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三章

三章


 目が覚めると、そこは七二班の宿舎。自分に割り当てられた部屋だった。

 白い天井は染み一つなく、ベッドは今日もふかふかだ。

 寝起きだからだろうか、まだ上手く目が開かない。ただ、自分の傍に誰かがいることだけは光の加減で薄っすら分かった。

 自分と同じ黒髪の人物、この島にいるはずのない人だとしても、もう一度会いたいという願望からか、無意識にその言葉が飛び出してしまう。

「――お父さん?」

 しかしその人物は、伸ばされた蓮華の手を掴みながらも、ゆるゆると首を横に振った。

「父君でなくてごめんね、蓮華サン」

「あれ、謡?」

 その手を優しげに取ってくれたのは、父ではなく謡であった。

 当然といえば当然だ。ここはマモン島で、七二班で黒い髪を持つ男性は彼一人しかいないのだから。

「何で謡が私の部屋にいるの? ううん、それよりも、私いつの間に眠ったんだろう? 確か、試合の会場に行って、戦って、それから?」

 どうにも試合前後の記憶が曖昧だ。四八班との戦いで何かが起こった気はするのだが、はっきりとした答えが中々浮かび上がらない。

 何とか心を落ち着かせて、記憶の糸を手繰り寄せる。

 会場に入ったところから順を追って思い出していく。それに比例して、蓮華の顔色は悪くなっていった。

 視界が赤く染まって、その後は――

「そうだ、ウェイ! ウェイの怪我は? それにホーリーも、試合はどうなったの!?」

 取り乱して問い詰める蓮華。しかし、謡はそんな彼女の様子に目を丸くして小首を傾げる。

「蓮華サン。君、もしかして何も覚えてないのかイ?」

「――覚えてない。だって、私はあの時、気を失っちゃってたんだよね?」

 ウェイが殺されかけた後の記憶がまったくない。ショックのあまり気絶でもしてしまったのだろうか? 

 再び事の顛末を尋ね直そうとしたその時、ノックもなしに部屋の扉が開かれた。

「心配しなくても、俺は大した傷じゃねーよ。試合にもちゃんと勝った。結果オーライだろ、レン?」

「ウェイ! 良かった、無事だったんだ! でも、あんなに血が出てたのに起きてて大丈夫なの?」

「おう。内臓にも骨にも異常はねーし。何日か休んでりゃ直ぐにでも復帰できる。ホーリーもピンピンしてるから、後で顔でも見に行ってやれ」

 姿を現したのは、予想外にも元気そうなウェイだった。

 いつもの黒いスーツ姿とは変わって、今日はラフなジーンズにTシャツ姿だ。胸には十字架のペンダントが下げられていて、指先は十字架をいじり続けている。

 普段どおりに振舞う彼は顔色も良いし、特に傷口を庇っている様子もない。蓮華は大きく安堵の息をついた。

「うん! 本当に良かった、皆無事みたいで」

「むしろ心配したのはこっちだっての。丸一日眠りっぱなしで目ぇ覚まさないもんだから、マジで死んだかと思ったんだぞ」

 ウェイは眉をハの字に下げながら、蓮華の額を指で弾いた。

「丸一日。嘘、私、そんなに寝てた?」

「寝てた。そりゃもう死んだみたいにひたすらな」

「うわぁー、どおりで頭痛いはずだわ。寝すぎた所為だったのね」

「分かったらさっさと顔でも洗って来い。少しはすっきりするだろう」

「うん、そうする。それじゃあまた後で。謡も、傍に付いててくれてありがとね」

「どういたしまして。本当に見てただけなんだけれどネ」

「それでも良いの。ありがとう!」

 まさか丸一日も眠っていたとは思いもよらなかった。ただ気を失っただけなら数時間で目覚めそうなものなのだが、どうしてそんなに起きられなかったのか、今一理由が思い当たらない。ウェイに庇われたおかげで怪我だってしていないのだから、普通に考えればおかしな話だ。

(どうしちゃったんだろ、私? あそこで気を失うなんてちょっと変。怪我をしたのは私じゃなくてウェイなのに。それに、勝ったってことはあの状況から逆転してみせたってこと。いったいどうやって?)

