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第1話 大和タケル(1)

変な夢を見た。

今まで見たこともない、不思議な夢だった。


その夢には髪も髭も真っ白で、やたら神々しいおじいさんと、それとは対照的にやたら黒々としたいかつい格好のおじさんが出てきた。

そして俺に向かって何か言っていた。

何て言ってたのか覚えてないけど、なんか腹立つくらいニヤニヤしていたのが妙に印象に残っている。


「う~……何だったんだ、あの夢は……?」


ぼうっとした頭をぼりぼりと掻きながら目覚まし時計に目を移した俺は、針が指している時間を見て一気に目が覚めた。


「どわっ! なんで誰も起こしてくれなかったんだよー!」


そう叫ぶなりベッドから飛び降りる。

いつもだったら鬱陶しいくらいの母親の声が、目覚ましを止めた後の二度寝という俺の至福の時間を切り裂くように飛んでくるのに。


と、そこで俺は両親が昨日から不在だったことを思い出した。

なんでも商店街の福引で世界一周旅行のペアチケットが当たったとかで、夫婦でウキウキしながら出て行ったのだ。


いわゆるシャッター通りと言われるほど閑散とした商店街の福引で、そんなものが当たるのか?とか、だからといって仕事まで休んで、さらに高校生と中学生の兄妹二人を家に残して自分達だけで旅行に行くか?とか、つっこみたいところは多々あったけど、とにもかくにも今は俺と妹の二人しか家にいないのだと思い知らされた。


