004.淑女
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「アインザッシュ侯爵!魔物退治の活躍、耳にしましたぞ!さすが『国王の右腕』と言わしめる御方ですな」
「過分な評価にございます、ミスタール公爵。此度の勝利は全てこの国の優秀な兵たちのおかげでございます。称えるならば、そのような兵を与えてくださった陛下に」
「ははっ、さすがアインザッシュ侯爵。臣下の極みですなあ」
綺羅びやかなシャンデリアが輝く夜会。豪奢に身なりを整えた紳士、淑女がクルリクルリと錯綜する。一流の食事、一流の音楽、そして優雅な貴族。
そんな華やかな会の中、アインザッシュ公爵と呼ばれた藍色の髪を綺麗になでつけ、質の良いスーツに身を包む紳士はこの会でも権威を持つ御方。『国王の右腕』と言えばアインザッシュ侯爵と言わしめるミディス皇国の将軍でもあった。
侯爵家という貴族ありながら将軍という異質の存在であるが、貴族としてもまた一将軍としても陛下に認められているのは皆の知るところ。
「して、侯爵殿。今日はとても可愛らしい妖精をお連れのようだが」
「ああ、紹介致しましょう。私が娘のアリシアーナです」
一歩前へ踏みでた。そしてなるべく滑らかな動作を心がけながら、貴族の所作を取る。
「ご紹介に預かりましたアインザッシュ侯爵家が娘アリシアーナ・ル・アインザッシュで御座います」
いつも通りに。そして丁寧に、淑女らしく挨拶をする。あくまで子供らしく、それでいて上流貴族らしく、だ。
それが私に求められた挨拶である。
「・・・・ほお、美しいですな。聞くところによると魔力も所持しているとか。将来が楽しみですなあ」
「ええ。優秀な娘を持って私も幸せとしか言いようがないです」
そう言ってとろけるような笑顔でこちらを見る男は私の父、ライオネル・ル・アインザッシュである。この国きっての将軍兼貴族。アインザッシュ侯爵は家族も大切にする心優しき御方と名高い男だった。
そんな美丈夫である父の姿をちらちらと見ていた淑女たちが、思わずといった風なため息をこぼすのを目にできた。
まあ確かに我が父は未だ31歳。
まだまだ若く、見目も整っていると言える。将軍という大層仰々しい肩書に見合うだけの身体から見ても、健康的と言わざるを得ない。
女が好む男性であることは一目瞭然。子孫を残すために生命というものは男と女、雄と雌といった2種類に分かれているのだ。より優れた遺伝子を求めるのは必須。傍から見れば優れた遺伝子を持っていそうな父に淑女が溜息をつくのは致し方ない。
しかしだ。
私から見れば本当に、本当に馬鹿らしくて仕方ない世界だ。なんなら薄ら寒さまで感じるほどに。
ああ、私は『神』という存在によって転生させられた元中佐のアリシアーナ。元の男の時の記憶を保持しながら女の体に産まれ、また全くの異世界で貴族になり、心底からあの自称『神』は次に会ったら一度鉛球をぶち込むと決めている。
そんな私だが、ただ女にされ貴族されたなら文句はあるが殺意は芽生えなかっただろう。ただそれだけならば。
だがそれだけではなかったのだ。
ーーこの国ではこの正義の名のもとに存在するかのような高尚な存在であるアインザッシュ侯爵家。
はっきり言って腐っていた。
まずこの目の前で爽やかに笑う父。地下に奴隷を買っており極悪非道極まりない行為を繰り返している。ああ、言葉では表したくないほどに極悪非道だ。また国庫を一部横領している。
だが『国王の右腕』でありそして貴族の鏡と言われてもいるのだ。
馬鹿馬鹿しいにもほどがある。
アインザッシュ侯爵家はまさに正義の貴族。貴族でありながらにして国家の盾となる将軍。地を守り、民を守る。そしてアインザッシュ侯爵は人柄もよく、温厚。そして美丈夫であり家族思い。
これほど完璧に見える人間はいないだろう。だからこそ、ここまで陛下に慕われ、そして民にも国に良い印象を植え付けるためにも全面に押し出されてきたのだ。
_____それがどうだ。実際は、禁止されている奴隷を買いそして虐げる。母は典型的な貴族であり、その性格は良く言えば温厚。悪く言えば周囲が見えない箱入り。なにも知らず、わからず、ただただ優雅に笑い、ただ存在していればいい存在として父に愛玩されている。
また国庫も横領している。勿論父の至福のためだ。完全に裏社会のドンでもある父には金が必要なのだ。その資金を国庫から捻出している。
国庫からよくわからない名目で横領しているので、監視官が査察に来たら一発KOなのだが、イメージ戦略が功を奏しているため、一度も査察にかかったことがない。というかこの世界には査察という概念すらない。
本当に「アインザッシュ侯爵家は正義の貴族」というイメージだけで我が侯爵家は未だ生きながらえているのである。
もし、世間にひとつでもバレてみろ。
アインザッシュ侯爵家は終わりだ。家族もろとも路頭に迷い、最後には餓死といったところだろう。
では私はどうするべきだろうか。
まず考えたのは、父親のことを国王にバラすということであった。そうすることによって、私自身の関与を否定でき、摘発者として共に路頭に迷うという最悪の道を閉ざすことが可能である。
しかしながらだ。
そうすることは私の道も閉ざすことを意図していることは少し考えれば容易に想像できる。つまり私はいまだ誰かの保護下にいることを求められるほどに、弱く、そして生産性がない人間だという事だ。
私はまだ若干11歳であった。
この世界には魔法が存在するが、その魔法を所持しているのは100人にひとり程度。ちなみに幸いなことに私は持っていた。適正属性はわかっていない。だがそれだけだ。いまだ、魔法というものをコントロールするには至っていない。
自称死後の世界で出会った、あのトチ狂った謎の存在が私にこのような過分なギフトを授けた(かもしれないし違うかもしれない)のは、いささか疑問が残るが、持っているという事実は変わらないのだ。
利用出るものは利用してこそ、自分の思い通りの人生を手に入れやすいと今までの経験上でわかっている。
しかしながら、先程から言うように今のところ私は、ただただ家名がよろしいだけの将来子孫を残すだけの、寝て起きて食ってだけする金の浪費家としか言いようがないのである。
そして今後はそれなりの家に嫁ぎ、アインザッシュ侯爵家の血にすがって生きる道しかない人間でもある。
そんな人間がだ。どうして今すぐアインザッシュ侯爵家を貶められると?親戚にたらい回しか、どこかの施設に入れられるか、平民になるとしか考えられない。
そもそも今の水準の生活を、私が捨てられるとも思えない。それなりの生活環境は侯爵家に生まれてから確保されており、それ以下での生活は私の許容を反している。
つまりだ。
私の目標としては、現生活の生活水準を保ちつつ、そしてアインザッシュ侯爵家の縁を切ること。
そのためには私自身が非生産的な人間でなく、この世界の貴族の淑女では稀である生産的な人間になるほかない。自分自身でこの生活水準を保つことができれば、アインザッシュ侯爵家など問題ではなくなるからだ。
生産的人間になった後、父親を地獄に落としてやろう。これが私の中での最良の選択であると確信している。