第16話 覚醒の魔物
【シリオード大陸 11兵団 駐屯地】
私は布団に包まりながら、抱き枕を抱き締めていた。なんとか眠りに就こうとは思う。でも、寝れなかった。寒いからじゃない。慣れないベッドだからじゃない。――ウェスベ将軍の言った言葉が頭から離れないからだ。
ホープ=オイジュス。17年前まで政府特殊軍の将軍だった女性。……私のお母さんだ。お母さんはもういない。17年前に、私が2歳のときに、死んじゃった。
――お母さんは、交通事故で死んだんだよ。
元老院副議長のライト=オイジュス――私のお父さんはそう言ってきた。でも、7ヶ月前のあの日、信じていたその言葉が揺さぶられた。
――お前の母親は――殺されたんだよ。
それは、連合政府支持企業ビリオン社と密かに手を組み、連合軍の軍用兵器工場を誘致しようとした元老院議員プレイザの言葉だった。
事故死じゃない。殺された。真実をお父さんに聞いた。お父さんは、答えなかった。――私もバカじゃない。それが何を意味するか、すぐに分かった。お母さんは、殺された。それが、真実――
私は布団から出ると、そっと窓から外を見る。まだ雪が降っている。駐屯地の明かりだけが見えている。厚い雪雲に遮られているのか、月の光はない。
お母さんの死を、ウェスベ将軍は知っているのだろうか? 殺されたのなら、その犯人と原因を知っているのだろうか?
……例え知っていたとしても、今は聞く時じゃないだろう。今は戦いに集中するべきだ。明日にもギャラクシアの拠点に攻め込むのだから。――今は、それだけを考えればいい。
◆◇◆
【シリオード大陸 フロスト峡谷(ギャラクシア駐屯基地)】
わたしは作戦を練っていた。恐れていたことが現実となった。遂に政府軍の援軍が到着した。幸いにしてパトラーだったが、これがスロイディアやホーガムなどといった名将であったならば、撤退案を考えねばならなかったであろう。
いや、パトラーの傘下にはクラスタがいる。やはり撤収も視野に入れねばならないか。……だが、わたしを派遣したのは連合政府支持企業の1つ「マネー・インフィニティ」の総帥ディランスだ。簡単に撤収は出来ない。
[ギャラクシア中将、ディランス閣下より早急にシリオード南都を制圧せよとの命令です]
「分かっている。ディランス閣下には今しばらくお時間を頂戴する、と返答を」
[はい、中将]
バトル=アレスがわたしの前から去って行く。ディランス閣下は焦っておられる。グランドシティで戦果を挙げられず、コスモネット中将も失われた。また、クローン軍も連合政府内で力をつけている。
わたしはディランス閣下のご命令に従い、早急にシリオードを制圧せねばならない。もたもたしていては、ケイレイト率いるクローン軍に先を越されてしまう。
[中将、連日の戦闘で兵力が不足しています。援軍を求めてはどうでしょうか?]
「いや、このままでいい。わたしの戦術で、必ずシリオードを制圧してみせる」
バトル=アルファが2万、バトル=ベータが5000。戦車が27台。軍艦3隻。確かに深刻な兵力不足かも知れない。
だが、こうなったのはわたしの責任。援軍を要求して、ディランス閣下にご迷惑をおかけすることは出来ない。必ずやシリオードを制圧し、期待にお答えする。――それが出来ないのなら、わたしは中将失格であろう。
「峡谷深部の氷を早急に砕き、一刻も早く駐屯基地を完成させろ」
[はい、戦車を10台投入し、氷を砕いています。しかし、氷はあまりに厚く、砕き終るにはまだ時間がかかります]
「…………ッ」
軍用基地も思うように建てられず、焦りばかりが募るわたしは、唇を噛み締めて司令室から出ていく。外に出ると、駐屯基地に床に雪が降り積もりつつあった。そこをバトル=アルファたちが歩いて行く。
わたしはスピーダー・バイクに乗ると、工事現場へと向かう。やはり、指揮官として、この目で作業状態を、見なければなるまい。
[撃てぇっ!]
工事現場では、10台の低空浮遊戦車が峡谷の奥に向けて砲弾を撃ち込んでいた。何度も爆音が鳴り響く。こうやって氷の塊を砕いているのだ。
「作業は順調か?」
[ええ、だいぶ砕き終りました。あと少しで全て――]
そのバトル=コマンダーが言った時だった。峡谷の奥から、地鳴りのような雄叫びが上がった。そして、氷が砕け散る音が鳴り響く。
「…………?」
[今のはなんだぁ?]
砲弾による煙の中で何かが動いている。何か、巨大な生き物が……アレは、魔物か? 2本の脚、2本の腕、両肩から生えている巨大な翼。長い首の先にあるやや顎の出っ張った頭部。頭部から生える2本の角――ドラゴン?
「……警報を出せ」
[イエッ……!]
「…………!」
煙の中からその怪物が姿を現した。巨大な恐ろしい姿をしたドラゴンは、こっちに向かって走ってくる。その動きはかなり早い。鋭い爪を有する腕が振り上げられる。
「う、撃てッ!」
わたしは慌てて命令を下す。その命令が下った時、硬そうなウロコで覆われた腕が振り降ろされた。5台の戦車が一気に斬り倒され、崖に叩き付けられ、木端微塵になる。
残りの戦車が氷色のドラゴンに狙いを定め、砲撃する。砲弾がドラゴンの胸部や腹部に直撃し、爆発する。だが、ドラゴンは怯み、呻き声を上げただけで、倒れはしなかった。
ドラゴンの水色の瞳がわたしたちを捉える。マズイ! わたしは戦車から飛び降り、止めてあったスピーダー・バイクに飛び乗る。ドラゴンとは逆方向に発進させる。
[あれーっ!? 中将、置いて行かな――]
バトル=コマンダーの声が聞こえなくなる。振り返ると、白色の息吹が残りの戦車やバトル=アルファたちに浴びせられていた。ブレスを浴びせられた機械兵たちは凍り付く。ドラゴンは雄叫びを上げる。凍った機械と戦車は砕け散る。崖も一部砕ける。あの雄叫びは衝撃波のようだ。
「何という事だ……!」
あんなに強い魔物に、どうやって勝てばいいというのだ。わたしはスピーダー・バイクを走らせながら、戦術を考える。全部隊を投入すれば……いや、軍艦を使って空から攻撃すれば……いや、翼がある。飛んでくる。そもそも、離陸させる時間が…… あのドラゴンを始末した後は……政府軍と戦って、シリオード軍とも戦って、南都を制圧して……
その時、わたしは背後に冷たい殺気を感じた。素早く振り返ると、そこにいたのは……わたしに爪を振り降ろす氷のドラゴンだった。
――ディランス閣下、わたしに託して頂いた任務を完遂する事が出来ず、申し訳ございません……!