 部屋から出て扉を閉める。一時は仲間の無事に安堵し、気分も楽になったのだが、一人になると疑問ばかりが脳裏を過ぎっていく。

 まるで自分が自分でないようだ。

「駄目だ。まだ寝ぼけてるのかな? さっさと顔でも洗ってすっきりしてこよう」


 蓮華の足音が遠ざかっていく。その気配が完全になくなるのを待ってから、謡は神妙な面持ちで口を開いた。

「蓮華サン、昨日のことは何も覚えていないみたいだね。あれだけのことをやってのけたのニ」

「その方が好都合だろ。もし覚えていたりしたら、あいつの精神がもつかどうか危ういもんだ」

「自分が気絶したと思ってたってことは、あれは無意識の行動だったってことなのかな。あれが蓮華サンの本性なのか、あるいはこの島で狂ってしまった所為なのカ」

「考えるまでもねーだろ。あいつはあいつだ。元を辿れば、俺やホーリーを死なせない為にやったこと。レンゲという人間の本質は、何一つ狂っちゃいない」

「ウェイ君、君は随分彼女のことを目にかけているんだネ。狂っていない保障なんて、この島に囚われた人間全員のどこにも存在しないのニ」

 先ほどまで蓮華が眠っていたベッドの脇の椅子から相変わらず動くことをせず、謡は扉に背を預けて腕を組むウェイを見据えていった。

 彼は謡の言葉にも気にする素振りすら見せずに飄々としていた。むしろ、案ずるべきは謡の言葉の意味ではなく蓮華自身なのだ。

「あいつが狂うとすれば、それは戦えなくなった時だ。戦う術がある以上、あいつは絶対に狂ったりなんてしない」

「凄い自信だね。ねぇ、ウェイ君? そこまで言っておいて、もしも彼女が表に帰れなくなるくらいに壊れてしまったら、君はどうするつもりなんだい?」

「知れたこと。その時は殺してやるさ、俺のこの手で」

「ふーん。今の彼女なら、きっとそうお願いするだろうと踏んでいる訳だ」

「さてね。単なる俺のエゴかもしれないぜ?」

 ウェイは鼻で笑い、ゆっくりとその場を後にした。

 表面的には余裕を見せていても、その実蓮華のことを心配していることくらい、謡にはお見通しであった。

「エゴ、ねぇ。ウェイ君、それは君が狂った彼女を見たくないと思っている証拠なんじゃないのかな。昨日までの彼女は、ワタシ達には手の届かない光そのものだったから」

 既に部屋を出て行ってしまった赤毛の殺し屋に、その言葉は届かない。

「心が壊れてしまったら、いっそ自分の手で殺してあげる、か。難儀なものだねぇ。ワタシ達、闇に生きる者の愛情表現は」

 最後に一人残った謡。その言葉は、何とも自嘲的な響きを抱いていた。


「お姉ちゃん、もう起きて大丈夫なの!?」

「全然目覚める様子がないから、さすがに少し心配したよ」

「心配かけてごめんなさい。うん、もう完全復活だから問題なし!」

 顔を洗いに洗面所に行った後、着替えの為に部屋へ戻る途中でラズライトとホーリーに出会った。

 ウェイの言う通り、ホーリーも無事なようで何よりだった。

 何せ最後の記憶があれだったのだ。口で無事だと聞いていても、実際に会って確かめないことには今一実感が湧かなかった。しかし、普通に出歩けるくらいなら、むしろ会いに行く手間が省けて良かったというものだ。

 これでチーム全員の無事が確認された。まだ、皆で勝ち抜ける希望は費えていない。

 それだけでも胸がいっぱいになるほどだった。

「よかったぁ! もうお姉ちゃんが起きないんじゃないかって、ラズ不安で仕方なかったんだから!」

「ごめんね、ラズライト。心配してくれてありがとう」

「まぁ、あれだけのことがあったんだし、一日二日で目覚めただけまだマシだって考え方もあるんだけどね。とにかく、大事無くて何よりだよ」

「あれだけのこと? あ、いや。うん。本当にもう大丈夫だから、迷惑かけたね」

 ホーリーの言葉に疑問を抱きながらも、蓮華は何故か深く考えてはいけないような気がして反応を鈍らせる。

(そういえば、謡も覚えてないのかなんて言ってたよね。どうなってるんだろう?)

 二人の言い分は、蓮華自身も何かを見ていたかのような口ぶりだ。

 しかし自分には何の記憶も残っていない。これはいったいどういうことなのだろうかと考えてみるも、やはり気を失っていたとしか思えない。どうあっても何かを思い出す様子がないのだから。

「それじゃあ、私部屋に戻るね。着替えて少し散歩でもしてくるわ。寝てた時間が長い所為か、調子出なくって」

 二人から逃れるように踵を返す。何があったのか知りたいはずなのに、無意識のうちに真実を拒んでしまっている気がした。

 彼等は確実に自分の知らない何かを知っている。むしろ、それを知らない自分の方が異常な様ですらある。

 足早に立ち去る蓮華の背に向かって、ホーリーはただ一言、小さく呟いた。

「レンは何も悪くないよ。あの時レンが目覚めなければ、僕とウェイは死んでいたから」


 部屋に戻ってみると、もうそこに男性二人の姿はなかった。

 安心したような、寂しいような。なんとも複雑な心境である。

 クローゼットを漁って適当な服に着替え、一息つく。

 どうしてもいつものようには落ち着けそうになく、蓮華は努めて前向きに考えようと意識した。誰の目に見てもそれは空元気だと分かりきっているのだが、生憎と今この部屋には誰もいない。どこを見ても自分一人だ。

