ふたつのマフラー
ひだまり童話館開館2周年記念祭参加作品
お題は「2の話し」
森の中の大きな木の根元に、小さな小さな扉があります。その中では小さな人たちが小さな物を作っています。
まだ朝も早い時間、親方は慣れない手つきで真剣に編み物をしていました。慣れないとはいっても、普段から細かい作業をしている親方はなんでも上手に作ることができます。
最後の仕上げに、柔らかいところをくるりと丸めて端っこを留めると、残りの糸をパチンと切りました。
「よしできた」
自分でも満足のいく仕上がりに、親方は腕を組んで頷くとすぐに袋に入れました。
親方は袋を持って下の階へ行くと、出かけようとしているピノに言いました。
「ピノ、すまんがコイツを持って行ってくれ」
外は雪で真っ白ですから、ピノは厚手の上着を着て、首には新しい緑色のマフラーを巻いています。
「これ何ですか?」
「ヒノにあげるもんだ。お前さんからあげてくれ」
「僕から?良いですけど、ヒノはここまで来るから、親方から渡せばいいじゃないですか」
「俺は良いんだよ。頼んだぞ」
そう言うと、親方はまた上の部屋に上がってしまいました。
ピノは親方に渡された袋を持ち、出かけることにしました。
「じゃあ、行ってきます」
「ご苦労さま」
兄弟子のポンが玄関を出て見送ってくれました。
ピノとポンが工場を出ると、ちょうど空に赤い鳥の影が見えました。ヒノが来たのです。
「おはようございます、ピノさん、ポンさん」
「ヒノ、おはよう!う~ん、あったかい!」
ピノは降りてきた赤い火の鳥の首に抱きついて挨拶をしました。
二人はとても仲良しなのです。これからピノが北の森にお使いに行くのに、ヒノが迎えに来てくれたのです。
今まで、冬の間は北の森へ行くことはできませんでした。雪がいっぱいで、小さなピノにはとても歩けなかったからです。
だけどヒノと友だちになってから、この雪の中でも寒い空でもいつでも空を飛べるヒノが迎えに来てくれるようになって、とても助かっていました。
ピノがヒノに乗ろうとしたとき、ヒノが気づきました。
「ピノさん、素敵なマフラーですね」
そう言われて、ピノはとても嬉しそうな顔をしました。
「えへへ、そうなんだ。北の森へお使いに行くって言ったら、お母さんが編んでくれたんだ」
ピノは少し照れた顔をしながら、マフラーの端っこを持って、フリフリと振りました。
「ピノさんに似合う綺麗な緑色ですね。とっても良いです」
「ありがとう」
ヒノに褒められて、ピノはさらに舞い上がっていました。
その時ピノは、手に持っていた袋を思い出しました。そう言えば、ヒノに渡すように親方に言われていたのです。
「そうだ、これヒノに渡すように言われてたんだ。ハイ」
ピノは袋をヒノに渡しました。
「なんですか?」
「中身を見てないけど、親方が・・・」
ピノが喋っている横で、ヒノは袋を開けてみました。
中には、真っ赤なマフラーが入っていました。ヒノの羽毛の色と同じ、目の覚めるような赤いマフラーです。
「わあっ、キレイなマフラーだね。きっと親方からヒノへのプレゼントだよ」
ピノは自分だけでなく、ヒノにも新しいマフラーがあったのでさらに嬉しくなりました。こうして二人で新しいマフラーを着けて一緒に空の散歩に行けるなんて、とても素敵な冬の日です。
ところが、ヒノを見ると、なんだか嬉しそうではありません。
「どうしたの?マフラーしないの?」
ピノが聞くと、ヒノは少し下を向いて言いました。
「いいえ、私は寒くないですから」
確かにその通りです。ヒノは熱い火の鳥です。ヒノが降り立ったそこだけ、雪がみんな溶けてしまうくらい、ヒノは真冬の雪の中でも熱くいられるのです。マフラーなんて必要ないということは、ピノも分かっていました。
「だけど、これは君に似合うと思うよ。おしゃれだと思ってさ、一緒にマフラーをしようよ」
ピノはその真っ赤なマフラーを持って、ヒノの首にかけようとしました。するとヒノは、首を反らせて向こうを向いてしまいました。
「私はマフラーなんて着けられないんです。私がマフラーをしたら、すぐに焦げてしまうんです」
ヒノは寂しそうな小さな声で言いました。そうです、ヒノは火の鳥です。その身体に触れると、なんでもすぐに焦げてしまうのです。
