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第6話 巫イチコ(1)

今日、不思議な2人が転校してきた。

1人は輝くような金髪を靡かせたスタイル抜群の美少女。

もう1人は燃えるような赤毛をツインテールに結んだ(色んな意味で)小柄な少女。


クラスの馬鹿男子どもは大騒ぎをしていたが、この2人には心に決めた男がいるという。

それがなんでよりにもよって大和タケルなのよ。

ミサキもそうだけど、一体あの冴えない男のどこがいいのかしら。


でも、そんなことよりもっと驚いたのは、2人が天使と悪魔だったってこと。

これはお昼休みにベルってコに誘われて行った屋上での彼女達の会話から知ったことだ。


ちなみにベルと私が知り合ったのは、そのお昼休みの購買でのちょっとした出来事がきっかけだった。

購買にやって来たミカエラを追って馬鹿男子どもが一斉に購買に殺到したもんだから、ただでさえ混雑する購買がいつも以上の人口密度になったのだ。

その馬鹿男子どもの壁に弾かれたベルを私が助けたってだけなんだけど、何故かベルは私にすごく懐いてしまった。

ただ、その男子があまりにもムカついたから、肩を引っ掴んで「どきなさい」とは言ってやったけど。


そうしたら何故か男どもがみんな、私達に道を開けるように綺麗に左右に分かれたのだ。

私はモーゼかっての。


「お前ってすげーな!」


大量のパンを買った後で、ベルは眼を輝かせながら私にそう言った。

いや、アンタのそのパンの量もかなりのものだと思うけど……


それから合流したミサキと一緒にお昼を食べようって話になったんだけど、突然ベルの髪の毛の一部がピンと立ち上がったかと思うと、「屋上か!」と叫んで駆け出していった。


訳が分からないまま仕方なくその後を追うように屋上へと上がっていった私達は、そこでベルとミカエラ、そして大和タケルの会話を聞いてしまった。


「天使……悪魔ねぇ……」


その時の会話を思い出しながら、無意識に呟く。

夕食の準備をしていた手が不意に止まる。


ミサキは信じてなかったけど(っていうか、誰も信じないだろうけど)、私にはあの2人がただの人間でないことが何となく分かる。

こういう家に生まれたからなのか、私にはそういう超常的な存在を感じる力が備わっているようなのだ。


まぁ、そんなことをわざわざ公言するほど痛い人間でもないので、このことは親友のミサキさえ知らないことだ。


「悪魔……か」


また呟く。

ベルの人懐っこい笑顔が浮かぶ。

とても悪い存在には見えない。

でも悪魔という響きに、どうしても拭い切れない不安が私の心に影を落とす。


「イチコや、晩飯はまだかいのぅ」


物思いに耽っていた私のお尻を、何者かが撫で上げた。

いや、何者かも何も、そんなことをするのは1人しかいないのだが。


「おやぁ? 反応がないのう。もしや不感症か――」


ストン、と包丁が床に落ちる。


「あ、ごめん」


先ほどまで私の右手に握られていた包丁は、私の真後ろに立つ老人の足元すれすれの床に突き刺さっていた。


「ひぇっ! あ、危ないではないかイチコ!」


年寄とは思えない俊敏な動きで後ろに飛び退いた老人は、恥ずかしながらわが祖父だ。


「あら、いたの? 危ないわよ、料理の最中に近寄っちゃ。こんな風に手が滑ることがあるんだから」


事も無げに言いながら、床から包丁を引き抜いて再び食材を切り始める。


「手が滑っただけでは後ろに包丁は飛んで来んじゃろ……。そういうところも母さんに似てきたのう」


祖父の言葉に一瞬手が止まる。


「そう。私、お母さんに似てる?」


私はお母さんのことをよく知らない。

お母さんだけじゃない。

お父さんのことだって私はほとんど何も知らなかった。

両親は私が物心つく前に他界している。


「ああ、母さんの若い頃そっくりじゃよ。特にこの胸の張りなんか――ハゥッ!!」


また性懲りもなく背後に忍び寄り、今度は胸を触ろうとしたものだから、後ろも見ずに蹴り上げてやった。

ナニを蹴り上げたのかは分からないけど、祖父は股間を押さえたまま、床に転がって悶絶していた。


私は物心ついた頃からずっとこのスケベジジイ……もとい、祖父と2人で暮らしている。


「そういえば、最近ずっと拝殿に籠っているようだけど、何してんの?」


ここ数日、祖父は夕飯の時に顔を見せるぐらいで、それ以外は一日中拝殿の中に籠って何やら祈祷を行っている。

今までそんなことは一度も無かったから、ちょっと気にはなっていた。


「……別に。ちょっとここのところ安全祈願やら商売繁盛祈願やらの依頼が立て続けに来ておるだけじゃよ」


腰を後ろからトントンと叩きながら(その行為に何の意味があるのか知らないけど)、苦悶の表情を浮かべていた祖父の雰囲気が急に変わった気がした。

きっと嘘をついているんだろう。

孫にセクハラするどうしようもないジジイだけど、私のたった1人の肉親だ。

それくらいは何となく分かる。


「そう」


だけどそれ以上は追及しなかった。

何となく訊いちゃいけないことのような気がしたから。


「本当に、イチコは母さんに似てきたのぅ」


さっきと同じような祖父の言葉だったけど、さっきとはまるで違う響きのように感じた。


「おじいちゃん……?」


どこか哀しげな表情を浮かべた祖父に、私は言いようのない不安を覚えて無意識に歩み寄った。

しかし――


「じゃが胸はやっぱりイチコの方が大きいかのう♪」


次の瞬間、祖父……もといこの腐れスケベジジイはあろうことか私の胸に顔を埋めてきやがった!


「……やっぱり、気のせいよね」


その後、10分ほど無言で祖父を殴り続け、すっかり動かなくなってしまった祖父だった物体を見下ろしながら、私は小さく溜息をついた――

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