#13『デート理想論Lv.99/2』
[十二月 学校サイド]
「お前の彼女は、やっぱり神だったよ。以前にも増してな」
あざみが泣き崩した次の日、クラスに着いたらばったりツマシロと遭遇した。だが、今日の彼は明らかにいつもと違う格好をしていた。
「右脚、どうしたの……?」
「どうしたもこうしたも。お前の彼女が、神だからいけないんだよ」
――ツマシロの右脚には、ギプスが巻かれていた。両腕が松葉づえで塞がっている。彼の拳は、杖を強く握っている。そして、怨念を含んだ双眸が僕を睨んできた。
どうして僕が恨まれているんだ?
僕は、彼に何か危害を加えたか?
ツマシロの怒りの理由が僕にはちっとも思いつかなかった。
無意識か? だとしたら、何が原因足り得る?
――まさか。
刹那の天啓。思い当たる節は、たった一つしかなかった。
「僕が、あざみに近付いたことに怒っているの?」
「……まあ、正解だよな。おまけに恋人関係になった、ときた。まだ、近づくだけだったらいいんだ。だけど、さらに関係を深めてしまった。――お前は、俺の計画の邪魔者になってしまったっていうわけだ」
「邪魔者? ――どういう」
「どうもこうも……、もうお前は聞いているはずだろう? 彼女から」
あざみから? 何を?
「お前は、また、神様呼ばわりされるぞ……昔のように」
「…………?」
「お前から一つ残らず幸せを消し炭にしてやる」
どこかで目にしたような言葉だ。耳にしたんではない。どこかでそんな文字列を目に焼き付けたような。
「クラスを道具として扱ったからお前は捨てられたんだ」
嫌な、予感がした。
「鐘来あざみは裏切り者。不幸にしてやる。クラス社会で罰ゲームでも受けろ。恋人殺し。許さない。神、誰よりも上位にいる。クラスを道具として扱ったからお前は捨てられたんだ」
誰も、そんな結末を望んでいない。
――お前と仲を違えるなんて、想像するわけなかった。
「俺を捨てた人間。――まだ復讐は終わっていない」
「君が……、いいや、お前が。あざみの元彼氏か」
「キャラが崩壊しているぞ……あざみの現彼氏が」
この瞬間、僕とツマシロ――妻代啓治は、友人キャラから敵対キャラになった。
うわべだけの友情ってやつは、こうも簡単に崩壊する。そして、あるべきはずの物語に致命的な番狂わせを引き起こすらしい。
「場所を移そうぜ、ミナセ――水瀬おきな」
「……当然だね、ここじゃあ言えない話が山積みだろうし」
昼休みは決まって僕とツマシロは屋上で飯を食べる。もはや転校初日からの通例となっていた。
そんな二人の友人の思い出の場所(思い出とは言っても、たった一か月程度の薄っぺらいものだが)で僕らは対立していた。
冬の風は無数に飛び交う弾丸だ。
快晴。照り付ける日差しは僕らの殺伐とした空気には不釣り合いな明るさだ。
ツマシロの醸し出す空気は、もはや僕を殺しにかかりそうなくらいまで濃密な殺気だった。怒りの矛先を僕に向ける理由――、それはきっと。
「あざみが、僕に取られてしまった。それに対する妬みが僕と対立する理由か」
「大正解。――お前は、俺のあざみを奪った。そうだとも、俺がアイツの元彼氏だ」
「彼氏の割には、あざみも恨んでいるように見えるけど」
「彼氏に戻ること。――それこそがアイツへの復讐だからだ。お前は、アイツの過去をどうせ、知らないんだろう?」
「ああ。彼氏という名目でいるけど、実際僕は彼女が好きなわけじゃない。彼女の本音を知るべく、行動を共にしているだけ」
「その理由はなんだよ」
「似た者同士への単なる興味。たったそれだけ。本音が探れたらすぐにでもアイツを振る予定だ」
「はっ、馬鹿馬鹿しい」
鼻で笑われた。確かにおかしいだろうな。僕と彼女の関係には、愛が生じていない。うわべだけの愛のような飾り物だけで『恋愛』を謳っているだけだ。
本気で恋愛するためのリストを作ったって結局は自己満足。「僕/私、恋愛しているっ!」という感覚を二人で共有するだけに過ぎない。
僕は決して、恋愛していると建前でも言ったことはなかったけれど。
「あーあ、本当に馬鹿らしい。たかが他人様の興味で俺の計画が一切合切破綻しちまったよ。あーあ、つまらねえの」
「お前、ひょっとしたら僕よりキャラ崩壊激しいんじゃないのか?」
「んなこと、今はどうでもいいんだよ。お前の前だったら、こういう姿を出しても怯えられなさそうだしな」
「ってことはこっちが本性か」
「ご名答。ちなみにあざみにも見せたことはない」
恋人関係ですら、建前で繕った感情でやり通すのか。
自分を棚上げするな、というセルフツッコミをかまそうとした一秒前、ツマシロはあざみの本音の姿を見てきたはずでは、と抑止力が働く。
コイツ、――再びよりを戻す理由は、復讐って言っていたよな?
