ? 僕は、ざくろの呆れたような目線を追った。

本の山と山を抜けた先には、一人の男が仁王立ちで突っ立っている。

詰襟をきっちり第一ボタンまで締めることで、真面目で堅物なイメージを前面に押し出している。おまけに制服には皴の一つもついていない。几帳面で繊細そうだ。

だが、彼の顔は首より下の堅物そうな印象とは裏腹に女性から好かれそうな、彫が深く鼻が高い、西洋風の美形だった。

瞳の淡い水色がこちらを向いた。自信に満ち溢れた眼光に思わず気おされそうになる。

「今日も今日とて相談者一号を名乗らせてもらうよ、マイ・フェア・レディ」

「……あの、気持ち悪いのでご退出願います」

うわ、きっつい。呆れ返ってた視線が興覚めを通り越して冷え冷えとしている。冷え冷えじゃ、生易しいくらいかもしれない。オウ……、と顔を覆ってその場に座り込んだその男に憐憫の目を向けるしか僕にはできなかった。

「さすがに当たりが強すぎるんじゃないかな」

「気持ち悪いのは自明なので仕方ありません」

「とんでもない鬼畜嬢だね」

「……ここにも一人、蔑まれたい人間がいるようですね」

 冗談だよ、と思ってもないことを口に出してみるが彼女の底冷えした視線は、相変わらず威力が衰えることがなかった。悪魔だ、なんて口が裂けても言えないくらいには彼女の威圧にひれ伏していた。猫を被っても怖いものは怖いのです。

「冗談は置いておきましょうか」

「凄絶な手のひら返しだね僕の抱いた恐怖感情を返せ」

 ふふふ、と込み上げてくる笑いを隠すあざみ。仕草がいちいちムカつくのはそういう仕様なのかしらん。わざわざ反応しているとキリがなさそうだ。

「まあ、見ていてください。私と会長は、入学したての時から馴れ合っていますので、取り扱いはお手の物ってやつです」

 にしても、扱い雑過ぎない? っていう本音は言うだけ野暮だと思ったので口に出すことはなかった。僕は、地面でうつ伏せになってうずくまる会長様をじっと観察することにした。

 ふと、

「ああ……、見られている」

 空気のささやきのような声があった、気がした。なんでだろう、心の奥底からぞぞぞって湧き上がるこの感情は。まるで、僕の危険レーダーが振り幅いっぱいを指したうえで許容値をオーバーし、ショートしてしまったかのように。

 おぞましいものが、地面でうずくまっている。思わず、身構えてしまいそうになる。

 だが、そんな杞憂は、束の間だったらしい。

「ふ……ふ、ふ」

「ふ?」

 一瞬の静寂だったと思う。

 だけど、なんでだろう。

 ――僕は自分の腕をまくってみた。ぽつぽつと、鳥肌が立っていく。

「ふ、ふふふはははははははははは!!!!!!!!」

「!?」

 部室の入り口でうつ伏せに倒れていた男が急に立ち上がって天にこぶしを突き上げた。おまけにこの雄叫びである。

気が狂ったか、どう見ても気が狂ったようにしか思えない。やっぱり、辺りがきつかったのではないですかねあざみさん。僕は彼女の方を振り向いた。

「あー、あんまり気にしないでくださいねいつものやつなので」

いつも変態が部室を襲撃してくる文藝部って何なの。

変態(?)は、相も変わらず雄叫びを挙げている。迫真の声量が部室棟に轟いている。部室の玄関を閉め切っているため、外に爆音がダダ流しになることは避けられたが、そのせいで部屋がうるさい。ああ、耳鳴りがする……!