「おーい、サラー! お前まで寝てるんじゃないだろうな!?」


大慌てで学生服に着替えながら、妹の部屋のドアを勢いよく開ける。

これからしばらくは、サラの面倒は俺が見なければ――


「きゃあ!」


まず聞こえたのはサラの短い悲鳴。

そして目の前には今まさに制服に袖を通そうとしているサラの下着姿。

いかにも中学生らしい、上下とも白でシンプルなデザインの下着だった。

そのブラジャーに包まれた胸は、かろうじて膨らみを確認出来る位の大きさしかない。

っていうか、そもそもブラジャーなんて必要ないだろ、その大きさじゃ。


「うわぁ! ごめ――ぶっ」


慌ててドアを閉めようとしたが遅かった。

次の瞬間、サラの投げたクッションがものすごいスピードで俺の顔面にクリーンヒットした。

そのあまりの勢いに、一瞬俺の頭とクッションが入れ替わってしまったのかと思ったほどだ。

人間の首から上がクッション――特撮のヒーロー物ならまだ全体の設定が出揃わない序盤に出てきてあっさりとやられてしまう雑魚怪人だろう。

体感速度で170km/hは出ていたと思う。

うん、サラは今すぐにでも渡米して女性初のメジャーリーガーになるべきだな。




「まったく、いくらお父さんとお母さんがいないからって、いつまでもグースカ寝倒した揚句、妹の着替えまで覗くなんて!」


ぷんぷんという擬音語がぴったり似合いそうなふくれっ面で、サラはテーブルの向かいの席でコーヒーを飲んでいた。

すでに朝食は済ませたらしい。

俺の目の前にだけトーストされた食パン、ベーコンエッグ、サラダが並べられていた。


両親が不在の間、俺が兄としてサラの面倒を見なければと思っていた。

朝食だって本来なら俺が用意するつもりだったのに、あの変な夢のせいですっかり寝坊してしまったのだ。


「別にお兄ちゃんの寝坊癖はいつものことでしょ」


ぐっ……まぁ、確かにそうなのだが。

しかも俺の代わりにちゃんと朝食まで用意してくれたしっかり者の妹に、俺はただただ小さくなるしかなかった。


「いくら同年代の女の子にモテないからって、妹の着替えを覗いたりするぅ?」


しつこい。

あれは不可抗力だ。誓ってわざとなんかじゃ――


「ノックぐらいすればいいでしょ」


う……ごもっとも。


「しかもすぐドアを閉めればいいのに、まじまじと凝視しちゃってさ」


いや待て、それは誤解だ。

確かにびっくりして一瞬身体が硬直したが(全身が、という意味だ)、誰が妹の下着姿なんかまじまじと見るか。


「そんなだから女の子にモテないのよ」


さっきからモテないモテないうるさいな。

確かに悪いのは俺だけど、こうもネチネチ言われたらだんだん腹が立ってきた。


「お前みたいなお子様の着替えなんか興味ねーよ。何、中学生になった途端に気取ってコーヒーなんか飲みだしてんだか。朝はオレンジジュースじゃなかったのか?」


「なっ……別に気取ってなんかないわよ! 私だってもう大人なの! コーヒーぐらい飲むわよ!」


「その発想がお子様だって言ってんだよ。大体、子供のくせにモテるだのモテないだの生意気なんだよ。そういうことはちゃんとした恋愛を経験してから語ってくれよな」


偉そうに言ってみたが、俺だって恋愛経験は無い。

悔しいがサラの言うとおり、女の子にモテた経験も皆無だ。

だけどどうせサラだって同じだろ、まだ中学一年なんだし。


「ふふ~ん♪ 残念でした。お兄ちゃんと違って私って結構モテるのよねー。この間だってラブレターとか貰っちゃったしー。これでもう3人目かな、私に告白してきたの」


な、何ぃ!?

知らなかった……妹がそんなにモテるだなんて。

ってゆーか、最近の中一ってそんなに進んでるの?


「へ、へ~。それは良かったな。じゃあさっさと彼氏の一人でも作って俺に紹介してくれよ。それが本当だったらの話だけど」


いかん、落ち着け俺。

ここで少しでも動揺なんか見せようものなら、兄としての威厳が木っ端微塵に砕け散ってしまう。

余裕だ、大人の余裕を見せるんだタケル!


「すぐに会わせてあげるわよ。お兄ちゃんなんかよりずっとずーっと素敵な彼氏をね」


本当にそんな日が来たら、俺は兄としてどんな顔をすればいいんだ。


「ところで、そんなにのんびりしてていいの? 急がないと遅刻するんじゃない?」


俺の葛藤をよそに、余裕たっぷりの表情を浮かべる妹の言葉で、俺ははっと腕時計を見た。


「うわぁ! やばっ!」


俺は皿に残った朝食を無理やり詰め込むと、後片付けを妹に任せて家を飛び出した。

妹の中学校は俺の高校より始業が遅いため、朝がゆっくりなのだ。

それなのに俺より早起きして朝食の準備して、さらにその後片付けまでしてもらうとは……

これは多少生意気なこと言われても怒る権利なんかないのかもしれない。




「はぁ、はぁ」


食ってすぐ後の全力疾走は辛過ぎる。

しかしのんびり歩いていたら間違いなく遅刻だ。

俺は歯を食いしばって走り続けた。


「きゃあっ!」


途中の曲がり角を全力で走り抜けようとした時、どん、という強い衝撃を受けて、俺は地面に倒れ込んだ。

向こうから歩いてきた誰かと勢い良くぶつかってしまったようだ。


「う、痛てて……。すいません、大丈夫ですか?」


ひとまず謝りながら顔を上げる。


「怪我は……」


そこで俺は言葉に詰まった。

目の前に尻餅をついて倒れていたのは女の子だった。

それも俺と同じ高校の制服を着ている。


そしてびっくりする程の美人だ。

腰の辺りまで伸びた髪はゆるくカールのかかった金髪で、日本人離れした顔立ちと良く似合っている。

透き通るような白い肌と、吸い込まれるような大きな瞳が印象的な女の子だった。


「う……あ……」


だけどそれ以上に、俺の視線を釘付けにするものがあった。


「え? あ、きゃっ!」


俺の視線に気付いて、女の子は捲れ上がったスカートを慌てて直して脚を閉じた。


「み……見ました?」


脚を閉じて座り直した女の子が、頬を赤く染めて俯き、上目遣いで俺を見た。

その顔がまた可愛過ぎて、俺もしばらくそのまま動けずにいた。

はい、ばっちり見ちゃいました。


「あのぅ……」


「あっ! ご、ごめん! その、見るつもりはなかったんだけど……っ!」


女の子以上に顔を真っ赤にして、俺は右手が飛んで行ってしまうくらい高速で振った。

あれだけしっかり凝視しておいて、見るつもりはなかったなんて信じてもらえるとは思わないけど……


「いえ、それはいいんです。それよりも、貴方はもしかして大和タケル様ですか?」


上目遣いのまま、女の子は顔をぐいっと近付けてきた。

何かさっきよりも顔が赤くなっているような気がするし、瞳が爛々と輝いている気もする。


「え? そ、そうだけど……君は?」


なんでこのコは俺の名前を知ってるんだ?

っていうか、顔近っ!


