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003

「あ、もしもし?」

野戦指揮装置へ戻った後藤は、田舎の実家に電話を掛けるような気軽さで交渉チャンネルを開く。

「こちら白鷺国陸軍特殊戦闘連隊・第二大隊総指揮官の後藤と申しますがあ、そちらの責任者に代わっては頂けませんかねえ」

非常に間の抜けた声に、電話を取ったテロリストも困惑しているようだ。受話器の向こうで、アラブ系言語の会話が数度為された後、滑らかな日本語が返ってきた。

「私が責任者……ということになっていたらしいな。タンゴーとでも呼んでくれ」

アルファベットを英単語に置き換えて伝達するフォネティックコードで、タンゴーはTを意味する。そして一般的に、Tはテロリスト、“Terrorist”の頭文字だ。

なかなかに自虐的な呼び名だ。普通、テロリストは“自分は正しい”と思い込んで破壊活動等を行うものだが。

このタンゴーは、今回の事件にあまり乗り気でない?

そんなことを考えつつ後藤は要件に入る。

「単刀直入で悪いんですが、お昼頃に突っ込んで落とされたあのヘリ、回収させて貰えませんかね?」

数秒の沈黙。

「……断る」

「殉職した巡査四人のうち一人は四〇代で二人の子持ち。せめて死体くらいは家族に返してやりたいんですよ」

「それは済まないことをしたな」

全く感情のこもっていない謝罪。

「回収に向かわせるのは二両のみ。機体を回収するための馬力のある車両と、遺体収容用の大型車のみですよ。人質を取っているそちらに対して何かできるわけでもない」

「こちらにメリットが無いじゃないか?」

「世論を幾らかは和らげられる。ツイッターでも見てもらえば分かりますが、今この国の世論は激高してますよ。空港ごと爆撃してしまえ、と言い出してる連中だって一定数いる。遺体回収くらいには応じる紳士的な集団だ、とアピールするのも悪くないんでは?」

「……少しでも変な真似をしたら容赦なく撃つ。それなりの準備もさせてもらうぞ」

長めの沈黙を挟んでそんな返事が返ってきた。軽く頬を緩める後藤。

「交渉成立と受け取ってよろしいですね?」

「その通りだ。何度も言わせるな」

「感謝の意を示します。ところで、人質の皆さんお元気で?」

「病人は開放したつもりだがな。お喋りは終わりだ」

電話は一方的に切られた。

タンゴーはどうやら携帯電話で喋っているようだ。電話会社に回線を封鎖させるのは簡単だが、それをすると犯人との交渉が不可能になってしまう。わざと回線は残してあった。

「松前中尉、ニーベルングに連絡入れて」

通信担当の松前紺屋注意が「了解しました!」と応える。

と、後藤の通信機に着信が入った。警察の対策本部からだ。



「強襲偵察ぅ?」

俺、空閑颯中尉は入ってきた指令に首を傾げる。

「ですねえ、ただし武力の行使が目的ではない様です。接近し、敵の反応を見て来いと」

「UAV(無人偵察機)で事足りるんじゃないの?そんなの」

「武装車両を近寄らせてプレッシャーを掛けることで、敵を警戒させその動きを観察することが目的のようです」

「なるほどねえ……。名目は?目的もなくふらふら近寄ってったら、警戒どころか問答無用で撃たれるぞ」

「警察ヘリの死体回収、との事です。ヘリの残骸にワイヤーを括り付け、そのまま引っ張って来いと」

「ああ、そういや居たねえそんなの。あれ警察は何がしたかったんだ?」

「さあ…。功名心に駆り立てられでもしたんじゃないすかね」

昼食のレーションに糖分補給用として付いてきたM&Mのチョコを口に放り込みつつ応える笹原。ちょっと寄越せ、自分のがあるでしょ、というやり取りをジェスチャで行っていると、通信機がアラート音を立てた。

「はい、こちら第三機甲偵察隊、空閑中佐です」

「ああ空閑くん?俺覚えてる?」

「後藤中佐ですか?先程は申し訳ありませんでした」

「良いの良いのそんなのは。それより、ちょっとイレギュラーが発生してね。少し頼まれてくれる?」

「は、勿論です」



「…で、安請け合いした結果がこれですか?」

我らが陰気な操縦手、椎名一芳少尉が足元から恨めしそうな視線を向けてくる。

「安請け合いもクソも無いよ。上官命令だもん、装甲車俺ら以外にいないし」

視線を手で払って受け流しつつ、俺はコマンダーハッチを抜け一九式から飛び降りた。

警察庁がわざわざ派遣してくれた特製装備、特型防弾車へと歩み寄る。

マイクロバスを一回り大きくして平面で構成し直したような風貌だ。ドイツ軍のA7Vに似ているといえば似ているかもしれない。

車体上部には砲塔のようなボックスもあるが、銃身らしきものが突き出している様子はない。ひょっとして、ただの旋回式の銃眼なのだろうか。

「あのー、陸軍の者ですがー」

開いたドアから車内に呼びかける。と言うかこれ、ドア薄くないか…。目測だが一センチ無いぞ。

「おい竹内対応!さっさとしろ!」「申し訳ありませんっ!」というやりとりが響き、そして一人の警官が駆け出してきた。

声から予想はついていたが、若い女性警官だ。うろ覚えの警察階級章一覧によると、階級は巡査辺りだろうか。


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