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四章

四章

 

 マモン島脱出に必要なポイントは一万ポイント。試合から得られるポイントの相場は、

強制戦闘では試合の注目度、集められたかけ金によってポイントが変動し、自由戦闘では相手から勝負を挑まれた時に提示されたポイントがその試合での賞品とされる。

 最短では二十回の戦闘に勝利すれば脱出できる計算になるが、現実はそう上手くいくものではない。

 自由戦闘では大概最低限の百ポイント程度しか相手も賭けてこない。それは負ければポイントを失う危険性から、あまり大きな勝負に出ようとしないことが一番の原因。一部の例外は余程の自信があるか、一か八かの大勝負に出るつもりでいるチームくらい。強制戦闘でも上限の五百ポイントが進呈されるほどの注目される試合はそうそうなく、大きくでも精々三百ポイントもらえれば上々だ。

 更に言えばチームメイトを一人失う毎にペナルティとして五百ポイントをマイナスされるし、生活費もポイントから捻出される。その他諸々、この島ではポイントの減点という形で罪を償うシステムになっている。よって、チームによっては溜まるポイントよりも出て行くポイントの方が多いという話もあるくらいだ。

 おかげで、島に連れてこられてから、何年単位で脱出が叶わない者も数多い。むしろ一年以内に脱出するチャンスに巡り会える人間の方が稀である。

 蓮華が特化型に目覚めてから早三週間。

 七二班はテーブルの上に置かれた一通の封書を取り囲み、互いの顔を見合わせた。

「七二班、現在の所有ポイント・九千七百ポイント。そして次の強制戦闘による進呈ポイントは、三百ポイント。これに勝てば丁度一万ポイント。脱出条件はクリアできるわ」

「俺達の最終戦、だな」

「うんうん、最終戦にしたいよネ」

「縁起でもないこと言わないでくれないかな、ヤオ」

「絶対、皆で帰るんだもん」

「あはは、そうだね」

 その通知が報せるものは強制戦闘。七二班にとっては、最後になるかもしれない大事な試合のものだった。

「この試合を勝ち抜ければ、私達全員自由の身」

「そうだ。あのいけ好かない観客共の、高見の見物ともおさらばだ」

 嬉しそうに繰り返す蓮華の様子に、自然とチームの頬が綻ぶ。

「長かったなぁ、この六年。二十歳の頃に拉致されて以来、ワタシももう二六歳か」

「六年っ!?」

「長っ。ヤオ、そんなに長くいたんだ」

 遠い目をした謡の呟きに反応したのは蓮華とホーリーだ。

「そういやあんた。俺が四年前にここに来た時にはもういたもんな」

「ええ。何せ七二班新設当初からいたものですかラ。初期メンバーで生き残っているのはワタシ一人だけれどネ」

 ウェイは比較的冷静で、むしろ蓮華は彼等ほどの実力者が、何年もこの島から抜け出せないでいたことに驚いていた。

「皆、長い間ここに閉じ込められてたんだね」

「僕はまだ一年だけどね。ここでは割と新参者。ラズの方が長いくらいだし」

「うん。ラズは三年くらいだったと思う。来たばかりの時のことはよく覚えてないけど」

「無理もないよ。ラズはまだ小さかったからねェ」

「さすがにあの時は俺もどうなるかと思った。こんなチビまで拉致って来るとは思ってなかったからな」

「運営委員会の極悪非道っぷりも昔ながらなんだ」

 ただでさえ幼いラズライトの三年前といえば、日本では小学校低学年くらいだろうか。そんな子供が、この島で大人達に混ざって戦っていたのかと思うと何ともやるせない。

 しかしラズライトは笑顔を絶やすことをせず、満面の笑みで蓮華の方を仰ぎ見る。

「でも、ここに来なかったらレンお姉ちゃんにも会えなかったし、悪いことばっかりじゃなかったと思うの。ラズ、本当にお姉ちゃんができたみたいで楽しかったし」

「今まではうちもラズライトが紅一点の男所帯だったからな」

「今思うとむさ苦しいチームだったよネ」

(むさ苦しいとか言ってる本人達が、まったくむさ苦しいとは思えない容姿なのは、果たして口に出すべきなのかしら)

 むさ苦しいのはむしろ今まで戦ってきたチーム達の方だろう。

 何というかこう、猛者が揃っているようなチームが割合多かった気がする。対する七二班は男性でも皆線が細い。ホーリーに至ってはちゃんと食べているのかと、一緒に食事をしているのに詰問したくなるレベルの細さだ。

(よし、今日のホーリーの夕飯は大盛りにしてあげよう)

「僕をむさ苦しい部類に入れないでくれる?」

 一人、ホーリーだけが大人二人の言い分に不満をぶつけた。

 確かに、十代の少年にむさ苦しいは本人にとっても認め難い表現なのだろう。

「皆かっこいいよ。むさ苦しくなんてないよ? ねぇ、お姉ちゃん」

 ラズライトのフォローによって、ホーリーが安堵したように微笑む。本気で認めたくなかったらしい。

「そうだね。これで堅気の人ならどれだけ良かったことかしら」

「何気に人生否定されちゃったヨ。ウェイ君、どうする?」

「安心しろ。あんたの場合否定されてんのは人生じゃなくて人格の方だ」

 拗ねた子供のように問いかける謡を、ウェイは問答無用で一刀両断する。

 その言いようはあまりのものだが、それが冗談だと分かっている相手なので差して誰も気にはとめようとしない。それどころか笑って済ませてしまうだけだ。

「蓮華サンもウェイ君も、私のこと嫌いなのかイ?」

「人で遊ぼうとするところとか、人の部屋に無断で侵入するのを止めてくれれば好きになれると思うわよ」

「その脳みそ入れ替えて出直してくれば、まぁ考えないでもないだろうな」

「レンはともかく、要するに中身がヤオのうちは駄目なんだ。ウェイは」

「ヤオもやさしいのにー」

 初めて人を撃った日。あの日以来、何故か度々発生する乙女の寝室への不法侵入事件。現状、犯人は十割の確立で彼の王謡氏なのである。しかも大体人のベッドを独占していて、その理由が日当たりが自分の部屋より良くて暖かいからだそうだ。

 いっそ部屋を変わってやろうかと申し出たこともあるが、それはそれで断られた。何がしたいのか、何を考えているのか。彼については最後の最後まで性格を掴みきれなかった。

「ラズ。ヤオに毒されると将来碌な大人になれねーぞ。人を見る目は養っておくべきだ」

「ウェイは本当に謡のこと警戒してるわよね。試合の時は背中預けるくらい信頼してるのに」

「それは、こいつが自分から負けるように仕向けたところで、何のメリットもないって分かってるからだ」

「ああ、なるほど」

「君達さっきから散々なこと言ってるけど、年長者は敬おうネ」

 気がつけば、謡が頬をひくつかせながらこちらを凝視していた。

 口元は笑っているが、目が笑っていない。

「こうなったら生還の前に一度じっくり話し合っておこうか、ウェイ君、蓮華サン」

「絶対断る」

「え、私もなの!? 嫌だ。何か人格改変されそう!」

「ほほぅ、待ちなさイ!」

「大人げねーよ、おっさん!」

「ワタシはまだ二十代です。ウェイ君と六つしか変わらないよ!」

 謡が暴れだし、蓮華とウェイが逃亡を図ったことで、場のしんみりとした空気は塵も残さず消え去った。

 蓮華は別の部屋の方向から物音が聞こえてきたような気がしたが、本気で襲い掛かってくる謡から逃げるのに必死で、すぐに気のせいだろうと受け流してしまった。

 その物音を無視したことを後悔するのは、翌日のことである。


 一同解散して部屋に戻ったのは、もうすっかり夜も更けた頃だった。

 寝室へ戻った蓮華は、窓から覗く月を見上げて、この島での出来事を思い起こす。

 魔法。炎を操れるようになったり、初めて銃を握ったり、その銃で人を撃ったり。割合、戦ってばかりの日々だった。

 元々その為に連れて来られたのだから当然といえば当然だが、まさか生きて帰れる日が来るとも思っていなかったのだから驚きだ。

 初めてラズライトの操る魔法を見た時には、自分にその力が宿るなんて思っていなかった。結局、物体を浮かせたりするポルターガイストのような能力の彼女とは違い、自分に宿ったのは実体なき火を操る能力だったが、普通に考えれば充分常識外れ。空想小説の産物だ。

 ホーリーの視力と聴力に助けられながら、さながら特殊部隊員のように戦場を隠れつつ駆け回ったのも記憶に新しい。彼はベンと戦ったあの日以来、また後衛に専念するようになった。やはり、あの時は自分の賭けに付き合って、無理をしてくれただけだったのだろう。

