身代わりの終わり。
続編のご希望ありがとうございます。
R15は保険です。
『異世界の乙女』の奪い合いでこの国が亡ぶなんていう神託のおかげで、その乙女の身代わりとして召喚された私は今、とてつもなく困っている。
あれは、お城での舞踏会の夜だった。酒好きと評される私としては、異世界のお酒に興味津々だった。他の生徒たちも飲んでいたので、あれ?そんなに強くないお酒なのかな?なんて思っていたのだけれど、一口飲みこんで目が回った。ああ、こりゃ駄目だ。部屋に帰ろう。まさか10代っぽくしてもらった弊害がこんなところで出るとは。もっと味わいたかったのに残念だ。
近くにいた先生に退席する旨を伝え、会場を後にする。フフフ、ふわふわするぜ。これは眠気が一気に襲ってくるパターンだ。早いとこ部屋にたどり着かなくては。送ってくれようとする衛兵さんに近いから大丈夫だと断り、一心不乱に部屋を目指す。おおお、回ってきた、回ってきた。動くと酒が回るよね~、あはは~。
あまり良く覚えてないが、シオン様が出迎えてくれた気がする。で、なんかお願いされた気がするので反射的にもちろんですとか答えた気がする。
何か、柔らかくて暖かいものが口の中に入ってきて、自由自在に動き回ったような、あれ?これって、むか~~~し、ディープなキッスというものを一度されたことがありまして、それっぽい・・・。眠かったけど、何が起きているのか気になって目を頑張って開けてみた。
目の前には大好きな、可愛い、シオン様・・・が大人になったらこんな素敵な男性になるんだろうなって感じの男の人が、うわ、これ私の妄想だよ。シオン様が大人だったらこんなに悩まなかったのにとか、シオン様とこういうことしたいとかいう欲望がこんな夢を私に見せている。シオン様、汚れきった私が異世界の乙女の身代わりとかごめんなさい。
そして私は、妄想の中の大人シオン様におでこにチュッとしてもらって、ふわっと嬉しくなって本格的に夢も幻影も見ず寝てしまった。
あの日から、何度か夢の中で大人シオン様に会った。毎度毎度その、ディープなキッスをですね、する夢なんですよ!!もう、いたたまれない!!罪悪感が半端なくて、もうシオン様のお願いなら100%叶えますよ!!
「リオン殿?」
「はうあ!あ、いえ、はい。」
「お疲れですか?少し休憩を入れましょうか。」
「申し訳ありません、シオン様。せっかくシオン様が勉強を教えてくださってるのに、集中できてなくて。」
「いいえ。リオン殿はとても頑張って下さるから僕もついつい詰め込みすぎてしまうのです。疲れたのなら、おっしゃってくださいね。」
シオン様に気を使ってもらってしまった。うう、こちとら大人なのに情けない。
とりあえず、夏休み後の2学期はシオン様のおかげで勉強についていくことができた。先生に字の練習をしましょうとも書かれなくなった。継続は力なりって本当なんだなあ。私はそう思いながら、2学期のことをを思い出した。
・・・・・
学園生活は1学期と比べて少し変わった。嫌がらせを受けるようになったのだ。とは言っても私自身は全く傷つかない嫌がらせだけれど。
発端は恐らくエミリー様の婚約者、ミシェル様だ。宰相の息子、と最初は覚えていたのだが、もう今は陰険眼鏡と私の中では呼んでいる。
あの日、私は異世界の乙女の予定表の『困っている人に持ち金を全部渡す』という行動をした。才能が問われる内容ばかりの予定表の中、これだったらできる!と悲しくも胸を張ってお財布の中身を全部手渡した。
お昼になって、お城の料理人の方に作ってもらったお弁当を忘れたことに気付いた。食堂で食べようにもお金はない。さすがに、王城に住まわせていただいている身分で、食堂でツケとかできないし。我慢の一択しかないと腹をくくった時だった。
「ぐお~~きゅるるる~~」
と豪快なんだか可愛らしいのだか区別がつかない音が私のお腹から響き渡った。そして、偶然通りかかったエミリー様に聞かれてしまったのだ。訳を話すとエミリー様は快く自分のお弁当を私にくださった。
「私は食堂で食べますから。私が作ったので、お口に合うかわかりませんが。」
「いいんですか?エミリー様の手作りのお弁当!やっほい!!エミリー様マジ天使!!」
うん、反省している。お腹がすいてテンションがおかしかったんですとしか言いようがない。エミリー様はお料理がとても上手で、いつもお弁当を見かけるたびに美味しそうだなと思っていたのだ。
「うふふ。アマネ様ったら。そんなに喜んでいただけて嬉しいですわ。」
「す、すみません。エミリー様、お見苦しい姿を。遠慮なくいただきます。」
お城の料理人の方に負けないくらいの美味しさでした。美人で優しくて料理がお上手なんて、欠点が全くないじゃないですか、エミリー様。まあ、あれですよね、しいて言えば婚約者が陰険眼鏡様なのが、欠点ですかね。