「会長。いい加減、その反応止めてくださいね。見せられているこっちの身にもなってくださいよ」

「――ふっ」

あ、収まった。

「見せられたじゃないだろう、『魅せられた』だろ?」

 ――なんかもう黙ってくれって感じになった。ええ? 散々叫び散らしといて第一声がそれかよ。見せられたと魅せられたには、大差なんてないからな。なんなら、『診せられた』が一番しっくりくるよな。

「あの、会長。――生徒会長。この学校で一番威厳のある生徒であり、ありとあらゆる生徒の模範になるべき存在さん。一つ、いいですか?」

 あざみが、満面の笑顔を会長と呼ばれた男へと向けた。

 満面の笑顔? ――訂正、目が据わっている。

うーん、建前から垣間見える般若の形相に鳥肌が立ちました、まる。

女の子って怖い怖いだね。ああもう、こっちが叫びたい気分だっていうのに。

「生徒の模範は、所属すらしていない部活の部室で絶叫したりしませんよ?」

「ああ! それはもっともだ!」

「そんなにえばるように言い張らないでくださいね……?」

「だけど、こっちにも言い分がある」

「はい、一応聞きましょう」

「これは、君が美しいからいけないんどごふっ!?」

 きざな台詞は打ちきりになりました生徒会長様の次回作にご期待ください。

 背後から何者かに押し出されて、言葉通りの本の山に身投げする会長。まったく、生徒の模範って何なんだろうね! 僕もうこの学校の行く末が心配になってきちゃったよ転校から一週間も経ってないのにさあ!

 生徒会長が崩れ落ちたことで、その背後でちょうど蹴り上げた後の姿勢のまま静止した少女の姿が見られた。舞い上がりそうなスカートを片手で抑えつつ。もう片方の手でバランスを取る。そのおかげで蹴り上げた後の態勢を維持している。――抜群の体幹の持ち主ッ……! 強い……!? この子は一体……!

 上げたままだった足をゆっくりと、下ろしていく。静から動への移り変わりがまた華麗で、何かしらの武術でも習っていたかのような立ち振る舞いである。

肩にかからない短めの髪はまさに運動に適したそれだ。だからこそ、彼女の掛けている不格好な丸メガネが際立っている。

だが、そんな一見奇抜なファッションも彼女の手にかかれば似合ってしまうのが不思議だ。ダサい丸メガネをクイッ、と持ち上げる所作でさえ、格好よく感じてしまう。

肩から提げている生徒会の徽章には、副会長と記されていた。

 会長と副会長とで態度に天と地ほどの差があるんですが。

なんなら副会長の方が会長に相応しいように見えるのですがそれは。

 この学校、本当に大丈夫なの~~?? 『次回、生徒会死す』デュエルスタンバイはしなくていいからね! そして唐突なネタバレ止めろ。

「毎度毎度、ウチのクソ・生徒会長がお世話になっておりますドウモ、副会長ッス」

「はい、何度も名乗られているのでさすがに覚えていますよ、副生徒会長さん。いつも、この『クソタラシ』に手を焼いているようで、お疲れ様です……」

 どうぞ、お茶でも。と、あざみはどこに忍ばせておいたのか、ポットと、紅茶のティーバック、そして魔法瓶を取り出した。

ティーバックを入れたポットに熱湯を注ぎ込む。蓋をした時には、僕の右側の長椅子に副生徒会長は腰を下ろしていた。

「あれ……、新しい部員の方で?」

 彼女はすぐにボクの存在を認知したらしい。

生徒会長とは違って視野が広いのもリーダーポイントが高くてよろしい。何様だ。

いやだって、あの外面堅物のマジでキチな生徒会長、視野が狭いというか視野が弾道だった。散弾銃じゃなくて、スナイパーライフル張りの視野だ。

狙った獲物は逃さない。(笑)

「どうも、ちょうど昨日この部活に入った水瀬おきな、って言います。よろしくお願いします」

「――ああ! 転校生が来るっていうのは聞いてたッスね。君ッスか、どうもどうもよろしく」

「まさかすでに名前は認知されていたとは……さすが生徒会副会長」

 どうして、こんなにできる子が副会長なの……? これじゃあ、会長(概念)だよ、会長(有名無実)だよ。どうでもいいけど括弧の中が四文字だと不格好に見えません?