「何があったのかなんて、思い出せないものは仕方ないわよね。それよりも、ぶっ倒れたりして皆に迷惑かけただろうし、今日はお詫びがてら夕飯でも作ってみようかな」

 そうと決まれば行動は早かった。

 他にやることもなし、蓮華は鞄を肩にかけて再び部屋を後にする。

 宿舎を出るまでには誰にも会わなかった。恐らく皆部屋に戻っていったのだろう。

(丁度良いや、今日の夕飯は皆に内緒で日本食にしてやろう。ここに来てから洋食しか食べてないし、そろそろ醤油が恋しいわ)

 まだほんの数日しか離れていない故郷。しかし、帰れるか帰れないかの瀬戸際に立たされている今ではとても懐かしい気がしてならなかった。

 この島の市場には意外と何でも揃っていて、醤油やポン酢が普通に売られていることは既に調査済みだった。

 そうやって、日本のことを思い出していると、ほんの少しだけ気分が楽になったような気がした。

 これなら存外早く立ち直れそうだ。そう思う蓮華だったが、そんな甘い幻想を抱いていられるのも、束の間のことであった。


 宿舎を離れて市場への道を黙々と進む。

 マモン島は基本的に昼も夜も賑やかだ。昼間は自分のように拉致されてきた比較的若い世代のプレイヤーが、夜は大人のプレイヤーや、ゲームを観戦しに来ているいけ好かない大金持ちの観客達が、絶え間なく往来を行き来しているのである。

 蓮華はその中に混ざって、人通りの多い道を歩いていく。

 けれど、しばらくした頃だ。蓮華は周囲の様子がおかしいことに気がついた。

 道行く人達は、何故か皆蓮華を横目に見やりながら通り過ぎて行くのである。

 昨日までこんなことはなかった。東洋人だってそう珍しくはないし、むしろ目立っているのはいつも自分よりも周囲から警戒されている謡やウェイの方だった。

 さり気なく、しかし確実に自分を避けて歩く通行人達に、蓮華は小首を傾げて眉根を寄せた。

(何で? 様子がおかしいのは見れば分かる。それも、私の所為みたいだけど、何がどうなってるんだろう。私、何かしたのかな?)

 思い当たるのは直接的ではなく、あくまでも間接的な理由。ホーリーや謡が言いたそうにしていた何か。それに関することだとは予測できた。

(居心地悪い)

 好奇の目に晒されている分、宿舎よりも居心地が悪い。

(さっさと買い物を済ませて帰ろう)

 ここにいては駄目だ。現実逃避染みた本能が真実に近付くなと警鐘を鳴らす。霞掛かった過去から、しかし絶対的な確信を持って逃れることを望んだ足を速めたその時だ。

 どこかから、女性の声が聞こえてきた。周囲の世間話になど耳を傾けるつもりはなかったのだが、その会話の中に自分の名前が混ざってからか、思わず注意が惹きつけられる。

「あの子よね、ヒノ・レンゲって。マモン島始まって以来の化け物」

「運のない連中。あんな化け物と戦ったばっかりに、四八班は全滅だ」

 内緒話になっていない声量で、本人達は誰にも聞こえていないように囁き合う。

「全員かろうじて生きてるらしいけど、復帰するまでに丸一年はかかるだろうってさ」

「そりゃ死んだも同然だろ。運営委員会の連中は、見世物にならないプレイヤーを生かしておくほど甘くはない」

「あんな女の子が、初めての特化型なんだ。見た目は普通の子なのにね。可哀想」

「馬鹿。可哀想なのは、あんな化け物にやられちまったあいつ等の方だろうが」

「そう、なのかなぁ?」

「そうなのよ。だって、次の強制戦闘であんなのに当たったらどうなるか!」

(特化型。どこかで聞いたような?)

 蓮華が見つめていることに気付いて、女性達はさっさと何処かへ行ってしまった。

 しかし、情報はそれだけでも十分事足りていたようだ。

 頭の中にいくつもの映像が浮かび上がってくる。

 断片的なそれは、次第に繋がっていき一つの情景へと変化した。

 それは、紛れもなく昨日の出来事。ウェイが撃たれそうになった時の記憶。

 彼が撃たれるあの瞬間、自分は初めて運営委員会によって埋め込まれた電子チップの力を引き出すことに成功した。

 けれどそれは異端の力だったのだ。

 ――蓮華を中心に湧き上がる炎の渦。その炎は、一切の情け容赦もなくウェイに銃口を向ける男に襲い掛かった。

 彼が倒れるのには一分とかからなかった。

 蓮華は、まるで怒りも憎しみも、何も感じていないかのような冷淡な表情でその男を一瞥し、続いてホーリーにナイフを向ける男へと視線を投げかける。

「ひ、な、何なんだよこの女。止める! 降参するから助けてくれ!」

 男は恐怖した目で後退り、一目散に逃げていく。しかし蓮華の中に、彼を逃がという選択肢は存在しなかった。

 炎は新たな標的へと向かって大蛇のように追跡する。

 意志なき豪華は今か今かと男を飲み込む瞬間を待望し、狩りに興じる。背後に差し迫る熱気が肌を焦がし、肺を経由して血液を沸かし体力を奪う。男が捕まるのなど時間の問題。やはり時間はそう長くかからなかった。

