008
「待機命令が来たんだよ!クソ、上は何考えてやがる!?」
待機命令?このタイミングで?
だが、命令を無視して部隊を動かすわけにもいかないのが苦しいところだ。命令不服従どころか、クーデター騒ぎになってしまう。
「多分、現場レベルでグダグダ言っててもどうにもならねえっすよこれ。もっと上の階級で面倒が起きてる気がする」
「中佐、後藤中佐!」
自前の分隊無線機を引っ掴み、送信先を設定して呼びかける。
「SWATの件か?」
既に向こうにも情報が入っていたらしい。「そうです!」と返す。
と、ターミナルビルの向こう側でオレンジ色の火球が膨らんだ。遅れて響いてくる爆発音。
「なんだなんだ!?」
「中尉、先行してバリケードを破壊しろ!一分でSWATを動かす」
「了解です、頼みますよ!椎名、全速前進。笹原、FCS起動!障害物っぽいものがあったら撃て!ただし弾薬は温存しろよ」
指令を出しつつ、自分もRWSのジョイスティックを握る。空港ビルのエントランスへ続く道路を、ニーベルングは突っ走った。
「警察の現地指揮所より無線。……SWATの作戦行動は認められない、とのことです……」
「理由は?」
「SWAT隊員の生命を軽視することはできない、とか……」
「どうせ犠牲が増えて自分の首が飛ぶのを避けたい、とか下らねえ事考えてやがるんだ、あのゴミ共が!?」
通信兵の寄越した情報に長谷川が毒づく。
聞くが早いが、後藤は踵を返し、大股で野戦指揮装置を出た。
察したように数人の兵士が後に続く。後藤は彼らには目もくれず、一直線に警察が指揮所として使っているテントへと踏み込んだ。
「何と言われようとSWATは動かさんぞ。貴様ら軍隊なんだろう、自分たちでやれ!おい誰か、こいつらを……ッ!?」
革張りの椅子から立ち上がり、早口でわめき立てた例の警部は、しかし、最後まで喋り切ることはできなかった。
後藤が拳銃を抜き、彼の額に突き付けていた。
周囲の警官数人が腰に手を伸ばそうとしたが、後藤に続いてテントへ乱入した兵士たちに自動小銃を向けられ、慌てて両手を挙げる羽目になった。
「自分は部下曰く温厚な性格らしいが、いい加減限界でしてね」
脂汗を流す警部に、後藤は怒鳴る。
「ここで射殺されるか、それとも人質四六九人を見殺しにするか、どちらか選べッ!」
鋼鉄の巨体が自動ドアの枠組みを突き破る。
衝撃でガラス片が舞い散る中を、一九式歩兵戦闘車は疾走しつつ四〇ミリ機関砲を掃射した。
爆発が連続し、ありあわせの材料で組み上げたらしきバリケードが端から吹き飛んでいく。
「エントランスホールの中央で停車!敵を引き付けろォっ!」
叫びつつRWSの引き金を引く。チェックインカウンターから首を出した敵が、そのまま首無し死体となり引っ込んでいった。
「注目引けとは言われたが死ねとは言われてねえぞ、撃て撃て!敵を誘き出して全滅させてやれ!」
そんなことは望むべくもなかったが、景気付けのために大風呂敷を広げる。実際、囮として犬死するつもりもなかった。
一瞬頭を出した敵へ〇八式重機関銃が吠える。敵が身を隠した自販機ごと穴だらけにしてやった。
だが、奮戦も長くは続かない。
二階の出入国管理室から発射されたRPGが、操縦席右のエンジンルームを直撃した。幸い分厚い隔壁が施されていたため戦闘室に被害は出なかったが、エンジンが発電機を回すことによって供給されていた電力が全て落ちる。四〇ミリチェーンガン、RWS、イメージセンサー、FLIR、その他諸々の電子機器が全滅した。
「くそ、APU(補助動力装置)まで積んでなかったな、こいつ。砲塔は手動旋回できるよな?」
「やってますよ!」
笹原が手元の二つのハンドルを必死に回し、俯仰を調整する。ハイテク装甲車が四〇年代に逆戻りだが、使えるだけマシと思わねば。
ハッチを開け、RWSと銃の接続を手動で解除する。若干動作が重たいが、これで十分旋回機銃として使えるはずだ。
RPGの二射目を装填し、駆け出してきた敵が吹き飛ばされる。笹原が主砲同軸機関銃のミニミで撃ったのだ。
負けじと俺も〇八式の押し金を押す。もともと機関銃は敵を狙って殺すためのものではない。連続する銃声と圧倒的な弾幕で敵を威圧し、こちらに銃口を向けぬよう遮蔽物の影へ逃げ込ませるためのものだ。
だが当然、一秒たりとも休まず撃ちまくっていては弾薬も銃身も持たない。その辺は加減する必要があった。
「弾切れッ!予備弾薬はあるか!?」
「こっちも弾切れですよ!12・7ミリはあったはずですけど、リロード中の援護はできない!」
「あるなら寄越せ、何とか……」
弾薬を求めて車内に降りた瞬間、凄まじい衝撃が装甲車を揺らした。轟音が収まると、ゆっくりと車体が右へ傾いていく。
「RPGだ、右の油圧を殺られたな!?」
既に一九式はスクラップも同然だ。次にRPGの直撃を喰らったら、おそらく戦闘室内まで被害が達する。即ち死だ。
「車両を放棄する!AR15とマガジンを持って車外へ、急げ!」
もたもたしていれば三発目を喰らう。後藤中佐から預かったアサルトライフルを掴み、兵員室のハッチを非常用コックで開けて外へ出た。
「竹内ちゃん、銃口は常に地面へ向けて。前へ出る必要はない、敵と自分との間に常になにか硬いものを置いて!」
「は、はいっ!」