005
「操縦手、前進だ!間違っても警察を追い抜くなよ」
「わァーってますよ」と不機嫌な声。車体が一瞬震え、そして走り出す。履帯が地面を噛む音が心地よい。
「車間距離を三〇メートル。あいつのケツを追え」
「的にするんすかあ?」と笹原の呆れ気味な声。
「俺の判断じゃないぞ、警察のお偉いさんが言ってきたんだ」
恐らくテレビ映りを考えてだろう。警察の後塵を拝す軍隊。その警察が赤っ恥掻くような事態にならなければいいのだが……。
「始まったね」
野戦指揮装置の中で後藤は、眼前のディスプレイを睨んでいた。
今回は戦闘が目的ではない。順調に行けば双方一発も撃つことなく終わるはずだ。
だが、どうにも不安が払拭できない。警察が大人しくしてくれない気がするのだ。
二四インチディスプレイには高高度UAVからの映像、そして私物のタブレットにはヘリから中継を行うテレビ局のニュース番組が映っていた。
さて、どうなることやら……。
先行する防弾車が突き破った空港フェンスのゲートを抜け、空港敷地内に入る。
左手に巨大なターミナルビルを臨みながら、空港南側の駐機場をゆっくりと進む。
事前偵察で、敵は空港北側の展望デッキに立てこもっているとされた。が、こうして接近してみると、一概にそうとも言えない。事前通告のためかは解らないが、空港ビル南側の国際線用出発ロビーにちらちらと人影が見えた。武器を持っている様子はないが。
車長用サイトの視野を前方へと戻す。……やはりいたか。
航空機のインフラ関連を担うらしき、航空会社のマークが入った車両を盾にして、人間が数人、隠れている。担いでいる長い筒は、まさか、対戦車兵器か?
「居たなあ」
「いましたねえ。警察には連絡します?」
「いや、やめておこう。余計な情報を与えて混乱させるまでもない。それに……」と、俺がその続きを紡ぎかけた瞬間。
数発の銃声。
「撃ち方用意!火点はどこだ?被害はないな!?」
音からして、恐らく銃器はアサルトではなく拳銃弾。となると、警察か!?
南側滑走路方面を睨むサイトを正面へと戻す。……やはりか!
特型防弾車のターレットが北側を向き、そこから硝煙が流れ出していた。
再び発砲音。ターミナルビル南端、国際線ロビーのガラス張りの壁面で銃弾が爆ぜる。
「やめさせろ!……いや、どうせ話なんざ聞かねえか。椎名、適当にぶつけて……」
恐らく、人影を見てパニックに陥った警官が拳銃でも乱射しているのだろう。物理的な制止を試みようとした瞬間、また状況が動く。
滑走路上に障害物として停められたランプバス。その車内でマズルフラッシュが瞬いた。同時にAKの発砲音が轟く。
特型防弾車の側面に次々と弾痕が刻まれる。
と言うか、角度的にあの防弾車の弾痕が見えるほうがおかしい。防弾車は右側面へ銃撃を受けていて、そして我々から見えているのは防弾車の左側面だ。そしてランプバス以外の火点はない。それなのに、防弾車の左側面に次々と穴が穿たれていく。
「……中尉ィ、まさかあれ……」
「弾が両面貫通してんだろうな……」
まさかあそこまで脆弱だとは。車内は結構な惨状になっていることだろう。苦し紛れか、防弾車がふらふらと走り出す。
自業自得という言葉を投げつけてやりたいが、まさか見捨てて逃げるわけにも行かない。
「あんなのでも同胞だ、援護するぞ!椎名、防弾車の前に出ろ。AKの射線を塞げ!」
RWSを操作せんとジョイスティックを掴んだその刹那。
整備車両の影から人影が駆け出した。肩に筒状のものを担いでいる。拙い、あれは!?
「竹内ちゃん!防弾車に退がれって……」
バシュン!という音を伴って飛び出した弾頭が、炎の尾を曳いて防弾車へ吸い込まれた。オレンジ色の爆炎が上がり、防弾車の屋根が宙を舞う。くそ、RPGロケット弾だ!?
「反撃、反撃しろ!砲手は主砲でRPGの射手を!AKは俺が殺る!竹内ちゃん耳塞いで!」
砲塔が滑らかに旋回し、四〇ミリチェーンガンが整備車両へ徹甲弾を雨霰と叩き込む。
ズドンズドンズバババババババババババババン!
耳を弄する大音響。竹内巡査が一瞬悲鳴を上げた。戦闘室内に一瞬充満した硝煙を、ベンチレーターが吸い取り外へと吐き出す。
整備車両がティッシュペーパーのように引き裂かれる。
一瞬真っ赤な煙が飛び散ったが、元が何であったのか想像もしたくない。モニターをRWSのカメラに切り替えFLIR表示。赤外線監視装置により浮かび上がった人型の熱源にクロスヘアを合わせ、ジョイスティックのトリガーを絞る。
先程に比べればだいぶ大人しい、しかし十分に煩く強力な発砲音。無線操縦の銃座に据えられた〇八式重機関銃が火を噴く。
「退却すんぞ、RPG撃ち降ろされる前に!全周警戒、後退しろ!砲手は任意で撃て!」
三五トンの車体が加速をつけて後退する。しかし、どう足掻いても当分はRPGの射程内だ。
人質のいる展望デッキからRPGを撃たれたら対処のしようがない。一応追加装甲は付けてあるが、爆発反応装甲と言えども万能ではないのだ。