「まぁ! やっぱり!」


女の子は顔の前でパンと手を叩き、嬉しそうに笑顔を見せた。

そして次の瞬間――


「お逢いしとうございましたわー!」


「え!? うわぁ!」


突然女の子が抱き付いてきた。

がっちりと俺の首に腕を回し、身体を密着させる。


「タケル様~!」


「ちょっ……ちょっと……!」


あ、当たってる!

大きくて柔らかくてふかふかしたものが二つ、俺の身体に押し付けられている!


生まれてから十六年余り、彼女はおろか女子の手さえ握ったことのない俺にとって、その柔らかな感触はあまりにも刺激が強過ぎて――


「うがぁ!」


「きゃっ」


もう何が何だか分からない。このコは誰なのかとか、なんで俺の名前を知っているのかとか、そしてなんで抱き付かれたのかとか、そんなことを考えている余裕はなかった。

とにかくここから逃げなければ、頭がどうにかなってしまいそうだ。


「あぁ、タケル様! お待ちになって~!」


悲しそうに懇願する女の子の声を振り切って、俺は全力でその場から逃げだした。

顔が焼けるほど熱い。

きっとトー○スよろしく頭から煙を吐いていたに違いない。


「はぁ、はぁ……なん、だったんだ……さっきのコは……」


学校のすぐ傍まで一気に走りきって、さすがに体力の限界だ。

ただでさえ心臓にあり得ない程の負荷が掛っていたのに。


幸い、自分でも信じられない速度でここまで走ってこられたおかげで時間には少々余裕ができた。

ここらで少し休憩しよう……


「どぅりゃあ~!」


「なぁっ……!」


突如聞こえてきた雄叫びに顔を上げるのと同時に、上から何かが降ってきた。

そしてその『何か』は狙い澄ましたように俺を直撃した。


「痛てて……」


これで2回目だ。

一体何なんだ今日は――


「ふふん、さぁ観念しな」


俺を下敷きにした『何か』から声が聞こえた。

女の子の声だ。

一瞬、さっきのコを思い浮かべたが声が違う。


「これでお前はアタイのものだ」


俺の腰の辺りに乗っかった女の子は、これまた俺と同じ学校の制服を着ていた。

とても高校生とは思えない控え目な身体のおかげというかなんというか、それほど重くは感じない。

ツインテールに結んだ髪は鮮やかな赤毛で、爛々と輝いた大きな瞳は獲物を捕まえた猫を彷彿とさせる。

ってことは、俺獲物!?


「ふふん、さぁ観念しな」


いやそれさっきも言った。


「え~っと……これでお前はアタイのものだ」


だからそれもさっき聞いたぞ。


「あ~……う~……」


大平総理!?

……って、そんなの誰も分からないな。

それはともかく、何なんだ一体?


「おい、こっからどうするんだ?」


「はぁ?」


さっきから何を言っているんだこのコは?

あといつまで乗っている気だ?


「ちょっと待てよ。え~っと、何々? ベッドに押し倒した後は、唇を奪いましょう、か。よ、よし……」


いや、何を読んでるのか知らないけど、まずベッドじゃないし。

って、唇!?


「く、唇を奪うっていうことは、つまり……アレだよな?」


ええ、アレでしょうねきっと。


「ま、まぁ……これも奴に勝つためだ。大人しく唇をよこしな!」


訳の分からない言葉と共に女の子の顔が迫ってきた。

子供のような容姿とはいえ、近くで見るとかなりの美少女だ。

やばい、またドキドキが――


「どっ……せーい!」


「うわっ!」


自分でもよく分からない叫び声を上げながら勢いよく立ちあがる。

腰に跨っていた女の子は小さい悲鳴と共に地面に転がり落ちた。


「なっ、何するんだこの野郎!」


「わ、悪い! それじゃ!」


「あっ、コラ待てぇ!」


地面にぶつけてしまったのか、女の子が頭を押さえながら睨んできた。

ちょっと悪いことしたとは思ったけど、俺は助け起こすこともなく全速力でその場から逃げだした。

いきなり馬乗りになってキ……キスしようとしてくるようなコと関わり合いたくないと思うのは当然だろ?