「よくもやってくれたな、この化け物め!」

 ベンは負傷していて既に動けず、無事だったのは二人だけ。

 その二人が蓮華目掛けて一斉に飛び掛る。

 彼女はその彼等に臆することなく、両手に銃を構えて弾丸を撃ち出した。

 肩と足を撃ち抜いた彼等に、止めとして鳩尾にそれぞれ拳と蹴りがめり込んだ。生身のはずの蓮華の肢体は異常なほど二人の身体に深く埋まり、ぼきりと鈍い音を立てた。

 それはまるでウェイバルドや謡のような、強化型の人間の動きだった。

 魔法型と強化型。その両方の力を持ち合わせた異端者。

 その自分を、司会者は解説の中でこう称したのだ。『特化型』と。

 蓮華が本当に意識を失ったのは、その直後だった。 

「そうだ、私はあの時気絶なんてしてなかった。あの時四八班を殲滅したのは、他の誰でもなかった」

 絶望的な状況の中、仲間の命を守る為、自分は彼等を犠牲にした。

「私が、あの人達全員……」

「レン!」

 全てを思い出して、何もかもが恐ろしくなった。

 あんな力を生み出したマッド・カーニバルの運営委員会。

 殺しすら厭わないプレイヤー達。

 そして何より、人を傷つけることに何の疑問も抱かなかったあの時の自分。

 あの時、確かに自分は四八班の彼等が死んでも構わないと思っていた。彼等の生死に興味すら抱いていなかった。

 自分の仲間を傷つけた彼等に生還する資格などないと考えた自分が、彼等と同じ行動に出てしまった。それも、彼等よりも遥かに残忍で、冷徹な手段をもって。

 ――これでは、化け物と言われても仕方がない。

 途端に気持ちが悪くなって、胸を押さえうずくまりそうになる。そんな蓮華を、横から支える腕が伸ばされた。見上げたその先に見えたのは、この数日ですっかり見慣れた赤毛の青年だ。

「ウェイ……?」

「レン、お前何一人で出歩いてるんだよ。って、今はそんなこと言ってる場合じゃねーな。どうした。調子でも悪くなったのか?」

 彼はあくまでもいつもと変わらぬ態度で蓮華に尋ねる。

「なん、でも、ない。何でもないの。気にしないで」

 対する蓮華の返答は何とも歯切れが悪い。

 どうあっても思い出せなかったはずの出来事が、あんな噂話一つで思い出せてしまった。

 彼だってきっと自分が何をしたのか知っているはずなのに、それでも何も変わらず、いつものように傍に来て、いつものように気遣ってくれる。

 その優しさが、蓮華には理解できなかった。

「何でもないはずないだろ。顔が真っ青だぞ」

「大丈夫だから、本当に何でも――」

「思い出したんじゃねーのかよ。昨日のこと」

 誤魔化そうとする蓮華の嘘を、ウェイはあっさりと見抜いて問いただす。

 絶句したその様子に、彼は肩を竦めてため息をついた。

「やっぱりな。何で平気でもないのに無理するかね、お前は。んーな今にも自殺しそうな顔で何言われたって、誰も信じやしねーぞ。馬鹿」

「だって、私には、ウェイに心配してもらう資格なんてないし……」

「その資格ってのは何を基準に与えられるんだ? 罪を犯してないことか。真っ当な人間であることか。んなもん、人それぞれだろ。どんなにまともな人生歩んできた奴でも、気に食わないなら心配なんてしねーし。碌でもないことしてきた奴でも、気が合えば心配くらいする。レンにとっての資格がどういうもんかは知らねーけど、少なくとも俺はレンのことを信用してるし気に入ってる。だから探しにだって来る。生憎と、まだお前は俺の基準から外れちゃいないんでな」

 ぶっきらぼうに投げかけられたその言葉に、温かいものが込み上げた。

「第一、その基準で言えば、俺は確実にレンが手を汚してまで庇うような人間じゃなかった。俺の本職忘れたか? 殺し屋だぞ殺し屋」

「そんなに堂々と殺し屋宣言する人初めて見た。でも、まぁ、言われてみればそうなの、かも……」

 冷静に考えれば確かにそうなる。自分が人を傷つけたから資格のない人間だというのなら、ここへ来る以前から殺しを生業としていたウェイなど論外なはずだ。けれど、蓮華は手を出さずにはいられなかった。それこそ、四八班全員を殺してでも彼や、ホーリーを選ぶつもりでいたくらいだ。

「自分で言っといて、理屈に筋が通ってないし……」

 蓮華はがくりと肩を落とす。理屈は正しいはずだった。汚い生き方をしてきた人間など、平和な世界に生きてきた自分が関わるべきではないし、気遣う価値もないほどに多くの人間を傷つけてきたはずだ。それなのに、理屈に心が納得してくれない。もう、何が何だか分からない。