 信じられないことばかりだったこの島での生活。

 それでも、もうすぐ終わってしまうかと思うとどこか物悲しくなるから不思議である。

「帰りたいってことだけは、まず間違いないんだけどなぁ」

 最初は、ウェイや謡も得体の知れない人物だと思っていて、生きて帰ることが出来たら二度と関わりたくない部類の人間だと思っていた。

 それなのに、今では生還した後、彼等に会えなくなる必然が重く圧し掛かっている。

 元来厄介ごとに巻き込まれるのを極端に嫌っていたはずの自分が、厄介ごとばかりを抱えて生きる彼等と離れることを拒んでいる節がある。

 異常にして異様だ。

「どうかしてる。一度頭を冷やさないと」

 軽々と窓から身を乗り出し、窓枠を掴んで屋根の上に移動する。

 これも特化型に目覚めてから危なげなくできるようになった芸当だ。それまでは、屋根の上がこうも心地の良い場所だと知ることすらなかったというのに。

「空はこんなに穏やかなのに」

 どうしてこうも外と中で、荒ぶれ方が違うのか。誰かに教えてもらいたい。

「そんな所にいたら風邪ひくぞ」

 ぼんやりと月を眺めていると、背後からそう声がかかった。

 振り返った先にいたのは、またというかやはりというか。想像通りの人物だった。

 ウェイは自分の上着を蓮華の頭の上に放り投げた後、何事もなかったかのように、彼女の隣に腰を下ろす。

「そんな格好してたらウェイが風邪ひく。私は平気だから自分で着てなよ」

「鍛え方が違うんだよ」

 一蹴された。そこまで言うならと、蓮華は言葉に甘えて上着を肩に羽織りなおす。

 その様子を見たウェイは、満足そうに微笑んだ。

「ウェイは、屋根の上なんかに何しに来たの?」

「そういうレンは?」

「――多分月見」

 他に表現を思いつかなかったが、厳密には月を見上げながら考え事をしていただけだ。

「あっそ。俺も、多分月見だ」

「それ、多分じゃないよね。見るからにアルコール持参してるし」

 彼の手にはビールの缶が。彼が酒を手にしているのは初めて見るので驚いた。てっきり飲めないのかと思っていた。

「ウェイでもお酒飲むことあるんだね」

「俺は結構酒飲みだ。ガキ共の手前、目の届く範囲内では自粛してただけだ」

「とか言う割りには今私の前で飲んでるよね。私、ウェイが子供に分類してるホーリーより年下だよ?」

「最後だから良いんじゃねーの? 少しくらい羽目外してもよ」

「矛盾してる」

「情操教育上の問題。けど、レンはんなもん気遣う必要ねーだろ。お前くらい自分の中で良し悪しの分別が確立しちまってると、俺程度からの影響何ざたかが知れてる」

 上手く言い逃れされてしまった。蓮華はため息一つで頷いて、それ以上問いただすことを止めにした。

 彼の言うとおり、目の前でビールを飲まれたくらいで、それが何だという話だ。別に彼は成人しているし、自分は彼を見て飲んでみたいとも思わない。父親だって子供の前で酒を飲むではないか。何も咎めるべきことなどないのだから、気にするだけ無駄である。

「ウェイは、皆のことよく見てるね。欲しい言葉とか、して欲しいこととか。いつもピンポイントで見抜かれてる。私の性格だってさあ」

「何だよ、唐突に」

「んー、思ったことを言ってみただけ。だって、普通他人のことなんてそこまで理解できないでしょ。だから、ウェイなら理解してくれると思って甘えちゃうんだ。ウェイは甘やかし上手なんだよ」

 突然振られた話題に、彼は赤い髪を揺らしながらこてんと小首を傾げる。話をしている本人すらも、何が言いたいのか今一分かっていないのだから無理もない。

「だから、離れるのが嫌になっちゃうんだな、きっと。元の場所に戻ったら、私をちゃんと見てくれる人なんていなくなる。当然だよね。元の居場所は、武力で戦う必要なんてないし、背中を預けられる人間も必要ない。必要なのは、社会に適用できる正常さだけ。それだけあれば、少なくとも生き残ることはできるもの」

 父といられるのは長期休暇の間だけ。例え生還できたとしても、その残りももう残り僅かだ。

「帰りたくなくなったってことか?」

「ちょっと違う。この島からは一分一秒でも早く出て行きたい。でも、この島で一緒に戦った皆と離れるのは、一分一秒でも遅らせたい。執着してるのは、場所じゃなくて人の方だよ」

 この場所に執着する理由なんてない。自分は殺人衝動もない一般人だ。平凡で穏やかに生活できるのならそれに越したことはない。

 けれど、この島ではただ平和な日本にいたのでは手に入れられないものを見つけてしまった。命を懸けて共に戦える、本当の仲間というものを。

 日本にいた友達も大切。しかし、絶対的に違う何かがあった。

 この悪夢のような夏休みが終われば、また自分は日本で何事もなかったように、正常な世界の中で、正常な人間に囲まれて生きることになる。

 友達や学校の先生、近所のおばさんも皆優しかった。それで満足していたはずなのに、何故今になってその繋がりを薄っぺらだ何て感じてしまったのだろう。

 自分にとっての友達と仲間の違い。

 感情を共にするのが友達なら、生死を共にするのが仲間。

 肩を並べるのが友達なら、背中を合わせるのが仲間。

 どんなに楽しく笑い合える友人でも、仲間でない以上どこまでも共に戦える訳ではない。

 蓮華にとって、仲間を得たのは初めてだった。だからこそ、彼等という存在が如何に大きなものだったかを、心の底から思い知らされたのだ。

「依存してるのは自覚してる。甘えてるってことも分かってる。それでも、皆と離れるのは寂しいよ」

「――勝っても負けても、俺達七二班はそう遠からず解散だ」

「分かってる。この試合で負けても、その次の戦闘で勝てば脱出できる可能性があるってこと」

「ああ。死人でも出してペナルティ喰らわない限りは、あと数日で解散だ」

 ウェイがビールの缶を屋根に置いた。そうして空いた手が、そっと蓮華の方へと伸ばされる。何をするのかと思っていると、頭に手を回され、ぐっと彼の方へと引き寄せられた。

「だから、残り少しの間。めいっぱい甘やかしてやろうか。レンゲ」

「――ハイ?」

 この男、酔っ払ってるのか? 一瞬蓮華は我が耳を疑った。何せ彼は冗談か本気かも判断できないほど淡々とした表情で他人に銃口を突きつけられる部類の人間だ。まさか、そんな彼から甘やかしてやるなんて発言が飛び出すとは夢にも思わない。

 しかし、見上げたそこにあった顔はあくまでも素面のようで、まったく赤らんでなどいなかった。

「えーと、ウェイバルドさん。それはいったいどういう発想からそういう結論に至ったのかしら。手短且つ明確にお答え願えるかしら」

「レンは俺達に甘えてたんだろ? それももう少しで終わりなんだから、心置きなく甘えておけってこと。あとは……」

(俺自身にけじめをつける為。だろうな)

 ウェイは二つの本心の内一つを音にしなかった。

 蓮華や、他の仲間達を気に入っていたことは間違いない。彼女達が自分を信頼し、頼ってくれていたことは彼にとっても心地の良いことだった。けれど、それももう終わる。

 これから自分達はそれぞれあるべき場所に帰るのだ。それは蓮華だけにあらず、ウェイ、謡、ラズライト、ホーリー。全員に当て嵌まる。

 当然帰る場所にこの島で得た仲間はいない。

 そもそも、彼には共に戦う仲間などいないのだ。

 孤高なる殺し屋。職務上協定を結ぶことはあっても、次の任務では敵かもしれない。一緒に戦っているように見えても、その実裏切り者かもしれない。

 裏の社会で生きるということはそういうことだ。

 無条件に背中を託せる人間なんて存在しない場所。

 そんな場所に帰らなければいけない。だから、最後に心置きなく仲間との記憶を刻んでおくことにした。最悪の場所で巡り会った、最高の思い出として。

「後は、の続き。何か言いかけてなかった? ウェイ」

「いや、何も。気にすんな」

 心配そうに覗き込む蓮華の頭を子供にするように撫で、小さな笑みをこぼす。

 彼のその表情に、不覚にも蓮華は心音を高くした。

「そう。なら、良いけど。ねぇ、ウェイ。多分私達全員さ、ここを出たら、もう会うこともなくなるよね」

「多分な。まあお前の場合、元々一般人のホーリーやラズは機会さえあれば会えるだろうが、俺やヤオに関しては連絡が取れるかどうかも危ういな」 

「やっぱり今生の別れか」

 映画やドラマなら、生きていればまた会える。と返ってくる場面なのだろうが、現実はそうも上手くいかないもの。違う場所で生きる人間が違う道を進んでいて出会える確立とは、いったい如何程のものだろうか。

「むしろ会わないことをおすすめするね、俺達の場合は。元の居場所で俺達に関われば、もれなく命を狙われる危険が付き纏う。普通の生活に飽きて転職したいってんなら、大歓迎だが――」

「それは生涯何があってもありえないわね。可能性から除外してくれて構わないわ」

「即答かよ。別に期待してねーけど」

 ウェイはくつくつと喉を鳴らして笑いを噛み殺した。

 蓮華の望みは今でも普通の生活をして、平凡な人生を送ることにある。こんな非情なゲームに巻き込まれ、銃をとり、魔法と称される異端の能力を手に入れても、その心根は一切変わることがない。

