第24話 大和タケル(10)
放課後――誰もいない学校の屋上で、俺はぼんやりと流れる雲を見上げていた。
まだあちこち身体が痛んで、昨日の出来事が夢なんかじゃないと嫌でも思い知らされる
もちろん、その前の一週間だって夢じゃなかったはずだ。
だけどミカエラとベルは突然俺達の前から姿を消してしまった。
巫を助けるためにルール違反を犯して、2人は自分達の世界に帰ったそうだ。
もう二度とこっちの世界に来ることはないらしい。
なんて表現したらいいのか分からない感情が溢れてきた。
2人が来てからというもの、気の休まる日がなかったし、正直迷惑に感じていた部分もあったはずだ。
それなのに、いきなりいなくなってしまうと何だか心にぽっかりと穴が開いたような……
「ようタケル! 何、こんな所で一人黄昏てんだよ?」
うるさい!
人が感傷に浸ってる時に、能天気に声掛けてくるんじゃない!
っていうか、よくもノコノコと俺の前に顔出せたな!
いや、教室ではずっと隣の席だったわけだけど!
「おいおい、そんな顔するなよ。友達だろぉ?」
その友達を見捨てたのはどこのどいつだ!?
まさか本当に来ないとは思わなかったぞ!
「いやいや、それは誤解だ。俺だってちゃんとお前らの後から巫ん家に行ったんだぜ?」
嘘つけ!
「嘘じゃねーよ。その証拠に、お前が天宮を押し倒したところとか、そのどさくさに紛れてがっつりおっぱい揉んだところか、ばっちり見てたから」
ななな、何言ってんだ!?
あれは事故だ!
それに、がっつり揉んでなんかない!
「けどさぁ、その後の展開にはさすがに度肝抜かれたね。化け物は出てくるわ、ベルちゃんが変身するわ、ミカエラちゃんマジ天使だわ」
こいつ、マジで全部見てやがる……
ってか、そこまで目撃してて、よくそのまま黙って帰れるな!
「で? 今日2人は学校来てなかったけど、どうしたんだ?」
あ、2人が自分達の世界に帰ったのは知らないのか。
とりあえず今日のところは、2人は単なる休みということになっている。
でも二度とこっちの世界に戻ってこないのなら、明日辺りには転校したことになってるかもしれない。
そうなったらクラスは大騒ぎになるだろうな。
そんな中でもきっと東郷は無感情に淡々と伝えるんだろうな。
そんな光景を想像したら、ちょっと可笑しくなった。
「お? 何ニヤついてんだよ?」
「何でもねーよ。ああ、あの2人はもう来ないぞ。それぞれ自分の世界に帰っていったからな」
「マジかよっ!? せっかくリアル天使とお近付きになれると思ってたのに!」
どこまでも前向きな奴だな、こいつ……
黙ってたけど、ミカエラはお前のことたまにゴミを見るような眼で見てたぞ。
まぁ、時々変質者のような眼でミカエラや他の女の子達を見てたケンジが悪いんだけど。
「それでお前はこんな所で黄昏てたわけか。やっぱり、なんだかんだ言ってあの2人がいなくなっちゃうと寂しいってか?」
「べっ……別にそんなんじゃ……」
「はっはっは、隠すな隠すな。あんな美人に迫られて、嬉しくない男なんていねーよ」
「う……それは……」
「本当はあの2人に追いかけられる毎日が楽しかったんだろぉ?」
「そ、そんなことねーよ!」
そりゃ、ミカエラの真っ直ぐな気持ちに何度も心が揺れそうになったのは事実だよ。
それにベルだって、よく見たら可愛らしい顔してるし、サラの手料理や購買のパンを幸せそうに食べてる姿には思わずキュンとなったこともある。
それでも俺は――
「天宮のことが好き、か?」
なっ!?
なんでそれを……っ!?
「え? まさか、気付かれてないとでも思ってた?」
そんな……
それじゃ、もしかしてミサキちゃん本人にも……?
「さあ、それはどうだろうな。でも、本気で好きならさっさと告白すればいいんじゃないの?」
うぅ、簡単に言いやがって……っ!