 そんな彼女の頭を軽くはたいてから、彼はその手を引いて真っ直ぐに歩き出した。

「正常にものを判断できないような状態で、余計なことを考えるからそうなるんだ。分かったらさっさと帰るぞ、馬鹿者」

「あ、そういえば。ウェイ、私のこと探しに来たって……」

「問題あるかよ。仲間だろ」

「仲間、で良いのかな? だって、私、化け物……だし」

 例え七二班の皆に認めてもらえたとしても、不安になるのは周囲の目。

 彼に手を引かれていても尚、その好奇の目は変わらない。

 聞こえてくる陰口は、化け物だの、魔女だの、そんな類のものばかり。

 このまま宿舎に戻ってしまって良いものか、蓮華は眉根を寄せて立ち止まった。

「どうした、レン?」

「ごめん、ウェイ。先に戻っててくれないかな。私、もう少し頭冷やしてから戻りたい」

「却下」

 即答で一刀両断だった。

 空気も読まず、それはもうばっさりと。

「返答早いよ! 何にも考えずに答えたでしょう、今!」

「考えるまでもねーだろうが。今のレンを一人で放っておけば、確実に碌でもない事が起こる。だから連れて帰る。これ即ち自然の摂理」

「私は思想の自由を主張します。今連れて帰られたら謡とかにぶっ飛んだ常識を吹き込まれるのが関の山だもの。私は私なりに考えて、自分で答えを見つけたい。誰かに正当化して欲しい訳じゃないの。これからのこと、自分の頭で考えて決めたいだけ」

 彼等は優しすぎる。そして甘い。今彼に絆されて一緒に宿舎に戻っても、きっと甘やかされて都合の良い言葉をもらうだけだ。それは自分の答えではなく、人から与えられた救い。甘えてしまえば、きっと自分はこれからも彼等に依存することになる。それだけは、何としてでも避けたいと。蓮華はそう思っていた。

「レン……。お前、そこまで考えて……」

 ウェイは目を丸くして蓮華を見つめた。

「ウェイ、分かってもらえ――」

「でも却下だ」

「嘘!?」

 しかし、やはり彼は首を縦に振ってはくれない。

 多少考えてから返答しただけまだマシととるべきなのだろうか。心中複雑だ。

「ここは『そこまで言うなら好きにしろ』とか言って一人で立ち去るべきシーンなのではないかしら!」

「馬鹿かお前は。そういうことはせめて場所を選んでから言うんだな。こんな視線の鬱陶しい場所で何を考えるんだ? どうせまた直ぐに落ち込むだけだろうが」

 そう言って周囲に睨みを利かせるウェイ。通り過ぎて行った人間の大半が、さっと目を逸らして足を速めた。

 それだけ蓮華の特化型覚醒のニュースは知れ渡っているということだ。

「ちゃんと移動するもの。一人になれる場所で、静かに考えるし」

「それも却下だ。そもそもレンを一人にすること事態ができない話なんだよ」

「どうして?」

「尾行されてることにも気付けないような、危なっかしい奴だからだ!」

 言うなりホルスターから銃を抜き払い、狙いを定めているのかどうかも分からないような速度で発砲する。

 この島の住人は流石というかやはりというか。不穏な空気を察知すると、巻き込まれないようそそくさと四方八方へと散っていった。

「何してるのよウェイ。こんな人通りの多い場所で――」

 蓮華が制止するもウェイは銃を下ろそうとせず、銃口を向けたその先を、ただじっと見つめている。

 明らかに何かおかしい。蓮華もようやくそう悟り、彼の視線の先を見る。

 ウェイが睨みつけていたのは、武装した別の班に所属しているプレイヤーだった。

 既に撃ち抜かれた肩には血が滲み、その足元にはライフルが取り落とされていた。

「どういうこと。ゲーム以外での戦闘行為は禁止されてる。そういうルールだったんじゃないの!?」

 試合以外での戦闘行為には罰則がつく。おかげでこの島の治安は守られているのだと、そう教わった蓮華だったが、この光景はルールがすべてではないということを物語っていた。

「簡単なことだ。世の中ばれなきゃ何をやっても構わない。そういう考えを持った奴は星の数ほどいるんだよ。加えてお前は得体の知れない特化型。万一襲撃がばれてペナルティを喰らっても、試合への参加権が剥奪されたりはしない。ただ減点されるだけ」

「まさか、減点されてでも得体の知れない人間は消しておこうなんて結論に達したとか、そう言いたいんじゃないでしょうね」

「そのまさか。現実が見えてきたみたいだな、レン」

「ありえない。どれだけ物騒なのよ、この島は!」

「そりゃ、必死な奴の方が割合多い所為だろ。この島には娯楽も少ねーし、いつまでも留待ってみても、待ってるのは殺し合いの日々ばかりだからな」

 プレイヤーがこの島での生活に満足してしまえばゲームに緊張感がなくなる。だからこの島では娯楽や通信手段が制限される。

 自分という人間を形成したすべての拠り所や守るべきものから引き放されて、死に直面する生活の中で、プレイヤーは刷り込まれているのだ。帰る為にはどんな手段を取っても許される。この島ではそれさえも正当化されるのだと。