 このゲームに関わって尚、変わらずにいられる人間がいる。そう分かったことは彼等にとって喜ばしいことではあるが、だからこそ、同時に離れるのが心配になる。

 仲間と離れ難いと感じているのは、蓮華一人ではないのである。

「でもさ、このゲームに関わって、ウェイや、皆と出会えたことだけは幸運だったと思ってるよ。私」

「幸運? 殺し屋とか、闇商人と知り合えて幸運っつーのも中々異常だよな」

「職業じゃないわよ。人間性のこと言ってるの」

「自分で言うのもどうかと思うが、うちのチームにそう言えるほどまともな人間性を持ち合わせた奴なんていたか?」

 言った張本人、ウェイは本職殺し屋、冗談で人の頭部に銃口を突きつける危険人物。謡、本職闇商人。笑顔でさらりと犯罪行為を宣言もしくは敢行する根っからの違法多発者。ホーリーとラズライトも、まともに見えていてもやはりこの島で生き抜いてきた少年少女だ。一癖二癖あるのは当たり前。油断していると痛いしっぺ返しを食らう人種。

 こうやって振り返ってみると、本当に碌でもないチームだとしみじみ思い知らされる。

 しかし蓮華は「私はこのチームが好きなんだから良いじゃない」と、呆れる彼に堂々宣言して見せた。

「まともだから気が合って、変わり者だから合わない訳じゃないんでしょ? 私は多少癖があってもこのチームで良かったって思えるんだからそれで良いの。勝手に満足する分には私の自由なんだから」

「毒されたな、レン」

「順応したと言ってもらえるかしら」

 初めて顔を合わせた時は、まさか彼とこんな風に話ができるようになるとは夢にも思っていなかった。

 何せあの運営委員会の仲間だと勘ぐったりもしていたし、何より目つきが悪かった。率先して自分にこの島での生活を教えてくれたのが彼だったから今では普通に話せているものの、ほんの少し過程が違っていれば、あるいは今でもギクシャクしていたかもしれない。

 人生とは不思議なものだ。

「まぁ、順応したところでもうすぐこの生活も終わりなんだけどね」

「お互いの面も見納めだな」

「残念。ウェイ、顔だけは目の保養要因だったのに」

「だけって何だだけって」

「精神的には毒物であったと思われます。ほら、毒と薬は紙一重だから」

 薬は主に助けられていた時、毒は誰かに無表情で銃口を突きつけていた時のこと。

 あれは本当に心臓に悪い。主な被害者だったコナーはもっと肝を冷やしていたのだろう。

「減らず口。日本人がシャイだなんて偏見口走ったのは何処のどいつだ」

「さぁ? 昔の日本人は本当にシャイだったのかもよ。時代が変われば人も変わるから」

「ガキのクセに悟ったようなことを」

「真実を述べているまでです。まぁ、日本の場合。良い変わり方をしたかどうかは危うい気がするけど」

 マナーの悪い若者や少年犯罪の多発エトセトラ。必ずしも時代の変化と共に人が変わることが良いこととはいえない。その典型的な例が日本だ。

 かくいう蓮華もタクシードライバーを笑顔で脅すような人間なのだから、人のことは言えないのだけれど。

「レン。お前、人のこと言えないよな」

「うるさいやいっ!」

 まさに自分でも思っていたことを言い当てられ、蓮華は咄嗟に吠え掛かる。

 あからさまに図星を突かれて焦る蓮華の様子を、ウェイは腹を抱えて爆笑しながら見守っていた。

 この危険で、しかし穏やかな時間ももうすぐ終わる。

 それぞれが、せめて少しでも救いある記憶にしようと、必死で笑顔を作り出していた。

 そして、運命の日が訪れる。


『レディース、エーンド、ジェントルメン! 本日も始まります――』

「勝ち抜ければこの鬱陶しい解説ともお別れだねェ。そう思うと、もう少しまともに聞いてあげてればって、思うことがあったりなかったりするよネ」

「あんたの場合、結局端から思ってねーんじゃねーか。素直に言ってやったらどうなんだ。初めて聞いた時から殺してやりたいくらいにウザかったって」

「いやぁ、本当に。彼がプレイヤーじゃなくて心底残念だったよ」

 屋根の上でウェイバルドと語らった日の翌日。もとい強制戦闘当日。

 試合会場へ向かった七二班面々は、毎度恒例の司会者による語りを、欠伸交じりに聞き流していた。

「ウェイも謡も余裕だね。私はあの人の解説を鬱陶しいと思えるほど、まともに聞けた試しがないわ」

「聞いてるんじゃないよ。聞こえてるんだ。プレイヤーは皆まともに聞いてないって」

「でもあの人達、ときどき対戦相手の情報こぼしていくんだよ。だから、一応耳にいれるくらいしておけば得することもあるよ、お姉ちゃん」

 どうやら司会者への反応は十人十色らしい。信頼できる発信元からの情報しか聞く気のない人間にとっては耳障り。主に気に食わないことしか言っていないという認識しかないようだ。しかし情報収集に重きを置く人間から見れば、彼等の存在は中々にお役立ち。賛否両論、まったく以って危うい立場にいる役職だ。

「役に立たなければ、とっくに誰かが撃ち殺してそうだしね」

「ちょっとホーリー。一般ピープル出身者が染まりきった発言しないでいただけるかしら。移るじゃない」

 にこやかに殺意宣言をするホーリーを、額に手を当てる蓮華が制する。

 ある意味、この島に一番染まっているのは彼かもしれないと思った瞬間だった。

「それでは、説明はこのくらいに。七二班、並びに四一班の皆さん。それぞれの戦闘準備を開始して下さい」

 長ったらしい解説が終わり、二分間の準備時間に突入した。

 司会者がフィールドから消えたのを確認して、五人は顔をつき合わせる。

 それぞれ武器を手に。迷いのない、覚悟と決意のできた顔で。

「泣いても笑ってもこれが最後。って言える試合になることを祈ってるわ。願わくば、これが全ての終わりでありますように」

 蓮華はそう言って、全員に微笑みかけた。その隣に立ち、ウェイが言葉を続ける。

「そしてこの戦いを終え、俺達の歩むべき人生が、再び始まることを切に願う」

 それぞれのあるべき場所に。そこへ帰ればきっと彼らが集うことは二度となくなってしまう。表の社会に生きる者と、裏の世界に生きる者とではあまりにも進む道が違いすぎるから。

「若いねぇ。まったく暑苦しい限りだヨ。で、一応聞いておくけど、この島から脱出して後悔する子はいないよね? あるいは、この島に染まりすぎてあるべき場所に馴染めなくなってしまっているかもしれないヨ?」

 悪戯っぽい表情で謡が唇を歪めた。しかし皆は負けず劣らずのしたり顔で彼を見つめ返す。

「望むところだよ。どんなに時間がかかっても、戻ってみせるさ」

「ラズ達は、戦いたくない。戦わない為にここから出るの。だから、もしも心が元の場所に戻りきれなかったとしても、ラズは後悔しないよ」

「おやおや、君達もいつの間にやら一人前な口を利くようになったネ」

「成長してんだよ。そいつらも、レンも。この島にいりゃ、嫌でも考えなきゃならんことが増えるからな」

 さも当然な風で、ウェイが口を開いた。

 この島で生き残り、生還する覚悟を持った人間全てが考えねばならないこと。それが、生還して、果たして元の環境に再び馴染めるかどうか。しかしホーリーやラズライトはそれでも良いと言う。彼等の中にあるのは元の場所に戻る為に戦う覚悟ではなく、戦わない為に全てを終わらせる覚悟。それは大の大人ですら持ちえぬ覚悟。これほど強固な意志を持った者を、もはやいつまでも子供扱いするべきではない。ウェイは暗にそう言っているようでもあった。

「あれ、私のことも一応認めてくれてるんだ」

「俺は世辞なんざ言わん。お前は認められるだけの努力もしたし、それ相応の結果も出してる。まぁ、素人にしちゃ及第点って程度の話だけどな」

「十分だよ。私としてはあのスパルタで生き残ったことを認めてもらえただけでも満足だから」

 まさか自分まで一緒くたに褒められるとは思ってもみなかった。彼にはこれ以上ないくらいのスパルタ特訓を強いられてきた。はっきり言って、よく死ななかったものだと思ったくらいである。

 しかし、そのおかげで今まで生き残ってこれて、その努力を恩師とも呼べる彼本人が認めてくれた。それだけで、蓮華にとっては今まで戦ってきた甲斐があったというものだ。

「あー、はいはい。若人達。そろそろ試合開始だヨ。所定の場所に移動しよう」

 喜ぶ蓮華達を尻目に、謡がやっていられない。といった様子で制限時間の終了を告げた。

 何せ準備時間は二分間。いつまでもここに留まることはできないのだ。

「ここに留まっててもそれぞれの役割が全うできなくなるだけだ。後は、彼らを血祭りに上げてからのお楽しみってことで」

『物騒なこと言わないで』

 年齢の下から三人が一言一句違うことなく同時に突っ込む。ウェイは咄嗟に噴出して肩を震わせた。

「この島で狂わずに生き残った者は強くなる。まったく、揃いも揃ってとんだ豪傑に化けやがったな」

「皆強いのよ。力もそうだけど、心がさ」

「はっ、ガキが知った風な口利きやがって。ほら行くぞ、俺は駄弁ってる間に的になるなんざごめんだからな」

「うん、同感。行こう。これを、最後の戦いにする為に」

 あくまでも愉快そうにウェイは微笑んだ。蓮華も彼の隣で腰のホルスターに手をかざし、大きく頷く。

 けれど、そんな真っ直ぐな空気をぶち壊したのは、意外なことにもホーリーだった。

「ちょっと待って。何か変だよ」

「うん? どうかしたの、ホーリー?」

 振り返ってみると、ホーリーがインカムを片手に眉を顰めていた。

 彼は顔を上げることなく、インカムを忙しなく操作している。その様子は、あきらかな異常を示していた。

「皆、インカムをつけてみてくれる? どうにもおかしい。通信が、繋がってないみたいなんだ」

「繋がってないって、どういう? 嘘、私のインカム、電波受信しないどころか、電源すら入らないんだけど!」

「こっちもだ。完全に動いてない」

「ラズのも……」

「ワタシのは電源は入るね。でも、ふむ、ホーリー君のインカムからの電波を受信してないみたいだ。これじゃ動いてないのも同じだネ」

「やっぱり……」

 一同の返答に、ホーリーが眉根を寄せる。今まで普通に使えていたインカムが、五つの内三つ、いきなり動かなくなるなどただの故障ではない。加えて動いている謡とホーリーのインカムですらやりとりができなくなっているのだから、今までと同じ戦法。ホーリーが後方から索敵して報告し、蓮華やウェイバルドが前方で奇襲する方法では戦えないという大きな問題まで発生中だ。