そう、私はこの時あまりの空腹に忘れていたのだ。エミリー様がお茶会で語ってくれたことを。
「ミシェル様は私が作ったものは、必ず食べてくださるのです。そうして『悪くない』とおっしゃって下さるんですよ。それで、私が他の方々に差し上げようとすると『悪くはないが、他の方たちの口に合うかはわからないからな、婚約者である私が責任をもって全部食べよう』って独り占めなさるんですの。ふふふ。それがとても可愛らしいのですけれど、そんなことを言うとミシェル様は拗ねてしまいますから、口に出さないようにするのが大変ですのよ。」
と、頬を染めてのろけていらっしゃったけれど、『悪くない』って照れてるにしてもひどすぎる言葉だと思うよ、この素晴らしいお料理に向かって!!・・・いやいや、そうじゃない、そこが重要なんじゃなかったよ、要は、陰険眼鏡様はエミリー様の作った料理を自分だけが食べたいのであって。いくらエミリー様ご本人が食べようとしていたお弁当でも、私なんかが食べてしまったのを陰険眼鏡様が怒らないわけないよね。だけど、その仕返しが子供じみていた。
授業で二人一組にならなければいけない時に、わざと一人を欠席させたのだ。奇数の人数で余ってしまった私。だけど、本当の十代ならまだしも、三十路にぼっちは痛くも痒くもなかった。元々1学期はぼっちだったし。そのまま先生と組んでもらおうかと考えていると、エミリー様が3人で組みましょうと誘ってくださった。あの時の陰険眼鏡様の顔は忘れない。ご自分の婚約者の優しさを計算に入れないで策を練るなんておバカさんだなあと思った。
まあ、これは嫌がらせのうちの一つの話だけれど。他の方々も異世界から来たという得体の知れない私を自分達の婚約者が友達として扱うのが許せなかったらしい。すれ違いざまに『頭が悪い』『こんなこともできないのか』っていう嫌味とか(事実なので、返す言葉もございません)、ぼっちにさせようとするとか(だから、ご婚約者様たちの優しさを考えろって)、育ちが良いせいか暴力的なことはされなかったけれど、回数が回数だったので、お前らヒマだなと感心していた。最近は、私がアニエス様達に近づくたびに律儀にやってくる嫌がらせに、ほほえましいなという心境にまで至っている。
・・・・・
感慨深いが、気付けばもう2学期が終わり、冬休みも最後の日だ。明日から三学期、そして三学期が終われば召喚されて一年が経つことになる。
「シオン様、今までありがとうございました。」
「リオン殿?いきなりどうしたのです?」
「いえ、もうあと3ヶ月しか残っていないなと思ったのです。こうして、ゆっくりシオン様とお茶を飲めるのもあとどれくらいあるのかなと。三学期はとても忙しそうですから。」
「リオン殿・・・」
「ごめんなさい、シオン様。暗い話をしてしまって。まだ3ヶ月もありますよね!一緒に楽しく過ごしましょう!だから、その、泣かないでいただけると。」
「・・・泣いては、いません。」
「あー、ハンカチ持ってきましょうかね。」
「・・・リオン殿・・」
涙を目にためたシオン様が両手を広げてくる。シオン様が私に甘えてくれているのが嬉しい。そのまま抱きしめると、シオン様の顔が胸に付いてしまうが、私はそんなに胸がある方ではないので息苦しくはないと思う。しばらくシオン様の頭を撫でていると、シオン様も落ち着いてきたようだ。
「リオン殿、僕は貴女と離れたくはありません。ですが、1年という期限でリオン殿を召喚させていただいたのです。それを破ることはできません。必ず、僕がリオン殿をお迎えに上がります。必ず。だから、僕を待っていてはくれませんか?」
私を召喚したのだから、こちらの世界から私の世界に来ることは可能なんだろうか?でもそれはきっと簡単なことではないと思う。シオン様はそれでもきっと約束を果たしてくれようとするだろう、そのことがシオン様の重荷にならないかが心配だ。そんな気持ちを見透かされたのだろうか、シオン様が重ねてこう言った。
「僕にはリオン殿だけなのです。あなたが僕の運命の方。お願いします。僕を待っていると、約束をしてください。」
ここまで言われて私は自分の気持ちに嘘をつくことはできない。私はシオン様に迎えに来てほしい、それが本心だから。
「ええ、お待ちしております。シオン様が迎えに来てくださるのを、ずっと。」
・・・・・
残りの三か月は本当にあっという間に過ぎていった。シオン様に多大なご迷惑をかけた勉強の方は中くらいの成績を収めることができた。うん、最下位じゃなくてよかったよ。ただ、シオン様にあんなに勉強を教えていただいてたのを知っている神官様の心底残念そうな視線が痛かったけどね!