「冷静に答えるな! いくら必死だからって丸腰の相手を狙うかな普通。何、あの人達も裏社会出身で、自分躊躇いありませんとか、そういうクチか!?」

「どうだかな。お前、コナーのところで俺達の話立ち聞きしてたろ」

「――何で知ってるの?」

「ずぶの素人の気配に気付かないはずがない。まぁ、それはともかく。この島は人を狂わせる。俺達はそう話していた。こいつ等は、つまりその典型ってことだ」

 撃ち抜かれて呻いているのはただ一人。けれど、ウェイが彼に対して『こいつ等』という表現を用いた瞬間、蓮華は恐ろしく嫌な予感がして慎重に辺りを見回した。

 彼が発砲したことで、関わり合いになりたくない多くの人間が逃げ出した。おかげで、奇妙な人影が複数入り乱れていることに気が付いた。

 逃げるでもなく、避けるでもなく。ましてやこの騒ぎを探りに来た運営委員会でもない。物陰からじっとこちらを観察している複数の人影。

「もしかして、ずっと見張られてたりしちゃったりしたのかしら」

「その通り。こいつら一掃するまでは帰れないだろうな。あー、面倒くせぇ」

「嫌、絶対嫌だ! 今戦闘になったりしたら、私、何仕出かすか分からないんだもの!」

 蓮華は両腕を抱え込んで拒絶する。昨日の惨劇を思い出したのはつい先ほど。今ここで戦って、もし昨日のような事態になってしまったら。そう思うと、とても戦う気になどなれなかった。

 すると、ウェイは一瞬何かを考えるように手を顎に当てる。次の瞬間、彼は勢いよく銃弾を乱射した。

「ギャ――! 何やってるのよ、ウェイバルド!」

「お前がやらないなら俺が殺る。目覚めたばかりのお前の能力が不安定なのは至極当然の流れだ。だったら、安定するまでお前を守り通すのもチームメイトの務めだろ」

「とか言いつつ、体よく目障りなチームを消したいだけなんじゃないの?」

「分かってるなら話は早い」

「目が笑ってないよ! お願いだから止めて。とにかく逃げよう、今すぐに!」

 ウェイバルドの手を掴んで、何とか一目散に走り抜ける。

 一見すれば無差別に乱射しただけのように見えるのに、その実建築物への被害よりも人体の被害の方が遥かに甚大なのはいったいどういうことなのだろう。

 このまま留まったとしても、そのあと報復がありそうで気が気でない。

 プレイヤー達が復活する前にこの場を離れなければと蓮華は必死だった。ウェイも不満げながら戦線離脱を容認し、彼女の隣を走っている。

「ちっ、今なら正当防衛で皆殺しにできたのに」

「それは明らかに過剰防衛だよ。殺そうと考える時点でアウトなの、人命は尊いものなの!」

「法律には触れてない。ここでは大概のことがグレーゾーンで切り抜けられる」

「治外法権様々だな、オイ。おかしくなるはずだわ、それじゃ」

 それもそのはず、ゲームで殺しが認められているだけでも異常なのに、実際にはゲーム以外の場所で人を殺しても、多少帰還できる日が遅くなるだけなのだ。

 ここで行われた傷害、殺人等は表社会へ戻る時に完全に記録から抹消される。むしろ、この島で行われたことが記録されているのかどうかすら危うい。

 この島での大罪とは、誰かを傷つけることではなく、誰かを傷つけるこの環境からの逃亡なのだから。

 結構な時間を走り続けて、何とか何事もなく宿舎まで戻ってくることができた。

 文化部で今までの人生をやり過ごしてきた蓮華が、不思議なことに息一つ切れていない。

 やはりこれも埋め込まれたチップの効力が現れてしまった影響なのか。やはり自分には魔法型、強化型、その両方の特徴が現れてしまっているらしい。

「嗚呼、皮肉だわ。この島の風習になんて染まりたくなかったのに、何でよりにもよって特化型。島で始めての強化型と魔法型の混合種なんて、思いっきりやる気満々じゃないのよ、私の馬鹿」

