第8話 大和タケル(4)
「こぉ~ら~~!!」
ミカエラによる超弩級の反則攻撃で絶体絶命のピンチに陥った俺を救ったのは、ドアを蹴破って乱入してきたベルだった。
いや、別に鍵掛かってるわけじゃないんだから蹴破るなよ!
「何やってやがんだ、この淫乱天使!」
完全に理性が吹っ飛びそうになっていた俺をひっぺがすようにベッドから引き摺り出したベルが、そのまま俺の頭を胸に抱いたままミカエラに噛み付いた。
断崖絶壁だと思っていたベルの胸だけど、さすがにここまで強く押し当てられたらやっぱり女の子なんだと思い知らされる――
「お前も! こんな女の色仕掛けにホイホイ引っかかってんじゃ――」
ベルも風呂上がりのようで、ミルキーなミカエラの匂いとはまた違った柑橘系のシャンプーのいい匂いが漂っている。
完全に理性が崩れかけた俺に、ベルの温もりが伝わる。
不意にベルと目が合った。
風呂上がりだからか、それともミカエラへの怒りによるものなのか、ベルの頬はほんのり上気していた。
「あ……」
なんだこの空気……
ミカエラのせいで頭がどうかしちゃったみたいだ。
ベルがなんか凄く可愛く見えて……
「なっ、何してんのベルさんまでぇ!!」
眼を閉じたベルの顔がゆっくり近づいてきたところで、再び俺の身体は何かに引っ張られた。
「何考えてるのよ、お兄ちゃんも!」
俺をベルからひったくったのはサラだった。
しかしベルといいサラといい、標準的体型の高2男子を軽々しく引っ張り回すなんて、どういう腕力してんだ……?
「あ、サラ……助かった……」
良かった。
サラの胸に抱かれても何も感じない。
これでサラにまでドキドキしてたら完全に変態だ……って、痛い!
なんで今殴られたの!?
「ベルさん! あなたは私と一緒にミカエラさんがお兄ちゃんに変なことしないように見張るって約束したじゃい! それなのに、さっきお兄ちゃんにキ、キキキ……キスしようとしたでしょ!?」
「ちっ……違うぞサラ! あ、アタイは別にこんな奴とキスなんて……!」
ベルの顔は髪の色と同じくらい真っ赤になっていた。
「まったく……人に散々文句言っておいて、油断も隙もならない悪魔ですわね」
ミカエラまで非難めいた言葉をベルに浴びせる。
いや、君にそんなこと言う権利はないだろ。
ってか、いい加減ベッドから出て行ってくれ。
「違う……違うんだから~~!!」
あ、ベルが頭から湯気を吹き出しながら走って出て行ってしまった。
「さて、ミカエラさん!」
ベルが出ていくと、サラは未だに俺のベッドを占領しているミカエラに向き直った。
「別にお兄ちゃんが誰と付き合おうと知ったことじゃないけど――」
冷たいな、妹よ。
「でも、家の中でイチャイチャしないでよね! この国には中学生以下の子の目の届く範囲でイチャつくのは禁止ってルールがあるんだから!」
あったっけ、そんなルール?
「そんな……っ! わたくし達は将来を誓い合った仲ですのよ!?」
そんなの誓ってない!
「ダ~メ~で~す! 分かったら早くお兄ちゃんの部屋から出て行って! 階下の客間にお布団用意しておいたから」
ちょっと妹が怖い……
でも頑張ってくれ。
正直、俺じゃミカエラを追い出すことが出来そうにない。
「お断りいたしますわ!」
何だとぅ!?
「わたくしは今宵からここで就寝いたしますから。お気遣いは無用にございます」
冗談じゃない!
「心配なさらずとも、イチャイチャしなければ宜しいのでしょう? 一緒に添い寝するだけですので、どうかご安心くださいな」
あ、そのルール信じちゃうのね。
いや、だとしても!
添い寝なんてされたら、『だけ』で済むはずがないだろ!
俺の理性にだって限界ってものがあるんだ。
これ以上は本当にマズい。
「……そう、分かったわ」
え!?
おい、そこで引くんじゃない妹!
「明日からミカエラさんのご飯だけ作らないわよ」
なんだその脅し!?
その程度でこの暴走機関車が止まるはず――
「そ、それは困りますわ!」
止まった!
「それじゃ、私の言うこと聞いてくれるわね?」
「うぅ……仕方ありませんわね。タケル様と離れるのは身を切り裂かれるほど辛いことですが、サラ様の料理を頂けないこともそれに負けず劣らず……」
え、結局俺ってその程度なの?
サラの料理ってそこまで凄かったか?
このコ達、今までどんなもの食ってたんだ?
まぁ何はともあれ、あの2人はサラに頭が上がらない様子。
これで家の中にいる間はサラが俺を守ってくれるはずだ。
妹に守られるってのも情けない話だけど、いかんせん相手が相手だしな……
だけど油断はできない。
とりあえず明日、ベルに蹴破られたドアを直すついでに鍵を取り付けよう。
本当は今すぐにでもそうしたいけど……もう……マジで……体力の限……界……