001.冷徹
世の中の原因不明の現象。それら全ては、現段階での科学では解決し得ない、ただそれだけのことであると私は思っている。
◇◇◇
______時は戦火の上がる大戦末期。国が国同士を喰らい尽くすが如く、火花散らす大戦の世であった。
「中佐殿。私には家族がおります・・・!妻も子供も・・・・!ですから、命だけは・・・お命だけは!」
無駄に脂質を内蔵に溜め込んだ目の前の非生産的な人間は、これまた無駄に顔面に汗を垂らしながら狼狽している。膝を震えさせながら、右手で静止のポーズを取るあたりなんとも滑稽としか言いようがなかった。
様子を伺うに、こちらとしてはなんということもない無駄な情報を提示しながらも、生きるための努力を彼なりにしているようでもあった。
それを見て、思わず小さな笑いが出た。
__妻と子供がいたら殺されないとでも思っているのか?
本気でそう思っているなら勘違いも甚だしい。既に戦火の元にいる我々にとって、人間の命など数値でしかない。
人的資源、つまりモノと同価値。国が持つ一資源が「妻と子供持ち」というそれだけの付加価値で生きながらえるとこの局面で思ってしまうのが、人間に生まれながらしてその脳みそをうまく使えていない証であり、また死んでもさして支障はないということでもある。
「貴様は精鋭部隊である大隊の指揮権を与えられながら、作戦本部では犬でも完遂できると言わしめた作戦コード02の失敗。これだけでも、貴様は罪に値する。しかしながら敵国αへの情報漏洩、国から与えられた権限の拡大解釈による部下への暴行、部下諸共民間人への無断発砲も発覚した今。これらの所業を我軍はただの銃殺刑では許されぬ行いであると判断された。」
「っ」
畜生にも劣る目の前の豚に懇切丁寧に罪状のプレゼンを行うことは、軍人としては非常に優しい行いである。実際は結果のみを伝えてやればいいのだ。お前は死刑だ、と。
しかし組織に与する一管理者としては、罪状のプレゼンは当然の行いであると私は感じている。目の前の豚には罪状の結果のみ伝えても、理解できないと判断し、わかっているだろうことも懇切丁寧に教えてやった。
これこそが豚を遇の音も言わせず黙らせる方法だとこの仕事をしていての結論でもあった。つまり自覚させてやればいいのだ。己の悪手の実情を。
別の言い方をすると、私自身が豚の叫びなど聞きたくないだけなのだが。
「よって貴様の処遇は八つ裂きの刑に決定した。以後、処遇の変更は認められない」
「ひ、ヒィィッ!!!やっ、八つ裂きの刑!?お、お助けく」
「さあ、連れて行け」
「「ハッ」」
「い、嫌だァァァァァ!!!」
後ろに控えていた憲兵団に支持を出し、豚の四肢を拘束。そのまま死刑台に連れて行ってもらう。
八つ裂きの刑。つまり首を絞められ、さらに殴り蹴りはするが全て死の直前で留められる。あらゆる拷問を施した後、最後の最後には四肢を紐で括り、四方の馬に繋げ千切れるまで引っ張るだけの刑だ。一瞬で天に召されるギロチンより遥かに残酷な方法でもある。
「中佐殿!!中佐殿ォ!!!!どうか!どうか恩赦を!!!」
後ろから豚の喚く声が聞こえる。せっかく黙らせようと懇切丁寧に説明したというのにこのごに及んでまた助かろうとしているようだった。
無駄なエネルギーを放出している豚はやはり滑稽である。
しかし、このままだと永遠に私の名を呼び続けるやもしれん。それは勘弁被りたい。
豚を引っ張る兵も、無駄に重量があるからか引きずるように奴を運んでいる。最後まで国に対して、迷惑極まりない豚である。
「・・・・軍人であるにもかかわらず、国の盾にもなれなかった屑が恩赦などあるわけないだろう」
ポツリと独り言のように呟いたその一言。奴に聞かせたかったわけではないが、どうやら聞こえたようだった。憲兵に両腕を拘束されながらも、肉に埋もれた小さなが瞳を限界まで開き、奴はこう言った。
「こっ、この人でなしがぁ!!中佐!!!私は、貴様のこと、必ず。必ずだ!!!!必ず、呪ってやるぞっ!!!」
・・・・正直、なぜ?という疑問しか沸かなかった。私はただのメッセンジャーでしかない。そう、国が決めた豚への処遇を豚に伝えるために選ばれたメッセンジャー。私でなくともよい人選なのだ。
また私が豚の処遇を決めていないのに、なぜ豚は私を呪うという選択をするか?
それはどう考えても、私の背後にいる国という豚への処遇を決めた怨敵を、豚自身が認識出来ていないからだろう。
馬鹿らしくてやってられない。
恨む相手を見謝るやつが、戦況を判断する立場に置かれていたことが、この国の人事制度に疑念を抱かざるおえない。このような豚みたいなやつが、指揮権を与えられている戦場がどれほどあるのだろうか。
その下につく兵の心情を慮ると、私自身あまり持ち合わせていないと自覚している、同情の念が沸いてくるような気がする。
____結局、奴の声は車に乗せられるまで永遠に聞こえてきた。こびりつくような煩い豚の喚き声を聞きながら、私は仕事がひと段落ついたと煙草をふかせる。
ああ、今回の仕事も面倒くさいことこの上なかった。
戦場に駆り出されることが最も危険かつ最悪の派遣先であるからして、軍に入った当初から目指していた後方勤務になれたのは幸いこの上ないが、こう言った人間相手の仕事はやはり面倒くさい。
人を慮るという行為自体あまり好きではないが、幸いにして私は相手の望む言葉や態度が相手の行動から予測できる頭脳を持ち合わせていたので、部署での人間関係はそれなりに対応できている。
しかし数値との戦いこそが最も得意かつ、楽であることは間違いない。早く、本部に帰りそういった辞令がでないものかと願うものだ。
さて愚痴はこれくらいにしておく。
また次の仕事のために、護身用のライフルを片手に担ぎ、目的地に向かうための車を部下に呼ばせた。
どこか彼方へ消えた豚のことは、煙草を灰皿に擦りつぶした瞬間に綺麗さっぱり消えて無くなっていた。