 一先ず危機が去ってほっとした所為か、ようやく頭が冷静になってきた。

「別に良いだろ。能力は高ければ高いほど役に立つ。むしろ埋め込まれたチップが不良品じゃなかったことを素直に喜んだらどうだ」

「嫌よ! あれだけの距離を走って息一つ切らさない体力馬鹿になっちゃって、学校に戻ってからのギャップに困るじゃない!」

「あくまで帰ること前提の話か」

「そりゃあ、一生帰れないとか言われたら、今以上に自棄だったわよ。それこそ蜂の巣覚悟で運営委員会の本部に乗り込んでたかもしれないわ」

 宿舎の扉を開きながら、ため息混じりにそう言葉を漏らす。

 正直言えば、未だに気分はどん底辺りを彷徨っている最中だ。

 どんなにウェイが素面でやらかそうとする無茶を止めに入っていても、叫んでいても、自分のやったことが帳消しになることはない。

 法律上。経歴上帳消しにはなるかもしれないが、自分の記憶から抹消することが叶わなければ、それはないことにはならないのだ。

 それでも今、何とか自分を取り戻そうと思えたのは、希望が潰えていないから。

 こんな、人を焼き尽くそうとする醜悪な炎と、異常なまでの怪力で人を傷つけられるこの体と。その二つを以って一生戦って生きなければいけないというのなら、きっと自分はその運命から逃れる為に死の道を選んでいた。運営に立ち向かって死んだ殉教者になることを夢見て。

 逆に言えば、その道を選ばずに済んだのは、まだ日本に帰る希望が残っていたから。

 仲間と共にこの島から生還する。その希望にして、共通の夢があったからこそ、蓮華はまだ、犠牲者を増やさない道を選べたのだ。

(まぁ、ウェイが来てくれなかったら、そんなことも思い出せなかったかもだけど)

 何せ他のプレイヤー達に死角から取り囲まれていたのだ。もし彼が来る前に襲い掛かられでもしたら、あっさり死んでいたか、昨日のように我を忘れて大惨事を引き起こしていたかの二つに一つ。

 どちらをとっても全く以って笑えない。

「そりゃ確かに自棄だな。まぁ、確実に失敗するとは言い切れるが」

「私も上手くいくとは思ってないよ。でも、確実とはまた言い切ったね。どうして?」

「そのチップが、都合よくプレイヤーを強化してくれるだけのものだと思ってるのか? プレイヤーに力を与えるということは、マッド・カーニバル運営委員会が自分の首を絞めることにもなり兼ねない。にも拘らず、奴等は未だ健在だ。さて、どうしてプレイヤー達は奴等に報復しようとしないんだろうな?」

 蓮華は思わず絶句した。この先を聞けば、多分自分は頭を切り開いて下さいとか恐ろしいことを病院で懇願してしまいそうな、そんな気がする。

「さて、この続き聞きたいか?」

「聞きたくありません。スミマセンデシ――」

「このチップは遠隔操作で人体に有害な電気信号を発生させることができる。スイッチ一つで俺達はお陀仏する可能性も――」

「お願いだから言わないでってば。最悪の予想が現実のものになっちゃったじゃない!」

 初めて脱出不可能だと聞いた時からその可能性は仮説の一つとして頭にあった。

 しかし、誰が健康な自分の頭の中に時限爆弾を抱えて生きているなど考えたいだろう。答えは否。誰だって、考えたくないに決まっている。いたとしたら、それは余程の自殺志願者か不安神経の持ち主だ。

 だからこそ考えないでいたというのに、ウェイは拒絶の言葉をあっさり聞き流して最悪の現実を突きつけた。

「もう、ウェイは私を励ましてくれてるのか落ち込ませようとしてるのか、いったいどっちなのよ」

 盛大に肩を落とす蓮華の隣で、ウェイはこてん、と小首を傾げる。

「どっちって、レンが自殺行為に走らなければどっちでも。これ以上ウチから死者を出すなんざ冗談じゃねーし。むしろレンは有効戦力に晴れて昇格したんだしな。死なれちゃ困るんだ」

