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010

展望デッキでの戦闘は収束しつつあった。SWATの増援も到着し、彼らの任務は人質の護送へ移っている。負傷者が担架で運ばれていくのも見えた。

ライフルの銃口を足元の男に向けつつ問う。

「お前、白鷺人か?どうしてこんな事の片棒を担いだ?」

は、と小さく笑った男は、口の端から血を垂らしつつ言葉を紡ぐ。

「俺には家族も、遺産もない。執着するようなものは何もない。なら、最後の最後くらいは自由を与えられたって許される身だろ?……もっとも、ここまで大事に関わる羽目になるとは、思ってもみなかったがな」

「ふざけるな!」

どれだけの味方が、民間人が死に、どれほどの金が吹き飛んだか。それを考えてみやがれ。

「どうせもう全てお仕舞いだ。爆弾もなぜか起爆せん、中東の奴らはみんな軒並み撃たれやがった。最後っ屁だ、ほらよ!」

ごん、と重量のある硬質な物体が床を転がる音。

手榴弾だ。まさかこいつ、腹を押さえるフリをしながらピンを抜いていやがったのか!?

弾みのついた拳大の爆弾が、人質の屯する方向へと転がっていく。反射的に追いかけた。拾って、デッキの外へ捨てる。間に合うか?……間に合わなければ死ぬだけだ。

M26らしき手榴弾はどんどん転がっていく。あと五〇センチで手が届く。待て、そろそろ撃発時間の三秒ではないか?

手榴弾を掴もうとした、その刹那。

誰かが走ってきて、俺の身体を突き飛ばした。その人間は勢いを保ったまま、手榴弾の上に覆い被さり。

ボン!

衝撃波が脳を揺さぶる。だが、真に危険な破片はその人間の身体で遮られ、俺を含めた周囲の人間に危害を及ぼす事はなかった。

「メディック、メディック!」

数人をまとめて殺傷するための爆弾を一人で抱え込んだのだ、無事で済む訳がない。衛生兵を呼びつけつつ、倒れた人間へ駆け寄る。

やたら華奢な身体だ。小柄な男性と言うよりは、女性と言った方がしっくり来るだろう。

まさか。まさか、まさか。

「竹内ちゃんっ!?」

名を呼び、倒れた身体を抱き起こす。ほんの数分前にはぐれたばかりの女性警官は、虚ろな目で俺を見上げた。焦点の合わない瞳には何も映っていないように思える。

「竹内ちゃん、俺だ、空閑颯だ!解るか!?」

返事はない。そもそも、俺の声は彼女の意識に届いているのか?

「重傷者イチ、ストレッチャー急げ!……中尉、後は我々が引き継ぎます」

ようやく到着した衛生兵に彼女を渡す。

「破片は大体ボディアーマーのプレートが受け止めてる。まだ脈あります、悲観するには早いですよ!」

「バカヤロ、いいから早く後送しろ!」

ストレッチャーに載せられた竹内巡査が運ばれていく。

その姿に俺は、思わず敬礼を送っていた。



竹内唯芽巡査は、とても、とても頑張った。

あんな小さな身体の一体どこにそんな力があったのか、医者が驚くほどの耐久力を見せてくれた。連日欠かさず見舞いに病院を訪れていた俺も、不意に涙してしまうほどに。

そして、事件発生からちょうど一年後の今日。

彼女は、俺の目の前にいる。

「やあ」

花束を片手に彼女へ語りかける。

「あんたと出会ってから今日で一年かあ。長いようで短かったな」

急に込み上げてきた照れ臭さを消すように頭を掻き、俺は花束を彼女へ捧げた。ここへ来るまでに何度も推敲し、結局何の捻りもない表現に落ち着いた言葉を告げる。

「安らかに、お眠りください」

目の前の墓石の下で、不完全な遺骨となって眠る彼女に。

竹内唯芽は、手榴弾を抱え込んだ瞬間から意識不明の重体に陥っていたらしい。全内臓の四割を吹き飛ばされ、肺も脊髄も大きく損傷した昏睡状態で、彼女はなんと六日間も生き続けた。

そして、七日目の早朝、誰にも看取られる事無く、集中治療室でひっそりと息を引き取った。

「中尉、済みましたか?」

先に墓参りを済ませていた笹原が歩いてきて問うた。

「ああ。もう時間か?」

「そろそろ戻らないとヤバいっすね。門限までに帰れなくなる」

「そいつぁ拙いな。……じゃ、また来ます。今度は、もう少し偉くなって来るよ」

レーションのM&Mを供え物として捧げ、最敬礼して墓を離れる。まるで、初対面のとき、彼女が俺にしたのと同じように。

ちなみに我らが操縦手の椎名はと言うと、今朝から連絡が付かない。人目を嫌うあいつのことだ、きっと既に彼女の墓参りを済ませて帰路に着いているのだろう。その証拠に、“竹内家之墓”と刻まれた墓石はピカピカで雑草ひとつ無かったし、線香立てにはまだ新しい線香の燃え殻が。彼女の命日は一週間後だというのに。

その上軍の刻印入り花束まで供えられているとなれば、察しない方が無理というものだ。

「中尉は、どう思ってたんすか?あの子のこと」

田舎駅のホームで電車を待つ間、唐突に笹原が切り出した。

現在一四時四三分。次の電車は二〇分程後か。

すっきりと晴れた初夏の空は目が痛いほどに眩しい。少し息を吸い込めば、田舎特有の濃い緑の香りが鼻腔を抜け肺を満たした。

「さあな。少なくとも嫌っちゃいなかったさ」

「人間嫌いの空閑颯中尉様があそこまでお節介焼いといて、さあな、は無いでしょう?」

「さ、故人を偲ぶ時間は終わりだ。生き残った者は前に進まにゃ」

「珍しくポジティブっすね?」

「犠牲者への最大の供養は、二度と同じ状況での死人を出さない事だからな。一生かけて弔ってやるさ」

あの事件の後、警察の上層部は総入れ替えが行われた。責任を取ってのハラキリと言うよりも、全員が責任を押し付け合った結果、「全員に問題があったのではないか」という世論が高騰し、揃って総辞職というなんとも間抜けな事態が起こったのだ。

不必要な上下関係を生みやすいキャリア制度の廃止や、軍との連携を密にするシステムの構築なども考えられているという。

陸軍とて何もしていない訳ではない。戦車兵への護身用小銃の支給(今までは拳銃のみ)や射撃訓練の実施など、軍全体のレベルを底上げするような改革をいくつも行っている。

第二の竹内巡査を出さぬよう、鍛錬に励まねば。

そう気合を入れ直した俺の頬を、一陣の風が撫ぜる。

“がんばって”

そんな幻聴が、鼓膜を揺らした気がした。



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