第18話 17年前の謎
隠された真実。
封じされた真実。
知ってはならぬ真実。
戦争の最初の犠牲を挙げるならば、それは“真実”だろう。
出される虚偽。
与えられる虚偽。
知らねばならぬ虚偽。
戦争の最初の侵略者を挙げるならば、それは“虚偽”だろう。
だが、虚偽はいつか真実という正義に滅ぼされる。
パトラーの周りを覆っていた1つの虚偽が、崩れようとしている。
真実が、パトラーの信じ続けた虚偽を崩そうとしている。
しかし、真実が必ずしも、幸福を与えるとは、限らない――
【シリオード大陸 南部 フロスト峡谷 連合軍基地】
ギャラクシアは殺されていた。フロスト峡谷の奥で彼の死体が見つかった。結局、連合軍は基地を造ろうと自然を破壊した結果、自ら滅んでいった。ところが、問題はそこからだった。
連合軍が砕いていたと思われる氷塊の奥、フロスト=ドラゴンが眠っていた場所の更に奥、人工の施設が発見された。
「財閥連合のマークが……」
施設の壁に刻まれたマーク。それは財閥連合社のマークだった。なぜ彼らの施設が氷に閉ざされた峡谷の奥にあるのか、誰にも分からなかった。……いや、分からなかった、ハズだった。
最初にそれに気が付いたのは、クラスタだった。彼女はそっと私にそれを伝えてきた。――ウェスベ将軍の様子がおかしい、と。
「パ、パトラー将軍…… ここは僕だけで、大丈夫です」
「……それはどう意味だ?」
クラスタがウェスベ将軍を睨むようにして言う。彼女の顔には、ウェスベ将軍への不信感がハッキリと出ていた。いや、クラスタだけじゃない。9兵団の兵士たちでさえも、おかしいと感じていたようだった。
「あの施設を調査してから首都グリードシティに引き上げる」
「い、いえ、僕が調査しますので……」
「なぜ私たちの協力を断る?」
「これ以上は、迷惑ですので……」
「私たちは元老院議会に命令されてここに来た。これは仕事だ」
「…………」
クラスタの言葉にウェスベ将軍は黙り込んでしまう。彼女は私の手を引いてさっさと施設に向かおうとする。それを止めるのは、ウェスベ将軍。
「お願いです、あの施設には、どうか……」
「……まさか、ウェスベ将軍、あなた連合政府と――」
「僕は連合政府と内通していません!」
ウェスベ将軍は半ば怒鳴るようにして言う。ますますクラスタの顔が怖くなってくる。彼女の口調も、気が付けば、強いものになっていた。
「財閥連合総督コマンドや財閥連合議員トーテムらの差し金か?」
「違います! ……連合政府も財閥連合も、あの施設のことは、恐らく記憶に残っていないでしょう」
ウェスベ将軍の声は震えていた。彼の言葉は真実だろうか? それとも、偽りだろうか?
「ならばあの施設を調査してもいいだろ?」
クラスタは砕けた氷の先にある財閥連合の小基地を指差す。氷に閉じ込められていたせいか、ほとんど傷がなかった。まだ新しそうにも見える。
「お願いです! 僕がここに来たのは、ギャラクシアが氷を砕き切る前に彼らをシリオードから追い出したかったからです!」
「ほう、なるほど。だから、あんな雪原のど真ん中に基地を……」
ウェスベ将軍はフロスト峡谷から近い雪原に基地を設けていた。その理由は分からないままだった。ギャラクシアをフロスト峡谷から追い出すことで頭がいっぱいなのか、と考えていたケド、まさか本当にそうだったなんて……
「あの施設には何がある?」
「…………」
「あの施設の調査を拒む理由はなんだ?」
「…………」
ウェスベ将軍は黙り込んでしまう。そんな彼を見かねたのか、第9兵団(ウェスベ軍)のルーパー少将が歩み寄って言った。
「将軍、わたしが調査して参りましょうか?」
「いや、ダメだ。君たちもあの施設には関わるな」
「しかし、――」
「命令だッ!」
叫ぶように言い放つウェスベ将軍。さすがにこれにはルーパー少将も眉をひそめる。でも、彼はそれ以上、何も言わずに引き下がる。
ウェスベ将軍は、自分を信頼する部下にさえ、あの施設を触られたくないらしい。そこまでして、一体、なにを隠しているのだろうか?
そういえば、マグマ・フレイム弾を最初から準備してきたのも不思議だ。フロスト=ドラゴンの名前を知っていたのも、そのドラゴンにマグマ・フレイム弾がよく効くことも不思議だった。……もしかして、――
「……ウェスベ将軍、以前、ここに来たこと、ありますか? 以前、フロスト=ドラゴンと戦ったことは……」
「…………!」
ウェスベ将軍は目を見開き、震えながら後ずさる。額に汗を滲ませている。図星らしい。
「こ、ここにきたのは、17年前……」
「…………!」
今度は私が驚く番だった。なぜなら、17年前といえば、私のお母さんが死んだ年だ。それとなにか関係があるのだろうか……?
このやり取りを、クラスタは見逃さなかった。
「そういえば、この子の母親――ホープ=オイジュス将軍には弟子がいたらしいな」
「…………」
「その名は、ウェスベ=フェアラート。このウェスベ=フェアラートとウェスベ=フェアラート将軍は同一人物だ」
ウェスベ将軍はガックリと膝をつく。その身体は震えていた。私の身体も同じように震えていた。まさか、お母さんの弟子が……このウェスベ将軍……
「僕は……17年前、ホープ将軍とここに…… 今はもう何もありません……」
消えるような声で話すウェスベ将軍。
「その17年前にパトラーの母親は死んでいる。交通事故らしいが、軍上層部はこの問題になると、黙り込む。不思議なものだ」
「…………」
「……パトラー、行こう」
再びクラスタは私の手を引いて小さな施設へと歩き出す。お母さんの死は交通事故なんかじゃない。それは私も分かっていた。
もしかすれば、あの小基地にはお母さんに関することが隠されている。それを、恐らくウェスベ将軍は知っている。だから、調査して欲しくないのかも知れない。
この時、私たちは気が付かなかった。後ろにいるウェスベ将軍が、声を押し殺して泣いていたことに――




