003.移行
◇◇◇
「これはお茶と言って君たちが飲んでいる紅茶とは別の美味しい飲み物だよ。ま、君も飲みなよ」
奴はそう言って、取っ手のないなにやら文字が書かれている陶器を片手に、ズズズっと液体を飲んだ。
私はというと「ホリゴタツ」という足の短いテーブルの下に穴を掘り、テーブルクロスとはまた違う分厚いシーツをかぶせた謎のテーブルに座らされていた。
そして「オチャ」という謎の液体を飲めと強要されている。
あたりは目覚めた草原のままだと言うのに、男はいつの間にか「ホリゴタツ」を現象させ、そして「オチャ」をどこからともなく具現化させた。
明らかに私の知る範疇の科学では解明できない所業。
ーーーーーー考えた末の結論として、目の前の存在は、私が今まで出会った軍の猛者とはベクトルの違う強さを持つ存在だと考えられる。
そして、原理はわからないが、得体のしれないエネルギーを所持している。現段階でわからない現象に楯突くと、その現象でいつ握りつぶされるかわからない。
よって私は、ここはおとなしく従うほかないと判断。「オチャ」なる液体の入った陶器を手に取る。
そして喉に入れた。
「_____」
苦い!脳に苦味が伝達。毒の可能性あり。即座に口から自身の背後に吐き捨てた。
そして口元を拭いながら、液体を提示した目の前の相手を見据える。
「どういうことか説明を求める」
「ちょ、それ、僕のセリフ!」
「つまりこれは苦味を楽しむ飲み物であり、けして毒物ではないと?」
「イエス!その通り。大人の楽しむ抹茶という飲み物で、慣れると本当に美味しい飲み物なんだよ」
結論、毒物ではなかった。確かに毒物ならば口に含んだ時点でアウトである。少なくとも即効性のある毒物ではない。・・・・遅延性かもしれないが。
「まあ、親しみを込めて僕の秘伝の抹茶を出したんだけど、口に合わなかったみたいだ。・・・・もういいや、リラックスしてから本題に入ろうと思ったけど、はっきり言おう」
「本題、つまりなぜ私がこの場にいるからということだろうか」
そう私が聞くと、男は思わずといったように笑った。まるで前に聞いた面白い話を思い出して、吹き出しそうになるような。
そんな思わずといった笑いを含んだ笑顔で口を開いた。
「そう!なぜ君がこんな死後の世界にぽつりと存在しているか?
ーーーそれは、ある人物の願いによって君が世界から消されたからなんだ!」
「ある人物?」
そう両手を広げて語った男は、その笑顔を貼り付けながら語りづつける。
「さてはて、この話をするにはある前提が必要。そう、僕は君の世界で言う『神』だ!」
「・・・・・ほう?」
「万物の創造主でありながらして、唯一絶対の存在!君が信じていない『死後の世界』を司る『神』ということを理解してほしい」
そう言いながらこちらを見据える自称『神』。
なるほど、なかなかに役者だ。
私の知る『神』は常に宗教の世界でしか存在しない。そして世界には多くの宗教が存在し、神は多種多様。神というジャンルはありはしながらも、どの宗教も『神』を特定し得なかった。
八百万の神もいれば唯一絶対の神もいたのだ。
そんな不特定多数存在する神。それが実在して私の目の前にいる、だと?
・・・・・笑わせてくれるな。
せいぜいなにかしらのエネルギーを持った新人類と言ったほうが信じられる。それか未来から来た未来人。はたまたパラレルワールドから来た人類とか。
とにかくこの謎の存在がそれが神を奢った。目的はなにであろう。
『神』という人類のいるステージとは隔絶した存在であるというアピールによる、交渉の主導権を握るための布石か。
「・・・・では貴方が神として、万物の頂点に立つ『神』とやらが、なぜある人物の言うことを聞き、私を世界から消す?」
だが、話には乗ってやろう。すべての話を聞き、そして判断する。
「生きとし生ける物は死ぬと『死後の世界』に来て輪廻の輪に入るのだけど、それが最近ちょうどxxxx個に達してね。ちょうどxxxx個目の魂の願いを叶えるのが決まりなのさ」
「なんとも人間味溢れる制度だな。まるで商業施設のイベントみたいだ」
「たまには『神』も娯楽を楽しまないとストレスで世界を壊しかねないからね〜。そんなわけでその人物が願ったことが君を世界から消すことだったのさ!」
そこを区切りに男はまた「オチャ」を啜る。
そしてなにやら香ばしい茶色の円形の形をした黒で長方形のペラペラとしたものが張り付いたパリパリとしたお菓子らしきものを取り出し、口にしながら、再度話を続けた。
「なんでも八つ裂きにされたとか、同情の念も抱けないひとでなしだとか、悪魔とか言われてたけど?