「ねぇ、ホーリー。これって、もしかして」

「細工されたって考えるのが妥当な線だよね」

「そんな――……」

 二、三日前まで絶好調に機能していたものが同じ日に、揃いも揃って壊れた。それはつまり、かなりの確立で何者かに細工されたということ。謡とホーリーのインカムだけが壊されたのではなく、電波を受信できないように細工されていたのは、おそらくこの二人が電子機器に精通し、下手に破壊してしまったのでは試合前に感づかれてしまうことを懸念した為だろう。

「必死なのは向こうも同じか。してやられたな」

「でも、いったいいつ、どうやって壊したのかな?」

 舌打ち混じりに吐き捨てるウェイと、壊れたインカムを握り締めるラズライト。

 試合の時以外は宿舎の中で保管していたインカム。試合の時はそれぞれが肌身離さず持ち歩いている訳だから、細工するとすれば宿舎に忍び込むしかない。

 試合に関する不正から自分達のチームを防衛する為、各チームそれぞれ宿舎には何かしらのセキュリティを搭載している。忍び込むのは容易ではない。とはいえ、人の作ったセキュリティシステムなら、人の手で崩せるというもの。容易でなくとも不可能ではないというのが実情だ。

「――昨日だ……」

 蓮華にはただ一つだけ、思い当たる節があった。

 昨日、五人でリビングに集まっていたあの時、自分達しかいない宿舎。全員がリビングに居たにも拘らず、僅かな物音が聞こえたことがあった。

「昨日、って。蓮華サン、何か心当たりでモ?」

「確信はない。でも、昨日皆でリビングにいた時に物音を聞いた気がしたの。誰も気づいてなかったから、てっきり空耳かと思ってたんだけど。もしかすると、あの時だったのかも」

 語尾に近づくにつれ、蓮華の声が小さくなっていく。主に罪悪感と後悔が理由だった。

「確かに、一昨日の午後の試合では正常に作動していたな」

「ということは、レンの言うとおり、昨日しか細工のチャンスはなかったってことだね」

「ごめん。ちゃんと確かめるべきだった……」

 過ぎた時間に戻れるはずもなく。必要なのは後悔よりも反省なのだと頭では分かっていても、理解に納得は伴わない。

 しょげる蓮華の頭部に、恐ろしく硬いものが垂直に振り下ろされた。

 大した勢いもなかったというのに、涙ぐむほどの激痛が走る。その正体は、ウェイの手に納められた、某四五口径。それは痛いはずだ。

「全員が一所に集まっていて、お前だけが物音に気付いた。しかし、お前は物音の正体を確認しに行かなかった。そうだな?」

「そう、だけど」

「しかし俺達は気付きもしなかった。結果当然誰かが物音を確認しに行くはずもなく、今この時になって、初めて事態が発覚した」

「ま、まさしく……」

「つまりは全員同罪だろ。行き着いた結果は皆同じなんだからな」

「でも……ウェイ……」

 気付いていて放置したのと、気付かず、だからこそ何もしなかったのとでは大違いだ。

 その蓮華の主張も、彼ら七二班には通用しない。

「でももクソもあるか。こうなっちまったからには仕方がない。俺達は、今の俺達にできる手段で戦うだけなんだ」

「蓮華サン。あるいはこれは、こうやって君か、もしくは他の誰かを陥れ、仲間割れを招く為の敵の作戦なのかもしれないヨ。現状がどうであれ、今君を攻め立ててみたってワタシ達には何一つメリットがない」

「これは僕等の責任でも当然ある。レンのことを責める気はないけど、もし悪いと思ってるなら試合での働きで名誉挽回すれば良いんじゃないかな」

「うんうん。皆仲間なんだもん。失敗しても、皆でおぎなっていけば良いんだよ!」

 もはや言い訳すらも許してくれない。要は気にするなと言ってくれているのだが。個人的にはせめて一言謝る機会ぐらい与えてくれても良くはなかろうかと思う。

 多分ここは仲間というものの温かさに感動するべき所なのだろうが。残念なことに、頭部に走る激痛の所為で涙の理由が八割方すり替わってしまっている。

(ごめん皆。良いこと言ってるのは分かるんだけど、私の頭、今それどころじゃないみたい)

「あり、がとう。私、頑張るから」

 頭の痛みが治まってくれれば、の話だが。

 五人が何とか打開策を立てようと顔を見合わせたその時、タイミング悪くも準備時間二分間の終了が、観客席に移動した司会者によって宣言された。

 二分など、本当にあっという間である。

『七二班、何か様子がおかしいようですが、問題でも起こったのでしょうか? とはいえ、準備時間が二分しかないのもこの島のルール。待ったも異議も認められません。勝負は問答無用で開始される。それがこのマモン島なのですから! それでは始めましょう。第一会場、第一試合。強制戦闘部門。四一班対七二班。試合開始!』

 こちらの異変を悟っていながら、試合は無情にも開始された。

「今、明らかにこっち見て笑ってたわよね。あの司会者。私、人のこと責められる立場じゃないってことは理解してるんだけど、でも無性に腹が立つわ」

「まぁ、むかつくのはあの人だけでもないんだけどね」

「基本、見下ろされるのって嫌いなんだよな」

 珍しく下らないことで殺気立った蓮華に、銃火器を使う二人が大いに賛同した。

 そんな彼等を焚きつけるのは心底楽しそうな謡である。

「今日が最後になるかもしれないしね、折角だし一発撃ってみたら?」

「いや、そんな軽いのりで対人発砲をすすめないで、って二人共!?」

 すぐ傍で、乾いた発砲音が二発同時に響き渡る。

 考えるまでもない。七二班の中で銃器を扱うのは三人。内一人の自分が発砲していないのだから、残りは必然的にウェイとホーリーとなる。

 ため息混じりに見回すと、案の定素早く二階席に移動した司会者に向けて銃を向けた二人の姿が。

 その銃口から煙が立っているのだから、もはや言い逃れできる状況ではない。

「何撃ってるのよ、弾の無駄遣いでしょう!」

「怒るとこ違うと思うよ、蓮華サン」

「多分、防弾ガラスで守られてるからあのおじさんは無事に決まってるし。お姉ちゃんの中では心配する部類に入らないんだと思う」

「数週間前までの蓮華サンなら考えられない反応だねェ」

「あら。人は日々環境に適応しながら生きているものなのよ」

 つまる所。無駄な神経は使わないことに決めたのだ。

 唯一の良心であった蓮華がこの様子では、もはや彼等を止める者は誰もいない。

 司会者は上ずった声で七二班へとマイクを向ける。

「えー、七二班諸君。既にゲームは開始されているのですが、何故こちらに銃弾が飛んでくるのでしょうか?」

「スマン。手が滑った」

「スイマセン。銃が暴発してしまって」

 嘘八百にも程がある。

 しれっと素面で、悪びれもなく。謝罪の言葉が百パーセント棒読みだ。

「さて試合試合。勝ちに行かんとな」

 片手で司会者を一蹴し、ウェイはフィールド反対側。敵が待ち構えているはずの方角を見やった。

 司会者は顔を真っ赤にしていたが、それ以上はもはや何も言ってこない。彼等にとって必要なのはゲームを演出すること。自分達がゲームに参加する気になってしまったのだから、これ以上進行を止めてしまう訳にもいかないのだろう。してやったりだ。

「それじゃあ司会者君への嫌がらせもこの辺にしておくとして。それにしても妙だねぇ」

「どうかしたの。謡?」

 やりすぎてポイントの減点でも食らっては堪ったものではない。ものには限度。とでも言わんばかりに銃を納めるウェイとホーリー。しかし、彼等と謡の三人は、どうにも腑に落ちない様子で四一班の動きを警戒していた。

「うーんとね、敵さんに動きが無さ過ぎるなと思ってネ。だって、司会者君の言うとおり、もうゲームは始まってるんだよ。そして、ワタシ達は司会者君弄りに夢中になるあまり隙だらけだった。その割には、彼等。折角のチャンスを活用しなかったなと思ってサ」

