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#16『デート理想論Lv.99/5』

[デートサイドC:十一月某所]

 デートは大詰めだった。真上に見える深い藍色の天蓋に手を伸ばす、あざみ。

「星が、近いね」

「そりゃあ、ビルの屋上にある展望台だしね」

「ロマンティックが足りない……」

「僕にそれを求めないでくれ」

 きっと、恋人同士だったら、それっぽい気障な文句でも言っておけば、勝手にときめいてくれるのだろうけど、残念ながら、恋人は恋人でも、僕とあざみは結局、『恋人になりきれていない』。そして、僕には、なりきる気も起きなかった。

 僕は彼女の素顔を暴ければそれでいい。

 あれ? だとしたら、無理矢理でもロマンティックな言葉を並べといた方がいいんじゃないのかな? 本物の恋人っぽく、接してしまえば彼女の化けの皮だって、ぺりぺり剥がれてしまうんじゃないか?

 ……これは、大変な思い違いをしてしまったらしい。さっさと恋人演じてしまえばいいじゃないか。演じるのは、建前だらけの誰かさんの得意技だろう?

「ねぇ、オキナ君。聞いてる?」

「……ちょっとだけ小難しい、というかややこしい考え事をしてた」

「君ってば、いつもぼーっ、としてるよね」

「いつも小難しいこと考えていて、ロマンティックにかける時間が少ないんだよ」

「もっと、何も考えなきゃいいのに」

「むしろ、意図的に考えているまである」

「わざとでしょ!? ……もっと、恋人に優しくしてよ~」

 優しくする、ってなんだろう。そんな、機械的に人に優しくできるのか。――なんてことを考えてしまうあたり、きっと僕は人に優しくできない人間なのかもしれない。手の込んだ優しさなんて、もろとも偽善と化してしまうのだから。

 だから、今から僕のすることはきっと偽善だ。なんなら、善意の欠片もない演技だ。

「こう、すれば……いいの?」

 僕は、彼女の腰に腕を忍ばせて、そっとその軽くて柔らかい身を引き寄せた。

 力を入れた気はなかったが、勢い余ったようにあざみの顔が僕の胸に埋まった。胸元で小さな「わわっ」っていう悲鳴があったが、じたばた動揺する様子はなかった。

 しばらく、そのままだった。

 静かな夜と月明かりだけが、僕らを包み込む。

秋も暮れの冷たい夜のはずなのに、

「どうして僕らは、こんなに温かいんだろう」

 それは、今までの生きてきた十六年で、感じたことがない温かさ。湧き上がるような温もり。まるで、こころが毛布で包まれているような、優しさだ。

「――それを、人は愛と言います」

 月光を注がれた大きな瞳が僕を見つめていた。

 今度は、僕が固まる番のようだった。

「もしも、君が、水瀬おきなっていう一人の男の子が、在り来たりだけど、かけがえのない温もりを知らないっていうのなら。私は、少しでもいいから、温もりを教えてあげたいんだよ」

 温もりを教える? 温もりって教えてもらわなきゃわからないのか?

「それは、きっと偽善だよ」

「知ってる。それでも、しなきゃいけないんだって」

「そこまでして、僕に構う必要なんてないんじゃないのかな」

「必要とか、理由とか、そんなのすべて関係ない。これは、わたしが、わたしのためにやっている偽善でもあるのだから」

 何もかもを、やり直すために。

 あざみは、笑った。静かに、掠れたような声で、微笑んだ。

「また、デートしようね」

 あざみのそんな何気ない提案に、僕はなぜか、否定するのを躊躇った。

 どうにも、彼女には敵わないらしい。悔しい気持ち反面、彼女から教えてもらった温もりの意味が胸の奥に刷り込まれていく感じが心地よかった。


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