第24話 新たなる希望
【ホープ州 氷覇本部(ディランス本拠地)】
俺たちは任務の大部分を終え、氷覇本部へとやってきた。ここにきたのは、俺とフリゲート中将、アクセラ中将、バトル=オーディン将軍、アヴァナプタ将軍、プロパネ将軍だ。
出迎えるのは、異様に太った怪物みたいな男――ディランスだ。ぶかぶかの黒色をしたローブを纏うその姿は、不気味さを増す。ローブから覗かせる顔は、服の色と打って変わって灰色だ。
「おうおう、ご苦労であった」
この黒白のブタが、世界銀行「マネー・インフィニティ」の総帥。カネを象徴するのような体型をしている。
俺は挨拶をさっさと済ませると、すぐに西部戦線に戻る旨を話す。だが、年老いた世界銀行の総帥は、濁った瞳で俺たちを見ながら言う。
「いいや、引き続きホープ州を制圧せよ」
「……お言葉ですが閣下、西部戦線の全軍を、辺境のホープ州に引き連れてきています。グランド州・テクノ州・フランツー州・サフェルト州は人口も多く、資源も豊かな広大な土地。戦略上、非常に重要な土地です」
「プロヴィテンス、君は中将だろう? 余はマネー・インフィニティの総帥にして連合政府リーダーであるぞ。逆らうでない」
細い目で俺を見下しながら、銀行のトップに君臨する男は言う。この男、意外にも背は高い。だが、それを台無しにするぐらい横にも大きい。
「余は他の連合政府リーダーのように、死にたくはない。ララーベルやコメットは、政府軍に殺されておる」
…………。この男が焦っているというのはギャラクシアから聞いていた。まぁ、俺も焦っている。近年、連合政府の勢力は衰えつつある。連合政府リーダーを1人倒すごとに、パトラーら国際政府の勢力は戻りつつある。
「ホープ州を完全に制圧し、余を守れる体制を徹底的に整えよ。これは命令であるぞ」
だが、何も連合政府の衰えは、政府軍の反撃だけが原因ではない。ディランスやコスモネットのような人間による執拗な破壊と侵略が、人心を離れさせ、連合政府を衰退へと導いている。
俺は、最近になってそれに気が付いた。侵略の悲劇は、連合政府にとっても悲劇であった。だが、ほとんどの者がそれに気が付いていない。遠からず、戦争は終わり、連合政府は滅ぶ。
「……わたしは一介の軍人です。あなたのご命令に従い、ホープ州を完全に平定致します」
……これで決まったな。我々は完全に西部戦線で敗北する。グランド州・フランツー州・テクノ州・サフェルト州での支配権を失う。辺境のホープ州を手に入れる代わりに。
「おお、君はさすが、有能な軍人である。余の話が分かったか。ならば、早々にここを発て」
「……イエッサー」
俺はぎゅっと拳を握りながらそっと立ち上がる。黒ブタの話など分からんわ。これで連合政府は西部戦線から撤収を余儀なくされる。あとは、レーフェンス州のキャプテン・フィルドに賭けるしかあるまい……
◆◇◆
【政府首都グリードシティ 元老議事堂】
私はシリオードから戻って以来、引きこもっているパトラーに代わって、仕事をこなしていた。
「クラスタ中将、元老院議会から第5兵団、7兵団、9兵団の指揮権を受け取ってないそうですが……」
ライポートが心配そうに声をかけてくる。まぁ、そりゃそうだろうな。ホープ州から連絡が届いたその日からさっそく第5、7兵団の軍勢を動かしていた。
クリスト将軍の第5兵団をテクノ州に、ディンター将軍の第7兵団をフランツー州に、ウェスベの第9兵団をグランド州に、私たちの第11兵団をサフェルト州に派遣し、4州の連合政府勢力を徹底的に排除させていた。
不在の指揮官に代わり、私が作戦立案を行い、細かい指揮は現場の軍人たちにやらせていた。と同時に、大量の食糧と医療品を4州に送り、地元民とホープ州から押し寄せてきた難民の支援を行っていた。
「大丈夫だ。元老院議会には手を打ってある」
私はチラリとパトラーとライト副議長の預金通帳を見る。……ほとんどなくなっているが、仕方ないだろう。腐敗した賄賂好き議員どもへの“お土産”にしたのだから。
「それと、クラスタ中将……」
ライポートは声を潜め、私の耳元でそっと言う。
「清廉派の議員や官僚、政治・法学者ら430名を引き抜いているようですが、これはどういうことですか?」
「…………」
私はパトラーやパトラーの父親と共に、半年近くかけて腐敗していない議員や官僚たちを説得し、味方につけていた。だが、2人はなぜ彼らを味方につけるのかまでは知らないハズだ。
期は熟した。西部戦線から連合政府勢力は完全に排除される。今、西部戦線には指揮官らしい指揮官はいない。コツコツと積み上げた結果とはいえ、最大のチャンスだ。
「ライポート、今の国際政府に人々を救えると思うか?」
「…………」
「軍事予算案を増加させ、戦争難民をカネで釣って軍人にする法案を成立させる統治機構だ」
私の頭に、シールドのパーフェクター・リークのことが思い出される。彼も戦争難民だった。生活保障を受ける為に徴兵され、軍人となった。
彼は心の中では、国際政府のこの態度をどう考えていただろうか? よくは思っていなかっただろう。彼は、コマンダー・ライカの誘いに乗り、あっさりと国際政府を裏切った。
また、空爆された私の故郷。引き継がれなかったホープ将軍の願いも、頭にあった。
「……パトラー将軍はご存じで?」
「いや、まだ話していない」
「クラスタ中将、もしあなたの考える“計画”が露見すれば……」
「ああ、そこは要注意だな。暗殺されかねん」
私は作成した軍事作戦案を第9兵団に送りながら答える。そう、これがバレれば、私は国家反逆罪で処刑されるだろうな。
国際政府にも、連合政府にも、人々を助けることはできない。ならばどうすればいいか? ――“新たなる統治機構”を作ればいい。そのために、私は“新たなる統治機構”の構成員を密かに集めていた。