ヒノの頭に落ち葉が乗ると、その落ち葉もすぐにボロボロに焼けてしまうのです。そんなヒノがマフラーなんて着けたら、マフラーは焦げて台無しになってしまうでしょう。
だからヒノは、今まで一度だってマフラーをしたことはありませんでした。おしゃれだって、何もしたことがないのです。
ピノも残念そうな顔をしました。そして言いました。
「ねえ、一度だけ着けてみない?せっかく親方が作ってくれたんだもの。少しだけ」
「親方が作ってくれたんですか」
ヒノはピノの方を向きました。
「うん。親方の気持ちだから。少しだけ着けてみようよ。ちょっとだけで良いからさ」
ヒノは本当なら、マフラーなんてしたくはありませんでした。
自分の身体に着けたらそれは焦げてしまうでしょう。そんなものを見たくはありません。だけど、親方がヒノのためにマフラーを作ってくれたことは、とても嬉しく思いました。その気持ちが嬉しかったのです。
せっかく作ってもらったものを焦がしてしまうのは申し訳ないけれど、着けてみないのも悪い気がします。
「じゃあ、少しだけ」
「うん!」
ピノはヒノの首にその真っ赤なマフラーをくるりと巻いて、首の前で結びました。
それはヒノの羽根の色と同じ美しい赤い色で、可愛らしく蝶の形に結ばれて、華やかなヒノの姿をさらに引き立てていました。
「うわ~、ヒノ。とっても似合うよ。どんな気分?」
似合うと言われて、ヒノも嬉しそうでした。
「どんなって、なんだかヒラヒラしていて、少し恥ずかしいですね」
「恥ずかしくなんてないよ。とっても素敵だもの。ヒノの色とよく似あっているし、フワフワ過ぎなくてそこもまた良いよね!」
「そ、そうですか」
ヒノは嬉しそうに翼を何度か羽ばたかせました。
風が起きて、マフラーがひらひらと舞います。そうするとマフラーがキラリと光りました。
「なんだかキラキラしているよ」
「そうですね」
ヒノは嬉しそうにその場で何度か飛び上がり、少しその辺を周ってまた降りてきました。
「僕も乗せて」
ピノを乗せて、今度は二人で空へ飛びあがりました。
真っ赤なヒノのマフラーと、緑色のピノのマフラーが鮮やかに白い空で舞っています。まるで二つのマフラーが嬉しそうに踊っているかのようです。
少し飛ぶと、
「ピノさん、そろそろマフラーを取ってください。焦がしちゃったら親方に悪いですから」
そう言いながらまた地面に降り立ちました。
ピノはヒノの背中から下りて、ヒノの首の前に立ちました。そしてマフラーに手をかけたとき、気づきました。
「ねえ、全然焦げてる匂いがしないよ?まだ着けていても大丈夫じゃないかなあ」
「そんなはずは・・・」
ヒノも匂いを嗅いでみましたが、確かにマフラーが焦げるような様子はありません。
「なんでだろ?」「どうしてでしょう?」
不思議なこともあるものです。
ヒノが身につけたらなんでも焦げしまうに決まっているのに、このマフラーはまだまだ焦げそうもありません。
そこへ、工場の前でずっと二人を見ていたポンが言いました。
「そのマフラーは、親方がヒノの抜け毛を拾って集めたもので出来てるんだよ」
ポンの話しによると、親方は北の森の“鳥さん便”に行く用事があると、必ずヒノのところへ寄り、そこに落ちているヒノの羽毛を一枚残らず拾い集めていたとのことでした。そうして、何か月もかけて集めたたくさんの羽毛を、親方の工夫で毛糸に仕上げて、それからマフラーを編んでいたのです。
「だから、そのマフラーはヒノの毛だから、安心して使えるよ」
ヒノの羽毛だったら焦げることはないからです。ポンが教えてくれると、ピノとヒノは顔を見合わせてそして万歳をしました。
「そうだったんですか!とても嬉しいです。親方にお礼が言いたいのですが」
ヒノはそのまま工場になだれ込みそうな勢いでした。
「ダメダメ。親方は、顔を出さないよ。すごい照れ屋さんだからね」
と、ポンが片目を瞑って言いました。
「男が編み物なんてできるかい!って言ってたから、自分が作ったって認めてくれないよ、きっと。だからお礼なんて言っても無駄さ」
頑固で照れ屋の親方。だけどヒノはその優しさを誰よりも知っています。
ヒノのために、ヒノのためだけにこんなに素敵なプレゼントをしてくれる人が他にいるでしょうか。
ヒノはピノを背中に乗せて、工場の木の周りを飛びまわりました。
親方が作業をしている工場の窓からは、赤い火の鳥の首にキラリと光る蝶が見えていました。
おしまい