脇目も振らず駆け抜け、ついに学校、そして自分の教室へと辿り着いた。

だけどHRの始まりを告げるチャイムはついさっき鳴り終わっている。


「よう、ラッキーだったなタケル」


後ろのドアをそうっと開け、担任の東郷が来ていないことに気が付いた俺に、友人の寺田ケンジが声を掛けてきた。


「デュークの奴、来てないのか?」


ケンジの隣の席(一番後ろの窓際が俺の席だ)に腰を下ろしながら、教室内を見渡してみる。

クラスの雰囲気もいつもと違う。

特に男子が妙にそわそわしている気がした。


ちなみにデュークというのは東郷のあだ名だ。

その『東郷』という名字はもちろんのこと、始業のチャイムの『キーンコーンカーンコーン』の最初の『キ』の音と同時に教室に入ってくるほど時間に正確なところも由来となっている。


そんなデューク先生が始業のチャイムが鳴り終わったのに教室に来ていないのだ。

これは奇跡と言っていい。

おかげで遅刻を免れた。


「それがさ、転校生が来るらしいぜ。それもかなりのカワイ子ちゃんが」


カワイ子ちゃんて……お前歳いくつだよ。

ん?

転校生?


「しかも2人だってよ」


嫌な予感がする……っていうか、この展開はまず間違いないだろ。

なんだか急に頭が痛くなってきた。


「おーい、席に着け~」


いつもより2分遅れでデュークが教室に入ってきた。

時間は遅れても、入ってくると同時に発する言葉はいつも通りだ。


そしてそのすぐ後ろに続いて入ってきた女子生徒が2人。

予想通り、通学路で遭遇した変な女の子達だった。

クラスの男共が野獣の咆哮のような歓声を上げている。

その視線は2人のうちの片方にだけ集中していた。


「え~、すでに知っている者もいるだろうが、今日からこのクラスに新しい仲間が加わることになった。それじゃ、自己紹介して」


男子達の馬鹿騒ぎなど一切気にせず、デュークは淡々と転校生を紹介した。

何事にも動じないと言えば聞こえがいいが、ただ単に融通が利かないのだ。

余程のトラブルが起きない限り、淡々と自分の予定をこなすだけといった感じがして、嫌いというほどではないがあまり好きな先生ではない。


「皆さん、ごきげんよう」


デュークに促された金髪のコが教壇に立ってにっこりと微笑むと、それまで雄叫びをあげていた男子達がぴたりと黙った。

思わず声を失ってしまうほど、女の子の笑顔は凶悪なまでに可愛い。

その破壊力抜群の笑顔に、俺も思わず息を呑んだ。


「わたくしはミカエラと申します。よろしくお願いいたしますわ」


そう言ってもう一度にっこりと微笑んで一礼する。

そこで白昼夢でも見ていたかのようにぽわ~んとした表情で黙っていた男子達が再び一斉に歓声を上げた。


「アタイはベルだ。夜・露・死・苦な!」


続いて赤毛の女の子も自己紹介をした。

何か変なこと言った気がしたが、誰も聞いていない。

っていうか先にミカエラと名乗ったコに対する男子のスタンディングオベーションでほとんど聞こえなかったのだ。

ベルと名乗ったコはちょっと涙目になってふくれてる。

ちなみに女子はというと、鬼のような形相で周りの男子を睨んでたり、呆れ返っていたり、ドン引きしてたり。

中には男子と同じ恍惚の表情でミカエラってコを見つめているのもいたけど、あまり深く考えないでおこう。


「はいは~い! ミカエラさんはハーフか何かですか?」


クラスのお調子者の男子が馬鹿丸出しの質問をミカエラってコに投げかけた。

ハーフか何かってなんだよ。


「ハーフ? えっと……まぁ、そのようなところですわ」


質問の意味が分からなかったのか、彼女は曖昧に微笑んで語尾を濁した。

日本語は上手いけど、とても純粋な日本人だとは思えない。

けどアメリカ人やフランス人というのも何か違う気がした。

日本人離れというよりは、その神秘的な美しさと可愛さは人間離れと言っても過言じゃないかもしれない。


「はいはいは~い! ミカエラさんの好きな男性のタイプってどんな感じですか~?」


また別のお調子者がさらに馬鹿げたことを言いだした。

このクラスこんなにお調子者が多かったっけ?