「ああ、自分で隙だらけだって自覚あったんだ」

「まぁ、そういう風に演技をした訳だからね。なのに、その好機を無碍にするとは。彼等、何かしら作戦があるのかもネ」

「演技って。もしかして、ウェイやホーリーも絡んでたりする?」

「当然だろ」

「まぁ、皆我が身が可愛いからね。ゲーム中にそうそう無防備な姿なんて晒さないよ」

 何だこの策士共は。いつの間に打ち合わせしたのか、全て予定通りの行動だったらしい。

 何故そんな真似をするのかと訝しむ蓮華に、ウェイが淡々とした様子で解説する。

「四一班はゲームに関して非情と評判の連中だからな。勝つ為なら手段を選ばず、汚い手も平気で使う。インカムがやられたのは予想外だったが、逆に言えば奴等は俺達に対して何かしらの下準備をなしているということだ。だとすると、インカムが壊されただけで済んでいると考えるのは甘すぎるだろ」

「もっと性質の悪い策を、向こうが持ってると?」

「深読みのし過ぎも考え物だが、楽観視はもっと禁物だろ?」

「最初から、四一班がそういう人達だって知ってたの?」

「自由戦闘の挑戦を断り続ける程度には。何も他チームのゲーム観戦が禁止されたりはしていないんだ。情報収集くらいはしてる。まったく、最後の最後が奴等とは、運営委員会も碌なことをしやがらねーな」

 ウェイが対戦相手に対してこうも不満を明らかにするのは珍しい。むしろ、最後にして初めて見る光景だ。

 つまりそれは、敵が最後にふさわしいとも言える強敵であるということ。彼等の最大限の警戒の表れだった。

(運営委員会は私達を勝ちぬけさせてくれるつもりがないみたいね)

 よりにもよって今まで自分達が交戦を避けていたチームが最後の対戦相手に指名されるとはそうとしか考えられない。運営委員会も、ウェイ達同様彼のチームが七二班にとっての鬼門になると判断しての対戦カードだったのだろう。

「今まで以上に慎重にならないといけないみたいね」

 蓮華が拳を握り締め、遥か遠く。姿の見えない敵を睨みつける。

「うん。四一班には魔法型がいるって聞いたこともあるよ。気をつけないと……」

 同じく、ラズライトが蓮華の服の袖を握り締めた。

 魔法型は確率的に、数チームに一人しかいないのが一般的だ。魔法型が二人もいるチームは七二班を含めて片手の指で足りる程度の数しかない。それでも余りがあるくらいだ。

 よって、試合で魔法型のプレイヤーと出会うことも稀である。

 ましてや今までずっと後方支援を続けてきたラズライトですら、直接的に合間見えたことはほとんどないのだろう。

 インカムを壊され、試合開始以前から何かしら仕掛けられていた所為もある。ラズライトも不安が募ってきたようだ。握り締められたその手からは、僅かに震えが感じられた。

「とりあえずだ。相手の出方が分からん以上は、連絡も取れん状況で分散するのも危険だろう」 

「そうだね。一先ずは団体行動を徹底しようってことで。良かったね。蓮華サン、ラズ」

「うん。ありがとう」

 素直に礼を言いながらも、既に敵を警戒した右手は腰のホルスターに収まった銃に触れている状態。どうにも最近、不安になると銃を握っていたくなる癖がついてきた。日本に帰るまでに抜かねばならない癖である。

(日本で銃を携帯するとかありえないし)

「お前もすっかり裏社会の仲間入りだな」

 悲しいことに、見抜かれていたようだ。

 無意識の内に手が伸びた先を見て、ウェイが心底嬉しそうにこちらを見やる。

「仲間入りしてないし! 私は生まれてから死ぬまで一般ピープルよ!」

「往生際の悪い奴」

「そっくりそのままお返しするわ。私を危ない世界に引き摺り込むのは止めて頂戴」

 確かにおかしな癖はついてしまったかもしれないが、心の中はまだ精々グレーゾーン。蓮華は、誰が暗黒の世界に足を踏み入れたなどと認めてやるものかと息巻いた。

「それより、こんなことしてる暇ないでしょう。さっさと戦って、さっさと勝って。さっさと家に帰るんだから!」

 ウェイの追撃から逃れる為にそそくさと前へ進みだす蓮華。しかし、本日の踏んだり蹴ったりはまだまだこれからだった。

 ホーリーが血相変えたように蓮華を呼び止める。それに伴い、ウェイが即座に彼女の腕を引いて静止する。すると――

「……結論から言って、危機一髪?」

「客観的に言うな。今のは落ちたら死んでたぞ」

 体ががくりと地面にめり込んだ。埋まったというか、嵌った足を切欠に地面が音を立てて円形に崩れ落ちる。俗に言う落とし穴。おまけに底には釘バットだの鉄パイプだの。どうにも暴走する若者を連想させられるようなものばかりが垂直に突き立てられていた。

 本格的に落下していたとなると、串刺しは免れなかっただろう。もしくは全身血塗れか。

 そう思うと、顔からさぁっと血の気が引いた。

「な、何で現代社会においてこんな古典的な戦法なの! しかも何であんなにびっしり釘バットと鉄パイプ! 暴走族かこのヤロウ!」

「その古典的戦法に君は引っかかったんだヨー。恥ずかしい思いしたくないなら深く追求しないことだネ」

「落とし穴……初めて見た」

 まさかのフェイントに困惑する蓮華の傍で、ラズライトだけが物珍しそうに落とし穴を覗き込む。

 蓮華とて落とし穴に遭遇することなど初めてだったが、こんな悪質な落とし穴では初体験に感動する余裕も無い。その癖、埋まっているのが釘バットという、ちょっとした茶目っ気が無性に彼女をイラつかせる。

「――許さない。一人残らず叩きのめしてやる。こんなふざけた真似してくれちゃって。

地面に頭こすり付けて顔面血まみれにして土下座したって許してあげないんだから!」

「今、レンが一番物騒な奴なんじゃねーかと思った」

「彼女もすっかり染まったネー。いやはや、頼もしい限りだヨ」

 大人二人はまるで人が変わったように額に青筋を浮かべる少女を横目に。ぼそりと小さく囁き合う。

「もう引っかからないんだから。というか、引っ掛かる前に全部潰してしまうべきよ。ねぇ、ラズ。ちょっと協力してくれる?」

 ほんのり楽しげなラズライトの方を振り返る。

 蓮華が小さく耳打ちすると、彼女は悪戯に誘われた子供のように表情を輝かせた。

「よし、やっちゃえ!」

「うん! 皆、がんばって行ってきて!」

 蓮華の言葉を合図に、ラズライトの人形達がスーツケースから飛び立っていく。

 人形達は地面から重量のありそうな石を抱き上げ前方へと進撃。そして、その石を次々と無作為に地面へと投下していった。

 その間僅か一分ほど。悪戯と、その仕返しにはスピードが重要なのである。

 森林不フィールドの木々の間から除く大地はすっかり穴ぼこだらけで、よくもまぁこれだけの落とし穴が隠されていたものだと一同はいっそ感動したくらいである。

「おー、いっぱいあったんだね。すごーい」

「小細工とか落とし穴とか、次から次へと。運営さん、これって君達の演出?」

 例えば観客を盛り上げるためのサプライズだとか。そんな理由で。

 奴等運営委員会ならやりかねないと一同は考えたのだが、生憎と司会者から返ってきた返事はノーだった。

「えー。この落とし穴は私共の与り知らぬ所で作成されたものでありますね。はい」

「これはルール違反に入らないのかしら?」

「残念ながら。禁止事項には当てはまりません。何せ試合中はルールがあって無いようなものですので」

 そう答えた司会者の声は心底嬉しそうだった。

 この男。あからさまにさっきの銃撃を根に持っているらしい。

「つーことは、敵の仕掛けたトラップってことか。こんだけ大量の落とし穴とか、どんだけ暇人の集まりなんだよ」

 司会者の返答に、ラズライトを除いた全員がため息をついた。

 代表して本音を声にしたのはウェイだった。

 確かに、落とし穴など一つ掘るだけでも結構な時間を要するはずだ。何せこの落とし穴、一つが平均して二メートル近い深さを誇っている。それが見えている範囲だけでも最低十個。木や草で隠れて見えない場所に作られたものを含めればまだあると考えても良い。