・・・こちらとしてまったく楽な仕事だったけどね。生物は皆死ぬのにその死期をただ早めるだけの願いだなんて、何でも叶えるのに本当にもったいないことこの上ないよね〜」
記憶にはないが、私の職業柄よく人を不幸にすることはよくあったので、そんな人物がいてもおかしくはないと判断。
しかし、その人物は非生産的な人間でしかないのだろうと容易に想像がつく。
実際、私が行っていた職業は軍における中間管理職だ。基本的に私自身が決めたことは少なく、上が決めたことに従うのみ。その過程でよく恨まれたりしたが、そういう者達は結局いなくなったほうが、他の作業の生産性を上げ、良い結果を生み出していることが多い。消えてくれて喜ばれる人間ほど哀れなものはない。
つまるところ、本当かどうかはわからないが私に恨みを持つ人物の願いから私を世界から消したということだ。
しかしながら、本当に私に恨みを持つ人物βは存在するのか?それを検証するすべはない。またここは『死後の世界』なのか?それも検証するすべも無い。
もしかしたら私が知りえない、地上のどこかの草原で、私が今まで出会ったことのないよくわからないエネルギーを持った存在に遭遇しているだけかもしれないのだ。
ただ確実に言えることは、目の前の男はなにかしら私に用があるということだけだ。
用があるからここで私の前に姿を表している。話の信憑性は皆無であるが、それだけは確実である。
「つまり、そういうことだとするならば、世界から私を消した今、貴殿は私をどうするつもりなのか?」
「そう!それだよ!そのことについて話したかったんだ!」
ブラボー!と拍手とともに「ホリゴタツ」から飛び出て私の眼前でテーブルに身を乗り出し男は、私の両手を握り拘束する。
そして男は、頭のおかしな発言をした。
「だが話すことはやめた!」
それはそれは素晴らしい笑顔だった。否、こいつははじめから笑顔でしかなかった。否、そういえばこいつの笑顔以外の顔が思い出せない____。
「なぜなら君は『僕』をこれっぽっちも信じていないからさ!この状況下でも『僕』を信じなかったのは君が初めてだよ!」
「どういう」
「普通なら多くの助言とギフトをプレゼントするのだけど、君は『僕』を信じない。普通の生物は危機的状況下で『僕』に縋るのだけど、やはり君は過去から見ても『僕』にすがることはなかった。」
「・・・・・何が言いたい」
「ふふっ、かねてから君みたいな人間の存在を僕も憎らしいと感じていたのさ。『僕』から産まれたくせになんたる不幸かと。それなら、可愛い子には旅をさせよと言ってね?ある人物の願いを聞いた時点で、君の人格をその過程で知り、そうすることも視野にいれていたのさ」
「『そうすること』?」
『ーーーーー』への移行を【許可】してあげたのさ!つまり君にもわかるように言ってあげよう。転生させてあげるのさ!君にとって"最悪"となるような転生をね!『僕』は『神』らしく身勝手に君の処遇を決めてやったんだよ!はは!」
_____ぐにゃり、世界が暗転した。草原も、あおぞらも、「ホリゴタツ」も、すべて闇と混ざり合っていく。
全ての時空が堕ちる、堕ちる_____!?
「___なっ・・・!」
「せいぜい君が『僕』を信仰するのを【楽しみに】待ってるよ!」
笑った男の顔で全てが終結した。これが、すべての始まりだった。