あと、もう一人のベルってコにももうちょっと興味を持ってやれよ。

子供みたいな外見だけど、近くで見たらこっちのコも結構可愛いんだぞ。

って、何言ってんだ俺。


「好きな殿方のタイプですか……?」


少し困ったような、恥ずかしがっているような表情を浮かべたミカエラ(もう面倒臭いから呼び捨てでいいや)に、クラスの誰もが固唾を呑んで押し黙った。

男子達はまるで宝くじの一等の発表を待っているかのように、奇跡が起きることを祈っている。

その光景はあまりにも滑稽だけど、気持ちは分からなくもない。


「タイプというか……心に決めた方ならおりますわ」


教室内に悲壮な溜息が響き渡った。

一等の当選番号の前に、先に当選者を公表された気分だろう。

誰でも夢を見る権利はある。

が、所詮夢は覚めるものだ。


あれ、ちょっと待てよ。

確かあのコはさっき俺に抱き付いてきたよな……?

なぜか俺の名前を知ってたし――


「ん?」


いつの間にか教室内がやたら静かになってる。

そして何やらクラス中の視線が俺に集中しているような……


「な、何だよみんな……」


疑惑の視線やら好奇の視線やら、中には殺気を孕んだ視線まで感じるぞ。

そしてそれらの視線を逆に辿って前方に目を向けると、ミカエラが潤んだ瞳でこちらを見つめていた。


「わたくしはそちらの大和タケル様に身も心も捧げておりますの」


なぁに~!!!?

今、間違いなく俺を含めてクラス中の頭に浮かんだ言葉はシンクロしたはずだ。

みんなが驚く気持ちは痛いほどよく分かる。

俺だって何が何だか分からないんだから。

って、そんな冷静に考えてる場合じゃないっ!


「いやっ、ミカエラ……さん、だっけ? 俺、君のこと知らないし!」


「まぁ、そんな他人行儀な。ミカエラとお呼びくださいませ、タケル様」


何なんだよこの展開!?

そりゃ、こんな可愛いコにそんな風に言われりゃ悪い気はしないけど……って、違う違う!

何言ってんだ俺は!

俺にはミサキちゃんという心に決めたコが――


チラリと教室の真ん中あたりの席に座る女子に眼を向ける。

俺が中学の頃から密かに想いを寄せる天宮(あまみや)ミサキちゃんとばっちり眼が合った、ような気がした。

まともに直視できないからすぐに顔を逸らしてしまったのだが。


「ミカエラさん!! なんで大和みたいな冴えない男を!!? 納得できません!!!」


バン!と両手で机を叩いて勢いよく立ち上がった男が、顔を正面に向けたまま斜め後ろの俺を指差して叫んだ。

お前に冴えない男呼ばわりされる筋合いはないぞ、この腐れメガネ!


「なんでと言われましても……わたくしとタケル様は将来を誓い合った許嫁ですもの(ポッ)」


ポッ、じゃね~!!

いきなり何言い出すんだあのコは!?


「ん? そうなのか大和?」


クラスのみんなが驚愕の叫び声を上げる寸前、それまで静観していたデュークが初めて口を開いた。

いやいや、あんたこの状況で落ち着き過ぎだろ!


「「違う!」」


あれ?

今、誰かの声と被ったぞ?

あ、ベル(こっちも呼び捨てでいいや)がミカエラを睨み上げている。

さっきの声はベルのか?

そしておもむろに教卓によじ登り~の、断崖絶壁のような胸を精一杯突き出し~の、親指でビシっと自分を指し~の……


「よ~く聞きな! そこの大和タケルはアタイの許嫁だぁ!(キラーン)」


キラーン、じゃね~!!

あのコも何言い出すんだよ!?

ってか、何回このツッコミやらせる気だ!


「そうなのか大和? 重婚は日本では認められていないぞ」


だから違うって言ってんだろ!

ってか、あんた他に言うことねーのか!?


「まぁ、遠い親戚なら結婚自体は可能だからな」


「はい?」


何言ってんだ、このオッサン。

誰と誰が親戚だって?


「ああ。言い忘れていたが、この二人は大和の遠縁に当たるそうだ」


再びざわつく教室。

いや、俺も初耳なんですけど……


「どういうことですか? デュ……東郷先生」


「どういうことって、そういうことだろ?」


だからどういうことだよ!?


「お前の親御さんからそう聞いているが……違うのか?」


「違うのか、って言われても……」


息子の俺はそんな話、一切聞いたことないんですけど。


「おっと、他に連絡事項は特に無し。朝のHRはここまで」


話の脈絡をぶった切って、デュークが強引にHRを終わらせた。

と同時にチャイムの音。

こんな時まで時間に正確なんだな。

あ、さっき教卓によじ登ったベルがこっそり降りようとしている。

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