 いやいや、そんな褒められることじゃないッスよ。と謙遜する姿勢もまた出来上がった人間だ。部室の入り口で本に埋もれている生徒会長とは大違いだね。

 ――昨日転校してきた僕には、生徒会長が生徒会長たる所以とか知る由もない。客観的な会長への評価が地に堕ちるのもまた仕方がないことだろうと思う。

「さて、与太話はこれくらいにするッスか。――本題に入ろう」

 洋風のカップに注がれた紅茶をそそる副会長。口調が変わる。仕事の人格にでもなったのだろう。

「ここ最近、生徒会長の業務怠慢が悪化している。先月の終わりにあった朝会挨拶も寝坊した挙句、会の終了直前に現れて、『今月も俺と一緒に戯れてくれ仔猫達』とだけ残した」

「ああ、あれですね。既に学校史に記載されることが確定した『第一回無差別口説き解散』ですね」

 無差別口説き解散!? 生徒会長の権限をもってしても学校中が静まり返るようなイベントじゃないんですかそれ。というか、どさくさに紛れて『第一回』って付けるのやめようね、今月も同じことが起きるような言い方じゃないか。

「まあ、あのイベントに関しては校内生徒、および教職員からも大好評だったんで良かったんじゃないですか?」

「それは一理あるんですが」

 大好評!? もうツッコミが追い付かない。副会長も勝手に納得しないで。一理も二里もないし、なんならこの生徒会長は愛を探して三千里旅していろ。

「納得できない……、生徒会長は老若男女構わず愛しちゃう駄目人間だ」

 さらっと上司を罵倒したよね? 

「百年に一度の誑しの才能を持った駄目人間だ」

 それ褒めてないよね。褒めていてもボジョレー・ヌーヴォーと勘違いしてるよね?

もはや呼吸のような罵倒だ。

「どうして、彼は万人に愛され万人を愛そうとするのか……」

 ふぅ、と何もかも言い切った様子で呼吸を整える副会長。素の頬は少しずつ上気付く。目を伏せた副会長は、何やら言いたげな様子だった。彼女は振り返る。視線の先には生徒会長がいた。呆れたような溜息一つ、彼女はとうとう本音を漏らした。

 ――傍らに私がいるというのに。

 ……ええ、僕は聞きましたとも。図らずとも証言者Aになってしまいましたよ駄目だ副会長も十分毒されてるマジか僕そんなオチ望んでなかったよ!?

 さて。と再び向き直した副会長は、丸眼鏡をくいっ、と押し上げた。

「ここで、私は質問を投げかけようと思う。――会長の愛を独り占めにしたい。どうすれば」

「会長を殴り倒そう話はそれからだ!!」

 思わず僕は叫んだ。叫び終わったときには時すでに遅し。

 副会長の身体が、宙を舞った。時が止まった。ジャンプ力ぅ、ですね……。

 感心せざるを得ない宙返りも束の間。副会長の踵が、生徒会長の背中へッッ!!

「会長、お覚悟を!」

「ふごほっっ!?!?」

 躊躇なくぶち込まれた踵落とし! 相手は死ぬ!!

 本の山を押し分けて、埃だらけの床にダイブした生徒会長。

さすがに瀕死だろう……、僕は確信していた。

 だが。

 彼は、突っ伏しながら、満面の笑みでグーサインを出した。

「オウ……今の一撃は、ボクの心に響いたッッ」

「トゥンク……(副会長の心が射抜かれる音)」

 世も末だ、僕は頭を抱えた。

 勝手にイチャついてろ、このバカップル。

「……まあ、この会長、私の兄なんですけどね」

「最後にとんでもないオチをぶちかますのやめようね、あざみさん」

 オチもへったくれもなかった。


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