第20話 17年前の真実
腹を突き刺されたパトラーの母親は、血を吐きながら倒れ込む。少年は更に追い撃ちとばかりに、何度も彼女を突き刺す。
[お前もコマンドの仲間なんだろう! 他の腐敗した元老院議員や政府軍人と同じ、財閥連合から賄賂を貰い、うわああああああッ!!]
少年は叫びながら、ホープ将軍の胸にナイフを突き立てる。少年はそれを最後に、荒い息をしながら、座り込む。その服や顔には無数の返り血が付いていた。
[なんでっ、……シリオードを助けてくれるって、言ったじゃないですか……]
少年は泣きながら、血まみれになって倒れたホープ将軍の側に座り込む。
[ごめんっ……シリオード、助けるのは、本当……]
口から血を垂らしながら、話すホープ将軍。彼女は我に返り、自分のしてしまったことに震える少年の手をそっと握る。
[ごめんなさいっ、ごめんなさいっ……! ホープ将軍、僕は、なんてことを……]
[い、いいんだ…… シリオードの人、ずっと、コマンドに、苦しめられたのに、その怨みを晴らさせない、ようなこと、言って、ごめんね…… 逃げ、て……]
[イヤだ! 僕もここで死ぬ!]
そう言うと、少年はホープ将軍に刺さったナイフを引き抜き、自らの首の押し当てようとする。その手を、彼女は止める。
[バカな、ことはやめ、て]
[でも……!]
[私の、意思を継いで…… シリオードを、守って…… 二度と、財閥連合の手に、シリオードを、渡さないで……]
少年は泣きながら、何度も激しく頷く。すると、彼女は懐から血に濡れた白色をした棒状の武器、スタンロッドを渡す。恐らく、旧型の魔法発生装置だろう。
[これで、服に付いた血を、落として、逃げるんだ…… 首都グリードシティの防衛システムをハッキングし、ここの監視カメラの、映像、を消して]
[僕はっ……]
[捕まらないで…… 私、弟子が君しかいないから、さ……]
少年は最後に泣きながら謝り、走り去って行く。その直後、別方向から誰かが走ってくる。2人の男性だ。
[ホープ将軍!?]
最初に走り寄って来たのは、若き日のクォット将軍だ。17年前の階級は知らないが、今では政府特殊軍の将軍。この前、連合軍のアレイシア本部を攻撃したらしい。続いて現れたのは、ライト=オイジュス。パトラーの父親だ。
[ホープ、これは……!?]
[ぐっ…… 賞金稼ぎに、襲われた……]
[賞金稼ぎ!?]
[そう、賞金稼ぎ……]
そこまで行った時、ホープは激しく咳き込み、血を吐く。真っ赤な液体が雨水に溶け込んでいく。もう、助かりそうにもない。
襲ったのは、いうまでもなくあの少年だ。ホープの弟子だった少年。だが、彼女は彼の名前を明かさなかった。彼を守るためだろう。
[クォット准将、ライト…… 私が殺されたこと、娘には、教えない、で…… もし、娘が知れば、娘は、犯人を怨むかも知れない……]
[将軍、殺されたって、……生きてくださいよ! 今あなたが死ねば、国際政府はどうなるんですか!?]
[…………。……最期の私の命令、を言うぞ、クォット准将]
[最期って、なにを言っているんですか!?]
[……戦争を、するな。ジェルクス准将とホーガム准将にも、言っといて……]
ジェルクスとホーガム…… 今の政府特殊軍将軍だな。戦争をするな、か。ホープ将軍が今の世界を見たら、嘆きそうだな。結果的にクォットもライトもジェルクスもホーガムも、彼女の意志を引き継げていない。今は、世界大戦を繰り広げている。
それにしても、“戦争をするな”とは、難しい命令だったな。彼女の言葉の意味を拡大して解釈すると、“腐敗していく国際政府を立て直せ”、“暴走を続ける財閥連合を止めてくれ”にも聞こえる。
国際政府の腐敗ぶりが連合政府に大義名分を与えた。連合政府の軍事力は、かつて財閥連合が持っていた軍事力だ。
[……ホープ?]
[ホ、ホープ将軍……!?]
2人は希望だった政府特殊軍将軍に声をかける。だが、彼女から再び声が返って来る事はなかった。戦争なき世界を願った希望の将軍はこの世を去った。
そして、彼女の願いは、聞き届けられなかった。今、国際政府は腐敗を加速させている。財閥連合の軍事力を引き継いだ連合政府は、侵略を繰り返している。それを防ごうと戦うのは、ジェルクスやクォットたちだ。
どしゃ降りの雨が、彼らを濡らしていく。希望の消失。世界が最後の希望を失った日に相応しい景色なのかも知れない。
もし、ホープ将軍が生きていたら、今、戦争は起きていなかったのだろうか? 彼女の死を、当時のコマンドやマグフェルトはどう感じていたのだろうか?
私は映像を消すと、しゃがみ込んで泣いているパトラーに歩み寄る。私はその背中をそっと撫でる。これは酷い真実だ。17年前の、あまりに酷い真実。
その不幸を引き起こした張本人は、あの少年はまだ生きている。しかも、今、ジェルクスやホーガムと同様、政府特殊軍の将軍だ。――私には、あの少年が誰なのか、分かっていた。
「……なぁ、自分が殺した女性の娘を前にした気分は、どんな感じなんだ? ――ウェスベ」
私はそっと立ち上がって、最高司令室の出入り口に立つ若き将軍――ウェスベに目をやる。栗色の髪の毛、同色の瞳。彼の今の年齢から17を引けば、画面に映っていた少年と同じぐらいになる。
「…………」