俺だって、できるものならそうしたいさ。
けど、もしフラれたらって思ったら……
せっかく仲良くなってきたところなのに、この関係が壊れるのが怖いんだ。
「相変わらずヘタレだなぁ。ってか、そんなに仲良くなってるか? 今日だってベルちゃんがいないから一緒に昼飯食わなかっただろ」
うっ、そう言えば……
ミサキちゃんにとって、俺って友達の友達の友達ぐらいの距離感なのかも。
ベルがいなくなった今、もう俺とミサキちゃんを繋ぐものは何も無いのか……?
「まぁ、逆に考えれば失うものは何も無いってことだな。ここは玉砕あるのみだぜ」
なんでフラれる前提なんだよ!?
そうなりたくないから悩んでるんだろ!
「やれやれ……昨日の勇気はどこ行ったんだか。あんな化け物に立ち向かえたんだから、もう怖い物なんてないだろ?」
そんなこと言われたって……
昨日は自分でも訳分かんない状況で、ただ必死だっただけで……
「あっ、もしかして本当は天宮じゃなくて巫の方が?」
なんでだよ!?
あ、いや……そのツッコミも巫に失礼だけど。
「そっかぁ。昨日もがっつり胸に顔まで埋めてたし、てっきりそっちにもフラグ立っちゃったのかと思ったぜ」
何だよフラグって!?
あれもミサキちゃんの時と同じく事故だ、事故!
「そんな都合のいい事故があるのかよ」
うっ、しょ……しょうがないだろ、本当なんだから!
その後、思いっきり殴り飛ばされたし……
「まぁいいさ。それより、巫のおっぱいの揉み心地はどうだったよ?」
はあ!?
「ああ見えて結構いい身体してるもんな、巫って。俺もあの胸に顔埋められるなら死んでもいいぜ」
何言ってんだ、こいつ……
そんなこと本人に聞かれたら――
「ん? どうした? 妖怪でも見たような顔して」
「……誰が妖怪だって?」
「うぉわ! い、イチコちゃん……いつからそこに!?」
気付けばケンジの背後に、静かな殺気を放っている巫が立っていた。
と、その隣にはミサキちゃんの姿も。
「その気持ち悪い呼び方をやめなさいと言ったでしょ」
「いっ、痛い! 耳を引っ張らないでぇ!」
ミシミシとやばい音を立てながら、ケンジの耳が激しく引っ張られる。
ケンジは涙目になりながらも、それでもどこか嬉しそうにも見えるのは気のせいだろうか。
「大和タケル」
「うぇ!? あ、はい!」
ケンジの耳を引き千切らんばかりに引っ張ったまま、巫が俺をじと~っと見つめる。
正直、物凄く怖い……
「昨日は世話になったわね。改めてお礼を言うわ」
「あ、いや……き、気にしないで」
全然お礼を言われている気がしない……
っていうか、その気持ちがあるならなんで夜中に俺を追い出した!?
「何? あなた、あのまま朝まで私の家に泊まるつもりだったの? 男子が? 女子の家に? 一人で?」
う……そんな改めて言われると……
「えっ? イッチャン、大和君を追い出したの!?」
ミサキちゃんが驚きと共に同情の眼差しで俺を見た。
心配してくれただけでも嬉しいや。
今、それ以上に可哀想な状況になっているケンジについては全くのスルーだが。
「何? 私がこの男と朝まで一つ屋根の下で過ごせば良かったって言うの?」
いや、言い方!
ほら、そんな微妙な言い回しするから、ミサキちゃんが困って顔を赤くしちゃったじゃないか!
「じゃあ、私はちょっとこのゴミを焼却炉で燃やしてくるから。それじゃ」
「えっ、巫……?」
巫がケンジの耳を掴んだまま、ズルズルと引きずって行った。
まさか、本当に燃やすつもりじゃないよな?
巫ならやりかねない。
もしそうなったら骨ぐらいは拾ってやるからな。
いや、そんなことより!
何故かミサキちゃんと2人っきりになっちゃったぞ!




