004
「竹内唯芽巡査と申します!陸軍との連絡役を務めさせていただきます!」
腰を七五度に折って最敬礼してくる。うーん、どうもねえ…。「相手が何であろうとまず頭を下げる」みたいな習慣が染み付いちゃってるのか。
「ああ、何もそんなに畏まらなくても。自分もただの下士官ですし」
「あ、あの、少々お待ちいただければ幸いです!」
俺が喋り終わるが早いか、彼女は特型防弾車へと駆け込んで行ってしまった。……話聞かねえな。
しばらくして彼女は、無線機を持って出てきた。陸軍で普段使っている無線機もそれなりに古いが、それよりひと世代かふた世代も古いタイプのものだ。
「何かあれば、これで連絡をお願いします!では私はこれで…」
「あーあーちょい待ち」
再び防弾車へ駆け込もうとした彼女を引き止める。
「は、はい、なんでしょうか…?」
不安げな目で見上げられた。というか彼女、結構整った童顔な上に一五〇センチあるかないかの低身長、その上挙動がかなりおどおどしているため庇護欲沸くじゃねえか畜生。
「あんた、それ乗ってく気なの?」
「あ、はい、そうですが…」
「止めとけ止めとけ、こんな紙ッペラ」
「え?で、でも、防弾って付いてますし……」
名前なんてアテになるもんか。カタログスペックですら信用できないというのに。
「そいつが想定してるのは、せいぜいヤクザが拳銃で撃ってくる程度の事態でしょ。今回の敵はアサルトライフルだ、簡単に貫通するぞ」
そもそも材質が圧延鋼板かどうかすら怪しいもんだ。
「でも……し、しかしっ、しかし、職務放棄と言うわけにも行きませんし……」
「んじゃアレに乗れ」
親指で後方に停まっている一九式歩兵戦闘車を指し示す。
「あいつのRHA……どのくらいの厚みの鉄板と同じ強さがあるかって表示だが、正面が四〇〇ミリ。重機関銃突きつけられても安全だ。それに、俺らはこの型の無線機、操作方法知らんのだよ。操作できる人間が必要だ」
身の潔白のために言っておくが、決してナンパではない。
後藤中佐から耳打ちされていたのだ。警察が横槍入れてきたので、確実に警察と連絡を取れる人間を一人確保しておけ、と。
恐らく、こちらからの連絡を“無かったこと”にされないための安全パイだろう。これまでの警察の仕事っぷりを見ていると、正しい判断に思える。
防弾車の中に居る竹内巡査の上司らしき警官に話をつけた俺は、彼女を装甲車へと案内したのだった。
「よっ、このスケコマシ!」
「撃たれたいようだな?」
戻るや否や笹原がそんな茶々を入れてきたので、胸元のホルスターに手を伸ばす。
慌てる笹原を横目に、竹内巡査を車体後部の兵員室に座らせてヘッドセットを渡す。自分はラダーで砲塔上ハッチから乗り込もうとしていると、ハンヴィーが走ってきて車体の真横で停車した。
降りてきたのは、なんと後藤中佐ご本人だ。
「やあ」
「お疲れ様です!出撃体勢整いました!」
「お疲れ様。ちょっといい?」
公にできない話をするから耳を貸せ、という感じのジェスチャをされたので頭を寄せる。
「あの警察の箱だけどさあ」
「はい」
特型防弾車の事だろう。なんとも的確な呼び方だ。
「どうにも信用できない。不審な動きを始めたら見捨てていい、自分の身の安全を第一に考えろ。緊急の場合は、火器の使用も許可する。流石にミサイルぶっ放すのはアレだが、主砲くらいまでなら躊躇なく使え。最悪の場合は装甲車も捨てていい、生きて帰って来い。餞別を積んできた、持っていけ」
中佐自らハンヴィーのトランクを開ける。
AR15ライフルが四挺、装弾されているらしいマガジンが二〇本ほど収められていた。
「俺にはこれくらいしかできないけど、頑張ってね」
「ありがとうございます!」
笹原を呼び、ライフルの積み込みを手伝わせる。
一九式の車内へ戻る直前、後藤中佐が敬礼してくれていたような気がした。
「……時間だ」
現在四時半。西の空を赤く染めるには少し早い太陽を横目に、俺は指示を出す。
「エンジンかけろ!砲手、記録用カメラ用意!主砲もあっためとけ」
重厚なエンジン音。視界の隅で排気口から一瞬黒煙が吹き出す。特型防弾車もエンジンをかけるのを確認してから、俺は砲塔内へ引っ込んだ。
ハッチを閉めてしまうと、視界はハッチ周囲のペリスコープと、砲塔上に設置されたカメラシステムに頼り切りとなる。閉所恐怖症なら発狂しそうな状況だ。
「竹内さん、特型車に前進の指令出して」
「はい!」
元気よく答えた彼女が無線機を弄る。ちなみにケーブルで無線機と車体のアンテナを接続したので、電波障害の心配はない。
「前進します」
本部へ無線機で連絡を入れる。「了解、ニーベルング・ワン。健闘を祈る」と返ってきた。