 いったい何時間をこの下準備に費やしたのやら。相当な努力家集団なのだろうか。

「ったく。いつになったら出てきやがるんだ」

「私達がトラップに引っかかって全滅するの待ってたりして」

「あり得なくは無いけど。全滅って中々確率低いよね」

「じゃあ数を減らしてから一気に奇襲をかけてくるとかじゃないかイ?」

「お昼ごはんまでに終われるかな?」

 試合が開始されたのは午前九時。敵の姿が確認できず、インカムの異変に気づいたり、落とし穴に引っかかったりして右往左往している内に、十分近くが経過していた。

 普段ならば何らかの動きが見られる頃合。如何に今回のゲームが進展なきものなのか、つくづく思い知らされる。そしていい加減鬱陶しい。

「手分けして相手を探すって言っても、連絡手段が絶たれてるのよね。下手に分散するのも危険だし――」

「そうだね。せめて高台にでも上れれば、上から見渡せるんだけど」

「しかし、今更後退しても敵に隙を見せるだけで――レンっ!」

 すっかり手詰まりといった風の蓮華の手を掴み、ウェイは突然彼女を引き寄せた。さっきの落とし穴と限りなく近い状況である。

 しかしながら、今度彼女の足元に現れたのは一発の銃弾。敵の狙撃だ。

 ウェイは蓮華を腕の中に納めたまま、銃弾の飛んできた方向を睨み付ける。

「な……っ」

「ようやく御出でなすったか」

 彼の視線の向かう先。そこにいたのは銃を構えた三人の男性。

 彼等はこちらの前に姿を現した途端、一斉照射に移行した。

「ちょ、やばっ!」

「散れ!」

 その言葉を合図に全員が四方へと散会する。蓮華はウェイバルドに腕を引かれて、草陰へと押し込まれた。

「三人か。あと二人、どこに隠れてやがる……」

「あの、ありがと。ウェイ」

「あ? ああ、気にすんな。偶々近くにいたから間に合っただけの話なんだ」

 優しげな表情でくしゃりと一度蓮華の髪を撫でてから、視線を例の三人へと移す。

 しかしその表情は、一瞬前のものとはまるで違っていて、別の人格と入れ替わったようにすら思えるものだった。

 おそらくは、これが殺し屋として生きてきた、ウェイバルドという人物の顔なのだろう。

「皆、大丈夫かな」

 僅かに、背筋に悪寒が走る。彼の殺気に当てられてしまったようだ。

 蓮華は気を紛らわせるように四方に散った仲間の行方を追うことにした。皆、近くの物陰にでも隠れているはずなのだが、やはり銃撃を警戒してなのか、今一居場所が把握できない。今居場所が分かっているのは、長身で隠れられる場所の少ない謡だけである。

 彼は蓮華達二人の居場所に気がつくと、すぐさま姿勢を低くしながらこちらと合流した。

「やれやれ、結局散開しちゃったね。おかげでホーリー君とラズの居場所を見失ってしまったヨ」

「早いとこ見つけなきゃ、だよね。近くにいるって確信できている内に」

「だったら、まずあの連中を仕留めないと出るに出られねーだろうな」

 近接戦闘に不慣れな二人のことだ。どうあっても近くに銃を構えた人間が三人もいたのでは身動き一つとるにもリスクが大きい。

 敵の残る二人の所在が不安材料であるものの、目下の対処要因は眼前の三人組であった。

「こっちは三人。向こうも三人。丁度良いのか悪いのか。タイマン勝負になりそうだね」

「いけるか、レン?」

「大丈夫。今更戦えないとか、戦いたくないとか言わないから」

「よし。一気に畳み掛けるぞ。三、二、一!」

 三人が草陰から一気に飛び出して反撃に出る。

 謡が弾幕を避けながら素早い動きで詰め寄り、一人の鳩尾に拳を叩き込む。次いでその背後からウェイが銃弾で拳銃を弾き飛ばし、二人目の右肩を撃ち抜いた。

 その流れのままで謡が三人目までも叩きのめしに成功したのだが、どういう訳かあまりにも呆気ない。まるで出番の無かった蓮華は、この状況に違和感がある気がして仕方ない。

(あまりにも弱すぎる。動きもまるで統率が取れてないし、残り二人の助けもない。まるで、この人達が捨て駒みたいな……)

 そう感じた瞬間だ。傍の木の枝が大きな音を立てて揺れた。蓮華が反応するよりも早く、頭上から若い男女が降ってくる。

「おとりっ!?」

 そう、彼らは囮だったのだ。ゲームに不慣れな、日の浅い三人を使って、残りの二人で敵の不意をつく。それが彼等の選んだ戦法だった。

 蓮華は紙一重で少女のナイフをかわしたものの、頬に赤い筋が一本走っていた。

 避けた時の軌道から察するに、それは躊躇いなく首筋を狙ったものである。

 頬を引き攣らせながら体勢を立て直そうとするも、すかさず背後から青年の追撃が繰りだされた。

 周囲が揺れたかと思うと、蓮華を中心に地面が隆起する。

 息つく暇もなく更に右方向に大きく跳躍する。けれど、そこには既に行動を予測していた少女がナイフを握り待ち構えていた。

 咄嗟のことに判断が遅れ、蓮華は銃を弾き飛ばされてしまう。

 弾かれたのが自分の一部ではなく銃だっただけまだマシと考えるべきなのか、武器を一つ失って、次は自分の一部かもしれないと懸念するべきか。非常に難しいところである。

「なんだ。特化型と言っても案外大したことはありませんのね」

「悪かったわね。何せこっちは実戦暦数週間のド素人なのよ。そうそうウェイ達みたいに強くなれるはずがないじゃない」

 人を小馬鹿にしたような顔で皮肉る少女に、蓮華はかつてないほど眉根を寄せる。

 これでも特化型に目覚めてから、飛躍的に射撃能力や脚力は向上しているのだ。そうでなければ先ほどの魔法攻撃を回避することもできずに人生の終末を迎えていたことだろう。

「あら。特化型だなんて大層なものに目覚めるくらいだから、いっそ最初から特別な方かと思っておりましたのに、普通なんですのね」

「普通とは違うから最初から特別だなんて思い込むのはただの偏見よ。私は至って平凡な一般人だもの」

「あなたが一般人を主張するのは、普通の方に失礼だと思いますわよ?」

「そういうあなたが一番失礼だと私は思うわね」

 蓮華は予備に装備しておいた銃を抜きながら少女を睨み付ける。

 余裕綽々といったこの風体がどうにも癇に障る。ついでに言えばあの上品を気取った言葉使いも落ち着かない。更に加えてあの言い草だ。この女とは合わない気がする。蓮華は瞬時にそう自分の中で結論付けた。

「この状況でそんななめた口が利けるだなんて。度胸だけは認めて差し上げますわ」

「敵に認められても嬉かないわ。第一落とし穴だの小細工だの。そんな卑怯な真似ばかりしてる人達に褒められたところで自慢できないし。同類だと思われたくないから話しかけないでくれる?」

 この島で年の近い少女に出会えたのは、悲しいことに彼女が初めてだった。だからこそ元の生活がほんの少し懐かしくなって問答に答えてみたものの、正直言って間違いだった。

 二人の間にばちりと火花が走る。魔法とかではなく、対抗心の火花。

 こいつは殺す。恐らく、両者同時にそう思っていたはずだ。

「わたくしはジュリエット。あちらであなたのお仲間と戦っているのはハンコック。自分達を殺す人物の名前くらい知っておきたいでしょうから名乗っておきますわ」

「ご丁寧にどうも。私は日野蓮華。あなたみたいな卑怯者に殺されてあげる気は欠片もないから、その辺ご理解いただけると助かるわ」

 にっこりしたまま睨み合う笑顔の応酬。ウェイ達は何時の間にか交戦し始めた魔法型の青年、ハンコックの相手で手一杯らしく、こちらに構っている余裕はないらしい。本格的に、彼女の相手は自分がすることになりそうだ。

「ねぇ、大人しく降参して下さらないかしら? そうすれば命まではとらなくてよ」

「馬鹿言わないでよ。こっちは五人。あなた達は既に三人昇天しちゃってるでしょ。どう考えてもこっちの方が有利なの。降参するのはそっちの方よ」

 蓮華は銃の遊底をスライドさせて弾を装填し、ジュリエットへと照準を合わせる。

 彼女達は仲間を囮に使って、その結果三人もの戦力を失った。死んではいなくとも、このゲームの間に復活することはまず不可能なはずだ。

 しかしジュリエットの顔からは笑顔が消えない。

 訝しむ蓮華に、ジュリエットは問いかけた。

「五人、ねぇ? その割りに三人しか戦っていないのは何故かしら?」

「――ジュリエット。あなた、二人に何かしたの?」

 途端に蓮華の声音に殺気が篭る。けれど、ジュリエットはそれすらも楽しんでいるようだった。

「これはそういうゲームだもの。仮に既に彼等が死んでいたとしても、不思議じゃない。わたくし、何か間違ったことを言っているかしら?」

「御託は結構。質問に答えなさい!」

 先程から、近くにいるはずのホーリーとラズライトが何の反応も示していない。それは事実だった。分断されることを避ける為に固まって行動していた。あの三人の攻撃のおかげで一時散開してしまったものの、そう遠くに行っているはずはなかったのだ。それなのに、未だに姿が見えない。

 彼等ならば、絶対に自分か、ウェイ達か、どちらかに協力しているはずなのに。

「答えて下さい。でしょう? まぁ良いわ。教えてあげます。あの二人でしたら、あそこにおりますわよ」

 そう言ってジュリエットの指差した先には大きな木が立っていた。その幹の根元に目を凝らしてみる。そこにはぐったりと項垂れるホーリーとラズライトの姿があった。

「ホーリー! ラズっ!」

「わたくし、これでも平和主義者なの。心配なさらなくても薬で眠らせただけですわ」

「……いつの間に?」

「あなた方が囮達の相手をしている間に、です。そうでなければ、三人も使い物にならなくなってしまうような強攻策にでるはずございませんでしょう?」

 このあくどい笑顔のどこが平和主義者なものか。

 かすかに身じろぎをしているので生きていることは確かだ。

 しかし、捕らえられる時に何かされていないかが心配なところである。

「これは戦争ですのよ。無傷で済ませてあげただけ良心的ではありませんか」

「無傷かどうかはあなた達を叩きのめしてから確認させてもらうわ。まぁ、私が確認するより先に、あなたのお仲間を叩きのめしたウェイと謡が二人に辿り着くかもしれないけど」

