第7話 大和タケル(3)
ボロ雑巾のようにくたびれた身体をベッドに放り投げる。
もうこれ以上は指一本だって動かせそうにないぞ。
本当に今日は散々な一日だった……
ミカエラとベルっていう、美少女転校生にいきなり求婚されたり、そのせいで集団リンチに遭ったり、家に帰ってもサラに蹴られるわ殴られるわ……
まさに厄日だ、厄年だ、大殺界だ。
そりゃ、まぁ……悪いことばっかりじゃなかったけどさ。
あんなキレイなコに迫られて、嫌な男なんているはずないよ。
特に俺みたいな、女の子にモテたことなんてない寂しい男にとっては――って、誰が寂しい男だ!
でも、俺はミサキちゃんが好きなんだ。
中学の頃からずっと片思いし続けて、高校だって密かにミサキちゃんが進学する学校を調べて同じところに決めたくらいなんだ。
……って、俺ストーカーじゃないよな?
本当は告白しようと決意したことだって一度や二度じゃない。
でもその度にあと一歩の勇気が出ずにタイミングを逃してしまっていた。
分かってる。
自分に自信がないなんてただの言い訳だ。
本当はただ傷付くのが怖いだけ。
どうしようもないヘタレだ。
こんなんじゃいけない。
せっかく話すきっかけができたんだから、これからちょっとずつでも仲良くなっていかないと。
そういう意味じゃ、ベルに感謝しないとな。
何がどうなってベルと巫が仲良くなったのか知らないけど、おかげでミサキちゃんとの接点ができたわけだし。
ただ、ミカエラとベルのどちらかと結婚しなきゃいけないって話をミサキちゃんに聞かれたのはマズかった気がする。
まさか天使とか悪魔とかって話を本気で信じたとは思えないけど、俺とミカエラの仲を誤解されてしまったら、いくら仲良くなっても友達以上の関係にはなれないよな。
ベルはともかくとして、ミカエラにだけは気を付けないと――
「あら、わたくしがどうかしましたの?」
いや、今後ミカエラに迫られてもちゃんと理性を保たなきゃいけないなって……って、ミカエラ!
「嬉しい♪ 寝る前にわたくしの名を呟くなんて、わたくしの事を想ってくださっている証拠ですのね」
ななな、なんでここに!?
いつの間に部屋に侵入した!?
そしてなんでベッドに入り込んでんだ!!?
ってゆーか気付けよ俺!!
「ミカエラ!? 何やってんの!?」
「あら、そんなの決まっておりますわ。わたくし達、夫婦になるんですもの。夜伽をさせていただきます」
夜伽!?
なんだ夜伽って?
い、意味は分からんが、状況から見て絶対マズいことに決まってる!
「だっ……ダメだよ!」
今日も散々抱きつかれてきたが、同じ布団の中での密着はさすがにヤバい!
しかもお風呂上りらしく、ミカエラの綺麗な髪からシャンプーのいい匂いが……
り、理性を……理性をぉぉ!!!
「……タケル様」
ミカエラの声のトーンが変わる。
どこか哀し気で、それでいて力強い決意を秘めたような声……
「タケル様には心に決めたお方がいらっしゃいますの?」
「え?」
近過ぎて逆によく見えなかったミカエラの表情が徐々にはっきり見えるようになる。
ミカエラの眼にはうっすら涙が浮かんでいた。
「わたくし……タケル様を心の底からお慕い申し上げております。もしタケル様に別に心に決めた方がいらっしゃるというのなら……」
な、なんだ……?
俺にちゃんと好きなコがいるって分かれば諦めてくれるのか?
「そ、それは……その……」
言え!
言うんだ!
俺はミサキちゃんのことが好きなんだと、ここではっきりと!
「俺は……ミ……ミサ……」
心臓が破裂しそうだ。
こんなにドキドキするのは、決してミカエラのせいなんかじゃない!
ミカエラの体温とか、匂いとか……そんなものを感じているからでは決して……!
――ふに
「ミサキちゃ……え?」
不意にミカエラが俺の右手を掴み、自分の胸へと押し当てた。
柔らかい。
今まで感じたことのない極上の柔らかさが、パジャマ代わりに着てるTシャツの薄布一枚越しに右手から伝わってくる。
「みみみ、ミカエラ!?」
俺の右手はしっかりとミカエラの左胸に押し当てられている。
ミカエラがそうしているとはいえ、本気で振りほどこうと思えばできたはずなのに、俺は動くことができなかった。
「もし……タケル様が他の女性を想っていたとしても、わたくし諦めません」
諦めないんかいっ!
「必ず……タケル様を振り向かせてみせますわ」
ミカエラの上気した顔がさらに近づいてくる。
振り向かせるっていうか、もう完全に力技じゃないか!
この状況で拒める男なんて……っ!
「タケル様……」
ミカエラが眼を閉じる。
ヤバい!
ほんっと~にヤバい!!
り、理性が……理性がぁぁ!!!