「グッバイ、日本で学生だった頃の私。きっともう堅気には戻れないわ」

「そんな蓮華サンにお知らせです。明日一番で強制戦闘が入ったよ。堅気の自分にさよならするなら今晩中に腹決めておいてネ」

「ヒャアアアァァァアっ!?」

 もう以前の自分に戻ることはできない気がする。何せウェイは自分をこき使う気満々だ。そう落胆した矢先、またしても悪い知らせが舞い込んだ。

 肩に手を置き、耳元で囁いたのは謡。気配も何もなかったものだから、蓮華は盛大に悲鳴を上げて飛び退った。

「ひどいねぇ。ワタシは君達が留守にしていた間の連絡を伝えてあげただけなのニ」

「耳元で囁く必要がどこにあるか! 心臓に悪いじゃない!」

「おやおや。この程度のことで動揺してたらゲームで生き残れないヨ?」

 けらけらと笑う謡は、軽やかな動きで距離を取った。何故なら蓮華が拳を大きく振り上げていたから。咄嗟の防衛本能だ。

「明日一番って、えらく急じゃねーか。こいつがこんな、油断した途端に落ち込むような状態なのに」

「油断したらって、ウェイ。もしかして態と私に突っ込みさせてた?」

「そうでもしないとお前死にそうだし」

「うーん、ワタシも不審に思ったんだけどねぇ。蓮華サンが叩き潰した四八班が戦うはずだった相手らしいんだけど、明らかに今までと違ってるねェ」

「違ってるって、何が」

 眉根を寄せているのはウェイと謡。けれど蓮華は彼等の言っていることの意味が分からず聞き返す。

 今までの試合だって十分急だったように感じるのだが、彼等曰く違うらしい。

「あれはギリギリまで君に知らせていなかっただけで、ワタシ達は結構前から試合があることを把握していたんだよ」

「事前に知らせたりしてみろ。お前、何が何でも参加するまいと変な努力に励むだろう」

「仰る通りでございます。ウェイも謡も、本当に私の思考と行動パターンを私以上に把握してるわね。気味が悪いくらい」

「人間観察はワタシ達の仕事上欠かせないからネ」

 厳密には相手の弱みに付け込む、もしくは標的を逃さない為に。

「で、話を戻すけど。戦闘って言うのは少なくとも三日以上前には通知が来て、準備期間を設けてから行われるものなんダ。それというのも、プレイヤーを最高のコンディションで戦わせることで、チップの能力に関するデータの収集効率を上げることと、島の外から戦闘を観覧しに来てるあの成金だのマフィアだのの賭けを公平にすることが目的」

「俺達の試合は賭博にも利用されてるからな。ルールは単純、自分が勝つと思った方に賭ける。その賭けを公平なものにし、より多くの金額を賭けさせる為にはより派手な戦闘を演出する必要がある。だから相手を自分から指名して勝負を挑める自由戦闘とは違って、強制戦闘では互いに実力の釣り合ったチームが選出される。通常はな」

「じゃあ、違ってるっていうのは、その準備期間がないってこと?」

「ついでに言えば、向こうのチームは最近不調で、実力的にはウチの方が遥に上っていうふうにランク付けされてるんだよね、一応」

「それと戦う予定だった四八班にあそこまで追い詰められたのも、まぁ事実ではあるけどな」

「えー、と。つまり、委員会側には賭博どうこうの公平性よりも、優先しなければならないものがあったってこと? 今の状況から考えると――私の能力のデータ採集とか」

「そう考えると辻褄が合うね。特化型を量産できれば、より試合を派手に演出できるシ」

(生体兵器としても、特化型ほど有用なものはない)

 最後の言葉を、ウェイは口にしなかった。

 マモン島は賭博闘技場であると同時に人体実験場。

 蓮華が目覚めさせた能力は、一つの実験の結果としては最高級のものだったということだろう。

「どうする。次の試合、後ろに下がってるか?」

 優しい問いかけに蓮華は小さく首を横に振り、背の高い青年を見上げた。

「良い。ウェイと、謡と一緒に前に出る。いつまでも、甘えてちゃいけないから」

「構わないよ、下がってても。迷いのある子ほど早死にするからね」

 意地悪そうに目を細める謡にも屈せず、蓮華は二人をじっと見据えた。

「やるったらやるの。乗り気じゃないのは私だけじゃない、それでも皆戦ってる。私だって根性見せなきゃ。それに――」

「それに?」

「皆を守りたいと思ったから能力に目覚めた。それだけは事実だから。まぁ、それに付随してきちゃったネガティブ思想はアレだけど。とにかく私にはまだ、私を見失わずに戦える理由がある。それに気付けただけでも進歩だわ」

 覚悟、そう呼べるほど格好の良いものではなかった。けれど、まだ前に進もうと思える。そう思わせてくれる仲間がいる。それだけでも幸運なことなのだと、蓮華はそう感じた。

「おやおや、いつの間にやら逞しくなってきたね」

「本人がそこまで言うなら、まぁ、やらせない訳にもいかんだろう。どうせ強制戦闘では逃げも隠れもできないんだからな」

 呆れたような苦笑いを浮かべ、しかし二人は蓮華の決意を認めてくれたようだった。

「頼りにしてるぞ、レン」

「うん。今度はもう、ウェイに庇われるようなヘマはしない。それでもまだ躊躇っているように見えたなら、殴ってでも今の覚悟を思い出させてくれると嬉しいわ」

 ようやく胸に痞えていた何かが取れた。そんな感じだった。

 これで心置きなく戦える。奪う為ではなく、守る為に。

 この七二班の仲間と共に、あるべき場所に帰る為に。


 翌日、七二班の戦う試合会場には大歓声が響き渡っていた。

 前線で獲物を振るうプレイヤーの中には蓮華の姿がある。

 放つ銃弾に炎を纏わせ、誰一人として逃がさない。それは迷いを捨てた者の目だった。

「あんまりとばすなよ。最初のうちは体の強化に慣らす程度にしとかねーと、後で痛い目見るからな」

「大丈夫、ちゃんと無理はしないようにしてるから。一先ずウェイが背中守ってくれてる間は安全だしね」

「責任重大じゃねーか」

「ウェイはうちのエースなんでしょう? 心強いことこの上ないわ」

 やれやれ、とでも言いたげに、ウェイはため息をつく。

 その様子を見た蓮華は至極楽しそうである。

 ようやく、彼らは生還への道を歩み始めた。


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