「そんなに簡単に、勝敗が決するとお思いで?」

「思ってるわ。私達が勝って終わる。終わらせる。それが私達全員が立てた誓いよ!」

 ジュリエットの脚に照準をめがけ引き金を引く。平和な世界で生きてきた自分にとって、銃口を向けるのは絶対的な悪行だ。けれど、これ以上この島で生きるつもりはない。

 これ以上罪を重ねない為に罪を犯す。大きな矛盾であることを理解していながらも、自分一人のエゴの為に仲間全員を巻き添えにはできない。

 だからこそ銃を取り、戦う。それが蓮華の決めた覚悟。指が引き金にかけられる。

 しかし――

「……あれ」

 銃がカチ。と、なんとも虚しい音を立てた。

 一生分の覚悟を篭めたその一撃は、しかし不発という悲劇に見舞われて終えられた。

「何なのよこれ――っ!」

 覚悟を返せ、と叫ばんばかりに弾詰まりを起こしたと思われる弾を取り出し、装填し直して再び引き金を引く。その間、ジュリエットは自信満々にその様子を眺めていて、やはり次の一撃も不発という悲劇。

 間違いない。これは偶然の産物などではなく。人為的な策略だ。

「これもあんたの仕業かっ!」

「あっははははは! 気付くのが遅すぎるんじゃなくて? 自分の武器くらいこまめに手入れしておかなくちゃ駄目じゃない!」

「犯人にそれを言う資格はないでしょうがこの悪女! そんなだから生還できないのよ! あんただけは一生シャバに帰ってくるな。ここで死ねぇっ!」

 まさかの、まさかの武器にまで小細工という卑怯戦法。

 これはもう言葉遣いに注意している余裕すらない。気が付けば罵詈雑言の嵐になっていそうなくらいだ。

「下品な方ね。育ちが悪いんじゃなくって?」

「至極一般家庭の育ちですが何か? 育ちが悪いというよりもあなたが人の癇に障るようなことばかりするからこうなるんじゃない。人の嫌がることをしちゃいけないって親から教わらなかったの? ああ、それとも、自分だけは特別だから何しても許されると思ってる勘違い女の典型なのかな?」

「なんですって?」

 ジュリエットの声が一段低くなった。

 如何にもプライドの高そうな彼女のこと、自分を批判されるのを極端に嫌悪するらしい。偶然の産物とはいえこれは使える。蓮華は瞬時にそう悟った。

(落ち着くのよ蓮華。向こうのペースに流されるたら終わりだわ)

 未だ自分の魔法を完全に制御仕切れない蓮華は、銃弾を媒介にして撃ち出すことでしか

魔法を使うことができなかった。つまり正常な銃を弾き飛ばされ、手の内にある銃が弾の出ない壊れたものである以上、魔法型の能力は奪われたも同然。

 純粋な強化型と思しき彼女とやりあうには圧倒的に不利だ。

 現状を切り抜けるには彼女と、もう一人の魔法型の青年取り乱してもらう必要がある。

 最初から五人で連携して戦う七二班は既に二人が戦闘不能。対する四一班は主戦力が端から二人。今までたった二人で勝ちぬけてきたチームと渡り合うのに、メンバーを削られたこちらが互角以上に渡り合うには、彼女達のコンディションを崩していただかねばならないのである。

「人が折角半殺しで許して差し上げようかと思っていたというのに、愚かな子ね。生き残る価値すらない。この場で、殺して差し上げますわ」

「野蛮な女。思い通りにならなければ殺してしまおうなんて、いったい何時のいつの暴君なのよ。虫唾が走るわ」

 挑発を続行しながら、少し離れた所で青年と交戦中のウェイ、謡を見やる。彼等も中々苦戦中のようで、援護を求められる状態でもない。

 ホーリーとラズライトを解放して、意識を取り戻してもらえれば勝機もあろうが、現状救出に向かえる人手がない。

(ちょっと、無茶するしかないかな)

「本当に生意気な小娘。良いわよ、お望み通り、思いっきり甚振ってから殺してあげる」

「さっきからそうやって口先ばっかり。ねぇ、いい加減掛かってきたら? それとも、結局は怖いんじゃないの。あなたよりも優れた能力を持つ特化型が!」

 蓮華が服の下に隠していたナイフを振り上げる。ウェイから接近戦に持ち込まれた時の護身用にと持たされていたのだが、まさか本当に活用する時が来ようとは。

 咄嗟に後ろに跳び、ジュリエットが距離を取ったのを良いことに、蓮華は回れ右して全力疾走。目指す先は、弾き落とされた方の、細工されていない銃。

 しかし後一歩というところでその目的に気付いたジュリエットが声を張り上げる。すぐさま動いたのは、蓮華よりも銃に近い所にいた、ハンコックだ。

 地面を隆起させ、ウェイ達を怯ませて銃に跳びかかる。僅かな差で銃の回収に失敗した蓮華は、駆け寄ってきたウェイによって抱え上げられた。

「痛ったー。何も横取りすることないのに。擦り剥き損だ」

「何て無茶しやがる、この馬鹿が」

「仕方ないじゃん。ホーリーとラズライトは捕まっちゃってるし、ウェイ達はあのお兄さんで手一杯だし。何とか故障してない銃を取り返さなくちゃと思ってさ」

「ウェイ君、君の銃は?」

「生憎と、もうほとんど弾が残ってねぇ」

 こちらはこちらで万事休すだったらしい。ウェイの手にあるのは、依然見せてもらった五十口径の大型の銃。非常時しか使わないと言っていたそれを、今彼は握っていた。

「残念だったわね。武器は取り返し損ねて、頼りのお仲間ももう弾切れ。残りの二人は私達の手の内。さぁ、もう諦めなさいな。そしてさっさと死んじゃいなさい」

 本当に、もう打つ手はないのだろうか。ちらりと見上げたウェイの顔は至極険しい。謡も今回ばかりは余裕の笑みを浮かべることができないようだ。

(こんなことなら、もっと魔法の特訓もしておくんだったな。そうすれば、皆をこんな危険に晒さずに済んだかもしれないのに)

「これで最後なのに、こんな所で終わっちゃうの……?」

「そうよ。これであなた達も、終わりっ!」

 まるで先ほどの御返しとでも言わんばかりにジュリエットは蓮華目掛けてナイフを振る。謡が蓮華を自分の方へと引き寄せ、ウェイがその刃を受け止める。

「ちっ、腕力強化型かよ。ったく、とことん面倒くせぇチームだな」

 銃身を楯代わりに自分とナイフの間に滑り込ませるも、競り合うその腕は一撃の重さに震えている。

「ウェイっ!」

「蓮華サン、下がって」

「でも、このままじゃっ――。うぁっ!」

「蓮華サン?」

 策なんてもうない。結局四一班に流れを握られたままゲームは進み。七二班は窮地に追い込まれた。ここでもまた何も出来ない。また、自分が足手纏いな所為で皆が傷つく。

 そう思うと、突然胸が苦しくなった。心臓の辺りが燃えるように熱くなって、呼吸しただけで焼け焦げるのではないかと思うほどの熱が体内を駆け巡る。

 異質な力が溢れてくる感覚。これには覚えがあった。初めて特化型に目覚めた時。四八班を、瀕死の重症に追いやったあの時と同じ。

(暴走するっ!?)

 あの時とは違い、意識もはっきりしている。この渦巻く熱が魔法の暴走特有のものであることも理解できる。それなのに制御が利かない。

「レン、まさかまたっ!」

「離れて! もし皆のことまで巻き込んだらっ!」

 もし四八班の彼等にしたことを仲間にしてしまったら。今度こそ殺してしまうかもしれない。その恐怖は大きく蓮華に圧し掛かる。

 生きていることこそ生還の絶対条件。彼等と立てた誓いを、自分の手で破らせる訳にはいかない。未熟で、弱い自分を支えてくれた彼等だけは、裏切りたくないのだ。

「まずい。離れろジュリエット、暴走するぞ!」

 明らかな蓮華の異常に気付いたハンコックは、迫り来る炎からジュリエットを守るべく、その手を引いて抱き寄せる。

 こんな光景を見るのは初めてなのか、ジュリエットは目を見開いて絶句していた。

「何で、こんな時に。お願いだから静まってよ、まだゲームは終わってないんだ!」

 どれだけ念じてみても、溢れ出る炎は留まる所を知らず蓮華を中心に火柱を立て続ける。

 このままではゲームが台無しになってしまう。そうなると生還の日も遠ざかる。

 もう、戦うのが嫌だとか、こんな狂った場所が嫌だからとか、そんな理由じゃない。ただ純粋に、全員で、互いが本来生きるべき場所に帰りたかった。

 ただそれだけなのに。

「レンっ!」

「近づかないで! ウェイ達まで傷つけたら、私っ!」

 感情の揺れに影響されているのか、炎が蓮華とウェイバルドを隔てるように壁を築く。

「こんな時ばっかり言うこと利くなんて、やっぱりこの島では碌でもないことしか起こらないわね……」

 静まって欲しくても何一つ思い通りにならないくせに、仲間を遠ざけようとすると望み通りの効果を示す。見事なまでの捻くれ具合を見せるその炎が、まるで自分のようだと感じた。

