第21話 隠されていた真実の悲劇
私は大股で歩み寄り、ウェスベの胸倉を掴む。彼に抵抗の意志はないらしく、なすがままにされる。私は彼を部屋の内側へと放り込む。
「お前があんな場所に陣営を張ったのは、フロスト=ドラゴンが出て来る前にギャラクシアを追い出したかった、そうだろう?」
パトラーの母親を殺した男は、無言で頷く。
「今、世界大戦が起きている。お前たちはホープ将軍の最期の命令さえ聞けなかった。これについては?」
「大変申し訳ないと思っています。僕らはホープ将軍の最期の命令を遂行できなかった……」
俯き加減で答えるウェスベ。私の怒りも大きかった。パトラーの母親が、こんなヤツの勝手で殺された。それもあったが、戦争をするしか能のない今の国際政府への怒りもあった。
私の故郷は、戦争初期に行われた政府軍の空爆で破壊された。あの空爆で私の恋人も、家族もみんな死んだ。それに対する怒りは今も残っていた。
「ハハッ、ウェスベ! お前はパトラーの母親を殺し、その娘の前に平気な顔していられるんだからな、その神経の図太さは確かに将軍クラスだ!」
「そんなことはありませんッ!」
ウェスベは叫ぶようにして言う。
「僕は、パトラー将軍が援軍としてここに来ると知ったとき、悩みましたよ! どんな顔をすればいいのかって、ずっと考えてましたよ! でも、ホープ将軍は“事件のことを教えるな”っておっしゃった…… ライト副議長もクォット将軍やジェルクス将軍だって、交通事故と伝え続けた。なのに、僕の勝手な判断で真実を話し、将軍の意志を踏みにじっては――」
私は勢いよく剣を引き抜き、ウェスベの胸倉をつかんで無理やり立たせ、壁に押し付ける。その首に剣を押し当てる。このまま滑らせれば、この男は死ぬ。
「ホープ将軍の最期の言葉を盾に、のうのうとやり過ごすつもりだったんだな?」
「そ、そういうワケじゃ……」
「そういうことだろ!」
ビクッと身体を強張らせるウェスベ。彼は震えていた。その瞳には涙が伝う。
「フロスト支部を調査させなかったのも、そういう理由か」
「調査すれば……」
「真実がバレるもんなぁ」
私は彼を再び床に押し倒し、仰向けにする。その首に剣の先端を押し当てる。このまま剣を下げれば、愚かな将軍は死ぬ。ホープ将軍と同じように刺されて死ぬ。
「命乞いは?」
「しません……」
「ほう」
ここにきて命乞いでも始めるならば、本気で刺し殺してしまいそうだった。私はまだ泣いているパトラーの方を向く。
「パトラー、このクズ、どうする? このまま刺してもいいと思うが」
「…………」
パトラーは答えなかった。身体を折り曲げて泣いているだけだった。私は剣を振り上げる。私の主要武器は剣だ。人の殺し方ぐらい、分かっている。
「パトラーの代わりに私がお前を地獄に送ってやる。覚悟しろ」
私は怨みを込めて、剣でウェスベの首を斬ろうとする。コイツがホープ将軍を、パトラーの母親を殺した。パトラーの悲しみは、胸が張り裂けんばかりだろう。――だが、その時だった。
「……クラスタ、やめて……」
「…………!?」
母親を殺された張本人が、泣いたまま、小さな声で止めに入る。あまりに小さな声だった故、危うく聞き逃しそうになるほどだ。
「お母さんは、ウェスベ将軍が殺されるの、きっと望んでない…… それに、クラスタがウェスベ将軍を殺したら、国家反逆罪になるかも知れない…… そしたら、私、また仲間を失っちゃう……」
振り絞るように出されたパトラーの言葉が、私の胸に突き刺さる。ホープ将軍はウェスベを逃がした。それは、決してパトラーや私に復讐させるためにじゃない。
私がウェスベを殺せば、私は処刑されるかも知れない。財閥連合のトーテムや第12兵団のクェリアはただでさえ、パトラーを敵視している。元老院議会や裁判所に賄賂を流し、私を死刑にまで持っていくことは、容易に想像がつく。
「……パトラー将軍、申し訳ございませんッ!」
ウェスベは急に起き上がると、パトラーの前で土下座し、謝罪の言葉を述べる。
「……いいよ、も、う……」
泣きながら、小さな声で言うパトラー。私は下唇を噛み締める。いいワケあるか! そんな簡単に許せるハズがない。
私はウェスベの後ろ襟を掴むと、半ば無理やり部屋から追い出す。廊下に放り出す。
「二度と、私たちの前に姿を現すな」
「…………」
「消えろ、クズ!」
それだけ言うと、私は扉を閉める。重苦しい音と共に、鋼の扉は閉じられた。
その後、私たちは政府首都グリードシティへと撤退した。その時には、シリオード東部にいたケイレイトとコマンダー・レクもコスーム大陸へと戻っていた。
ウェスベは政府特殊軍将軍を辞任した。自分の率いていた第9兵団の指揮権をパトラーに譲り、自らは姿を消した。今や、彼がどこにいるのかさえ不明だ。
パトラーは首都に戻ると自分のオフィスに引きこもってしまった。17年前の真実を知ったショックが大きかったのだろう。
ライトやクォットは、ウェスベがパトラーの母親を殺したことを知っていたようであった。パトラーの気持ちを察してか、一度だけ謝り、それ以降は来なくなった。
真実は幸福を呼ぶとは限らない。
時として真実は、知る者の心を引き裂く。
不幸の真実。
シリオードの大地に封印されていた真実。
それは、自然の脅威と共に呼び起こされた。
隠された真実。
それは、いつの日か、明るみに出る。
隠せば隠すほど、禍は大きくなっていく。
その禍を受けるのは、何の罪もない者だ。
不幸の真実だからといって、封印する。
それは、更なる不幸を覚悟しなければならないのかも知れない――




