007
「随分強気じゃないか?」
「諸刃の剣ですよ。我々だって出来る限りそんな悲劇は避けたい」
後藤は少しの沈黙を挟み、口を開く。
「では、こうしましょうかタンゴー。明日の朝八時までに、政府に閣議決定を出させる。あなた方の要求を全て呑ませます。人質にこれ以上の犠牲を強いるわけには行かない、という線で押せば、政府も断りきれないでしょう」
「……八時を過ぎても、建設的な動きが無かった場合は?」
「お互い、たらればで物事を考えるのは止めましょうや。俺も、もし予告なしに処刑が始まったら、とか考えるのは嫌ですよ」
「そこまで自分の首が大事か?」
「自分は片親でしてね。同じ思いをする子供は増やしたくない」
「ふん」
不機嫌そうな鼻息を最後に電話は切られた。
時計の針が二本、天を差して重なる。
「……時間だ」
誰かがそう呟く。
次の瞬間、空港上空で青白い閃光が瞬いた。
落雷かと見紛うほどの光量に思わず目を細める。サングラスを透過した輝きは一秒と半分ほど持続し、そして不意に消えた。
EMP爆弾だ。殺傷能力を持つ爆風や破片はほとんど発生しないが、強烈な電磁パルスを発し半導体製品を焼き切る。
そして半導体は、テロリストの仕掛けた爆弾の起爆装置にも当然使われている筈だ。
「突っ込むぞ!」
機長がそう叫びパワーレバーを押し込む。
特殊作戦仕様の輸送機、YMC-330“ブーストオウル”の翼上で四基のTP-8300WHエンジンが唸りを上げる。
EMPの加害範囲を逃れるため旋回していた機体が水平飛行に移る。全幅四二メートルの輸送機が空港の駐機場目指して突進する。
「ポイントベータ通過、推力偏向板下ろせ!フラップ下げ、ブースター点火用意!」
時速五〇〇キロを超えて飛行していた機体がぐんぐん減速し始める。対地高度が一〇メートルを切ったところで、機長は再び指示を出した。それに従い、副長が制動用ブースターを点火する。
事情を知らない人間が見れば、機首が爆発したと思っただろう。
機首後方、進行方向に逆らうように取り付けられた二基×四門のロケットブースターが一斉に点火されたのだ。凄まじい噴射炎が空港を真昼のごとく染め上げる。身体を圧しつぶす強烈なGに機長は思わず唸り声を上げた。
轟音を立ててブースターが炎を吐き出す。地面に鋼の爪を突き立てたかの如く速度を殺していく機体。キュル、と微かな音がして、ランディングギアが地面を噛んだ。
滑走距離一〇メートルほどで、鋼鉄のフクロウは完全に静止した。
機体後部のランプドアは既に全開だ。
空港占拠の実行犯リーダー、タンゴーこと漆山裕之は、最初のEMP弾の炸裂で目を覚ましていた。
網膜が焼けると思うほどの閃光が辺りを埋め、AK片手に展望デッキへ出てみた時には、既に眼前に輸送機が着陸していた。
「対空ミサイルの電源が入りません!」
輸送機から兵隊が列を成して駆け出してくる。駐機場に陣地を作っていた部下が応戦を始めたが、三〇秒とかからず十字砲火を浴びて沈黙した。
「止むを得ん、旅客機を爆破しろ!あの馬鹿共が!?」
ゴトウとやらに見事に騙された。考えてみれば、「こちらも都合がある、明日まで待ってくれ」は、時間稼ぎの常套句ではないか。
己の迂闊を呪いつつ、RPG-7を肩に担ぐ。
「冥土の土産だ、有り難く受け取りやがれ!」
兵士を吐き出し終えたブーストオウルは離陸シークエンスに移る。
「エンジン出力上げ!偏向板、離陸ポジションへ!」
「ブースター作動問題なし、行けます!」
「スロットル開けろ!離陸開……」
刹那、ターミナルビルから発射されたRPGが右翼内側、第二エンジンに突き刺さり爆発した。
生まれた炎に全開だったスロットルから航空燃料が容赦なく吹き付けられ、爆発的に火勢を増す。
YMC-330はそれでも、残る三基のエンジンを全開し滑走を始める。足りない出力は、残ったエンジンとブースターで補えるはず。不時着まで持ち込めるのではないか、と誰もがその瞬間は思った。
だがそれも、翼内の燃料タンクを伝った炎が右翼端のブースターを誘爆させるまでだった。
右翼が中ほどで真っ二つにへし折れ、爆圧で機体が傾き左翼端が地面を擦る。
機体姿勢が大きく崩れた瞬間、最悪のタイミングで離陸用ブースターが作動した。強烈な機首下げモーメントが発生し、機体は一瞬逆立ちをするような状態になる。
輸送機は裏返しになり、地面に叩きつけられて大爆発を起こした。
主を失ったブースターが脱落し、激しくバウンドしながら滑走路上を駆け抜けていった。
「前進!」
EMP弾が辺りを照らすと同時に俺は叫んだ。椎名がアクセルを踏み込む、三五トンの歩兵戦闘車が地を蹴って走り出す。
「ちょっと、ちょっと待ってください!」
と、竹内巡査が無線機から顔を上げ、慌てた声を上げた。
「何だ!?」
「トラブル発生です、SWATが動けないって!」
「貸して!……先輩、何事ですか!?」
無線機をひったくるように受け取り、マイクへ向けて叫ぶ。