「当然か。これも、私がやってることなんだから」

「だったらお前の力で何とかなるはずだ!」

 会場を取り巻く観客や司会者ですら言葉を失う業火の中、何故かありえない距離から聞き慣れた声が響く。

 熱気に眉根を寄せながらも、自分の肩に手を置き存在を示してくれるのはウェイ。

 彼は、かつて人を飲み込み瀕死の重傷を負わせた業火の中に炎の中に臆することなく飛び込んできた。ここは危険だ。すぐにでも引き離さなければと焦りが生じる。しかし、今渦の中心である自分から彼を引き離すのもやはり危険が伴う。蓮華はウェイの腕を掴み、上手く力の入らない手で引寄せた。

「熱気はすげーが、吸い込まなきゃ何とかなるもんだな」

「普通はならない! 何でこんな所にいるの! もし死んだらどうするつもり!?」

「生還目前で死ねるかよ。だからここまで来たんだ。全員で生き残るんだろ? この試合を勝ち抜いて。だったら、無様に諦めてこんな醜態晒してんじゃねーよ」

「……分かってるよ、そんなこと。でも、止まらないの。消えてくれないんだよ!」

「出来ないはずがない。お前は俺の特訓を生き抜いたんだぞ? そんな奴が、自分の力の一つや二つ制御することすら出来ないような根性無しなはずねーだろ」

 それは絶対的な信頼だ。彼が蓮華の実力を認めている証。

 ウェイは自分の腕を掴む蓮華を逆に引き寄せ、耳元で微かに笑う。

「制御できてないってなら、何で俺はここまで来られた? こんな状態ですら、お前が俺達を傷つけたくないと願ったから。お前の炎は俺を見逃した。違うか? 心配しなくて良い。レンはまだ、レンのままだ」

「ウェイ……」

 何度彼に救われただろうか。それは、命もそうだけど、本当に守られてきたのは心の方。

 蓮華の目に涙が滲む。

 仲間がいてくれるのなら、まだ何とかなるかもしれない。そんな淡い幻想が芽生え始めたその時だ。

「お姉ちゃん、魔法はイメージだよっ!」

「大事なのは、レンがどうしたいかだ!」

 四一班に捕らわれていたはずの二人の声がした。

 驚きのあまり振り返ってみると、炎の渦を通り抜け、謡の手を借りながらもこちらへ進んでくる彼等の姿があった。

「必要なのは、君自身の覚悟。少なくとも、君には仲間を守る覚悟があった。だからワタシ達はこうやって君の元に辿り着けタ。それだけは、事実だと思うよ。蓮華サン」

「謡っ。ホーリー、ラズ! 無事だったの!?」

「何とかね。ヤオが叩き起こしてくれたから。というか、レンがこんな大事やらかしてるのに寝てられないよ」

「うっ、面目ない」

「そう思うなら、しゃきっとしろ」

 ばしん、と、音を立てて背中を叩かれる。彼の、精一杯の励ましが痛いくらいに伝わってきた。

 自分はいつでも彼等に救われてばかりだ。今回もそう。本当はまだ動くことすら辛い癖に、不甲斐ない自分を見かねて、二人この炎の中にまで飛び込んできてくれた。

 二人を助けに行ってくれた謡も、真っ先に自分の下へ駆けつけてくれたウェイも。きっと、今まで生きてきた人生の中で、彼等という存在はきっととても大きなもの。

 だからそこ、守りたかった。一緒に、帰りたかった。

「……うん、そうだね。しっかりしなきゃ。ゲ試合はまだ、終わってない。まだ、負けてない」

「その意気だな。自分を信じられない奴に仲間の命なんざ守れるものか。信じてやれよ、俺達だけじゃなくて、レン自身のことも」

「……ウェイ。何か先生みたいだ」

「馬鹿か。俺みたいなのが教師になったら即日教室が血の海と化すぞ」

「自覚はあるみたいね。安心したわ」

「そんな憎まれ口が叩けるようなら、もう大丈夫だろ」

 気が付けば、いつの間にか自分達を取り巻く炎は和らいでいた。全てを焼き尽くさんばかりの業火ではなく、穏やかで、暖かな炎。

 自信と自身を取り戻せた。だから、炎が応えてくれた。とでもいう所だろうか。

 今ならば、もう一度戦える気がした。相変わらず銃は壊れていて、弾を撃ち出すことはできないけれど、自分の力で、この島で得た特化型としての力で、生き残れるような、そんな確信が、確かに自分の中には芽生えている。

「ごめん、随分待たせた。ここから、巻き返しだよ」

「当たり前だ。タイムロスの分、しっかり働いてもらうからな」

「上等! 私という存在に心の底から感謝させてやるから覚悟しなよ!」

 もう一度壊れた銃を握り締める。炎を操り、銃に収束させ撃ち出す。残された取り巻く炎は、役目を終えたとばかりに彼女達の周囲から弾けとんだ。

 その一部始終を物陰から呆然と見詰めていたジュリエット達。

 彼女は、まさか、とでも言いたげな表情を浮かべた後、しかし、楽しそうに口元を歪めた。

「ジュリエット。あなた達も、随分待たせて悪かったわね。ここから本番に入るけど構わないかしら? 何なら棄権してくれても構わないけど」

「――ご冗談を。わたくし達が棄権などありえませんわ」

「言うと思った。だったら、実力で勝たせてもらうから」

 銃を向ける蓮華と、ナイフを構えるジュリエットが対峙する。

 その彼女達の姿を見て、互いに目を見合わせたのはウェイと青年だ。

「ヤオ、ホーリーとラズは任せたぜ。こいつは俺が貰う」

「それはこちらの台詞。邪魔なの連中は避けておいてもらわなければ。女達が覚悟を決めているのに、おれ達が何もしない訳にはいかないからな。もう一勝負、付き合ってもらうぞ。ウェイバルド・モルドレッド」

 ハンコックを中心に大地が呻る。小さく走る亀裂は、どこから仕掛けてやろうかと遊んでいるようにも見える。

「本当に若いねェ、君達は。どうぞご自由に。ただし、負けたらお説教だからね。蓮華サン、君もだよ!」

「了解! 意地でも勝つからご心配なく!」

「勝つ気がないならとっくに棄権してるっての」

 手をメガホン代わりにして声を張り上げる謡に、片手を上げつつ自信有りの返答をする。

 一応信じてくれているのだろう。三人は「だったら任せた」と、それだけ言い残して数歩下がる。任せてもらったからには、絶対に戦い抜く。

 蓮華とウェイは、一度視線を交えて大きく頷く。

「ウェイ、実はさ。私、さっきの暴走で既に限界近いんだよね」

「だと思った。魔法は精神と肉体、両方への負担が半端ないって聞いたからな」

「うん。だから、一撃で決める。最初で最後の大技だから、巻き込まれないように頑張ってね」

「はっ、言ってろ。お前の攻撃に巻き込まれるほど俺は落ちぶれてないんでね」

「それ聞いて安心した。じゃあ、ちょっと頑張ってみようかな」

「そうてくれ。俺も今銃に残ってる分で弾が最後なんだ。長期戦は無理なんでな」

 お互い限界が近いらしい。泣いても笑ってもこれが最後。とは、きっとこういう状況で使う言葉なのだろう。

「ねぇ、ウェイ」

「何だ?」

「ありがとう」

「礼なら勝ってからにしろ」

「うん。じゃあ、勝ってからもう一回言うことにする!」

 彼は「けっ」と吐き捨ててそっぽを向いた。彼のそんな珍しい様子を見られた蓮華は至極満足そうである。

 二人で肩を並べ、二対二で四一班の二人と向き合う。

 彼女達も最早小細工をするつもりはないのか、あくまでも自分の得物を手にこちらを見据えている。

「これで少しはまともに戦えるようになっていたら、ライバル認定して差し上げてもよろしくてよ!」

「そっちこそ、卑怯な真似しなくなったら今迄散々言ってきた暴言は全部撤回してあげる。頼むから最後くらいまともな試合をさせてよね!」

「やれやれ、女の戦いは怖いね。こっちはこっちでやらせてもらおうか。な、エース君」

「あんたはあいつと違って魔法型だったな。魔法を発動させる前に俺にやられないように、精々張り切ってくれや」

 四人が互いに向き合う、一斉に駆け出す。

 ぶつかり合う、武器と武器、想いと想い。 

 ジュリエットのナイフが蓮華の首筋を捉えたかに見えた。けれども蓮華は最低限の動きでその凶刃をやり過ごす。ほんの少し掠った皮膚の表面から数滴の血がナイフの動きに沿って宙を舞った。彼女がナイフを切り返すよりも早く、蓮華が低く姿勢を落とす。躊躇いなく打ち出された炎の弾丸が、ジュリエットの脇腹を貫いた。鉛弾のように綺麗に貫通せず、滴るはずの血液ごとジュリエットの腹部を覆い焼く。

 仲間の窮地に、ハンコックの目が一瞬二人の少女に向けられた。

 その一瞬の隙を見落とすことなく、ウェイバルドがハンコックの肩を撃ち抜き、怯んだ隙に足を払い、地面へと叩き付けた。

 その瞬間勝敗は決したのであった。

「そこまで! ゲーム終了。勝者は七二班!」

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