私が召喚された当初の目的も達成したようだ。ってかするしかないよね?本物のアマネ様は神官様がおうちに閉じ込めて誰にも会わせないんでしょ?監禁じゃん、それ。まあ、アマネ様は神官様の言葉を信じれば、現状に満足してるらしいけど、それを確かめるすべは私にはない。
あと、『この国の将来を担う重要人物』たちは私を目の敵にしてるからねえ。奪い合いの争いなんてとんでもない、結託して嫌がらせを仕掛けてくるよ、あいつら。そのたびに、アニエス様達に助けていただいたり、あんまりウザいとアニエス様達に言いつけたりしてやったよ。そして奴らの嫌がらせが増すという負のスパイラル。でも、それももう終わりだ。
私が元の世界に帰ることは、彼女たちには言っていない。私が向こうに帰って、本物のアマネ様が『異世界の乙女』として、この国に迎えられるから。それぞれ進む道が違うから、私がアマネ様の代役をやっていたことに気付く人は少ないだろう。残念王子様と、陰険眼鏡様くらいだろうか。まあ、その置かれる立場上、彼らも学園にいたのは別の人間だと口にすることはないだろう。
「リオン殿、何を考えてらっしゃるのですか?」
「シオン様。」
「最後の夜なのです、目の前の僕以外のことに夢中にならないでください。」
「ごめんなさい、シオン様。この一年を思い出していたのです。召喚された目的は果たせたな、と。まあ、私は特に何もできませんでしたけど。」
「いいえ、リオン殿。ご令嬢方と友人になられたことはリオン殿にしかできなかったこと。とても重要なことをしていただきました。」
「私がアニエス様達と仲良くなったことで、この国のためになったのですか?」
「ええ。とても。」
シオン様がおっしゃるのならば、そうなのだろう。ふふ、褒めてもらっちゃった。嬉しいな。
私は友達と別れることも辛いけど、シオン様をこのまま残していくのが辛い。私が元の世界に戻ってしまったら、シオン様は一人になってしまうんだろうか。シオン様をぎゅっと抱き締める。
「シオン様、必ず迎えに来てくださいね。お待ちしてますから。」
「ええ、もちろんです。リオン殿、僕からリオン殿にお渡ししたいものがあるのです。」
そう言うとシオン様は指輪を取り出した。
「これは僕がリオン殿を迎えに行くときに必要な目印になります。僕だと思って大切にしてください。」
そしてシオン様は私の左手を取ると、私の薬指に指輪をはめた。日本では婚約指輪を左手の薬指にはめるのだけれど、これは、そういう意味と思ってもかまわないのだろうか。
「あの、シオン様。」
「この国では相手の左手の薬指に指輪をはめることは、生涯貴方だけを愛し続けます、という誓いになります。再び僕たちが会えた時にリオン殿は僕に指輪をはめてくださいね。約束ですよ。」
「い、今、買ってきます。指輪屋さんに行ってシオン様に指輪を・・」
「ありがとうございます、リオン殿。リオン殿の気持ちは僕と同じと思っていいのですよね。」
「もちろんです!!」
「ならば、再び会う時まで僕は指輪がなくても、リオン殿を信じ続けられますから。」
ふわりと笑うとシオン様は私の指にはめた指輪に唇を落とした。
いつものようにシオン様を抱き締めて眠る。もう、しばらくは会えないだろう。シオン様のぬくもりや感触を忘れないでおこう・・・そしてやっぱり大人シオン様登場ですよ。明日がお別れの日なんだから、シオン様の見納めなんだからよくお顔を見ておきたいのに、これじゃ恥ずかしさと罪悪感で明日はシオン様のお顔がまともに見られないじゃないか!そんな悪態をつきつつも、大人シオン様に逆に抱き締められる幸せな夢を見て深く眠っていった。
翌朝、目が覚めると懐かしの我が部屋だった。慌ててカレンダーを見ると、私が召喚された日。
・・・え?戻ってきちゃったの!?
ええ!?っと思って下さったらいいなと。嫌なところで終了ですみません。続編はありますので、ご安心を。
お読みいただきありがとうございました。