「――ツマシロは、あざみのことが好きで恋愛をしていたのか?」
「最初はな。アイツに裏切られてからは復讐するためにアイツとまた恋人になるんだ」
は……、ははっ。思わず、僕は吹き出してしまった。ツマシロが、怒りの形相で僕の方へ詰め寄ってくる。
「ああ、面白いっ。好きなのに、まさかね……ははははっ!」
「なにが。おかしい……!?」
胸倉を掴まれても僕は、笑いが止まらなかった。
それって、恋愛している意味あるの? 確かに恋愛って十人十色、人それぞれのスタンスがあるけどさあ。
「本当の自分を隠してまで、好きな人に嫌われないようにするの、そんなに楽しい?」
僕は窮屈だと思うな。
――なんて、軽口を叩こうとして、頬に重く鋭い衝撃が迸るのを感じた。
掴まれていた胸倉が離されて、僕は虚空に投げ出された。ツマシロの右腕が降り抜かれるのをこの目に焼き付ける。
地面に叩きつけられる寸前、殴られたことを実感する。
背中から叩きつけられた。口の中が鉄の味で溢れている。まずいから吐き出してみれば唾液は緋色混じりだった。
だが、自然と殴り返す気は起きなかった。
「まったく……憎い奴だよ、本当に」
ツマシロが再び、僕の前に立ちはだかる。
唇を噛みしめて、怒りに満ちていて、どこか悔しそうにも見える顔で僕を睥睨しているツマシロ。僕はそんな彼の突き刺すような目線を逸らすようなことはしなかった。
「アイツは、俺のことを忘れているっていったんだよ。アイツと俺が突き合っていたのは中学生のときだからたかだか一年半過ぎたくらいだ。そんな簡単に記憶がかすむことなんてないだろう?」
「……何を言いたい?」
「アイツは――俺の存在をなかったことにしようとした。すなわち、自分の罪を消し炭にしようとしたんだよ」
「あざみの罪、か」
「建前と建前で美辞麗句連ねてたらきっと分からないだろうよ。さっさと自己防衛止めてアイツ自身から聞けばいいんじゃねえか?」
お前にできるかは知らないがな。ツマシロは、言いたいことを全部吐き尽くしたと言いたげなようで僕に背を向け、屋上の出口へと歩いていく。
「最後に一つ、いいかな、ツマシロ」
「なんだよ」
「お前のその傷は、あざみがやったものなのか?」
一瞬の静寂。彼はその間、何を考えていたのだろう。
きっと、僕の知らない世界線であった悲劇のお話だ。
だけど、いずれ傷ついてでも、僕の知っている世界線にしなければいけないのかもしれない。
「――神の仕業、とだけ言っておく」
ツマシロは、それ以上一切言葉を発しなかったし、僕も彼にこれ以上の言葉を投げかける勇気を持っていなかった。
誰もいなくなった、屋上で一人、仰向けに突っ伏している僕がいた。
転校初日も、こんな風に一人で空を眺めていて、不意に文藝部に入ろうって思ったんだった。
このまま、クラスに戻りたいっていう気は戻らなかった。だけど、何もかも放り捨てたい、というわけではない。
無性に、あざみに会いたくなった。会って、彼女の本音を洗いざらいにしたい。
だとしたら、僕がこれから行く先は?
答えは、すぐに導かれた。




